16 アルフォンス
アルフォンスは二階から一階へと降りると顔を上げた騎士三人と、心配そうに居間で控えていたレミーナの侍女に本人が起きたことを伝えた。
「意識もはっきりしていて、歩くこともできる。大丈夫だろう。少ししたら、温めたスープでも持っていってくれ。院長の部屋にいる」
「はいっ」
侍女はほっとしたように頷くと、さっそくキッチンの方へ向かった。
「今からルスティカーナ家へ行く。リカルドは先触れに行け。グラウシスは私に、テオはここで待機し、明日レミーナをルスティカーナ家へ送るように」
三人が略礼をとり、それぞれに動いたのを確認して、グラウシスと共にポステーラ養護院を出る。
養護院の居間からもれる灯りを頼りに裏手の小さな元馬舎にいくと、そこはもう馬舎として機能はしていなく数羽の鶏が放たれていた。
馬舎の外に繋ながれた彼らが気になるのか、鶏たちは声を発しながら歩き回っている。
「まさか馬舎が機能していないとはな」
アルフォンスが護衛騎士であるグラウシスに話しかける。
自分よりもさらに体格のいいグラウシスはポステーラの灯りを見ながら、そうですね、と静かに応じてきた。
「人がいないのでしょう。馬を使う男手がいない」
「男がいないのはまずいな、防犯対策の為にも。他の養護院も同じ状況なのか調べるか。ここにレミーナがくるようなら王宮からも人員をさいた方がいい」
「クレトに伝えておきます」
「ああ」
アルフォンスは止めてあった手綱をゆるめて騎乗すると、グラウシスと共に丘をおり、ルスティカーナ家の屋敷がある西地区へと馬を走らせた。
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「アルフォンス殿下自らですか、我が娘の為に申し訳ありません」
先触れを出していたので屋敷の門戸は開かれていた。
玄関先には当主のオクタビオ・ルスティカーナ伯爵、そして伯爵夫人であるフローラ・ルスティカーナがそろって出迎えてくれている。
「いや、本来ならあなた方が駆けつけたい所を無理を言ったのは私だ。レミーナ嬢は目を覚まし、外傷もなく無事です。安心して下さい」
アルフォンスより頭一つ分大きいオクタビオに話しながらも、最後はフローラ夫人に向けて頷く。
白い筋が浮き上がるほど両手を握っていた夫人は、ほう、と一つ息をついて深々と淑女の礼をとった。
「今回の件について当主殿と話したい。時間を頂けるか?」
「承知しました」
眼光の鋭いオクタビオが夫人に向かって短く人払いを、というと、奥の客間に案内をしてくれた。
上品な臙脂色のソファに案内され座ると、真向かいにオクタビオが同じソファの脚をきしませて座った。
深みのある緑の瞳が静かな圧を持ってこちらを見ている。雰囲気としては同じ武官のグラウシスに近いな、とアルフォンスは受け止めた。
「今回、レミーナ嬢は突然意識を失って倒れたのだが、以前にそんな事はあったのだろうか」
「後ほど妻にも確認いたしますが、私の知る限り一度もありません」
親子ほどの年が離れているのにもかかわらず、よどみなく対応する姿は軍人そのもの。王直属の配下なので今まであまり話したことはないが、好感がもてた。
アルフォンスは、そうか、では、と少しだけ声を抑えて告げた。
「詳しくはいえないのだが、今回レミーナ嬢が倒れた件について、原因に心当たりがある。そしてその憂いを取る為に、明日、ご息女をお借りしたい」
「…………殿下のおっしゃられる範囲でよいので、もう少しお聞かせ願えませんか。部下としてというよりも、親としての想いですが」
静かにそう言いながら、ぎしぎしっとソファの脚を鳴らしオクタビオは身体を少しだけ前に傾ける。
この男、脳筋ではないな。
愛娘の有事に待てる気質、激昂してもおかしくない状況で冷静に出来うるかぎりの事をしようとする姿勢にそう判断する。
アルフォンスは頷きながら、厳かに話した。
「レミーナ嬢は、我が国の機密を見た。ゆえに私の判断で〝忘却〟の薬を飲ませた。倒れた状況を聞いてみると、おそらく薬の副作用が出ている」
ぴくり、とオクタビオの髭が揺らいだ。
「その憂いを取り除くために、グレイの森に私と共に向かう」
「それは! 危険です、私が娘と!」
はじめて強面の顔を驚きに崩したのをみて、アルフォンスは破顔した。
「レミーナ嬢はお父上似かもしれないな」
「私でなくても、誰しもそのように申します。殿下の御身こそ大事であれば」
腰が浮き上がりそうなほど身を前のめりにしたオクタビオに、心配はいらない、とアルフォンスは手で制した。
「ご好意、感謝する。しかしこれに関してもやはり私が適任だ。機密に関わる」
眉を歪ませて苦悶するオクタビオに、気にしなくていい、と笑って少し肩の力を抜いた。
「ただ……そうだな、おそらくレミーナ嬢に対する私の態度は変わってしまうでしょう。その憂いは、フローラ殿と共に受け止めて頂けぬか、未来のお義父上殿」
そう微笑んで伺うと、オクタビオはくぐもった唸り声を一声上げて、言葉を無くしてしまった。
「頼みます。おそらく貴公が私の最後の砦となりうる」
「どういう意味が」
「婚約破棄の報が入ったとしたら、という事です」
自分の意図を受け止めてくれるならば、良き判断をしてくれるはずだ。
オクタビオは深緑の眼を細めて、くっと口元を引き締めた。
「……承りました。そうならぬよう、レミーナをけしかけます」
「あ、いや、そんなぐいぐいさせると引くからほどほどに」
「いや、我が娘ながらさっぱり色気もないこでこれを機に」
「レミーナ嬢はべつに色気がなくても」
「べつにぃ?!」
カッと眼光が光ったオクタビオをみて、アルフォンスは、あ、いや、そうではなくてな、と、迫りくる肉圧にあわてて身体をのけぞらせる。
「いや、そのままのレミーナ嬢が好ましいということです。そのままそのまま」
「あれでいいのですか! かわいくふりふりと着飾ることもせず、毎日文官の制服なんぞ着て! ふりふりをきたらかわいいのにぃぃ、殿下! 私が肌身離さずもっている幼少期のレミーナをみて頂けませんか! 天使! 天使ですぞっっ!!」
「あ、ああ、うん、またの機会に」
「殿下! 晴れて私の義理の息子となったあかつきには、涙を呑んで私のレミーナコレクションの一部を譲渡いたします! 私の形見と思って受け取って下されっ」
「う、あ、時間があるときに、な。時間時間」
いつの間にか娘愛スイッチが入ってしまったオクタビオの突進を避けて、アルフォンスはさっと立ち上がる。
「では、明日また迎えに来ます。出立はレミーナ嬢の支度が終えてからで、急ぎません。よっぽどのことがない限り、日帰りで泊まりはないですからご心配無用! よろしく頼みます!」
それだけを言い切ると、殿下ぁぁと叫んでいる偉丈夫殿を置いて、ささささっと足早に客間を出て屋敷を後にした。
「首尾はいかがでした?」
逃げるように出てきた主君に気づかいながら聞いてきたグラウシスに、ああ、驚いた、と大きく息をはきながら曖昧に頷く。
「殿下?」
「……レミーナ嬢の面白さは、父上似かもしれないという確信を得た」
「はい?」
あ、いや、と高台の上に立つ屋敷を振り返る。暗闇に浮き上がる温かな灯りに自然と笑みがこぼれた。
「良い縁をもらった。私の憂いもなくなったよ」
そう笑って前を向くと、グラウシスもほっとしたように頷いた。
そして二人、夜陰に紛れて馬を駆けさせ、王宮へと戻っていった。
次回はレミーナです。
楽しんでいただけますように。




