49 レミーナ
開かれた扉に導かれて王妃の間に入っていくと、白亜の壁に赤紫の布地に金糸の刺繍が美しいカーテンが印象的な控えの間に通された。
「レミーナさま、どうぞお座りになってくださいませ」
リアナはそう言いながら近くのソファに座らせようとしたので、レミーナはあわてて首を横にふる。
「リアナさん、侍女になっている私が座っていたら怒られてしまいます。お茶の用意をされるのでしたら一緒にいきますよ?」
「まぁ! レミーナさま、ご自分でもお茶を淹れられるのですか?」
「はい、得意でもないのですが」
カスパル先生の助手になってからというもの、これもお前さんの仕事じゃー! と任されたのが給湯室でのお茶入れだった。
リアナに続いて妃殿下専用の給湯室に入っていくと、壁を一部くり抜いた棚に整えられた何組もの美しいティーセットに、わぁ! と思わず声が出る。
薄い白地の陶器に金と藍の縁取りがしてあるルイビス王国特有の陶器もあれば、妃殿下の出身であるフィンリー王国にちなんだ厚めのクリーム地につる草の文様が刻まれた温かみのあるティーセットもそろっている。
「フィンリー王国のティーセット、熱を逃がさなそうですね!」
「レミーナさま、よくご存知ですね。そうなのです、地が厚いからかあまり冷めないんです。こちらはお客さま用ですが妃殿下が好んで飲まれているカップはもっとぼってりして量がたくさん入るのですよ」
「へぇ……! 意外ですね」
一度にたくさん飲みたいタイプなんだ。しっとりと優雅に飲んでそうな印象だったけれど、イメージと違う。
リアナと話しながらお茶の準備をしていると、あっという間にお湯がわく。せっかくなのでフィンリー王国のティーセットを揃えてカップを温める為のお湯をそそいだ。
「レミーナさまは本当に普段からご自分でお茶をいれていらっしゃるのですね」
「はい、カスパル先生の合格ラインが厳しいのでなかなか満足しては貰えませんが」
茶葉を紅茶ポットに入れて、熱々のお湯で紅茶がくるくると全体に回るのを確認してから蓋をする。ポットを覆うミトン型の布を被せて砂時計をひっくり返せば準備完了。
「あったまったかな? カップの地がかなり厚いですね。カップを持ってもあつってならない」
「ええ、フィンリーのものはほんのりと温かみを感じられたなら十分です。お湯を流しましょうか」
リアナと二人で準備するお茶はレミーナの心をほんわりとさせてくれた。いつもは一人で淡々と準備するお茶の時間が穏やかに過ぎていく。自然と笑みがこぼれた。
すると、ひらりとまたどこかしらから薄紫のカードがレミーナたちの足元に届く。
「あらあら、妃殿下さまったら」
「へ?? イルミ妃殿下?!」
どこに? とレミーナは振り返るが人影はない。
「レミーナさま、こちらです、このカード」
リアナはくすくすと口元を手で隠しながら笑い、レミーナの足元に落ちたカードを拾ってみせてくれた。
『レミーナたんのえがお、かわいー!』
シンプルな無地のカードに美しい文字で、でも肩が抜けそうな軽い文章が浮き上がっている。
「え? え? これ、イルミ妃殿下が書かれたのですか??」
「ええ、そうです。妃殿下の字体に間違いないですわ。見てくださいまし、待ちきれずに入り口に何枚も」
「ふぇ?!」
リアナが笑いをこらえながら指を給湯室の入り口にカードが重なって落ちていた。
レミーナがそばに寄って拾うと、
『レミーナたん、お茶自分でいれられるのすてきー!』
『フィンリーほめてくれてうれしー!』
『はやくレミーナたんとお茶のみたいな〜』
と、やはり美しいがどちらかというと学校に入りたての子供のような文章が続く。
「ええっと、妃殿下は確か、わたしより十歳ほど年上の方だったような」
「ええ、妙齢で素敵な主人ですわ。ただ」
「ただ?」
「ルイビス語はこちらにこられてから覚えていかれましたので」
なるほど、とレミーナは頷く。イルミ妃殿下がルイビス王国に嫁いでこられたのはちょうど六年前だ。文字を覚えて六年目ともなれば、十歳ぐらいの女の子が書ける文章と同じぐらいだろう。
「お話しする方は大丈夫ですし、招待状等のお返事は同じ文言を書いてこなしていらっしゃるのですが、こういう私的なカードの文脈はなかなか難しいようです。私たちは微笑ましいのでそのままでも、とも思ってしまうのですが」
リアナはくすくすと笑いながらティーセットをトレイに乗せて控えの間から応接間へと移動する。レミーナもリアナに続いて入っていったが、やはりこの部屋の主人はいなかった。
「イルミ妃殿下は……」
「お近くにはいらっしゃるみたいなのですけれど。このようにカードは送ってくださるのですが、お顔を見せない遊びをされているようで」
リアナはひらひらと足元に届くカードを拾いながら、眉をハの字にしてほほえむ。
「私もそろそろお顔がみたいですわ、イルミさま」
カードを見ながらリアナがそっとささやくと、またひらりとカードが届いた。
レミーナの足元近くにきたのでしゃがんで拾うと、おもわず大きな声がでた。
「ひえぇっ?!」
「レミーナさま、いかがしました?」
「リ、リアナさん、これっ!!」
レミーナがリアナに駆け寄ってカードをみせると、リアナはまぁ! とうれしそうな顔。
カードにはこう書かれていた。
『ごめんー、リアナー。レミーナたんが会いに来てくれるまでむりそうー』
「ま、まってリアナさん、私、ここにきたら妃殿下にお会いできると思っていたのです。えええ、どうしよう……!」
『大丈夫ー! レミーナたんなら見つけられるー』
『こしぬけヤローとの約束でくわしくは言えないけどー』
『カードがヒントー!』
矢継ぎ早にがひらひらとカードが舞ってくる。
こ、こしぬけヤローってだれ……。
綺麗な文字とは似つかない文言をみて絶句してしまうのだけれど、レミーナはカードがヒント、という言葉にすこしほっとした。
「よかった。妃殿下は謎を解いてほしいのですね? 解いたらまた私たちの前に出てきてくれますか?」
周りを見回して問いかけたレミーナの言葉に、リアナがはっとしたように胸の前で手を合わせる。それを見てレミーナは小さく頷いてみせた。
リアナさんは妃殿下のことを思いやって言葉を選んでいるけれど、きっと一番心配してる。さっきだって、とても会いたそうだったもの。
それに、とレミーナは考える。
王宮内、とくに妃殿下を分かっていらっしゃる方たちはお顔がみえなくても待っていてくれる。でもレミーナのように妃殿下との関係が薄くて人となりを知らない人達はそろそろざわざわするはず。
「あと二月もすれば新年になります。その前にそろそろお顔を出された方がいいんじゃないかって、私でも思います。妃殿下」
新年、王宮のバルコニーに王族の方々が出られて挨拶をする日を楽しみにしている国民は沢山いる。実はレミーナもその中の一人だ。
一年に一度、華やかな王宮のご家族をみるのは、レミーナの中で知らず知らず大事なセレモニーの一つになっていた。
「新年のセレモニー、なんとなく好きなのです。遠くから陛下や妃殿下、アルフォルス殿下をお姿をみると、また一年がんばろって思えるのです。だから、妃殿下、お願いです」
レミーナは静かにカードに告げた。
「謎解きなんてできないって思っていたけれど、できないなりにがんばりますから、妃殿下がお隠れになっている謎を解いたら、出てきて頂けますか?」
しん、と部屋に物音がしなくなった。
たくさん舞っていたカードもぱたりと止まってしまって、レミーナは息がつまるような気持ちになりながら返事をまった。
「うっ……!」
レミーナでもなく、リアナでもない、苦しそうな声が聞こえた。
「イルミさま?!」
リアナが慌てたように周りを見回している。
「……ったい……」
荒い息づかいが聞こえた。リアナと顔を見合わして近くのクローゼットを片っ端から開けていくが影も形もみえない。
どこかで妃殿下が苦しんでいる?
どこ?!
「イルミ妃殿下?! 大丈夫です?! 声を出して、場所を教えてくださいっ」
レミーナが部屋の四方をみながら大きな声を出した時、部屋の扉から押し問答の声が聞こえた。
緊急事態だ、まかりとおる! と短く鋭い声は見知った声。
「アルフォンス殿下!」
レミーナは身をひるがえして扉を開けた。
護衛騎士の長い槍に阻まれていた殿下の顔がみえた瞬間、レミーナはクロスされた槍の下をくぐってばすんっと殿下の腕を掴んで見上げた。
「殿下! 大変なの、妃殿下が、妃殿下が……!」
「レミーナ、か?」
戸惑ったようにこちらを見た殿下の腕をとって中に入るようにうながす。
「騎士さん、入れてあげてください! きっと妃殿下の一大事です。とにかく、入って!」
レミーナのあまりの剣幕に槍のクロスが緩んだのだろう。アルフォンスはレミーナを伴ってわずかな隙間を抜け、王妃の応接間へと入っていった。
こんばんは^_^ 今日は平日に失礼します。早めにお届けしたいと思う心とは裏腹に外的要因でおそくなってしまいました。
スマホ、死亡か? の巻き。でございます。
スマホ執筆なので命でございます。
三連休で変えてきます(必死)
次回新機種でお会いできますように。
いいところで終わっているので次話と機種変早めにがんばります!
なん