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21 アルフォンスとグレイ

 




 アルフォンスは昔と変わらない作業机に記憶を思い出しながら黙々と道具を机に置いていく。

 あの頃は台を使わなくては取り出せなかった加熱する器具が目の前にあり、少しだけ海空色の目を細めた。


 火を起こすランプと、結晶を溶かすための銀皿に網目のついた台。

 薬葉を潰すための大きめのすり鉢と、粉を調合する乳白色の手の平サイズのすり鉢。


 アルフォンスが目で必要なものを確認していると、グレイが部屋から出てこちらに向かってきた。


「ん、完璧。さすがだね、覚えているもんだ」

「あれだけ毎日用意させられたなら、嫌でも身体が覚える」

「ふふっ、確かに」


 グレイは軽く笑い薬瓶から鉱物の一欠片を取り出すと、机の上に用意された乳白色のすり鉢に入れた。


 固そうに見えるクリーム色の鉱物はグレイが木の棒で潰すとわりと簡単に崩れていく。


 ここにきた当初は物珍しく、元の形が崩れたり、炙られて溶解していく姿を飽きずにみたものだ。


「そんなに穴が空くほどみていなくても毒など入れないよ?」

「……どうだか」


 過去の記憶を脳裏に巡らせていたのを誤魔化してうそぶく。

 それを見たグレイが、うーん、成長したもんだねぇ、昔はムキになって手元を見ていたのに、と呟いている。


「クーリアの葉を煮出してくれる? ポットにある残り湯使っていいから」

「何枚」

「五、六枚かな」


 アルフォンスは頷いて棚一面にある薬箱から、記憶にある引き出しを開けた。手のひらほどの広葉樹の葉が乾燥され二十枚ほど入っている。効能はたしか、炎症を抑える成分があったはずだ。


 それを取り出し厚いガラス瓶の中にいれると、まだ冷めていない湯をいれた。内側に丸まっていた茶色い葉がゆっくりと開いていく。

 開き切ったところでさらに網目のある台に置き、ランプに火をつけて下から炙った。


「沸騰させたら直ぐに火を外してそのまま置いておいてくれたらいいよ。あ、ときおりかき混ぜて欲しいかな」

「ああ」


 ガラスの棒を取り出し瓶の中で広がりだした葉をすくうように混ぜると、水はゆるやかに透きとおった薄い茶色に染まってきた。

 その様子を見るともなしに観ていると、そういえば、とグレイはなんの気なしに尋ねてきた。


「妃殿下が姿をみせていないんだって? 随分と上手く隠したね」


 アルフォンスの手がぴたりと止まった。

 グレイはまだ鉱石を繰り返し潰しながら、さて、どこに消えたのやら、と呟いている。


「……言うと思うか?」


 アルフォンスは再びくるりと葉を棒で回しながら応じると、グレイはあははと笑った。


「別に妃殿下の行方を知りたい訳じゃない。君がそれに加担しているのが不思議でね」

「偶然が重なって(はめ)められただけだ」

「その割に後始末に奔走している。普段の君なら親父さんの為にここまで来ることもないだろうに」

「親父の為では断じてない」

「ふぅん、純粋に副作用を消しにきたのか」


 グレイは鉱石から目を離さずにアルフォンスの方に人差し指を指し出した。


「なんだ」

「そろそろ抽出できているよ。熱いから手袋して取ってね」

「あ、ああ」


 アルフォンスは慌ててランプを瓶から外した。グレイはゆっくりとすり鉢を混ぜながら楽しそうに笑う。


「彼女の為か、いいね。君にとって良いスパイスになりそうだしね」

「……」

「でも記憶は戻る。そして君の代償も、まぁ場合によってはある意味大きいかな」

「今度は何を取るんだ」

「さて、何にしよう?」


 グレイは手を止めず視線を下に向けたまま、ゆっくりと口の端を上げた。


 稀代の魔術士と言われている者は世界で今は五人。その中の一人であるグレイは〝時の魔導士〟と言われていた。


 時間、時空、記憶に干渉することが出来ると古い文献には書かれている。


 今のグレイが何代目なのかアルフォンスも分からない。しかし少年の時に会って以来、十数年の時を経ているのに何も変わりのない姿をみると、悠久の時を過ごしているのではないか。あまり不確かな事は信用しない自分ですらそう思えてくる。


 そもそも(いにしえ)に亡んだとされる魔術というものに価値などつくはずもないのだが、五人の魔術士には信憑性を高める尾ひれがついていた。


 曰く、


 願うもの、魔術士に近づくことなかれ。

 近づく者は失くす覚悟を持つ者なり。

 望むもの、魔導士に近づくことなかれ。

 近づく者は欠ける覚悟を持つ者なり。


 森はみる。

 森はとう。

 選ばれし者を。


 開かれた森を通りし者、望みかなえん。


 グレイの森にたどり着けた者だけがその魔術の恩恵を預かれる、が、それには代償が伴った。


 ある者は片腕を取られ、ある者は片耳が聞こえなくなり、またある者は記憶が定かではなく戻ってきた者もいたという。


 アルフォンスも以前にこの森を母と訪れ、願い、そして代償を受けた。


 アルフォンスは虚弱になった母のわずかな延命を望み、代償として自分の成長の時が止まった。ゆるやかな最後を看取った後、アルフォンスに訪れたのは筆舌しがたい全身の痛みだった。


 アルフォンスの時間はネジのバネが跳ねたように戻り、急激な身体の成長が始まったのだ。一週間、立つことも座ることもできず、床に転がりながら苦しみ抜いたのだった。


「前回の代償を思えばここには二度と来ないと思っていたけどね」

「私もだ」

「縁とはこわいものだねぇ。あ、そろそろだ、瓶ちょうだい」


 先ほど煮出したクーリア水を渡すと、グレイは自身が丁寧にすり潰した鉱石の上に二、三滴垂らした。白い粉状になっていたものがクリーム色に変わる。


 練り込むようにまた数滴ずつなじませていくと、やがて薄茶の小さな玉になり、子供の小指の爪ほどの大きさになったところでグレイは手を止めた。


 飲むには少し大きめの薬をまな板の上に置くと、ナイフでさっと半分にし、ふた粒の丸い粒に形成し、満足そうに頷く。


「はい、完成。代償はアルフォンスの想いでいいよ。二度も来てくれたから特別サービスだね〜」


 どこぞの出店の店子のようにグレイは軽く言った。


「……想い?」

「そう。君の代償は彼女への想い。君の中に芽生えている想いだよ。今回は痛くも痒くもないよ、大サービスでしょ?」


 グレイは眼鏡の中の黒い瞳を細めて微笑んだ。

 アルフォンスは机に置かれたなんの変哲も無い茶色い薬をみる。


 母の時は死期を伸ばした、その代償として自分の成長も止まった。

 レミーナの場合は記憶を蘇らせる作業だ。

 おそらく自分も記憶の彼方に追いやった何かを蘇らせるものと思っていた。もしくは忘却に作用するならばこちらがレミーナを忘れてしまう代償でも受けるのかと。


「私の想いを、永遠に?」


 アルフォンスは表情の無いまま問う。するとグレイは軽く肩をすくめた。


「さて、それはやってみないことには分からない。効能が浸透してからは、私の手から離れるからね」

「やぶ医者め」

「新薬投与なんてそんなものでしょ。経過を観察していくしか手の打ちようがない、っと、そんな事を君に言っても仕方ないね。はい、レミーナちゃんが待ってるよー」

「副作用は消えるんだろうな」

「それは保証するよ、代償は保証しないけれどね」


 なんせ代償を伴うことをしようとする奴なんてほぼほぼ居ないからねぇ、検証のしようがないんだよねぇ、などとぼやきながらグレイは薬を一粒先につまむ。


「まぁ、覚悟ができたらもって来なよ。レミーナちゃんには説明しておくからさ」

「いや、まて。……私から話す」


 アルフォンスは机の上にあった自分の物と、グレイが指でつまんでいるもう一つをさっと掴んだ。


「少し二人にしてくれ、飲む前には呼ぶ」

「いいよ、一晩でも二晩でも」

「そんな関係ならな」


 顔を赤らめることもなく冷静に応えて部屋へ入っていくアルフォンスを送ると、残されたグレイは同じ姿勢でこり固まった首をこきりと鳴らしながらうーんと伸びをした。


「人の子の成長ってさ」


 使い終わった器具を片付けながら、薬棚の近くに出してしまった木箱に話しかける。


「早すぎるよね?」


 やすりのかかった古い木箱をひょいっと肩にかつぐと、ご苦労さん、と軽く叩いて棚と棚の間にしまった。




こんばんは、遅くなってしまって申し訳ないです。


世の中がさわさわしていますね。

そんな時は好きなお話を読んでゆっくりするのが吉です。

私もそうしています。


心おだやかに過ごせますように。


なん

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― 新着の感想 ―
[一言] ┃ΦωΦ)ちょっと誤字報告 ……てか、こうした方がすっきりするかなってやつです。
[一言] え?レミーナへの思いが消えちゃうの? え?どうなんの? 一気に成長したら…痛いわな(^_^;)
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