14 レミーナ
「わぁ、みーなせんせーだっこだっ」
「しっ、ミカーロ、聞こえるっ」
アルフォンスの腕の中でレミーナが最大級の心の叫びを抑えていると、ドア付近から子供の声が聞こえた。ミカーロとシスタビオだ。
はっと身体を離そうとするのだけれど、殿下は力を弱めてくれない。なんで?! と顔を上げると面白そうに笑っている。
その間に、ドア付近はコトコトと音がなりだした。
「しすー、あまりーもだっこしゅる」
「わぁ、アマリーナ、どんしちゃダメだ、あっ!」
「わっ! シスおすなっ」
「だっこしゅるーっ」
「「ぐえぇぇ」」
声と共にドアは開かれ、どさどさどさっと倒れる音。あっけに取られて見ると、ミカーロ、シスタビオがうつ伏せに倒れ、二人の背中の上に小さなアマリーナがちょこんと座って乗っていた。
「賑やかだな」
「殿下っ」
笑いぶくみの声が頭の上から聞こえて、殿下が子供たちの存在に気がついていた事がわかった。
レミーナは子供たちに見られた恥ずかしさと教えてくれない殿下に、いじわるだっ、の意味をこめてどんっと胸を叩く。
そして今度こそアルフォンスの腕をぐいっと押して急いでベッドから降りた。
「みーちぇんちぇ、あまりーもだっこっ」
アマリーナがにぱっと笑って手のひらをこちらに伸ばしてきた。レミーナは、はいはい、と抱き上げる。
小さなおもしが身体の上から居なくなり、ミカーロとシスタビオが二人そろって大きく息をはいた。
「た、たすかったー、シスタビオのせいだぞっ、バレちゃったじゃないかぁ」
「仕方ないじゃないか、アマリーナが飛びついてきたら、僕でも支えきれないよっ」
「ミカーロ、シスタビオ」
レミーナはやいやいと言い合う二人の名前をとがめるように呼ぶ。
その声を聞いた二人は、あわてて直立不動に立った。
「ここで言い合う前に、なにか言うことがあるでしょ?」
レミーナがくりくりのうす紫色としゅっとした栗色の細目を交互に見やると、二人はバツ悪そうに顔を見合わせた。
「覗き見してごめんなさい、れみーな先生」
年長のシスタビオが頭を下げると、ミカーロもあわてて謝る。
「ごめん、みーなせんせ」
「ごめんなさい、だよ、ミカーロ」
シスタビオの言葉にミカーロはわかってるよっ、と苛立った声あげて、ごめんなさいっ、と声を張り上げた。
「みーちぇんちぇー、おこるおこるしないー」
アマリーナもレミーナの首にだきついて、いやいやと頬に小さな頭をぐりぐりしてくる。
「わ、わかった、わかったってば、アマリーナ、でも大事なことだから」
レミーナはふわふわの金色の巻き毛をなでると、アマリーナもよく聞いてね、と無垢なうぐいす色の瞳をしっかりと見て、ミカーロとシスタビオに向き合った。
「二人とも、私だけじゃなく誰のお部屋も覗かないのが当たり前。それがなんでか分かる?」
「だっこをみちゃうからー」
「ばかっ、やめろ、ミカーロ!」
頭の痛い返しがきてレミーナはのけぞりそうになる。シスタビオは分かってるとして、問題はミカーロだ。
適当なことをいうでないぞ、というカスパル先生の目を見開いたこわい顔が頭を過ぎる。
わかってます、わかってます先生! ここがふんばりどころですよねっ
レミーナは厳しい顔を変えないように気をつけながら必死に考えた。
えーっと、ミカーロが分かる言葉、分かる例えは……。
「じゃあ、ミカーロに聞くわよ? 自分のお部屋で服を着替えをしてるとするよね、そんな時にドアからそーっと見られてたらどう思う?」
「やだっ、パンツ見られる!」
ミカーロは驚いたように目をみはってサラサラのマシュマロ頭をぶんぶんと横に振った。
レミーナは内心ほっとして頷く。
「うん、そうだね、パンツを見られたら恥ずかしいものね。それと同じことなんだよ。ほかの人のお部屋をのぞくって事は、見られた人にとってはパンツを見られるぐらい恥ずかしくて嫌なことなの」
「うー……」
ミカーロの鼻と眉が、くしゃくしゃとくっつきそうになるぐらい近づいたかと思うと、ぺこっと白金の頭が下がった。
「レミーナ先生、ごめんなさい」
きちんと謝れたミカーロに、レミーナは深く頷いた。
「今回は許します。今度からはしないでね。それからシスタビオ」
「はい」
レミーナは今度はシスタビオと向き合う。
シスタビオは物事を分かってる。でも何も言わずに一緒にここにいる。だから。
「シスタビオは、今度もし、こういう事があったらどうする?」
「……やめようって、いいます」
シスタビオはその細い眉を後悔でゆがませていった。
「そうね。やっぱり、シスタビオには止めて欲しい。紳士のすることじゃないから」
紳士の、という言葉にシスタビオはくやしそうに口をきゅっと結ぶ。
ん、ちゃんと分かってる、えらい。
「レミーナ先生、すみませんでした」
シスタビオももう一度頭を下げた。
レミーナも、許します、と頷いた。そして雰囲気をさっしてか、静かにしているアマリーナにも目をむける。
あーん、二人の手前アマリーナにもなにかいわなきゃ。でもアマリーナは、まだわかってないよね……んー、シス、ミカ、ごめん!
「アマリーナもまねしないでよ? おにーちゃんたちがなにか悪いことしたら、だめだめっていってあげて?」
「あーい! だめだめしゅるー」
レミーナに抱かれているアマリーナがもみじのような手を上げたのを見て、シスタビオとミカーロはがくっと首をたれた。
あー、最後、これでよかったのかな、と内心冷や汗をかきながら、たたずんでいると、とん、と肩を労わるように叩かれた。
レミーナの隣に立ったアルフォンス殿下は、小さな紳士たちの顔を見た。
「話はまとまったようだな。女性を守る男になるつもりなら、我慢することも覚えることだ。知りたいことがあるなら男同士、私が教えてやる。まぁ、どちらにしても今日はもう遅い、明日になるがな」
やった! と飛び上がった二人を手で制すると、アルフォンス殿下は身体を廊下に出して子供たちに聞いた。
「子供だけか? グラノジェルス院長はどうした、就寝の時間だろう」
そんな時間なの? とレミーナがサイドテーブルの置き時計をみると、時計の針は九時過ぎを指していた。
午前中にここに訪問し倒れたレミーナは、半日以上眠っていたことになる。
よくよくみると子供たちは三人とも寝巻き姿だ。早く寝かさないと。
そう思ったとき、もう一人いるはずの存在が居ないことに気がついた。
「ティアはどこ? 一緒に来なかったの?」
大人しくしていても、みんなと一緒にいるのは苦ではないのか、いつのまにか目の届くところにいるティア。
そう、そうよ、ティアと一緒に本を読んでいたのに。ティア、大丈夫だったかな。
レミーナが不安げにティアを目線で探すと、シスタビオが答えてくれた。
「うん、別の部屋で寝てる。熱がでたんだ。コンスエロ先生は、ティアと一緒にいます」
シスタビオはアルフォンスの方も見ながら、しっかりと状況を教えてくれる。
「ねつ、だと……ふあぁ……ねなきゃ、だもんね」
「てぃあ、ねんね。あまりーも、ねんねしゅる」
ミカーロはあくびをかみくだきながら言い、アマリーナは疲れてきたのかレミーナの肩にこてんと頭を乗せた。
「そうだね、寝にいこう。いつもよりだいぶ遅い時間みたい」
レミーナはティアの元へ行きたい気持ちを抑えて、三人が寝る子供部屋へと送る。
アマリーナを小さなベッドに寝かすと、アマリーナのお母さんのショールを綿の入った掛布の中にいれる。
小さな頬はすりすりとショールに寄ると、鼻先でくんくんと嗅き、安心のため息と共にすぐ寝入っていった。
シスタビオとミカーロは二段ベッドにそれぞれ入りこむ。もぞもぞとしているミカーロの首筋まで、アルフォンス殿下が掛布を上げてくれた。
「おやすみ、シス、ミカ、アマリー」
きっちりと自分で掛布の中に入っているシスタビオを確認して、小さく挨拶をすると、シスタビオだけおやすみなさい、と応えた。
レミーナは殿下と頷き合うと、そっと子供部屋を出た。




