47 アルフォンスと王
顔を真っ赤にして固まってしまったレミーナを部屋に残して扉を開けると、王の側近であるニコライがたたずんでいた。アルフォンスは後ろ手で素早く扉を閉める。
「何用だ」
「お忙しい中、失礼致します。陛下より親書を承りお届けに参りました」
拳を胸に手を当て柳のような細い体を折り曲げて礼を取るニコライは、その薄い存在感とは裏腹に剣が立つ護衛騎士上がりの武官だ。
隠し通路を通って一階に降りてきたアルフォンスがこの部屋にいると分かって来ている。どこかで見られていたのか。
その疑問をわずかに顔に出してしまったのだろう。ニコライは再び略礼をすると、何も言わずに目を伏せ、すぐに上げる仕草をした。
見かけた、という訳か。
アルフォンスはいまいましげに息を吐くと、親書を掴む。封蝋でしっかりと止めてあり、ペーパーナイフがないと開くことが出来ない仕様だ。
「執務室に戻ってから返答をする。そのように陛下に伝えてくれ」
「ナイフであれば自分が持っておりますが」
暗にここで開けろ、とニコライはいっているのだろう。アルフォンスは口元だけで冷たく笑う。
「他でもない陛下からの親書をこのような場所で開く愚行はせぬ。下がれ」
「失礼致しました」
うやうやしく両手で差し出していたナイフを素早く懐に戻し、ニコライは一礼して下がっていく。それを目を細め見送ったアルフォンスは足早に廊下を過ぎて二階へと階段を上った。
深い青とダークブラウンの色調で統一された廊下を通って執務室に戻るとクレトがバタバタと執務机で書類を揃えている。
「頃合いをみてノックしろといっただろ。何故こない?」
「いくつもりでしたよっ、ですが殿下と別れて一旦執務室に戻ったとたんに陛下からの指示が届いたのです」
「なに? こちらにはニコライが来たぞ」
「ひぇ! 幽幻のニコライさまが出張ってくるのは尋常じゃない。どんな要件です?!」
「陛下の親書を持ってきた」
こくり、と喉をならしてクレトはアルフォンスの持っている親書を見た。
「やーな予感。あの人、そんな雑用する人じゃないですよ」
「同じ側近なのにな」
「ですです、自分は雑用有用入り混じって頭がこんがらがっているのでー、ってそんな冗談言ってる場合ですかっ。早く開いてください」
言われなくとも、とクレトが執務机から渡してくるペーパーナイフを受け取って開封する。
素早く目を通したアルフォンスの意志より先に右手がぐしゃりと親書を握りつぶした。
「クレト、食堂に行け。レミーナを確保。妃殿下がレミーナを所望している。私は陛下の部屋へ向かう」
「御意、離塔へお送りすればよろしいですか?」
「いや、一旦こちらへ。私が戻っていなければルスティカーナ家へ送れ」
「かしこまりました」
クレトは手に持っていた書類をばさりと置いてすぐさま部屋を出ていく。
無残にひしゃげている親書を机に投げ、アルフォンスの右手がドカッと拳で硬い天板を叩いた。
「落ち着けと普段ならいう所だが、こうも同じ想いだとそうも言えない」
脳裏には先ほど見た能天気な文脈がよみがえる。
『親愛なるアルちゃん
僕の奥さんが君の可愛い子を気に入ったみたい。ちょっと借りるって。事後承諾でごめんよ〜 奥さんに弱いおとーさんより』
にこめかみがヒクつき、腹から込み上げてくる蒼い炎をそのままに、今度は左手で机にぶつけた。はっとしたように右手の力が抜け、左手の手首を力強く握ってくる。
「ああ、わかっているさ。怒りに身を任せて飛び込んで行ったらクソ親父の思う壺だ」
抑えてくる右手に語りかけながら突っ伏したように倒した身体をゆらりと起こすと、軽く左手で掴んできている右手を叩いた。
右手は手の力を緩ませて手首を離すと、また拳を握った。アルフォンスは静かにうなずく。
「ひとまず親父の所へ行く。クレトが間に合えばいいのだが……場合によっては妃殿下の元へ行かねばならない。乗り込むには親父の許可が必要だ」
アルフォンスはぱしり、と握りこぶしの右手を包むように握ると細く息を吐いた。
ふざけた親書で煽ってくる百戦錬磨のクソ親父の所へ行くには、腹に力を入れる必要がある。
アルフォンスは想定される展開を予想し王が言ってくるであろういくつかの筋を立てると、先ほどから変わらず拳を握っている右手と共に歩き出した。
****
ニコライから情報が伝わっているのだろう。いつもは一旦止める王直属の護衛騎士もアルフォンスの顔をみたとたん、敬礼して扉を開けていく。
応接の間は未だ使用された形跡はなく、相変わらず寝室にいるようだ。
アルフォンスはノックをすると同時に寝室への扉を開けた。
「おいおい、きゃーなんて黄色い声が聞こえたらどうする。ちゃんと返事を待ちなさいよ」
「護衛騎士から私が来室した旨は通達済み。万が一そのような声が聞こえましたら、妃殿下に通達して差し上げましょう」
「おおー、それはそれで面白そうだ。でもちょっと今は勘弁願おうかなぁ。妻の居ぬ間にしれっと浮気しているダメダメな旦那、とイルミに本気で取られそうだ」
くつくつと楽しそうに身体を揺らしながら一人がけのソファに座ってこちらをみているのはルイビス王国の王、ベルナルド・ファン・ルイビス。
笑うたびに獅子のようなもしゃもしゃとしたくすんだ金色の髪の毛が飛び跳ねている。
痛めた腰はだいぶ良くなってきたのか、ソファから立ち上がり側仕えに紅茶を用意するよう指示したり、手元に持っていたを報告書らしきものをサイドテーブルに置いたりと苦もなく動いていた。
「昼飯まだだろう? 一緒に食べるか?」
「結構です、そんな時間はない。なぜレミーナを妃殿下の所へ?」
「相変わらずバッサリだなー。おとーさん、さみしいっ」
どの口が、という罵倒を呑み込んで海空色の目を細める。そんなアルフォンスの様子にまたベルナルドはくつくつと笑った。
「なぜも何もイルミが近くで見てみたいと言ったからだ。謎自体が動くわけにはいかないからレミーナを部屋へ向かわせる。何か問題でもあるか?」
「レミーナが謎を解いてからでも遅くはないでしょう。なぜ妃殿下はそのように急ぐのです」
「それは本人でないと分からないよ。強いて言えば、面白くないから、かなぁ」
「なっ!」
熱り立つ想いに右手が左手を抑えた。
わかっているっ、と右手と共に手を組む。
「自分の事でこういう事態になっているのに蚊帳の外、というのが面白くないんだろうさ。あとは、飽き、だな。単純に」
「これはお二人が望まれた事でしょうがっ」
「いや? あれは望んではいなかったかな?」
「は?」
「だからこそ、動き出した、ともいうねー。でも動きすぎだからまた閉じ込めるけどー」
だんだんと軽い口調に変わっていくのに腹が立つ。こちらは一分一秒でもこの場を離れて向かいたいのを、わかった上で焦らしているのだ。
ぎりぎりと握りに力がはいってくるのは右手だ。わかっている、わかっている、とお互いを牽制しつつぎりりと王を睨んだ。
「お二人の事はそちらで解決して頂きたい。レミーナを巻き込むのやめろ」
「そうとも言っていられないだろう、彼女をこちら側に迎え入れるのであれば」
「まだ迎えるとは言っていないっ。本人の自覚が伴わなければ潰れてしまう」
「悠長な事だ」
ベルナルドは一人がけのソファの脇に立ち、とんとんと空の座席の背の部分を鷹揚に叩く。
「次にこの席に座る者を決める際に絡む人間ならば待つ必要はない」
「貴方はそれでいいでしょう。だが私は違う」
アルフォンスは蒼い炎を目力に込めて吐いた。
「私は貴方の二の舞はしない。生涯にかけて」
ベルナルドと母ラミラは政略結婚の上、ラミラの意思に関係なく婚姻を結んだと聞いている。
母はそんな話題が出ても困ったように顔を傾けるだけで何も言わなかったが、病に侵され衰弱した母をろくろく見舞うこともなかった父をみればどんな関係だったのか察しがつくというもの。
アルフォンスは自分の皮肉に気付いているにも関わらず黙しているベルナルドに氷刄のような視線を浴びせると、話にならない、と一言吐き捨てると踵を返して部屋を出ていった。
残されたベルナルドは苦く笑う。
「アルの中で未だ影を落とすか。罪深いぞ、ラミラ」
脳裏に浮かぶ、困ったような顔で小首を傾げている柔らかな微笑みの元妻に、ぶつぶつと息子とのこじれが解消しない半分はお前の溺愛のおかげだと文句を言ってみる。
「母子の絆はそれほどに強いものなのかね。まぁ、忙しさを理由に顧みなかった私も悪いが。それを今言ったとてして、な。古傷に塩を塗ってなんになる、アル」
そう静かに零しながらここしばらく外すことのなかったナイトガウンを脱ぎ、ばさりとソファに投げる。
そして寝室の奥にある衣装部屋から厚みのある上着を取り袖を通し、ベッド近くの天蓋をまとめている布地の裏に回り壁にある隠し戸の扉を開く。
「むぅ、食っちゃ寝していると腹にくる。てきめんだなぁ、おひぃさんに怒られそうだ。まぁ、それもまた面白いか」
隠し戸の開きの細さに腹を引っ込めないと通るのが難しい。またしても脳裏には呆れたような、すこしにらむような顔をする元妻の顔がよぎる。
「ああ、わかっているよ? 私だって二の舞はしないつもりだ。心配せずとも今度はちゃんと向き合うさ。さて、私もじゃじゃ馬おひぃさんを迎えにいくかね」
軽く散歩にでもいくような足取りで真っ暗な隠し路に足を踏み入れると、よっほっ、と息をつめて扉を通りぬけ、軽快な足音は消えていった。
こんばんは、だいぶ寒くなってきましたね。
未だ繁忙期が続いておりまして遅くなってしまいました。今回も気になるところでおわっているので次回こそ早くっと思っておりますがちょっと先が読めなくて。申し訳ないです、がんばりますね。
次回レミーナ視点の予定です! おとーさん、の前にまず妃殿下、ですよね^_^
レミーナは侍女服に着替えて妃殿下と会えるのでしょうか! お楽しみ^_^
なん




