30 アルフォンス
第8回ネット小説大賞、二次を二作品通過しました!
「呆然としてますね」
「まぁ、そうだろうな」
立ち尽くしているレミーナを、中庭を通して反対の廊下の影からアルフォンスは近習のクレトと共に腕を組んで眺めていた。
おそらく思った部屋との違いに気がついたのだろう。廊下を戻りながらそれぞれの部屋を確認している。
しかし記憶にある部屋は見つからないはずだ。立ち止まり、長くそのままでいた彼女は、しょんぼりと肩を落としながら元来た道を戻っていく。
それを見送ったクレトは、はぁ、と重いため息を吐いた。
「何も即席の壁をつくる細工などしなくても。次の夜会の時に戻すの大変なんですよ?」
「しばらくその予定はないから安心しろ」
「レミーナさまのあのしゅんとした姿、みました? おかわいそうに。見極めるおつもりにしてもやり方が厳しすぎですよ」
「そうか?」
アルフォンスは気にせず応えるが、すぐにチッと舌打ちをした。
クレトの言葉を受けて右手がぐぐっと動こうとしている。アルフォンスはさらに強く左手に力をこめて右肘が動かないように腕を組んだ。
「前々から思っていたのだが、右手にせよクレトにせよ彼女に甘すぎる。仮とはいえ王太子妃候補なのだぞ? 一人で考えることも出来ずに人を頼ってばかりでは務まらんだろう」
「殿下、それは違います。いや、本来なら違わないですが……殿下もレミーナさまの報告書は見られましたでしょう? 人との接触を避けていた方ですよ? 私からすると、レミーナさまが王宮をお一人で歩いているだけで拍手ものです」
「だからそこがおかしいと言っている」
「何がですか?」
ぐぐぐっと動く右手が暴れそうになっている。こいつも何か主張したいことがあるのだろうが、なんだというのだ。
「なぜそこまで彼女に肩入れをする。たかだか一介の伯爵令嬢だろうが」
至極まっとうな事を言ったにもかかわらず、その場の空気が固まった。
しかしすぐにクレトからは残念な生き物をみるように目を細められ、右手はふっと力が抜けたと思うと、バネのように跳ね上がり左手から逃れた。
「チッ! こいつ可動範囲が広がり過ぎだッ」
シッ という空気音が耳のそばで鳴る。
上がった拳の勢いそのままに、自分の顔面を狙ってくる右ストレートを仰け反りながら鼻先ギリギリでかわす。
右は手を止めずに素早く肘を引きながら顎、鼻、頬と狙ってくる。
「おおっ! 殿下すごい!」
「お前、どちらを応援しているッ」
細かくかわしながらクレトに文句を言うが、へらへらと見守っているだけでこちらを止めようともしない。
すぐに右が肘を大きく引いた。
ドスッっと塊のような重さが腹に響く。
「おお、さすが殿下!」
「だからお前はどちらの味方なんだ」
こちらの気がそれたと思ったのだろう、顔面ではなく鳩尾を狙った右手。それを左手で受け止め、そのまま腹に押さえつけて動きを封じる。
「どう動くかは分かるよ」
ギリギリとまだ腹に向けて力を込めてくる右手にぼそりと告げると、さらに力が増した。正直、呆れる。
「残念ながらお前は私だ」
諦めろ、と言いながら左手に力を込めた。
「私にこんな感情があるとはな」
ため息をつきながら未だ収まる気配のない右手を見ていると、むしろ集約されてません? とクレトが告げた。
「なに?」
「殿下の想いが。そう見えますよ、貴方が冷静に努めようとしている事も相まって」
クレトの珍しく諭すような言葉に顔を上げる。
仕方のない人だ、というような苦笑いをしながらクレトは告げてきた。
「今まで殿下は好意を持たれることはあっても、自ら好意を持とうとはされなかったでしょう?」
「私には必要のない感情だ」
王族の婚姻は政略的に結ばれるのが常だ。国内の主要な貴族の娘はパワーバランスが拮抗し過ぎていて迎えるつもりはなかった。
当たりさわりなく過ごしながらある計画を練っていたというのに。クレトや腹心のグラウシスは自分の意思を分かっているのにも関わらず彼女との関係を取り持とうとする。
正直わずらわしい。
レミーナ嬢が、というよりは、自分以外の者が婚約者としてのレミーナ・ルスティカーナ嬢を認めている事が。
クレトにはそんなこちらの想いも分かっているのだろう、肩をすくめ、認められないとは思いますが、と前置きながらも言葉を重ねてきた。
「レミーナさまと出会ってからの殿下は存外と素直に変わられましたよ。相手の最良を思って動くことが出来る人だったんだと私も驚きましたから」
「……今はそれどころじゃないだろう」
「そう、そこです」
「何がだ」
クレトはぴん、と顔の横に人差し指を立てて左右にゆっくりと揺らした。
「殿下はレミーナさまと出会うまえの感じに戻っています。でも、現実には時は過ぎ、レミーナさまも私達もレミーナさまと出会った後の殿下を見ているのですよ。だからついお二人に肩入れをしてしまうのです」
「……私の方がおかしいというのか」
「そうではなくて」
クレトはとんとんと立てた人差し指を自身の胸に当てた。
「ご自分の心に素直になって下さい、ということです。殿下にとって面白くない状況であってもね」
そのように言われるぐらいレミーナ嬢と以前の自分は心を通わせていたのだろう。
しかし私は知らぬ。
今の彼女は末端の部下であり、それ以上でもそれ以下でも。
「レミーナさまは貴方の婚約者ですから」
顔に出ていたのであろう、すぐさまクレトから小言が入る。
「……善処する」
「お願いしますね?」
クレトの言葉にしぶしぶ頷くと、右手の力もふっと抜けた。右手なりにこちらの態度を良しとしたのだろう。生意気だ。
とはいえ、またすぐ動くきだすかもしれぬとしっかりと腕を組む。
人心地ついた所でクレトを間近に来るように呼ぶと、中庭から廊下まで伸びている広葉樹の葉を見ながら声を落として本題を投げた。
「王妃の様子はどうだ」
「かんばしくありません」
クレトも声を落とし、中庭を眺める振りをしながらなごやかな顔だけを作って不穏を告げる。
「貴族たちの動きは」
「王妃派とこちら側の一派も活発になってきました。妃殿下がお出ましにならない事に噂が飛び交っております」
「座ったままでの謁見は?」
「難しいですね。身体を動かすことが出来ないそうです」
「まずいな……親父は?」
「相変わらずで」
腰痛を装ってベッドでぐうたらとしている能天気かつ嫌味ったらしい顔が目に浮かんでしまい、盛大な舌打ちをしそうになった所でクレトの目線で思いとどまる。
「面倒くさい瑣末な仕事を全て親父の寝室に回せ。せめてもの意趣返しだ」
「ええー?! 持っていく身にもなってくださいよ、文句言われるの私なんですよ?」
「ぐだくだ言うなら表に出てこいと言えばいい。こちとら尻拭いに忙しいんだとな」
「そんな風に言えるのは貴方しか出来ませんて」
管を巻かれて行って帰ってくるだけで疲れが倍増なんですよ? となごやかな面を崩して肩を落とすクレトを尻目に、いいから頼んだとその場を離れようとした時だった。
向かいの廊下にレミーナが現れたのだ。
「戻ってきたぞ?」
「何か気づかれた?」
さっと柱の陰に入り様子をみる。しかしレミーナの動きがおかしい。
廊下の真ん中でキョロキョロしているのだ。そしてその場を離れない。
「止まったな」
「動きませんね」
やがておもむろに座り込むと膝を抱え、くっと顔を上げ天井を見ている。ひたすら上を向いて、遠目からみても唇がへの字だ。
「考え事か?」
「座り込んで、ですか?」
しばらくみていると、やがて膝に顔をつっぷし身体が小刻みに震えだした。
「泣いて……もしや、迷ったか?!」
「はっ! ですねっ」
クレトと顔を見合わせると、慌てて二人で廊下を飛び出した。
突然現れた自分をみて、ふえぇ、と手を伸ばし涙目になった婚約者にぐらりと心が揺らいだのは内緒だ。
腕を掴んで立ち上がらせ、幼子のようにしゃっくりをする彼女の背中をとんとんとする。
そんな姿をいろんな部下が生暖かい目で見ていたとはつゆ知らず、結局自ら離塔まで送っていく事になるのであった。
珍しくこんな時間にこんばんは!
二次通過をしました。もう、びっくりで……!
初めて応募したので、嬉しさよりもふるえがきました。あわあわして、やっと一日置いて嬉しさをかみしめています。
ここまで一緒に並走してくださってありがとうございます。本当にここまで読んでくださった皆さまのおかげです。
あとは一緒になむなむしましょう!^_^
今日は少しだけ宣伝をさせてください。
同じく二次を通過した作品がありました。
異世界恋愛とはいえ、中華風ファンタジーなのでこちらを読まれている方にはなじみがないかもしれませんが、もしよかったら覗いてみてください。
白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜
https://ncode.syosetu.com/n8370ed/
じれじれで、糖度はこちらの方が甘めです^_^
ではGW、変わらず自宅待機が続いているのですが、皆さまにとって良き休日になりますように。
執筆、がんばります!
なななん