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53 レミーナとグレイ

 



 グレイの言葉はレミーナの若草色の羽を震わせた。


 なぜ、グレイさんは私に?

 覚悟がないって、悩んでいるのに……。


 ふぃーという笛のような息をするレミーナに、グレイは心を読んだように、そうだねぇと一言だけ呟くと、組んだ指に細い顎をのせ目を伏せた。


「ラミラからは具体的な誰かに、とはいわれていないんだ。ただ」


 グレイはすっきりとした瞼を上げると、苦く笑った。


「もし息子のお嫁さんになる人が迷うようだったら、といわれてね。時の魔導師よりも先見の明があるなんて口惜しいぐらいだけど。現実にはラミラのギフトは必要だったということだ」

『グレイさん?』


 私はわざわざ代償を払ってまで残すものでもないと反対したんだけどね、と年齢不詳の時の魔導師は残念そうにため息をつく。

 レミーナは不安になって見上げると、まぁ、見たほうがはやいかな、と言って立ち上がると数種類の瓶が置いてあるリビングの棚から小さな置き鏡を出してきた。


「この鏡にはラミラの伝えたい想いが投射されている。しかもそれが見られる者も限定されているんだ。ラミラがこのギフトを必要と思った者にのみ見ることが出来るという縛りがついている」

「……必要とされなかったら見られない、ということですよね。でもどうやってそれは見極められるのです……?」

「さあ、それは私にもわからない。ラミラから出された条件を盛り込んだだけだからね」


 レミーナは口を閉じて、まだこちら側に向けられていない鏡をじっとみる。


 銀の細いフレームに縁取られた卵型の置き鏡は、支えている支柱につる草の意匠が上品ながらも遠慮がちにからまっていた。この鏡を愛用していたのだろうか、それならば前妃殿下はこんな後世に何か残すような大胆なことをしそうになさそうに感じる。


「グレイさん、前妃殿下さまはなぜギフトを?」

「ああ、私もそう思って聞いてみたんだけどね。困った顔して笑ったあとこう言われたよ。たぶん、必要になるから、って。まぁその通りになったんだけどね」


 彼女が何を思い、何を残したのかは見れた者にしかわからないよ、と少し不満そうにそっけなく言われた。


 レミーナがその様子に首を傾けると、グレイは細い目をさらに細めて鈍いね、レミーナちゃんとばっさり告げられる。


「ひ、ひどっ」

「酷いのはレミーナちゃんだよー。鏡は今どっちを向いてると思ってるの。アルの親代わりなのに私は対象外なんだよ?」

「あ……」


 向かい合わせのグレイとレミーナの間にある鏡は今はグレイの方に向いていた。でも何も写っていないのだろう。


「それは、そもそもグレイさんは男性だから……対象外ですよね」

「やー、それにしたって失礼しちゃうよね、アルのこと心配してるのはレミーナちゃんと変わりないのにさ」

「でも、迷ってはいないのでは?」

「確かに」


 グレイは大きく頷いた。


「アルが困っていればけしかけてくすぐればいいし、迷っているならば尻をければいいだけだし」

「別の意味での鬼教官がここにもいたんですね……殿下がいろいろ迷わない理由がわかった気がします」

「えー? ふつうに親心だとおもうけどなー」


 くすくすと目がなくなるくらいに細めて笑うグレイに悩みや迷いなどなさそうだ。だから前妃殿下もグレイにギフト託したのかもしれない。

 アルフォンス殿下を心配しながらも冷静に助言もできるグレイだから、ギフトをみせる相手も見極められる、と。


 だったら……グレイさんからみて私は、殿下のお嫁さんになれそう、なの?


 小首を右や左に傾けて考えていたレミーナがそっとグレイを見上げる。

 グレイは片眉を上げて、くすりと笑った。


「さあ、見る覚悟はついたかな?」

「グレイさん……」


 レミーナはなんどもなんども、大きく息をすってはいた。


「私が見ても、いいと思いますか?」

「ふふ、おかしなことをいうね。そう思わなければここに呼んでいないよ」


 そういいながら催促するでもなくレミーナがどうするかを待っているグレイ。


 グレイさんって、やっぱり。


「やっぱり、殿下に似てますね」

「レミーナちゃん、ぎゃく、ぎゃくだからー」


 あっ、そっか、なんて笑いあっていたら肩の力が抜けてきた。和やかな声がおさまったところで一息ついて大きく深呼吸する。

 そしてレミーナは、小さな鉤爪がついた足を鏡に向かって一歩踏み出した。


「じゃ、いいね?」

「お願いします」


 見れないかもしれない。

 見れたとしても、また迷うかもしれない。

 それでもせめて泣かないで、あの人の隣に立ちたいから。


 震えずに言えたレミーナにグレイは頷くと、ゆっくりと鏡の上部をもち、下へとさげた。

 鏡が反転してこちらを向く。映り込んでいるのは、緊張ぎみに若草色の羽をたたんだ小鳥。


 しばらく身じろぎもせずじっと眺めていたが、その風景は変わらない。


「……」

「……」


 おかしいな、と呟くグレイの声はさきほどと違って低い。レミーナの羽は少しだけ震えた。


 かわらない、かわらないということは。


 コト、と自分の心臓に穴が開きそうになったとき、不意に鏡の画面がゆがんだ。


「っ!」

「きた?!」


 グレイもあわてて立ち上がってレミーナ側に走り寄ってくる。


 グレイとレミーナ、人と小鳥が肩を寄せ合って目をこらしていると、ゆっくりと鏡は変化してある一人の人物を写し出した。


 鮮やかな金髪をゆるく左側にたらした女性が、こちらに向かっていうのね、と斜め上をみながら確認している。


「……レミーナちゃん、みえてる?」

「あ、はいっ、金髪の三つ編み美人が誰かとお話しています」

「その誰かは私だね。おめでとう、レミーナちゃん。ちゃんとラミラから認められたようだ」

「え、グレイさんからは、見えない?」

「うん、残念ながら」


 肩をすくめて頷いたグレイは鏡から身体を離すと、レミーナの隣に移動してようすを見るといったようにゆったりと椅子に腰をかけた。


「私のことは気にしなくていいから、はい、みたみた」

「すねないでくださいよ。後で教えますから」

「ほんと? やった!」


 子供みたいに両手を上げたグレイをみてレミーナははははとから笑いをした。


 年齢不詳、大人のようで子供のようで。グレイさんは不思議な人だ。


「それはそうとこちらの方を見てていいの? ラミラが喋りだしているんじゃない?」

「あ! ほんとですっ」


 慌てて鏡の方を向くと、ラミラが居住まいを正して微笑み、はじめまして、と話し出していた。


『はじめまして、アルフォンスのお嫁さん。私はラミラ・カペラ・ルイビス。アルフォンスの母です』


 語りかけるように話してくるラミラは、穏やかにこちらをみていた。

 美しい豊かな金髪と薄いくちびる、ほっそりとした顎の線がアルフォンスに似ていて、ああお母さんなんだなぁとレミーナはききながら思う。


『今日、無理をいってこの場をもうけたのは、実は訳があって。……ごめんなさい、ちょっとまってくださる?』


 鏡の向こうのラミラは右手で口元を左手で胸をおさえて、大きく息をつく。


『……だめね、緊張するといけないのかしら。ごめんなさい、どうも心臓が弱いみたいで』


 ラミラは横を向いて、ふー、ふー、と何回か大きく息をついた。


『……うん、大丈夫そう。ごめんなさいね、心配させてしまったかしら。この通り、あまり長くないの』


 困ったように眉をハの字にさげて、それでもラミラ自身は微笑んでいた。


『おそらくこれを見ている時に、私はあなたの側に居ることができない。だから、私からあなたへ、このギフトを贈るわ』


 穏やかに話すラミラは顔色もよく、とても長く生きられないようには思えない。何より鏡の中のラミラはとても生き生きとしていた。

 いまも軽く顎に人差し指を添えて、あ、もし期待させてしまったらごめんなさい、物とかではないのよ? と申し訳なさそうにこちらに語りかけてくる。


『本当はドレスとか宝石とかも贈りたいのだけど、きっと流行遅れになってしまうから。それよりも大事な事を。私からみたアルフォンスとアルフォンスの父親であるベルナルドの対処法、とでもいいましょうか』


 とにかくごめんなさい、と前王妃、この時は現役の王妃であったラミラは目を伏せた目礼をすると、ため息混じり片手を頬にあて、困ったように顔を傾けた。


『アルとベルナルドの仲が悪いのよね。なんていうか似た者親子っていうか頑固っていうか。だからきっとあなたの前でも衝突すると思うから、そうなった時の対処法ね。お伝えしておくわ』


 まるで世間話をする街の人のような気やすさで、仕方のない人たちをおしつけてしまってごめんなさいね? と前妃殿下が顔の前で両手を合わせているので、レミーナはへなへなとお尻をつけて座り込んでしまった。


















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