20 レミーナとグレイ
一通りの騒動がおわると、レミーナの耳は解放され、リビングの中央にある古い木の椅子に案内された。
リビングの隣の、本来なら居間であったであろう場所には大きな作業机があり、片側の壁には一面の本棚、もう片側には数多くの瓶や薬棚が所狭しと並んでいる。
「ちょうど午前のお茶にしようと思っていたんだ、いい時にきたね」
王宮の給仕顔負けの仕草で紅茶がそそがれ、手元にサーブされる。お茶と共に出されたのは柑橘の皮を厚く刻んであり、白い砂糖がまぶしてあるお菓子。
湯気のたつカップを一口飲むと、落ち着いた茶葉の香りに包まれレミーナは自然にほっと息をついた。
「おいしいです」
「ありがとう、一緒にオレンジのピールも食べてみて?」
「はい。ん、少し苦みが」
レミーナは噛んでみると、皮の部分からは若干の苦みを感じた。でも皮の下の半透明に綺麗で柔らかい部分は甘みが強い。
苦いのも嫌な感じがしなく、かえってバランスがよく感じた。
「でも苦いのもまたいいですね。なんだか元気がでてきました!」
「それはよかった」
グレイのにこりと微笑んだ姿も洗練されていて、はぁ、きらきらしている人は王宮以外にもいるんだなぁ、と隣に座るアルフォンス殿下をぬすみ見た。
目を伏せるようにすまして飲んでいる姿もそっくりだ。でもいわないでおこう。くわばらくわばら。
レミーナは視線をテーブルに戻して、もう一口、オレンジピールを食べて、うん、と頷く。
おいしいものを食べると嬉しくなるな。
ましてや黒と金茶色の見目麗しい二人と共にお茶を飲むだなんて、こんな珍しいことはめったにない。
すっかりおだやかな気持ちになって、ああ、このひと時がしあわせだ、なんて思っていたのだけど、大事なことはこれから始まるのだった。
「さて、人ごこちついたみたいだね。何から始める? さっそくお嬢さんに悪さしているのを取りのぞこうか?」
「まて、グレイ。こちらの内情をどこまで知っている」
「だいたいは」
「なぜ?」
矢継ぎ早に繰り広げられる話の速さに、レミーナはぽかんとして二人を見た。
は、はやい。私、息つく暇もなかったよ??
そんなレミーナを置いて、二人は小気味よく話し始める。
「だいたいあの薬はここから渡ったもの。緊急時に使われた事など、容易に考えられるだろう?」
「だとしても内情が分かるというのはどういう事だ。影か?」
「まさか。私に人を使える訳がない。鳥さんとお友だちなだけだよ」
テーブルの上に肘をついたグレイは、片手に頬をのせ、細い黒ぶち眼鏡の奥の黒目がなくなるほど細めてくつくつと笑っている。
「……鳥使いだとは聞いていない」
「聞かれなかったからね」
そんなグレイの物言いに、レミーナは、わぁ、と思いながら目をみはる。
この人をくったような言い方、すっごい似てるっ! そして殿下がやり込められているの、初めてみた……!
レミーナが興味津々でグレイを見ていたのに気づいたのだろう、黒い瞳がこちらをみてパチンと綺麗にウィンクをした。
うわっ、ちょっとっっ! す、すごい破壊力っ!
思わずのけぞりそうになって我慢をしていると、隣の殿下が身体をのりだし、ダン、とテーブルの真ん中を遮るように腕を置く。
「グレイっ! レミーナに変な色目をつかうなっ! レミーナも反応しないでくれっ」
「いや、こんなイケメンさんにぱちんとされたら誰でもそうなりますって!」
「それでもダメだっ」
「殿下、無茶ぶりが多いですっ」
「あははっ!」
レミーナが口をとがらせて殿下にかみついていると、グレイの弾けたような笑い声が聞こえた。
すました顔がくずれ、大きく口を開け腹を抱えて笑っている。
「いやぁ、ちょっとこれは可笑しい。アルフォンスをこんな風にさせるなんて、すごいね、お嬢さん」
眼鏡を少し上げて笑い涙をぬぐっているグレイ。殿下は身体を戻すと腕を組んでぶすっと黙った。
「あー、おかしい。いいね、お嬢さんはきっと普段からその調子なんだろうね」
「いいのかわるいのか……自分じゃわからないです」
「ん、そうだね。ある時には良いだろうし、ある時には悪いだろうし。眉をひそめる人もいれば、好ましいと思う人もいる。それでいいんじゃないかな?」
にっこりと笑うグレイの言葉に、レミーナはじんわりと心があったかくなる。
でもほっこりとした空気が流れるなか、隣からブリザードの幻視がみえるほどの冷気がただよってきて、レミーナはため息をついた。
「殿下、冷気おさめてくださいよー、さむいー」
「グレイ、本題だ」
殿下はレミーナの言葉を綺麗に無視して、無表情で腕を組んでいる。
うわぁ、ブリザード王子降臨、とレミーナが引いていると、グレイがにこにこしながら解説してくれる。
「あ、この顔の時はね、都合の悪いことを聞かれたか、もしくは自分が崩れそうなので仮面をかぶっているかのどちらかで」
「グレイッ、本題だっ!」
「ね? 今回は後者。対処しやすいから覚えておくといいよ」
「は、はいっ」
レミーナでは前者なのか後者なのかもわからないけれど心にとめておく。
とにかく、冷たさは殿下の外の顔かもしれない。
そう思ってじっと金茶の髪の下にある海のような空のような瞳を見つめると、殿下は眉をしかめた。
「あなたに今後こんな顔は見せない」
「と、本人は言っているけれど、お嬢さんの憂いを取った後はどうなるかわからないからね」
グレイの意味深な言葉に、殿下の眉間の谷はますます深くなった。レミーナは、え? と視線を前に戻した。
くつくつと笑いながらグレイは紅茶を飲みほすと、ソーサーを脇に置いてテーブルの上で両手を組んだ。
「さて、本題。お嬢さんを悩ます憂いは私が作った〝忘却の薬〟の副作用だ。誰にでもでるものではないけれど、薬には相性があってね。あなたには合わなかったようだ」
「〝忘却〟」
レミーナは殿下が馬車の中で言っていたことを思い出した。
〝私には隠すことがあり、その為にあなたに一つ細工をした〟
グレイは口元を弓なりに上げながら、なんでもないことのように言った。
「そう、あなたに薬を含ませた人はお嬢さんの記憶を消したかったんだね。しかし副作用が出てしまった。もちろん副作用を中和することは出来る。しかし中和するということは記憶は鮮明に戻る、ということ。それでもいいのかな? 含ませた人?」
「いいからここに来ている」
「あ、そこの意思疎通はできてるのか、ふぅん」
思った反応ではなかったようで、グレイは肩をすくめた。
「じゃあ、お嬢さんも記憶が戻ってもいいんだね?」
「えーっと、まぁ、はい。副作用で倒れるのはいやです」
「確かに。でも、記憶が戻ることによって隣の人との関係も変わるかもよ?」
「あ、それは……。えーっと、記憶が戻った時にまた考えます」
「あははっ!」
グレイはまた口を大きく開けて笑った。
「いいねっ、その考え方、最高!」
ぴんと伸びていた背筋が崩れてテーブルに伏せている。きっと普段もこんなに笑う人なんだろうな、とレミーナは思った。その明るさが殿下とは少し違う。
「いやー、楽しいわ。こんなに笑ったのはアルフォンスが居た時以来だなぁ。いいね、やろう。二人とも覚悟はあるみたいだし」
グレイはそういいながらすっと立ち上がった。
「お嬢さんから見て左隣の、そう、そのドアのある部屋に簡易ベッドがあるからそこで座って待ってて。疲れたら寝ててもいいよ、今から中和薬を調合するから少し時間がかかるからね。アルフォンス、久しぶりに手伝ってくれる?」
「……わかった」
殿下はしぶしぶ、といった感じで頷いて立ち上がり、薬棚がある方へ向かった。手慣れた感じで白いすり鉢など器具を出している。それを見たグレイが、お、意外に覚えているものなんだね、なんて呟いていた。
レミーナの椅子を引いてくれたグレイは、ベッドが端に二つ置いてあるだけの小さな部屋に案内してくれた。
「さて、記憶が戻ったあなたの反応が私は楽しみだけれど、あなたにとっては知らなかった方がいいことかもしれない、それでも?」
「……最終確認ですか?」
「一応、医者のはしくれのような者だから、患者の嫌がることはしないんだよね」
「んー、それでも、副作用と天秤にかけるなら憂いは取ってほしいし、あと、殿下がここに連れてきてくれたから」
「ふふ、なるほど」
「はい。薬を含ませた人が薬を取りのぞいていいと思っているなら、そんな悪いことじゃないんじゃ? と、私は思っています」
「あははっ、ほんと、いい考え方だね。では、その意思を尊重しよう」
グレイは黒い瞳を細めて楽しげに笑うと、レミーナをベッドに座らせ、すぐ部屋を出ていった。
おはようございます。
グレイさんのおかげで無事投稿できました。やっぱり楽しくかけると筆の進みは早いですね。
来週も仕事のピークは変わらず、状況的に同じなのでこの三連休に続きをがんばります。
もし続きが上がってなかったら、お察しください。平日のどこかで上げますね。
こちらは梅がおわって、木蓮が咲き出しそう。今年は桜も早く咲きだすかもしれませんね。
なん




