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13 レミーナ

 



 レミーナは、やはり起きよう、と思った。


 身繕いをする間はないけれど、話をしたい、ということなら、ベッドに寝ながら聞くのは失礼だ。

 それになにより、殿下が幼子にするように髪を撫でるので、心がむずむずして仕方がない。


 もぞもぞと掛布と共に身体を起こすと、殿下は枕を縦にしてベッドに挟んでくれた。

 そして寝巻きに着替えさせられていたレミーナの肩が冷えないよう、自分の椅子にかけていたマントをショールのように巻いてくれる。


「いたれりつくせり……」

「病人に優しくするのは当たり前だ」

「でも王太子殿下なのに」

「偏見だ。王太子でもなんでも、貴族ならば弱っている者には優しくするものだと骨の髄まで教育されているだろう?」


 そうかな、と、レミーナはお茶会や舞踏会でめぐり会った貴族たちを思い浮かべた。


 高い位置に結い上げられた美しい金髪に、胸元を強調するような華やかなドレス。なにより印象的なのが、口元を隠して目だけで意味深に笑ったり、鼻白んだり、冷たくあしらったりする仕草。


「私が出会った貴族の方でそのような人はいなかったですけれど」

「あなたが出会ったとしたならばおおかた茶会や舞踏会だろうな。それは仕方がない。あれはある意味戦場だ。みな隙を見せぬ」

「戦場?」


 あのきらびやかな雰囲気には似つかわしくない言葉にまゆをひそめる。

 するとアルフォンス殿下はレミーナの方に乗り出していた身を椅子に戻し、組んだ足の上に手を置きながら、くつろいだ様子で説明をしてくれた。


「未婚の令嬢たちはよりよい嫁ぎ先を見つけようしているだろう? その為には自分を良く見せようとしているだろうし、逆にライバルになりそうな者の粗を探そうともしてる。お互いに牽制しあう場だ」

「はぁ、どおりで」


 数少なく足を踏み入れた舞踏会を思い浮かべてみると、会場や人々は華やかなのに、それぞれの話し相手は決まっているような、ある種の緊張感を持った雰囲気だった。

 エスコート役の兄が近くにいるうちはまだよかったが、ダンスや歓談などで離れて一人になると、さっと令嬢たちに囲まれ、一言話せば冷笑をあびせられて壁の方に追いやられていた気がする。


「まぁ、これからはそこまで表立ってあなたに突っかかってくる者もいなくなるから、そんなに心配しなくても良いが」

「なぜです?」

「私が隣にいるから」


 さらりと言われて目をぱちぱちっとした。


「え? 私まだ、婚約者候補ですよね?」


 通例として王族が妃を選ぶには、何人かの婚約者候補を立てて話し合いの場を設ける。

 レミーナが駆り出された舞踏会は、その婚約者候補をしぼる為だから安心して楽しめばいい、とたしか父母が言っていた。レミーナの記憶はそこまでしかない。


「そうだね、まだ正式には披露していないからな。しかし社交の場では私の隣に立ってもらう。まぁ、いうならば虫除けだな」

「虫除け?」


 夏でもないのに、こんな寒い時期に虫なんか出てこないけど? と首をかしげると、アルフォンス殿下はくすりと笑って言い直してくれた。


「私にすり寄ってくるご令嬢を、あなたという存在でガードしてもらう、という事だ」

「えぇ!! む、むりです、殿下!」


 あわててレミーナは顔の前で手を振ると、なぜ? とアルフォンス殿下も首をかしげた。


「き、綺麗じゃないしっ」

「綺麗にするよ」

「話すの苦手だしっ」

「最初は私がフォローしよう。あとは上手くやれるよう、がんばれ。あ、あとダンスもよろしく」

「でんかっ、私、社交的なものがぜんぜんダメな令嬢らしからぬ人なんですっ!!」

「慣れるよ」


 レミーナが悲鳴のように上げた言葉に、アルフォンスは静かにいった。


「あなたが慣れるまでは私が側にいる。一人にしない」


 レミーナは息をのんだ。


 な、なにその台詞……お、王族の方ってそんなことさらっと言えちゃう人達なの?!


 側にいる、一人にしないって、けっこうすごい言葉だ。なかなか言えない、なんだかコンスエロ先生が好きそうな恋物語に出てきそうな、きゅんとしちゃう言葉。でも、まって。


 慣れるまでって、言った。


「な、慣れるって、どのくらい、ですか?」

「舞踏会中に、二、三回、一緒に会談したら、かな」

「むりむりむりむりっっっ、そんな瞬発的学習能力ないですからっ! 殿下と違って一般人に近いんですっ」

「わかった、五、六回一緒にいる。というかそれぐらいしか一緒にいれないと思ってくれ。主要な者への紹介が終わればそれぞれ分かれて情報収集となる」

「ふぇぇっ!! 一兵卒にもらならない人を前線に上げるのですかぁっ」

「む、さすがルスティカーナ卿のご息女、そちらの喩えならば分かるのだな。それならば君は飛び級の武官幹部候補生だ、傍からの攻撃に備えながらがんばってくれ」

「鬼きょうかんっっっ」


 掛布をばふばふ叩いて抗議すると、アルフォンス殿下は、ははっと声をあげて笑った。

 笑い事じゃないです! とさらにばふばふすると、わかったわかった、と笑い涙をぬぐって切れ長の目を細めた。


「いや、元気になってよかった。それでこそレミーナ嬢だ。……意識もはっきりしてきたようだから、聞いていいか?」

「な、なにをですかっ」


 身構えるように両腕を交差して顔のまえでばってんを作ると、そうじゃなくて、と右手を取られてぽんぽんと柔らかく重ねられた。


「今回倒れた状況だ。教えてくれ」


 静かなそれでいて芯のある声に、レミーナは改めてアルフォンス殿下を見つめた。先ほどまで楽しそうにゆるんでいた海空色の瞳がすっと鎮まっている。


 どくっと、耳の後ろで嫌な音がした。



 この眼を、どこかで、みた気がする。



 ちかちかっと光が瞬いた。

 白袖がふっと目を前をよぎる。有無を言わさず、顎を捕らえた大きな手。


 襲ってきた人物の顔が脳裏に浮かびあがろうとして、いやっ、と本能的に目をつむり手を戻そうとすると、ぎゅっと握られた。


 その手は、レミーナが痛くならないように、慎重に握られたごつごつとした手だった。


「レミーナ、どうした、なにがあった?」


 レミーナは片頬を包まれた。

 おそるおそる目を開けると、身を乗り出したアルフォンスの瞳とぶつかった。


 そこには先ほどのようなしんと鎮まった色はなく、ただただ心配をそうにレミーナを見つめている。


 夢で導いてくれた手と、今のアルフォンスが重なった。


 いろいろな顔をもつアルフォンスが分からない。


 でも、とレミーナはすがるように見上げた。


 仕事人間の殿下がここまで来てくれた。

 いまも、私を心配してくれている。

 お父さまやお母さま、兄さまみたいな心の在る瞳で。


 大丈夫、いってもいい。

 殿下を、信じたい。


 レミーナは震える声で小さく言った。


「殿下、わたし、おかしくなっちゃったかもしれません」

「どういうことだ」

「突然、絵が見えるの。ちかちかと光が点滅して、見たこともない景色が目の前に流れだすのです」


 景色、とレミーナの手を握る手が、少しだけぴくりと動いた。


「今も流れたのか?」


 アルフォンスの落ち着いた声に、後押しされて頷く。


「……こわい絵だった」

「どんな?」

「白い袖の人が、私を襲ってきたみたいだった。身体を捕まえられて、顎をぎゅっと掴まれた」

「……」

「どうしよう、こわい。これは、これから先に起こることなの? 私は誰かにおそわれるの?」


 今まで見たことのない絵。でもすごく現実的で、まるでこれから先の未来を暗示しているような、その場にいるような感じがした。


 レミーナは夢見の人になってしまったんじゃないか、とすごく不安になった。

 王宮の離塔の中の古い書物で見たことがある。夢を通じて現実を見てしまう人がいたという話を、カスパル先生からも聞いたことがあったから。


 これがこの先、現実に起こるのならば。


 その先の運命を想像して身体が震えた。喉までせり上がってくる感情に揺さぶられて、唇がわななく。


「レミーナ」


 呼ばれて目線を上げると、なぜかアルフォンス殿下の眉が苦しそうに歪んだ。


「襲われはしない」

「殿下……?」

「そうか、そのように……」


 ふわりと身体が温かいものに包まれた。

 視界が柔らかな影の中に入る。


 気がつくと、殿下の腕の中にいた。


 え、え? え?!


「でででで、殿下?!」

「……表だっては難しいかもしれぬが……この先、我が手はあなたを守ると誓おう」


 だから安心していい、アルフォンス殿下はそう言うと、大きな手で背中を優しく包んでくれた。けれど。


 わぁ、わぁぁ、わぁぁぁぁっ!!


 その手はレミーナの不安な気持ちも泣きそうな気持ちもこわい気持ちもふき飛ばして、代わりにどくどくと早鐘を打つ、祭り囃子(ばやし)の種を残した。








あけましておめでとうございます!

新年最初の投稿となります。

恋も謎もまだまだ序盤!


今年も謎解きをどうぞよろしくお願いいたします。


2020.1.4

なななん

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― 新着の感想 ―
[一言] 殿下って、そこまで表情豊かではないと思うんですが、優しさが滲み出ている感じがとても良いですね。 ああ、惚れます(笑) レミーナいいなー!!w
[一言] 王子攻めるねぇー(笑)
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