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52 レミーナとグレイ

 



 ふわりふわりと白くもやのかかった意識の中、気がつけば森の中の一本道を移動していた。


 あれ? ここは。


 見知った場所ではないけれど、見たことはある風景。少し薄暗くて、ちょっとこわい。


 グレイの家に向かう森だ、と気がついたのは無意識にフードを探そうとしたからだ。

 あの時と同じようにうすら寒く思えて。


 しかし自分の腕を動かすことはできなかった。

 それだけではなく足の感覚もない。以前は馬に乗ってきたけれど、跨っていることもなく歩いてもいない。ふわふわと景色だけが横に流れていく。


 どういうこと? 


 頭の中が謎だらけになりそうになった時、ふいに場所が開けて手前から奥にながれる小川がみえ、それを渡る歩道の橋の先に平屋建ての小屋が見えた。グレイの家だ。


 歩いて渡るわけでもなく橋を通りぬけ、みるみるうちに小屋に近づくと、ノックもしないのにドアが内側からあいた。


「やぁ、おかえり、ハラシロ。そしていらっしゃい、レミーナちゃん」


 目の前にはアルフォンス殿下の養い親であるグレイ。でもおかしい、こんにちは、と声を出したいのになにも音がでない。自分の身体がおかしくなっちゃったんじゃないかと不安に思っていると、グレイがふふっと微笑み、両手でレミーナをふわりと包んだ。


 ん? 両手?


 全身が柔らかく包まれている感覚はあるのになぜ両手で包まれているの? と目を白黒させていると、ははっ、ごめんごめん、とグレイは銀縁のめがねの奥で猫のように少し釣り上がった目を細めて面白そうに笑った。


「ハラシロが呼んだからね、私がいってもよかったんだけど貴女にきてもらった方がはやいと思って。心だけ連れてきてもらったんだ」


 そ、そんなこと出来るんですか⁈ と声なき声を発すると、ははは、まぁね、と笑って肩をすくめている。


 そんなグレイを呆れたようにみつめるレミーナだが、正直なところ自分自身がふわふわとしていてなんとも心もとなかった。声は出ないし、手足どころか存在すらも有るような無いような。


 そんな事を思っていると、グレイはおっと、いけない、とレミーナを包んでリビングの机の前に立つと、ベストのポケットから小さな鳥の彫刻を取り出した。


「心、ここに在らずと思うと消えてしまうからね。この鳥を拠り所にするんだ。羽は手、脚はかぎ爪の足、声は自分の声をイメージして……ああ、綺麗な若草色の羽と瞳だね」


 レミーナがぱちぱちっと瞬くとグレイの手首がとても大きくみえた。びっくりして首をすくめると、温かくつつまれて背中の羽を撫でられる。

 おそるおそる右腕を前に出してみると目の前に広がるのは若草色の綺麗な翼。


『と、鳥になっちゃったっ!』


 ひえぇっ どうしようっ! と小刻みに震えていると、グレイがまたくつくつと肩をゆらした。


「仮ね、いまだけだよ。いやぁ、これは。レミーナちゃんは鳥になってもかわいいねぇ、このままここにいてもいいかも」

『やですっ』

「あはは! 即答だ! さすがレミーナちゃん」


 何がさすがなのかよく分かりません! と手を腰に当てておこるのだが、どうも羽でそれをやるとなんともまぬけな格好になっているらしく、その証拠にグレイが上半身を横にむけて笑いを堪えている。


『グレイさん、私をからかいに連れてきたのです?! それどころじゃないのにっ』

「いや、ごめ……ちょっと破壊的なかわいさにやられたよ。あとこれアルにバレたら殺されそうだなと思うとさらに可笑しくてさ」

『こんな姿、殿下にはぜったいみせませんっ!』

「いやいや、これはちょっといいよ、かわいいかわいい」

『やですっ!』


 うんうん、わかったよ、といってはいるがにまにまと口の端がだらしなくゆるんでいるのでまったく信用がならない。


「まぁまぁ、また機会があったらアルにも見せてあげるとして、レミーナちゃん由々しき事態なんだって? ハラシロが私を呼ぶのはけっこう深刻な場合だけなんだけど」

『……お菓子を作れなかっただけです』

「なっ?! それはかなりまずいね。何があったの」


 半笑いだったグレイの顔色が変わって居住まいまで正された。そ、そんなにお菓子だいじ? とレミーナは小首をかしげる。


「くっ、こてんと首が真横にむく姿、やばい! ちょ、ちょっとまって、気持ちを落ち着かせよう。お豆が一匹、お豆が二匹……」

『グレイさんが犯人でしたか』


 ハラシロが数の呼び方を間違えて覚えてしまった原因を目の当たりにして半目になるレミーナだが、グレイは胸に手を当てながら大げさに深呼吸をした。


「よし、平常心平常心」


 こほんと一つ咳払いをしてグレイは身体を起こすと、机の上で指をくみながら銀縁の眼鏡の奥から落ち着いた目線を投げかけてきた。


「いやね、これまでもいろいろ悩んでいたじゃない? ポステーラをどうにかするのとか、部屋の謎を解いても手がかりがつかめなかったりとかさ。でもお菓子作りが出来なくなるってことはなかったよね」

『あれ? グレイさん、私そんなに詳しくハラシロさんに愚痴ってはいなかったんですが』

「鳥って身体がちいさいからどこにいても目立たないよねぇ」


 グレイは肩をすくめて眉を器用に上げている。


 えー、ハラシロさんを使ってないしょでちょいちょい覗いてたってこと?


 レミーナがうわー、と小さな身体をのけぞらせながらドン引きするとグレイは、ずっとじゃないよ? 暇なときだけ、と悪びれずにこり笑う。


「まぁ、そんなささいことは置いておいて、大事なのはレミーナちゃん、あなたのことだ。普段できていることが出来なくなるって相当だよ? 何がそんなに気がかりなの?」


 レミーナは黄色いくちばしを開いて、またすぐにつぐんだ。


 グレイが信用ならない訳ではなくて、この心の内にあるもやもやを言葉にするのに時間がかかるからだ。


 若草色の羽を小刻みにふるわせながら、ふぃー、とくちばしをふるわせて細いため息をつくと、かちりと口元を鳴らしてグレイをみつめた。


『……覚悟が、足りないんだと思います』

「何の覚悟?」

『王太子妃に、なるため、の』


 レミーナは言葉にしてしまったことにまた身体を震わせた。


 貴族の中でも中流階級である自分。

 その中でも貴族社会ではやっていけないと見切りをつけ、おひとりさまでいいと思って文官になった自分。


 王族になってしまうかも、という畏れ多さよりも、今まで苦労して培った世界と離れなければならない辛さの方がまさっていた。


 はぐらかして、逃げて、でもアルフォンス殿下とは一緒にいたい、なんて、ゆるされないのに。


『殿下に、廃嫡も考えていると言わせてしまって、私、それはだめですっていったのに、少し嬉しくて。だめなのに……』


 ぽとり、と小さな水滴が机におちた。


『私、殿下とは一緒にいたいのに、王太子妃になる覚悟がないんです。王太子妃になったら、家族とも離れないといけないし文官の仕事もやめなくちゃならない、カスパル先生にも会えない』


 代わりにやってくる世界は舞踏会や茶話会での貴族たちとの攻防、毎日窮屈なコルセットをしめて殿下が部屋に来るのを待つ生活、破天荒な養父とも渡り合わなければならないかも。そんなの、耐えられそうにない。


 ぽたぽたと水滴がコインほどの水溜りになったところで、グレイが手を伸ばしてきた。

 そっと身体を包まれて、背中の羽をゆっくりと撫でられる。


「じゃ、別れちゃえば?」

『……っ、や、ですっ』

「じゃ、辛くないように今度はアルを忘れる薬を作ってあげようか。材料残ってるからすぐ作れるよ?」

『やですっ、あんなさみしい思い、殿下にさせたくないっ』


 手の中で涙を流しながらもきっとこちらをにらんでくる小鳥に、グレイはふっと笑った。


「同じ事をいった人がいてね。瞳の色はちがうけれど、意思の強さは貴女と同じくらいに。これも時の廻りの一つなのかな」


 最後は独白のように呟くと、グレイの指がくりくりとレミーナの頭をなでた。


「レミーナ、時の魔導師からのギフトを受け取る気はあるかい?」

『グレイさん?』


 レミーナは少しだけ身体を硬くした。魔導師に何かをしてもらうには代償がいるのだ。殿下の記憶が消えてしまったように、右手の殿下が殿下の中で留まっているように。


「ああ、心配しなくていい。代償はもうギフトの贈り先から貰っているんだ。だからあなたは受け取るか否かの話なんだけれど」

『わたしに? いったい誰から……』

「贈り主はラミラ・カペラ・ルイビス」

『!』


 名前の最後の名称に若草の羽がぴくりと動いた。

 グレイは頷いて、静かにいった。


「そう、アルフォンスの母である前王妃から未来の王太子妃へ、というギフト。受け取ってみる?」


 銀縁の眼鏡の奥はゆるがずにこちらを見つめている。

 物音一つ立たないリビングの窓が風にゆれた。

 それはレミーナの縮こまった心臓みたいに、コトリ、と小さく鳴った。









あけまして(おそっ)

おめでとうございます!


今年一発目の投稿も昨年と同じ謎解きです^_^

一年続いてしまいましたね。長くお付き合い頂き、本当にありがとうございます。

今年も謎解き中心に執筆してまいりますので、みなさまどうぞよろしくお願いいたします。


2021.1.11

なななん

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― 新着の感想 ―
[一言] グレイさんが出てくると緊張感がなくな……げふん、場が明るくなりますね(^^) ギフト、楽しみです。
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