8.学校では安らげると思っていたのに……。
俺にとって学校とはつらく暗い地獄のような場所だった。
学校に行くのが楽しいなどとのたまうやつを見ると正気を疑ったものだ。
学校の友人が少ない俺にとっては朝の始業前にたわいない話をする周囲のクラスメートたちの中で、一人孤独に過ごすなんて楽しいものではない。
そういう時は静かに過ごしているはずなのになぜか自分が教室の中で浮き上がって目立っているような気がしてしまう。
普段から俺は寝たふりをして過ごす。
授業の準備をしてからお昼寝タイムに入ろうと思った。
ところが机の中あさってみたがノートがない。
そうだ昨日和也が今日の小テストがあるからって、持って行ったんだった。
和也はノートをとるような殊勝なことはしない。
だからいつもいつもテストがあるときは俺を頼ってくることになる。
テスト?
一瞬血の気が引いた。
今日テストなの忘れてた。
よりによって鬼ヶ島先生の授業で、普段から授業をさぼるようなことはしないが寄りにもよって苦手な化学の授業でやらかすとはな。
深いため息をつき、和也の机に向かった。
和也は何時も置き勉をしているからノートを持って帰ることはないはずだ。
どうせ俺のノートも机の中置きっぱなしになっているに違いない。
普段なら和也の周りは人であふれかえっているが、今日は和也が休みなせいで一人もいない。
やれやれと和也の机をあさっていると声をかけられた。
「ちょっとジジイ。」
棘のあるその口調にうんざりしながら振り返るとそこにいたのは派手めな格好の女集団だった。
いわゆるうちのクラスのカーストトップグループである。
なんでクラスの2軍である俺なんかに声をかけてきたんだ?
「……なんだよ。」
高校生にジジイとは何事かと思うがもう慣れたものだ。
入学当初俺の名前がジジ臭いという理由で俺のあだ名がジジイとなったのである。
「今日和也来てないみたいなんだけど。」
そう言ったのはカースト団のリーダー格、金髪のロングヘア、短いスカートのわかりやすいギャルだ。
まるで虫けらでも見るかのようににらみつけてくる。
それだけで恐怖でその場に縫い付けられたようになってしまう。
他の女子も彼女の後ろに家来のように付き従っている、攻撃的な女子の集団ってなんでこんなに恐ろしいのだろう?
「……そうだな。そういやなんか今日は休むって朝連絡があったな。」
とっさに嘘をつく。
ほんとは俺が休ませたのだが、ほんとのことを話す必要はないだろう。
適当に話を合わせてお帰り願おう。
「ハア?なんであたしに連絡がないのにアンタに来るわけ?」
グループのリーダー格の女子Aが食って掛かってきた。
余計なこと言うんじゃなかった。
知らぬ存ぜぬで通せばよかった。
「さあな。知らないよ。」
こいつはどうも和也にご執心のようでいつも付きまとっているのだ。
まあ和也からすれば女子の中でその他大勢の一人のようだが……。
それが気に入らないのかカースト最底辺の俺が和也と仲良くしていることに常々いちゃもんをつけてくる。
このまま話に付き合っていたら和也が女になったことまで話してしまいそうだ。
こういう場合はぼろを出さないうちに退散するに限る。
「ちょっと待てよ。何で休みなんだよ。」
確かに顔は可愛いといっても差し支えないし、スタイルも高校生とは思えないほどいいといってもいい。
客観的に言って総合得点では学年でトップだろう。
しかし性格がきつすぎてついていけない。
そういえば和也もこいつのことを苦手だって言ってたっけ。
俺は急いで目当てのノートを探り当てて引っ張り出す。
「詳しいことは本人に聞けよ。」
そう言って逃げようとする。
和也に連絡して口裏を合わせておかなくちゃならない。
しかしどうも逃げられる雰囲気ではなさそうだ。
やれやれどうしたもんかと途方に暮れた。
「どうしたお前ら?席に就け。授業が始まるぞ。」
振り向くと熊のような見た目の鬼ヶ島先生が仁王立ちしていた。
助かったと思って思わずほっと溜息が出た。
「わるいな。そういうことで。」
カースト軍団にそう言うと刺すような彼女達からの視線を避けるように俺は自分の席に戻った。
授業の初めに行われた小テストは想像通り惨敗だった。
全く踏んだり蹴ったりだ、和也の奴にノートさえ貸してなければもっとましだったかもしれないと思いつつパラパラとノートをめくる。
そこでふと手を止めた。
ノートの最後のページに見覚えのない落書きがしてあった。
くそ和也の奴ふざけたことしやがって!
腹立ちまぎれに見ているとそれはとてつもなく緻密な代物だった。
大きな円の中に様々な図形や文字が細かく書き込まれている。
勉強もしないでこんなもの書きやがって!
和也がこれを書き込んでいるところを想像するとさらに腹が立った。
想像上の和也がどや顔を浮かべてこちらに笑いかけてくる。
すさまじくリアルな幻影だ。
窓の外からこちらに向かって手を振っている姿が鮮明に見える。
っていうか幻影じゃない和也がいる。
窓の向こうからこちらに手を振っているのは間違いなく本物の和也だった。
「ぬぐっふほ。」
思わず変な声が出た。
「おい。どうした善蔵。」
鬼ヶ島先生が声をかけてくる。
「イエ。何でもありません。」
「静かにしてろよ授業中だぞ。」
「すみません。」
和也の野郎何を考えてやがる。