29 レミーナ
中庭の渡り廊下から白を基調とした王宮の中に入っていく。レミーナは時々行き交う文官に会釈をしながら、ひとまず舞踏会が行われたホールに向かった。
なにを隠そう、レミーナはあまり方向に明るくない。文官に就職できた時に王宮の大まかな場所と位置を教えてもらったのだか、正直、常に行くところから道を外れるとカスパル先生の言葉通り迷い子になってしまう。
「えーっと、舞踏会のホールはホール玄関の近くで」
要人を迎える正面玄関とは別に、貴族たちが使う舞踏会の玄関は別になっている。馬車が横づけできるようになっている仕様は広大な土地に建てられたルイビス王宮ならではだが、レミーナにとっては入り口が二つになっていて、どっちがどっちだかわからない。
「どっちにしてもうちの御者さんたちは優秀だからそのまま乗っていればつくんだけどね」
文官として内側からその場所へ行こうとすると、早くもこの廊下があっているのか怪しく思うレミーナである。
「あーん、こんなことになるんだったら文官の職に就いた時にもらった手引きをよく読んでおくんだった。全然、主要な場所の位置がわからない」
手引きの最後の方には簡易的な王宮内部の位置図が載っていたのは記憶にある。でもレミーナはほぼ離塔にいるのでその位置図を頭に入れることもなくここまで過ごしてしまった。
「うう、しっぱい。カスパル先生の所に戻ったら覚えよう」
それでも離塔から離れる方向なのはあっているはず、と中庭側の廊下の窓から見えるとんがっている屋根を目印に歩いていく。
すると、右側がずっと壁、左側に等間隔の小部屋への扉がある長い廊下にたどり着いた。
レミーナはすっと目をつむる。
記憶の中では、舞踏会が行われていた壁は左側、等間隔の小部屋は右側にあった。
「王宮の内側から歩いてきたから、きっとここが舞踏会を抜け出して歩いた廊下だわ。でもどの部屋なのかわからない。どうしよう。とりあえず考えようか」
かずかずの迷子経験から、迷ったときは立ち止まって考えることが身についていた。
パニックになって進めば進むほどよくわからなくなって不安ばかり心の中に広がってくるのだ。
でも一人で考えて動くのって、初めてかも。
王宮では離塔で働いているとはいえ、カスパル先生が常にいる。屋敷では家族を始め、リサを筆頭に侍女や執事たちが何かあればすぐ側にきてくれる。
もう一人、心に浮かぶ人はどちらかというとこの件に関しては聞いてはいけない人だ。
「……謎解きも殿下とできれば楽しそうなのに」
きっとむすっとしながらも右手の殿下と一緒に考えてくれそう。
「殿下は頭が良さそうだから、ぱぱっと答えがわかるんだろうなー。でも教えてくれなさそうだけど」
視野の広い殿下はすぐに謎も解いてしまうだろう。でも根っからの上司というか、王族だからか人を甘やかす事をしない。
普段の殿下は冬と見まがう冷気をまとわせて人を寄せ付けない、ブリザード王子なのだ。
「今の殿下はより冷気に満ちているものね。かみなりさまこわいかみなりさまこわい」
こんな噂をしてたらどこかからか殿下が出てきてげんこつをもらいそうだ。
「あ、でも右手の殿下が助けてくれるかも」
きっとそんな時には右手の殿下が防いでくれて、殿下と右手の殿下の喧嘩が始まる。
そんな姿をくっきりと思い浮かべて、レミーナはくすくす笑った。
笑ったら、すこしだけ一人だという不安から一歩踏み出す勇気が出てきた。
ありがとうございます、殿下。
側にいなくても想うだけで元気をもらえる。そんな存在は今まで生きてきた中で初めてだ。
よし、とレミーナは右手で胸をとんとん、とする。
「とりあえず角までいこう。見えてる景色が反対だからいまいちよく分からないんだわ。廊下の角までいって、あの時の記憶と同じように歩けば、きっと部屋がみつかるはず」
そう決めると小走りでホールの角の廊下までいく。くるっと身をひるがえすと、右手に小部屋、左手にホールの壁が広がった。
レミーナはまた目を閉じた。
あの時、ホールから心地よい音楽が流れていて、慣れないかかとの高いヒールに足が痛くて座りたかった。
レミーナは、身体を休めることのできる小部屋を探していたのだ。
目を開くと、音は流れていなく、廊下は陽の光にあふれ雰囲気は違っている。けれど、レミーナは今、あの時と同じ位置に立っていた。
「そう、靴ずれして足が痛かったんだった。部屋を探して近くの小部屋に入ろうとしたけれど、他の人がいたのよね」
ホールの入り口に近い小部屋は全て使われていたようだった。先約がいる小部屋は覗かないというのが舞踏会の不文律よ、と舞踏用のドレスの最終チェックをしながら母が教えてくれたのを思い出す。
歩きながらここも先約、ここも扉は閉まっていた、と確認しながら歩く。
中庭に続く渡り廊下にきたときに、そう、これを渡った先の小部屋が空いていたんだった! と小走りになり、今も空室を示す細く開けられた扉を大きく開いた。
「……あれ?」
レミーナは小部屋に入ることなく、微かに首を傾げる。一旦閉めて、もう一つ奥の小部屋、さらに奥の小部屋と端までいって中を覗く。
どの部屋も歓談できるように長椅子と一人用の椅子が二脚が中央にあり、天井近くまである大窓の脇にも一脚づつ配置されている。
臙脂のカーテンも同じだ。
でも何かちがう、なにか。
レミーナは、はっと気がついてもう一度全ての小部屋を覗いて確かめた。
「おかしい、何故ないの?」
レミーナが王妃を見た部屋は間違いなく歓談の部屋だ。でも一点だけどの部屋とも違うところがあった。
それは歓談の部屋だけでなく、奥へ続く部屋があったのだ。
王妃は、歓談する部屋から灯りのない奥の間へと向かう暗がりの中をずるりと横に引きずられていった。
「続きの間が無い……? どの部屋も一部屋だけだわ」
これはどういうこと?
私はまた夢を見ているの?
それともあの記憶が夢なの?
立ちすくむレミーナには知るすべもなく、ただただ今みている現実の景色を、呆然と眺めるしかできなかった。
こんにちは、四月も半月すぎたのになんとなく小寒い日が続きますね。
体調を崩さないように気をつけたいです。
レミーナの謎解きが始まりましたが、方向音痴の人ができるのかな(笑)動揺して外に出てしまわないように祈るばかりです^_^
次回アルフォンス視点、右手の殿下、クレトも出てきますよ〜 お楽しみに!




