4 レミーナ
長岡更紗さまに素敵なレビューを頂きました! たくさん読んで頂き、日刊ランキング55位です! ありがとうございます!
つつくって、つつくって……何て言ったらいいんだろう。
レミーナは朝起きてからも浮かない顔で侍女たちのお世話を受けていた。
昨日、カスパル先生は、王太子殿下をつついてみな、とは言ったがどうつつくのかは自分で考えるんじゃぞい、なんて言ってさっさと書籍の研鑽に戻ってしまった。
いまだに屋敷には帰してもらえない、仕事場に入る直前まで騎士が護衛している。どこへいくにも誰かが後についてくる。
さすがに四日目にもなるとレミーナも息苦しくなってきた。
実はアルフォンス殿下とは朝食を共にしているが、初日は執拗なくらいに朝食を食べさせられたのに、二日目からは世間話をしていると、すぐに時間ですと侍従に呼ばれて執務室へと戻っていかれるのだ。
ご本人的には、たぶん、もう少し話したそうなのだけれど、たらたらとあぶら汗を流している侍従を見るとため息をついて席を立つ。
きっと今日もそんな朝食だろうと思うと、やっぱりイヤになってくるよね。
「朝しか会えないし、会ってもゆっくりお話する機会もないし。そんなんなら別に私がここに居なくてもいいんじゃないかな」
ぽつりと吐いた言葉に壁ぎわで控えていた侍女たちがはっと顔を上げた。扉に控えている護衛騎士は微動だにしないが、口をへの字にさらにゆがませている。
「あ、ごめんなさい、つい……。とにかく、家に帰りたい。それだけでも殿下に言ってみようかな」
侍女たちはきゅっと手を握っている。けれど必要最小限の言葉しか言ってはいけないと指示がでているのか、護衛騎士さんと同じように口をつむっていた。
なにか、私をお世話してくれる人に制限がかかっているのよね。それも、やっぱり変だし……嫌だって言おう。
こんな状態じゃ、働いている侍女さんや護衛騎士さんにも失礼だよね。
今度の心の言葉はしまいこんで、前髪を編み込みながらハーフアップに結って整えてくれた侍女さんにお礼をいう。
見計らったように朝食の準備が整いました、と呼びにきてくれた侍従さんにありがとうございます、と声をかけて立ち上がり、廊下を少し歩いて案内された小部屋に入ると、王太子殿下はすでに座って待っていた。
「おはようございます、お待たせしてしまってすみません」
「いや、女性は支度に時間がかかるから。気にしなくていい」
金糸の緩やかな短いくせ毛が、昔絵本で見た王子さまと一緒だなぁと思いながら席につく。
その絵本を書いた人の時にも王国はあっただろうから、もしかしたらこの方のおじいさまかそのまたおじいさまがモデルかもしれない。
殿下のくせ毛も脈々と受け継がれているのかも、なんて思いながら、なんで男性はよくて女性はサラサラが良きとされるんだろう、とか、うっかりと殿下の前でも思考が溢れてしまう。
あ、でもあの絵本、この国の出版だったかな? あとで調べてみよう。
そんな事を頭の中でつらつらと思っていたら、アルフォンス殿下は少し首をかしげた。
「今日は少し、いつもと違うな。調子が悪い?」
「いえ、現実逃避にちょっと妄想が優っただけです。たまにこうなるので気にしないでください」
「ああ、そう」
いや、できればつっこんで欲しー!
やんごとない人はやっぱり感覚がちがうなぁなんて思いながら殿下を見ていると、彼の方もこちらをじっと眺められていた。
よし、ここは腹をくくって食べ始める前に言おう。
レミーナは紅茶を注ぎに来た侍従に、もう少し後に、と一声かけてアルフォンス殿下に身体を向けた。
「殿下、朝食の前にお話があるのですが」
「いいよ、そろそろかな、と思っていた。聞こう」
殿下は頷くと、ピンと張られた白いテーブルクロスの上に両ひじを置いて手を組んだ。
レミーナもよし、と膝の上の重ねた手をぎゅっと握って言った。
「屋敷に戻りたいのです。体調も良くなりましたし、こちらでいつまでもお世話になっている訳にはいかないし」
「全然かまわない、職場にもこちらからのほうが近いしこのまましばらく居たらいい」
「いえいえいくら婚約者だからってこちらにずっとお邪魔させていただくのは申し訳ないので」
「ああ、婚約者は承知してくれたんだ、よかった」
「え? だって告知したって」
「ああ、そうだったね」
なに? このカーテン越しのような会話。
レミーナはぎゅーっと眉をしかめて自分の婚約者を見た。
「記憶がないのでさだかではないのですけれど、本当は私、婚約者を承知していないし、おそれながら殿下も私の事を婚約者とは思っていないと、感じるのですが」
「そうかな? どうしてそう思う?」
殿下は肘をついていた身体を起こすと椅子に深く座り、面白そうに腕を組んだ。
その姿にレミーナは確信を持って言った。
「それは殿下が私を好いていないからです。私を見る目は面白いものを見るような感じだし、いうなれば珍獣観察?」
どうだ! 当たりでしょう!
レミーナは努めて冷静に言ってみたが、内心はどやぁぁ、と思いながら王太子の出方を見つめていると、ぐふっ、くふ、ごほ、と後ろからおかしな音がした。
振り向くと、部屋からついて来てくれた護衛騎士さんと侍女さん、そして食事のサーブをしてくれる侍従さんが全員顔を横に向けて震えていた。
「減俸」
「あ! おうぼうですっ、殿下!」
げんぽう、という声にピシッとなった後ろの気配を読んでレミーナはすぐに顔をアルフォンスに戻した。
「そもそも私のなにを警戒しているのか分かりませんが、お世話係の皆さんにお話しないように命令してるじゃないですかー、そんなの好きな人にやることじゃないですよね?」
淑女らしい姿をとっぱらってしゃべりだすと、お世話係さん達は固唾をのんで見守っている感じになる。
だってそろそろ限界なのですよ、皆さん気をつかって下さってるのが分かるから私もあまり話せないし、唯一自分が出せるのがカスパル先生の所だけ!
カスパル先生もいいっちゃいいけれど仕事場だし、本当だったら帰ってすぐでろーんってベッドにダイブしたいのに、ここだと着替えです、夕餉です、お湯浴みです、おやすみなさいませ。
くつろげないくつろげないくつろげなーーーーいっ!!!!
半分やけっぱちになりながらレミーナはここぞとばかりにアルフォンスに吐いた。
「なんだか毎日お時間をつくって来てくださってますけれど? あたりさわりのない会話? 私の様子をみて終わり? 五分もしないうちに戻ってしまう婚約者にこちらとしてもどうしたらいいのか分からないのですよ。よって殿下は私を好きではないし、そんな好意をもってもらえないんだったらこちらに居ても仕方ないんじゃないかと思いますし、ここはひとつ婚約を解消して頂いてお家に帰らせてもらってもいいですか?」
「却下」
「早っ! 結論はやすぎでしょう?! ちゃんと考えてくださいよっ」
「考えるまでもない、かな」
「ひどっ!!」
思わず立ち上がったレミーナを見上げながら殿下は腕を組んだ指をとんとんとリズミカルに叩きながらするすると応えた。
「そもそも政略結婚。私たちの間に好きだの嫌いだのがあろうがなかろうが関係ない。貴女は建国から三百年も続いている名門ルスティカーナ伯爵家の令嬢。身分、容姿はともかく、文官に籍もおいている才女で好ましいとか、語ろうと思えばなんとでも語れる。とにかく問題はない、と、臣下には説き伏せているよ、安心していい」
「どうせへいへいぼんぼんですよー! っていうか名門っていったって、今をときめく宰相さまの娘さんでもなし、結婚願望もないし、なんでただひっそりとおひとりさまでも生きていけるように文官になったぺらぺらの伯爵令嬢に白羽の矢を当てるんですかー! 私じゃなくてもいいでしょう?!」
「確かに」
「殿下!」
壁に控えていた護衛騎士が思わず声を上げる。
たしかに、たしかにって言いましたよ? ほんとうに私の方こそ、たしかに、ですよっ!
「よし、では何の問題もありませんね? お家に帰らせていただきますっ!」
「はぁ……仕方ないな」
「殿下っ!」
慌てたように近づいてくる護衛騎士を殿下は手を上げて止めさせた。
「ここらが潮時だろう。私の思いも伝えないと、そろそろ彼女も限界だ」
「しかしっ!」
すっと手を上げて騎士を黙らせた殿下は、改めてレミーナに目を向けた。
その海空色の瞳は、ここでよく見ていた柔らかさは奥にしまわれ、力強くゆっくりと瞬いた。
「ルスティカーナ家からもそろそろ戻してくれと陳情もきている。帰るのもいいだろうさ、毎日王宮には出勤してくるのだろう?」
「もちろんです、お仕事ですから。あ、ちなみに週末の二日は出てきません」
婚約者と言うよりも部下へ向けての言葉使いにレミーナも自然と背筋を伸ばして応える。
「了解した。では今後レミーナ嬢に会う時は仕事場に行く」
「別に来なくていいのですが」
「そうは行かない。婚約者をほったらかしにしていたら外聞が悪いからね」
「え? 婚約破棄なんじゃないんですか?」
上司と部下のような会話をしていたのに、レミーナはまたはにゃりと腰が砕けてしまった。そんなレミーナを見て、アルフォンス殿下は面白そうににやりと笑った。
「じゃない。残念ながらね」
「私じゃなくてもいいって!」
「確かに、とは言ったが破棄をするとは言っていない」
「なんでですか?! 全然、意味ないですよね?!」
「意味があるから続行なんだよ」
「なんでー!!」
「告知したからだ」
カチンときた。なんでこんなに石頭なんだろう。勝手に婚約者に決めて、勝手に告知して、私じゃなくてもいいのに、私のことなんて、なんとも思っていないのに!
「そうですか、でも殿下は私のことなんとも思っていないですよね?! 私は殿下が私のことをちゃんと好きになるまで婚約を認めません!」
……ん?
あれ?
まって、なんかちがう。婚約破棄してほしいっていうつもりなのに。
「ふぅん。では私がちゃんと好きになれば婚約破棄はしないんだな?」
なぜかアルフォンスの目が面白そうにキラリと輝いた。
スターダストだっけ? サンダーボルト? なんていうの、ほら、空気が凍ってキラキラする、綺麗だけど怖い感じ。
なんか、嫌な予感がするんですけど。
「かなり時間をやりくりしてここに来ている私が、君をちゃんと好きになるにはさらなる負荷がかかる訳だが? 君は? 何もしないつもりか?」
「うっ、じ、じゃあ仕事場以外に時間を作ってもいいです」
「ずいぶん上からの物言いだね」
「だって」
どうしたって分からない。
殿下にとって私を婚約者とするメリットがない。しかも殿下ったら柔らかそうな外見とは裏腹に本性はなんだか冷静沈着なクール王子なんだもの。
メリットがないと婚約するような人に見えないのに、破棄を嫌がっている。
おそらくご自分の意思とは裏腹に。
それならばこちらに分があるはずだ。
「私は破棄してもいいっていうのに、殿下が許さないんですもの。殿下ががんばるのが筋だと思います」
「私ががんばる、ね」
「イヤならどうぞ破棄してください」
「それは出来ない。先ほども言った通りだ」
ふとレミーナはカスパル先生がつついてみろといっていた事を思い出して聞いてみた。
「なぜ出来ないんですか? 私と殿下が出会った日になにかあったんですか?」
聞いた途端、しん、と物音が無くなった。この場にいたレミーナ以外の全員が固まった。
いくら鈍いレミーナでも分かるくらい、さらに言えば何秒か指で数えられるくらい、殿下も護衛騎士も侍女も侍従も綺麗に止まった。
これは、なにかあった。
コクリ、と生唾を呑んだ自分の喉の音が大きく聞こえて、レミーナの心臓は少しだけ速く鳴り出した。
本日の投稿はここまでです^_^
ありがとうございました。