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プロローグ

 


 きらびやかなホールで、ふわり、ふわりと揺れるドレスの華を、レミーナはどよんとした目でみていた。


 ああ、もうムリ。


 普段あまり座ることはないので立ちっぱなしには慣れているが、ルイビス王宮主催の舞踏会は、別の意味でレミーナにとってつらい。


 今日は王太子殿下が婚約者を選ぶための特別な舞踏会。十六歳を迎えた伯爵令嬢以上の身分の者は全員参加という破格な会だ。


 そうはいっても嫌なものはイヤだ。


 はきなれない高さのヒール、つま先にいけばいくほど足の指がつまってぐーぱーもできない拘束感。


 脱ぎたい……足いたいよ。


 ダンス避けに持っているシャンパンをちょっとずつ舐めながら、レミーナはこの場を離れる機会を伺おうと目線を上げた。


 広いダンスフロアに広がる、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちはとてもきらきらしている。


 踊っている人も、紳士と歓談している人もとても自信に満ちていて、自分のどこが素敵なのか分かっているみたい。


 きらびやかな世界はぱっと見ると素敵に見える、でも自分には向かないなぁ、と改めて思った。


 だってこの髪だしね、と一房だけこめかみから垂らした栗色の髪の毛をつまんだ。


 屋敷の侍女たちが熱したコテでまっすぐになるようにがんばってくれたが、もううねりが出てきている。


 ルイビス王国の特に貴族の女性は、宝石のような色鮮やかな瞳と金色の髪の色をもち、さらさらと流れるような髪質が良しとされている。

 そんな中レミーナの瞳は若草色、髪は渋そうな栗色、しかも海で取れる海藻のようにうねっているのだ。


 そして一番ざんねんな難点は、自分の思いをうっかり素直に伝えてしまうこの性格。

 いろんなものごとを美辞麗句で褒め称え、(まこと)の思いは匂わせて楽しむ上流階級にとても向かなかった。


 何を言われても気にしないたちではあるけれど、デビュタント以降、数回参加した舞踏会での会話を思うとレミーナでも分ってしまう。


 男女問わず鼻白んだ表情、その後に紳士は苦く笑い、淑女は口元を隠しながら目が笑っているのだ。


 同じ表情を何度も見て、レミーナはすっぱり諦めた。ここ、私には合わないわ、と。


 文官になりたい、と宣言した娘の言葉に根負けする形で頷いてくれた両親。

 でも結婚の道はとざして欲しくない、と自分たちが断りきれぬ舞踏会には出席するよう約束を求められた。


 そして今回は、実に数年ぶりの舞踏会なのである。

 慣れない場で肩身がせまく、レミーナはタイミングをみてホールから離れられないかと機会をうかがっていた。


 すると、うまい具合に次の曲が技術的に難しい長めのワルツに変わった。


 今、かな、いまかも。


 レミーナはそろりとホール右前方を見ると、エスコート役で一緒に来た兄がうら若き令嬢達に囲まれてそつなく談笑している。

 左前方を見れば父は狩好きな要職の皆さまとご歓談中、その背後のテーブルで母が奥方さま方と扇子で口元を隠しながら密談中。


 大丈夫そう。


 お目付役が三人ともこちらを向いていない事を確認して、ささっと壁から離れる。入り口に立つ衛兵に会釈をして廊下を歩き出した。


 ホールの角を曲がって衛兵の目がなくなると、きょろきょろと周りを見まわし一人だと確認してからぐんっと両手を上げて伸びをした。


「あー、もうなんで舞踏会に出なきゃならないんだろう。結婚なんて興味ないってこちらに来ている皆さんには伝わっているのにね」


 とにかくどこかに座りたい、と、休憩するために小部屋を探すのだが、近くの部屋は先約がいる事が多くてうかつに入れない。

 見てはいけないものを覗かない為にも、なるべく奥へ奥へと歩いていく。


 夜の帳がすでにおりた廊下は少しだけほのぐらい。でも背後から聞こえてくる華やかなワルツが陽気さをかもし出していて、レミーナは一人きりだということを気にせずに足を運んだ。


 ホール近くはどの部屋も扉が閉まり、すでに使われている、もしくは使用禁止だということを知らせていた。


「うーん、思いの外ないのね」


 中庭に続く渡りも通り抜け、さらに歩いていくと空室を示す細く開けられた小部屋を見つけた。


「よかった。やっと座れる」


 と呟き、ドアノブに手をかけた時だった。


 細筋の隙間の奥にちらりとドレスから覗く足首が見えた。


 いけない。


 レミーナはとっさに視線を外そうとした。


 公の場で身ばれしたらまずい逢瀬なんてしなくてもいいのにとレミーナは単純に思うのだけど、恋に手慣れた紳士淑女の考えることはどうやら違うらしい。


 しかしレミーナはその足首の動きに一瞬にして目を奪われてしまった。


 歓談する部屋から灯りのない奥の間へと向かう暗がりの中、床に投げ出された両足首が、仰向けの状態でずるりと横に引きずられていったのだ。


 えっ、と一瞬頭が混乱した。


 足って、あんな風に動く? まって、そもそも床に倒れているのっておかしくない?


 レミーナは目を凝らして今見えている下半身の先をみようとするのだが、手前と奥の間にかかるカーテンが邪魔をしてよく見えない。


 そんな事を思っている間にも、紫のドレスからのぞく白くたおやかな足首は本人の意思もなく投げ出されたままずるり、ずるりと左側のカーテンの中へ隠れていってしまう。


 そして目を見開いている間に臙脂(えんじ)色のカーテンの中に入ってしまった。


 一瞬の事で、何が起こっているのかレミーナにはわからなかった。

 でも分からないなりに、たぶん、見てはいけない物を見てしまったのだと思った。


 しかも、最後まで見えていたドレスの裾の意匠にレミーナは震え上がった。


 つる草と鷲だった……紫に金糸、そんな高貴な意匠、あのお方しか着ないわ……!


「だ、だ、だれかに、だれ、だれ、だれか」


 見てはいけないどころか知らせないといけないと思うのに、足ががくがくして廊下を走ることも出来ない。


 と、その時、こちらへ向かってくる靴音がした。


 レミーナはその音にほっとして顔を向けようとしたのだが、怖さのあまり固まってしまいただただ後ずさるだけだった。終いには背中が廊下の壁にぶつかってずるずると座り込んでしまう。


 その様子に気づいた靴音が走り出してレミーナの目の前に立つと、すぐに跪く。


「お加減が? 衛兵を呼びましょうか」

「!」


 目の前現れた人物にレミーナはまた度肝を抜かれた。


 畏れ多くて首を横にふる。


 レミーナの顔を覗き込んでいたのは今日の舞踏会の主役、アルフォンス・ファレーロ王太子殿下。レミーナが今見てしまった事を伝えるには一番ふさわしい人物だ。


「でん、でん、でんかっ」

「レミーナ・ルスティカーナ嬢か」


 自分の顔を認めたとたん、柔らかく心配そうな瞳がすっと細まったのを見て、レミーナは少し怖いと思った。なにか、見定めるような目で見られている気がして。


「舞踏会の最中にこんな所まで迷いこむとは。下手をすると私の婚約者候補から外れたいと思われますよ?」

「は、はい!」

「え?」


 レミーナは思わず本音を言ってしまったが、殿下もまさか本当に頷かれると思っていなかったようでぽかんと口を開けた。


「え、いやなの?」

「いやです」


 有事の時でもなんでも自分の将来にとって大事な事は告げねばとレミーナは首を縦にふった。


「殿下と結婚する意志はありません」

「ずいぶんはっきりと」

「大事なことですから。そんな事よりも殿下にお伝えしたいことがっ」


 アルフォンスはなぜかぶふっと笑って、私との婚姻を断りながらも伝えたい事はなに、と面白そうに聞いてくれた。


「殿下、王妃さまがかどわされたかもしれません」

「何?」

「私、見てしまったのです。そこの、手前の部屋で」


 投げだされた足首にかかっていたドレスは最初に挨拶をしに行った時に一段高い台の場所でみたものだ。


 レミーナは終始下を向いていたので王妃の落ち着いた紫のシルクの裾にふんだんに使われている金糸の刺繍を見るともなしに眺めていた。


 先ほどの部屋で臙脂のカーテンの中へ入っていったのは、紛れもなく同じ刺繍のドレス。王妃の意匠、つる草と鷲が裾のラインにそって大胆に散りばめられていた。


 恐れ多くも王妃のドレスと同じ意匠を身にまとう者などさすがに居るはずがない。


「王妃さまと思われる方の足首がずるずると部屋の奥の間へ引きずられていくのを見ました。気がついた時にはカーテンの中に隠れてしまったのですっ」

「確かに義母上なのか?」

「お顔まで確認することはできませんでしたが、王妃さまの意匠を見間違うはずございません」


 アルフォンスの秀麗な眼差しがまたさらに細まると、そこで待っておれるか、と言われたので、こくこくと頷いた。元より腰が砕けて動けない。


 腰に下げた剣をすらりと抜くと、細く開けられたままの扉に背を向けて中の気配を伺うと、するりと音も立てずに部屋の中へ入っていった。


 まって、お一人で?!


 レミーナは今更ながらにその事実にぞっと悪寒が走る。


 もし賊がいたら?

 殿下のお命が危ないのでは?


「えい、衛兵さまっ」


 脚に力が入らず四つんばいになりながらも必死に歩いてきた廊下をはう。震えながら力の限り声を上げるのだが、廊下に人が来る気配がない。


 遠くで聞こえる舞踏の曲がかえってここに人が配置されていない事を如実に伝えてくる。


 どうして誰もいないの?! このままじゃ王妃さまも殿下も危ないじゃないっ。王宮警備って人手不足なの? 帰ったら父さまに絶対言わないと、思ったところでカタリ、と後ろで扉が開いた音がした。


「で、殿下?」


 四つんばいで廊下の中央まではったので部屋から誰が出てきたのか分からなかった。

 声をかけるが応えがない。


 どくんっと途端に心臓が跳ね上がってきた。


 殿下じゃ、ないの?


 恐ろしい予感がして耳の奥の方でキインと耳鳴りがする。


 足音のない人の気配に振り返ることもできない。やがて目の前の幾何学模様の床に人影が浮かびあがる。


「……!!」


 レミーナはたまらず悲鳴を上げた。


 が、正確には上げることはできなかった。


 背後から伸びてきた大きな手が口元を覆い、自分の身体を拘束しようともう一方手が腹部のみぞおち辺りを強く締め上げたのだ。


「うぅぅ……!」


 抵抗しようと締め上げてくる腕をつかもうとしてびくりと固まった。腕の白袖に刺繍されている意匠が特別なものだったからだ。


 銀糸に獅子……殿下?!


 顔を確かめようとのけぞった途端に別のもので口を塞がれた。

 それが唇と分かる前に何か液体が送り込まれて、息苦しさに呑んでしまった。


 ぐらりと視界が歪む。


 涙目で見上げた先には複雑な表情でこちらを眺めている海空色の瞳と絡んだ。


 なんで……殿下が……


 レミーナは狭くなっていく視界の中の人物に問いかけようにも意識がどんどんとはっきりとしなくなり、やがて崩れ落ちていった。



本日は三話ほど更新いたします。


半年以上ぶりの新連載です。

筆がのれると週一更新ができるのですが、繁忙期は不定期更新になるかと思います。


異世界恋愛は一年ぶりですね。


はじめましての方、こんにちは。

なななんと申します。

楽しんで頂けますように。


一年ぶりの方、お久しぶりです。

麗しきとはまた違う雰囲気ですが、楽しんで頂けますように。



肥前文俊先生の企画のおかげで新しい物語がスタートできました。

支えて下さった方々にたくさんの感謝を。


連載がんばります。


なななん



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[良い点] うわぁー!のっけからもうワクワクが止まらないっ!
[一言] 書き出しまつりの連載、始まりましたね! 楽しみにしています。
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