31 レミーナとカスパル先生
翌朝、昨日迷子になってしまった自分のポンコツ加減からまだ立ち直れないまま離塔に入っていくと、カスパル先生から早くも声がかかった。
「おー、無事来られたようじゃなぁー」
「先生! ここはもう迷いませんっ」
「ふぉっふぉっふぉっ! そうじゃった、そうじゃった」
うつむいて仕事場に入ったレミーナが思わず顔を上げて訴えると、梯子にのりながら一階部分の天井近くまである本棚をみていた先生は笑いながら降りてきた。
「最初は毎度遅刻しそうになって走ってきておったのぉ。王宮の門をはいって右に折れればこの塔が見えるというのに、どーこほっつき歩いておるのやらと思ったものじゃ」
「あの時は左に折れてしまったり、王宮の中に入ってしまったりいろいろしたんです! もう覚えましたっ」
「ふぉっふぉっ、それそれ」
「はい?」
カスパル先生は話しながらドア近くにいるレミーナの側まできて、レミーナの手を取ると軽く叩く。
「慣れればお前さんだって覚えられる。迷子になりながらこの王宮の中を覚えてしまえばいいのじゃ」
「先生……」
「じゃからここの仕事は午前中で終わらせて、午後から王宮探検兼事情聴取じゃ! ランチタイムは作戦会議もかねるぞいっ」
「せ、先生っ、殿下並みの鬼っぷりですっっ」
「ちっちっちっ、それは違うぞぃ、お前さん」
カスパル先生は顔の半分を占めるぐらいの大きな口をちょこんとつぼめて、人差し指を左右にふった。
「あやつがわしの真似をしておるのじゃー、ここにいる間、人の使い方を伝授しておいたからの!」
「ひぃ、先生の鬼畜ー!! すごい鬼教官にそだってますよぅ」
「それはあやつが育てた鬼じゃなー」
わしはタネをまいただけじゃ〜、と口笛を吹きながらとことこと本棚の方へ戻っていくカスパル先生。
鬼タネ……鬼の形でもしているのかしらん、とうっかり想像してしまい、殿下の口元は笑いながら目は笑っていないブリザードまで思い出して身震いしてしまったレミーナであった。
「かみなりさまこわい、かみなりさまこわいっ」
「ほーい、仕事するぞーい」
「はーいっ」
サブイボが出来てしまった腕をこすりながら、レミーナは慌てて梯子に上がっているカスパル先生の元へ走っていった。
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「さて、今日の作戦会議は昨日の戦果を聞きそびれておったのでまずはそこからじゃ」
アボガドのソースを口元につけながら、嬉々としてこちらをむくカスパル先生に、レミーナは先生、口、と紙ナプキンを差し出す。
「おっ、これは失礼」
「いえ。私も昨日は失礼しました」
「ふぉっ、ふぉっ、殿下のあわあわした様子が見れてわしは面白かったがの」
ニマニマした顔で笑う先生は鼻歌でも歌うように、して? 何か見つかったかの? と昨日の様子を聞いてきた。
そう、それなのですが、先生、とレミーナも机に身を乗り出した。
「先生、無かったのです。場所を間違えたかと他のお部屋も見たのですが、やっぱりなくて。妃殿下が引きずられていったお部屋が、無くなっていました」
「ほむ?」
カスパル先生は小首をかしげて、もう少し詳しくじゃ、と促し、レミーナは舞踏会の場所までいき同じように歩いて発見した部屋が違っていた、と答えた。
「ふーむ、記憶通りに部屋はあったが、妃殿下が連れていかれたであろう、奥の部屋が見当たらなかったとなぁ。お前さん、中まで入ったか?」
「中まで?」
「おかしいと思った全ての部屋を、中まで入って確認したか? ということじゃ」
「あ、いえ、ビックリしてしまって……ドアから見るだけでした」
「ふむ、まぁ普通はそうじゃろうな」
むふーと目を細めて宙をみている先生。何かいけなかっただろうか。
レミーナは先生の考えまとまるまで、手元にあるサンドウィッチもそのままにじっと待つ。
ちなみに今日は甘エビとアボカドとリオン海風サンドだ。カスパル先生は肉サンドが好きだがレミーナは海の物が好物。今日はレミーナの好みにカスパル先生が付き合ってくれている。
しばらくしてカスパル先生はおもむろにフォークをつまんで空中を指した。
「おそらく、こちらが動いてくることを察知した何者かが現場の細工をしたのじゃろう」
「細工?」
「カモフラージュとも言うな。例えば、椅子の配置を変えたり、カーテンの色を変えてみたり。人間の記憶とは不確かなもので、覚えているようで覚えていない。若干の違和感を作ることで、自分の記憶は間違っているのではと思わせるのじゃ。今回は若干ではなく大胆な違和感じゃがな。見られておるのぉ」
「見事に記憶が違っているかもと不安になりました……先生、見られているって?」
カスパル先生の解釈に深く頷きながら、最後のつぶやきに目線を上げる。
カスパル先生はまたニヤニヤしてこちらを見ていた。
「探偵役がおぬしだと分かっておって大胆に細工しておるのじゃ。しかし不安を煽りすぎてさらに迷子になり泣くとは思っていなかったじゃろうがのぉ。ふぉっふぉっふぉっ」
「むぅ! 犯人はこちらを見て笑っているのですか⁈」
「どちらかというと想定外の事がおきてあわてておるじゃろーのー」
くっくっと面白そうに肩を揺らすカスパル先生。犯人が分かっているなら教えてくれてもいいのに!
「先生、さっぱりわかりません」
「ええんじゃよ、お前さんはそのまま謎を解くのが仕事じゃ」
「うえぇぇ、私の仕事ですか?!」
「そうじゃー、これも良い勉強じゃー、して、これからやるべきことはなんじゃ?」
カスパル先生はにんまりとして顔の面積のわりに大きな目をきらきらさせ、こちらの考えをまっている。そんな顔の時は絶対教えてくれないってもう分かってますよ、せんせー。
「えーっと、もう一度お部屋を見てきます。今度は中にも入って」
「そうじゃな、目を皿のようにしてすみからすみまで調べるのじゃぞー。あとは聞き込みじゃ!」
「聞き込み?」
「あやしい部屋の周辺で働いている者を片っ端からつかまえて、話を聞くのじゃ、何か変わったことはないか? とか最近妃殿下を見たか? など、この謎に関してお前さんが気になっていることを聞けばいい」
「ふむふむ」
レミーナは頷きながらもう一度現場に向かおうと思った。手早くエビアボカドサンドを食べてしまうと、早速立ち上がる。
「では先生、その作戦で午後から行ってみます」
「ふむ、レミーナくんよ、一つ忘れていないかね?」
「はい? 先生の三時のおやつはちゃんと給湯室のテーブルに用意してありますよ?」
おお、それならばよいのじゃ、と目を輝かせたカスパル先生に気を良くして今度こそ行こうとしたら止められた。
「ま、まて、お前さん。行くはいいが地図は持っているのか?」
「あっ」
レミーナはパタパタと自分の制服のポケットを叩くが入っていなかった。
「やれやれ、新米探偵は手がかかるのぅ、これを持っていくのじゃ。ただし、迷った時に開くのじゃ。最初から見ていたら道は覚えぬでのぅ」
「先生、きびしいです」
「だーめーじゃ! 迷ったらじゃ!」
ううう、と半泣きになりながら先生から渡された四つ折りにたたまれた紙を大事に胸ポケットにしまう。
「よいか? ここを出たらまず王宮の下士官用出入り口にいくのじゃぞ? 普段そなたが入ってくる東門から真っ直ぐ見える入り口じゃ。毎日みておる入り口じゃ」
「先生、さすがにそれは私でもわかりますっ」
「よーく周りをみて覚えるのじゃぞ? なーんも考えずに歩くと、そなたはあっという間に迷子じゃっ!」
「ここ怖いこといわないでください、先生っ」
「ふぉっふぉっふぉっ」
カスパル先生は楽しそうに笑うと、これぐらい言わんとお前さんは他ごとを考えて、すーぐ分からなくなるからのぉ、と言いながら満足げにリオン海風サンドをぱくっと食べた。
おはようございます。GWも ステイホームでしたね。その分、たくさんの小説を読むことができました。
謎解きにも遊びにきてくださった方がいたようです。楽しんで頂けますように!




