前を向ける
俺は柊人さんに言われたことが頭から離れず、半ば放心状態のままトボトボ帰っていた。
(俺の書きたいものって何なんだろう・・・)
書きたいものが分かってないことに俺は気づいていた。気持ちが先走っていることも分かっていた。でも、俺は早く書かなきゃいけないと思って、考えないようにしていた。ただ今一番需要がありそうなジャンルを選んで書いていた。それじゃあ賞なんか取れるわけがないのに。
「はぁ...」
少し紫がかった夕空に俺のため息がやけに大きく響いた。
「おーーい、恭弥くーーん!」
そんな時、俺を呼ぶ声が聞こえた。この声は・・・
「そんなところで何してるんだよ、奈々美」
奈々美は電柱のそばにしゃがんでいた。電柱の根本を見ると、そこには段ボールがあり、中に子猫が2匹入っていた。
「ああ、猫か。昔から好きだったよな」
「うん!ほんと可愛くて、とっても飼いたいと思ってるんだけど・・・」
「・・・?どうした?」
「お父さんが許してくれなくてね。こうやって戯れることしか出来ないんだ」
「そういやそうだったな。まあ程々にしとけよ。じゃあ俺は帰るから」
「あ、待って!私も行く!・・・じゃあね、猫ちゃん」
奈々美は猫に別れを言って、俺の所へ小走りで来た。
「それでそれで〜、調子はどう?」
「調子?」
「もう!忘れちゃったの?星野君のことだよ。何か分かった?」
(なんだ、そのことか。正直、今は聞かないでほしかったな)
「小説が好きだってさ」
俺は優一のことをとても短めに伝えた。今は自分のことで手一杯で他人に構う余裕がない。
「小説かー。恭弥くんと一緒だね!何か話したの?」
「いや、何も」
いつもなら呆れながらも普通に話せるのに、今だけはなぜか冷たく当たってしまった。俺はダメなやつだ。
「恭弥くん?何かあった?何かあったら話してみてよ。私で良ければ聞くよ」
「いいよ、別に。何もないから」
彼女が好意で言ってくれているのは分かっている。でも、今はそれを素直に受け入れることが出来なかった。
「嘘だ、絶対に何かあったでしょ。・・・それぐらい私にも分かるよ」
「だから何もないって!しつこいぞ」
俺は頼りたいという気持ちよりも好きな人に弱い所を見せたくないというプライドが勝ってしまった。
「なんで・・・」
「ん?」
「なんで言ってくれないの!!あの日から隠し事は無しにしようって決めたじゃん!・・・もっと私を頼ってよ」
彼女はなぜか泣いていた。いや、理由は分かっている。彼女は誰でもない、俺のために泣いているのだ。
思えば、昔からそうだった。俺が転んで怪我をした時も、川で溺れそうになった時も彼女の方が泣いていた。
誰かがこんな事を言っていた。『人は共有することで喜びは2倍に、悲しみは半分になる』と。彼女はそれを本質的に理解しているんだと思う。だから彼女は人のために泣くことが出来る。
ほんと、俺にはもったいないくらいの幼馴染だ。そんな君だから俺は・・・。
「すまん、俺が悪かった。だからこそ、もう大丈夫だ」
「本当に?もう辛くない?」
「ああ、少し吹っ切れたよ。ありがとな」
「なら良かったよ。私としては何かした自覚もないんだけどね」
彼女は涙を拭いながらそう言った。
「それより、これからはちゃんと私を頼ってね!私ばっかり助けられるのも嫌だから・・・」
「分かったよ。これからはちゃんと頼るから」
「ふふ、よろしい!」
彼女は満面の笑みで答えた。さっきの涙といい、この笑顔といい、俺だってちゃんと助けてもらってるっつーの。
そうやって話しながら歩いていたら奈々美の家に着いた。
「じゃあね、恭弥くん。また明日学校で」
「おう、じゃあな」
何はともあれ、頭がスッキリしたし気持ちも落ち着いた。家に帰って冷静に向き合おう。
そう決めた俺はもう暗くなった道を小走りで帰った。