19 レミーナとグレイ
意味深な言葉になんとこたえたらよいかもわからず、アルフォンス殿下の柔らかな笑みをただただ見つめていると、馬車の速度がおそくなりやがて止まった。
「着いたな、いこう」
御者の外からの声かけに応えて、アルフォンス殿下が先におりると、手をさしのべてくれた。
レミーナが右手をおくと自然と腕にからめてエスコートされ、二、三歩あるくと、目の前にこんもりとした森が広がっていた。森へ入る道が狭い。
まさか、と腕を預けた先を見上げると、殿下は金茶色の頭を軽く上げ空を見上げていた。
馬車に乗る前は薄かった雲が、今は濃い。
「降るかもしれないな。我らが戻るまで木陰に入って待機! 馬を!」
「はっ」
身近にいた数人の護衛騎士が呼応すると、すぐに一頭の馬を連れてきた。
「殿下、わたし、馬には……ひゃあっ!!」
「大丈夫だ、私が支える」
横抱きにされ、馬上に上がらされたかと思うと、すぐに後ろに殿下が乗ってきた。
手綱を左手に持ちながら右腕がしっかりとレミーナの腰を抱えている。
「殿下、こちらを」
近くに駆け寄ってきた身体のがっしりとした護衛騎士がオリーブ色の外套を差し出す。
殿下は受け取ると、素早くレミーナと共に羽織った。
「では行って参る。戻るまでグラウシスに一任する。頼むぞ」
「はっ、ご無事で」
仰々しく立礼で送られて森の中に入っていった。
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馬上に慣れないレミーナの為に身体の預け方を指示してくれて、かなりゆっくりと馬を歩かせてくれる。
最初身体をこわばらせていたレミーナも、アルフォンス殿下に身体を預け、穏やかな馬の動きに合わせていると、落ちついてきた。
落ちないように殿下の外套をにぎりしめてはいるけれど、少しだけ胸元に寄せていた顔を上げる。
森の中の道はゆるやかに曲がりながら目の前にあり、木々に覆われているので薄暗い。
頬をなでる冷気とあいまって背中が寒く感じ、レミーナはまたすぐにアルフォンスの懐の中に戻った。
「あなたにしてはずいぶんと可愛らしい仕草だな」
「だって殿下が身体を寄せたほうが落ちないっていったからっ」
むぅと顔を上げるも、殿下は前を向いているので喉元しかみえない。でもくっくっと身体が揺れているのは確かで、笑わないで、と胸のあたりをぼすんとたたいた。
「わたしだって怖いときもありますっ」
「怖いのか? いま?」
頭上から伺うような声がする。
「なんだかうす暗いし」
「曇りだからな」
「空気がつめたいし」
「森の中はこんなものだ」
「とにかくうすら寒いんですっ!」
ぜんぜん話にならない、とレミーナは声を上げると外套のフードを頭までかぶって、あまり周りをみないようにした。
「意外にこわがりなんだな」
「いがいは余計ですっ 得体の知れない感じを好きな人なんてそうそういませんっ」
「それはそうだが。……確かに、あの時も腰を抜かしていたか」
「あの時?」
記憶になく身じろぎをすると、いや、なんでもない、とフード越しに頭をぽんぽんとされた。
その柔らかな手の感触がやさしくて、レミーナはゆっくりと肩の力をぬいた。
身体を預けたことが分かったのだろう。殿下の手が頭を撫でて離れたかと思うと、何か軽い感触が押しつけられた。
「ん……? なに?」
「なんでもない。さ、もうすぐ着きそうだ。道が開けてきた」
「一度行ったのに、道を覚えていないのですか?」
さっと見た感じ、一本道のようにみえたのに。
「用のないものは、はじき出される仕様になっているのだぞ? 行きも帰りも、いつのまにか着いているものだ」
そんなものなんだ、と思いながらじっとしていると、ある時を境に周りを包む空気感がかわった。
フード越しに見える景色も明るさに満ちている。
「顔を上げてもいいですか?」
「ああ、もうグレイの敷地に入ったようだ」
おそるおそるフードを下げると、木々の間に陽だまりがある。正面を向くと、細い清水が流れる小川の先に緑におおわれた平屋が見えた。
小川の前で馬をとめ、先に降りた殿下がレミーナを下ろしてくれる。慣れない乗馬に身体のバランスがうまく取れずよろめいた。
想定内だったのか、殿下がすぐに腕をとり支えてくれる。
「王宮に戻ったら乗馬訓練も追加だな」
「やめてください、仕事ふやしすぎっ。養護院改善の案も提案しなきゃなのに」
「立案でいい。カスパル先生に書き方を教えてもらえ。王の承認をもらえればそのまま動いていく」
「鬼上司っ」
「ほめ言葉として受け取っておこう」
くつくつと笑う殿下と共に小川にかかっている小さな橋を渡ると、平屋の扉が内側から開いていた。
「おやおや、なにやら懐かしい声がすると思えば」
「久しぶりだな、グレイ」
入り口のへりに身体を預けながら、黒髪をまとめた細身の人が腕を組んでこちらを見ていた。
「また会えて嬉しいよ、息子」
「む、息子⁈」
グレイは眼鏡の奥の瞳も髪と同じく黒く、顔立ちや身体もほっそりとして殿下とまったく似ていない。そんな二人をかわるがわる眺めて言葉をなくす。
「誤解を招く言動をしないでくれ、グレイ」
「親がわりだった時もあったじゃないか、何もまちがってはいないよ、アルフォンス」
「ただ単に家事従事者が欲しかっただけだろう」
「あははっ、よく分かっているな! 成長著しくてうれしいよ」
ばんばんと殿下の肩を叩くグレイはアルフォンスと同じ二十代のように見える。けれど、殿下の口ぶりだと、もう少し年かさなのかもしれない。
二人の親密な雰囲気にあっけにとられてその場にいたら、グレイが面白そうにちらりとこちらをみた。
「こちらのお嬢さんは初めましてだけど、私に関わりがありそうだ。道が開いたのは彼女のおかげだね」
「やはり私だけでは開かなかったか」
「正確に言えば二人でないと、かな」
その回りくどい物言いにレミーナは既視感を覚えた。微笑みながら食えない顔をしているのが殿下に似ている。
まあ、立ち話もなんだね、いらっしゃい、と部屋の中へ招き入れてくれた立ちふるまいにも殿下の姿が重なってみえた。
「殿下に、似てる?」
思わずそう呟くと、隣の殿下は珍しく苦虫をつぶしたように顔を歪ませた。前を歩いていたグレイは、くくっと拳を手に当てて笑っている。
「いいね、感の鋭い子はきらいじゃないよ?」
「レミーナ、気をゆるすのは私の時だけにしてくれとあれほど」
「え? え?」
何がいけなかったのか分からずレミーナが殿下を見上げると、これまた珍しく機嫌の悪い顔でこちらをみている。
「初対面で私にするような話し方をしないでくれ」
「や、殿下、べつに話しかけた訳じゃ」
「へぇぇぇ、ほぉぉぉ、ふぅぅん?」
レミーナたちの会話を聞いたグレイが奇妙な声をあげて足を止めた。
「まさか君が生きているうちにそんな姿をみられるとは」
「うるさい、黙れ」
間髪入れずに投げられた返答にもびっくりする。
で、殿下、大丈夫ですか?? こんなスパンスパン言葉の拳を振り上げる人だったっけ?
「お嬢さんが気安くなるのは、仕方ないだろう? 君は私の真似をよくしてたから」
「いいから、黙れ。今すぐ、黙れ」
「身近にいるカッコいい大人のマネ、したいよね。わかるわかる」
「ああ、クッソグレイッ!」
初めて聞いた殿下の暴言に目を見開くと同時に、大きな手がレミーナの両耳を塞いだ。
何か頭上ですごい言葉が飛びかっているみたいだ。そしてそれを浴びせられているグレイは面白そうに笑っている。その姿がやはり殿下に似ていた。
どういう経緯か知らないけれど、殿下はここに滞在したことがあるんだ。
王宮で見せている食えないツンドラ王子の原型はこの人からもらったんだろうな、とレミーナは確信して頷いた。
おはようございます、風に冷たさがなくなってきましたね。
更新ですが、現在仕事のピークがきていまして、来週の週末に音沙汰がなければ平日できあがりしだい投稿となります。
グレイさんすきなので、少なくとも二月中にはお届けできるのでは^_^
ではまた。
なん
 




