11 アルフォンスと王
レミーナが倒れた、という情報は、ポステーラ養護院からルスティカーナ家へ渡るのと同じくしてルイビス王宮にも届けられた。
倒れた状況をみていないので、頭を打っている可能性も否定できない、とにかく動かさずに医者を呼んでいる、との走り書きと共に、双方に伝達した旨が差出人のコンスエロ・グラノジェルス院長から一言そえてあった。
執務室でざっと目を通したアルフォンスは、至急と赤くラインされた、簡易な封書と共に手紙をクレトに渡す。
「今日の予定をキャンセルしてくれ。すぐにポステーラ養護院に向かう」
メモ書きのようなその手紙を受け取ったクレトは、了解しました、と部屋を出ていった。
アルフォンスは一旦自室に戻り、乗馬服に着替える。が、グローブが手に汗をかいているのかうまくはまらなかった。
「くそッ」
荒々しくジャケットのポケットに突っ込むと、足早に廊下にでる。走り出しそうな気持ちを抑えて向かう場所は、王の部屋だ。
アルフォンスの部屋とは真反対にもうけてあるその部屋へ、長い廊下を半ば駆けてもみえる速さで歩いていった。
「緊急の案件だ、通る」
先触れもなく突然現れた王太子に、護衛騎士は一瞬戸惑った表情をしたが、しばしお待ちを、と深々と頭を下げた。
騎士が王の部屋に入っていくのを見届けて、一つ、深く吐く。
自分の父親とはいえ、この国の王に会うのに苛立った気持ちのまま相対してはロクなことにならない。
「お待たせ致しました。どうぞ」
先程の護衛騎士はそういうと、またすっと扉の横に立った。
獅子の足を模した豪奢な取っ手を押して入ると、アルフォンスはそのまま右手奥にある寝室へと足を向けた。
内扉の中から呻く声がする。
しかしアルフォンスは、躊躇なく音を立てて扉を開いた。
「あーたたたたっ、あたたたっ」
「私です、演技はいりません」
「なんだ、アルフォンスか」
大きな天蓋のあるベッドの上から、獅子のようなもしゃもしゃとした頭をひょいっと上げて、むくりと起きたのはベルナルド・ファン・ルイビス。
アルフォンスにとっては目の上のたんこぶ、そして頭の痛い父だ。
先程も護衛騎士から知らせを受けているというのに、このようにうそぶく。
普通に迎えられないのか、といつも思うが、今日はそれどころではなかった。
「レミーナがまた倒れました。副作用は無いと貴方は言った。これはどういう事です?!」
「うーん? 副作用、なかったぞ? 私もためしに飲んだが」
顎に手をやり、首を傾げながら宙をみる父は、やがてアルフォンスを見てニヤリと下町の親父のような笑いをする。
「それにお前だって口に含んだのだろう? 毒味がてらとは感心しないな、未来の王よ」
「どの口がいうのか」
あの日、現状を把握したアルフォンスにぽんと投げられた小瓶を、使うかどうか判断したのは自分だ。しかしそれは、副作用は無いと短く言われた言葉があったからだ。
レミーナを婚約者にしてから、その身辺をくまなく調べている。婚約者以前の健康状態は特に大きな病気をした事もなく良好。
倒れ、体調がすぐに戻らなかったのは、明らかに〝忘却〟の薬を飲んだからだ。
そして今回の件も、おそらく。
「まぁ、そのように怒るな、アルフォンス」
「怒らずにいられるかっ、何も関係のない者まで巻き込むことはなかった!」
「いや、これも縁というものよ。思いの外お前が気にかけるのだから、そんなに悪い娘ではなかろう?」
「そういう問題ではないでしょう⁈」
「いやいや、大事なことだよ。王位継承権に関わることだからね」
「私の意志は譲りませんよ」
「はぁ……頑固だね、誰に似たのか」
貴方に決まっている、という言葉はぎりりと噛み砕いて一番の本題に入る。
「解毒剤は」
「だから毒ではないから、そんなものはないよ」
「では薬のレシピを。それぐらいは譲渡して下さってもいいでしょう」
「はぁ、仕方ないねぇ」
王は肩をすくめて、もぞもぞとベッドサイドに身を寄せた。備え付けてある紙に力強く文字を書くとささっと折り、紙飛行機よろしくこちらに投げてきた。
目の前に届く紙を、横からぐしゃりと掴んで中を見る。
「……っざけんなよ、クソ親父ッ」
「いや、ほんと、そこにあるのよねぇ、まぁ、がんばって。あ、おそらく本人連れてった方がいいよー。容体急変して離れていたら手の打ちようがないからねぇ」
あぐらをかいて面白そうに笑う王に、アルフォンスは一声床に向かって吐くと、すっと表情を変え、目を細める。
「私が居ない間の政務を全てここに回す」
淡々と一言だけ投げると、背を向け、寝室を出た。
あ! いやっ、アルちゃん、それだけはやめてぇ! と響く野太い声を扉で塞ぎ、護衛騎士の一人に自分の執務室に行くように指示する。
「中にいるクレトに、陛下宛と自分に宛てられた書類を全て陛下の寝室に届けるように言ってくれ。随時、陛下が承って下さる言質を頂いた、と伝えれば分かる」
「はっ」
護衛騎士がすぐに向かうのを見届けてアルフォンスは身をひるがえす。
足早に歩き出し、ダークブラウンの乗馬服からグローブを出した。
「巻き込み上等。それならば、本人に身を粉にして働いてもらう」
キュッと音をたてて吸い付くように着用したグローブを両手でバキバキと揉みながら、アルフォンスはいく先々を氷点下に落とすオーラを発して馬舎へ入っていった。
すみません、筆がノリました。
前回、年末感を出してほんとすみません(ぺこり)
良いクリスマスをお過ごし下さい^_^