頼みごと
「ほう、それはなんでかな?」
「母と約束をしたんです。誰もが笑顔になれる小説を書くって。そのために僕は小説を書いて出版社に持ち込んだり、賞に応募したりしてきました。でも、なかなか結果が出なくて・・・。だから、小説の書き方を教えてほしいんです!ただでとは言いません。僕に出来ることならなんでもします!だからどうかお願いします!」
俺は精一杯の今の想いを伝えた。これは全部嘘偽りのない本心だ。もう今はいない母さんとの約束のために、頼れる人には頼らないと。
「・・・なるほど。君の気持ちは分かった。なら次に君が書きたいジャンルを聞かせてもらおうか」
「それは・・・まだ決めてません。だから色々なジャンルのものを書いています」
「そうか」
柊人さんと彩葉さんは何かを示し合わせたように顔を向け、柊人さんは再度こちらに向き直った。
「悪いが、君に教える事はできない。文学部の一員としては認めるが、出来るのはそれだけだ」
「な、なんでですか!!理由を教えてください!」
俺は柊人さんに迫るような勢いで聞いた。内心では了承を得られると思っていたからだ。
「そうだね、まず僕たちは忙しい。恥ずかしい話だが、締め切りまで溜め込んでしまう癖ができてしまってね。なかなか人に教える時間というものが取れないんだ」
「・・・」
たしかに小説家は忙しいものだということは知っている。それは人気になればなるほど顕著になる。こればかりは仕方がないことだ。
「まあ、これはさほど問題でもない。こうして学校に通えてる訳だし、時間が全然ないってことはない」
(いや、あるのかよ。じゃあ何で理由に入れたんだよ)
「本当の理由はこっちだ。君の小説家を目指す理由は素晴らしいが、方向性が定まってなさすぎる。ただ母親との約束のみで動いているだけなんじゃないか?まず何を書くのか、何が書きたいのかをハッキリとさせることだ」
「そ、そうですか・・・。分かりました、ありがとうございます。これからも文学部の仲間としてよろしくお願いします」
俺は何も言い返すことが出来なかった。図星だったからだ。俺は母さんと約束したことを胸に頑張ってきた。ただその想いだけが先走ってもいた。そのことに気づいていたのに、気づかないふりをしていた。俺は弱いな。
俺はそのまま文学部の部室を出た。そしてとてつもない無力感に襲われた。
(俺はこれからどうすればいいんだろうな)
何もかもが分からなくなってしまった俺はトボトボ歩きながら学校を後にした。
◇
恭弥が部屋を出た後、
「柊人さん、あれは少し言い過ぎなんじゃないですか?」
「言い過ぎなものか。あの程度、まだまだ序の口だぞ。それに彼はもう自分で気づいていると思う。だからこそ、これからが楽しみだ」
「私はもっと突き離してもいいと思ったんだけどねー。まあ、そこは柊人に任せたよ。私はああいうの苦手だから」
「そうですか・・・。僕も今初めて知りましたけど、彼の気持ちは本物だと思います。だから、あんまり意地悪しないでくださいね」
「ははは、精進するよ」
(さて、彼は這い上がってこれるかな?)
柊人は新たな小説家の誕生を期待しつつ、溜まった仕事に取り掛かった。