12 レミーナ
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白い靄がかかっている中を、レミーナは歩いていた。
おそらく昼間であるというのに、森の木々の葉が空を塞いでいるのか、太陽の光が入ってきていない。
獣が通るような細い道を歩いているつもりなのだけど、なんだか地に足がついていないような、そんな気がして。
レミーナは不安になって足を止めた。
ここは、どこなのだろう。
わたしは、何かをしに、どこかに行っていたはずなのに。
なにか、大事なことをみた、ような。
ふと、しわのある女の人の手が額を労わるように触れた気がした。
周りを見渡しても誰もいない。
前と後ろに、ただ道があるだけだ。
どちらにいくのだったか。
それすらも思い出せない。
また、ふと、今度は小さな細い指の手が頬に触れる。なぜか雫まで感じた。
自分の手で頬をぬぐってみても、何もついていない。
どうしてだろう。
なんだか早くどこかにいかなければいけない気がする。
だれかになにかを言わなくてはいけない。
でもその場所がわからない。
なんとなく、行くなら前に進むような気がして足を踏み出そうとしたら、ぐっと右手を掴まれた。
え、と振り向くと、誰もいない。
でもまた、明らかに力強く手を握られて、後ろに戻るようにレミーナは歩き出した。
なぜだか、今度は不安はなかった。
今も見えないけれど、握られている。
しっかりと握るこの手は、大きくて堅く、安心できた。
お父さまの手に似てる。
騎士さまかな。
暇さえあれば木剣を握って素振りをしている父と同じ手なら、たぶん大丈夫だろう。
そっと握り返すと、ぴくりと固まってから、またさらに力を込めて握ってきた。
「あ、いたいです」
「すまん」
すまん、と言われた声に、聞き覚えがあった。だれだったっけ、と思う間もなく、離れていきそうな手の気配にあわててまた握った。
「やさしく握ってくれたら、大丈夫」
「……そうか」
「そうです」
今度は包むように握られて、レミーナはにっこりと笑った。
にぎにぎとしながら歩いていると、しばらくして、また話しかけられる。
「……起きて、いるのか?」
「え? おきて?」
見えないけれど、あなたに手を引かれて歩いているのに?
「目を、開けることはできるか?」
め?
目は、開いているけど……?
そう思いながら瞬くと、ふわりと視界が開けた。
木目の色合いが古い木の壁を背景に、ぼんやりとした暖かい明かりの中で、海空の瞳が心配そうな色をおびてこちらを見下ろしている。
「……だれ?」
問われた人は、石のように固まり切れ長の目が見開いた。その表情に、レミーナの方が息を呑んで呟く。
「……アルフォンス殿下? うそでしょ?」
レミーナの言葉に、目の前の人は呻き声を上げて掛布につっぷした。
「で、殿下、どうされました。大丈夫ですか?」
思わず上半身を起こそうとして、手が握られているので起きられないことに気がついた。
レミーナの右手は、殿下の左手と繋がっている。
「わわっ、ごめんなさい、お父さまのような騎士さまの手だなぁと思って握ってしまいました。あれは夢だったんだ」
「……あなたの理想はルスティカーナ卿か……残念ながらあれほどの筋肉は付かないので諦めてくれ。あと髭は似合わない」
「へぇ? おっしゃっている意味が、よくわかりません」
「いや、いい。放っておいてくれ。失言だ」
そう言いながらむくりと上体を起こした殿下は、はぁとため息をついて身をのりだし、レミーナの額に手を当ててくれた。
触れられた手の平はやはりごつごつしている。お仕事は机に向かうものばかりだと思っていたので、意外だった。
「熱はないようだな。少し話をしていいか? 寝たままでいい」
「大丈夫ですけど、お水がのみたいです」
「ああ、すまん、気がつかなかった」
殿下は握っていた手を放し、レミーナの背に片腕を入れ、身体を支えてくれて起こしてくれた。
サイドテーブルに置いてあるコップに半分ほど水を入れ、手渡ししてくれる。
「一気に飲まなくていい。少しずつ」
「あ、はい。……手慣れてますね」
「ああ、昔、病人の世話をよくしていたから、見よう見まねでな」
王太子殿下が病人の世話? と不思議に思ったが、レミーナはそうですか、と頷くだけにした。淡々と言ってはいるが、昔、といっていた。おそらくお世話をしている人は今はいない。
殿下に従ってゆっくりと何回かに分けて水を飲むと、ほっと、息がつけた。
コップを戻そうすると、横からさっと手が出て殿下が置いてくれる。
レミーナは室内に目を向ける余裕ができ、見わたしてみると、寝台と小さな文机だけの部屋に寝かされていた。
見知った自分の部屋でもない、王宮の煌びやかな広い部屋でもない。
「ポステーラ養護院まで、わざわざ来てくださったのですか?」
「ああ、グラノジェルス院長から知らせがきてね」
「それは……すみません、お仕事を切り上げさせてしまいましたね」
レミーナは文官になった時に、適性をみる、との名目で王宮の各部署を少しずつ回ったことがある。
どの部署も忙しなく働いていて、自分のペースで生きてきたレミーナはゴクリと喉を鳴らしてそのスピードについていけるか心配になったものだ。
たくさん回った部署の中で最後に案内されたのが、離塔のカスパル先生の所だった。本の匂いと物音があまり立たない空間に、レミーナは深呼吸した。
カスパル先生と再会できたのも嬉しくて、緊張していた肩がふっとゆるんだ。
そんな姿をみて、カスパル先生の助手という仕事に配属されたのだと思う。
王宮で働く人たちの忙しさは目の当たりにしている。その頂点に近い王太子殿下の忙しさを、屋敷に戻ったことで落ち着きを取り戻した今では、少し想像が出来るようになった。
レミーナの気づかう言葉に、アルフォンス殿下も意外そうに片眉を上げる。
「あなたは確か、五分もしないうちに仕事に戻ってしまう婚約者が気に入らなくて屋敷に帰ったと思っていたが」
「いじわるな所は健在ですよねー。前言撤回します、どうぞすぐにお仕事にお戻りください」
レミーナは大きなため息をつくと、もぞもぞと掛布の中にもどって殿下に背を向けた。
倒れた時に打ったのか身体が全身いたい。まだすこし頭はぼんやりしてるし、王太子殿下と掛け合いのような話をする元気はなかった。
「すまん、調子に乗るのが私の悪い癖だな」
殿下も苦笑いのような息をついて、ずり下がってしまった掛布をレミーナの背中が隠れるぐらいまで上げてくれた。
そしてゆっくりと、後ろを向いてしまったレミーナの頭をなでてくれる。
……口を開けば小憎らしいのに、手は優しいってどういう事だろう。
こんな風に家族以外の人から撫でられたことがないレミーナは、はずかしさと共にイヤではない気持ちもあって、なんだか心がむずむずした。
アルフォンス王太子殿下の事が、よくわからないよ。
そう思った時に、コンスエロ院長先生の言葉が頭に浮かび上がってきた。
『どんな人なのか分からないのでしょう? ではまず知らなければ』
そう、そうでした。今度会った時に、知っていこう、と思ったのでした。
「謎解きの最初の一歩は、相手を知ること」
小声でつぶやくと、背後で、ん? と殿下が聞いてきた。その声は思いのほか柔らかい。レミーナはゆっくりと身体を仰向けに戻した。
殿下の方へ顔をむけると、少し癖のある金髪が乱れていた。
たぶん、急いできてくれた。
話したい、とも言ってた。
きっと、心配もかけたよね。
なら、私がまず言うことはこの言葉だ。
「殿下、すぐに来てくださって、ありがとうございます」
「……あ、ああ」
一瞬、虚をつかれたように目を瞬かせた殿下は、口元を緩めてほっとしたように微笑んだ。
ちょっとその笑顔、反則ですよ。
王太子ではないアルフォンス殿下を見てしまった気がして、レミーナの胸の音は少しだけ、とくっと跳ねた。
寒くなってきましたね。
こちらが年内最後の投稿になります。
来年も楽しんで読んで頂けるよう、がんばりますね^_^
みなさま、よいお年を!
2019.12.28
なななん




