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3ふられた俺は夢を見る。

『おい善蔵!』

突然後ろから呼ばれて振り返る。


『え?和也?』


そうそこにいたのはにっくき仇敵である和也であった。

この野郎俺になれなれしく話しかけやがってどこまで人をコケにしやがるんだ!


『お前もさすがに今日は遅刻しなかったみたいだな。』


ところが俺の口から出たのは何とものんきな声だった。

俺は和也と並んで歩きだした。

ふわりと顔をなでる風が心地よい。


あたりを見ると同級生の面々が学校の昇降口に集っている。

興奮気味にはしゃぐ奴もいれば不安げな顔をする者もいる。

しかし皆一様に胸に祝入学と書かれた名札を付けている。


ああそうかこれは夢なんだ。

入学式の日を夢に見ているんだ。


『まさか中学からお前のとの腐れ縁がまだ続くとはな。』


和也はがあっけらかんと言った。


『お前がまさかこの高校に受かるとは思わなかったよ。』


和也は中学時代、成績がずっと最下位クラスだったが中3の1年で見事挽回してこの高校に入学してしまった。


昔から要領がいい男だった。


俺は昔からがり勉ではないにせよずっとコツコツと積み重ねて勉強してきたが最後には成績で抜かれてしまった。

俺よりもいい点を取ったテストを見せびらかされた日の事を思い出すと今でも胸の奥がじくじくとうずく。

まあこいつに過去のノートやら問題集を貸して勉強を教えていたのは俺なのだが。

俺と和也は他愛ない会話をしながら入学式の会場である体育館へ向かった。


そしてはっと気づいた。

時間がゆっくり流れているようだ。

目の前を歩いている女子に意識が向く。

期待に胸が膨らんだ。


目の前の女子が体をぐらり傾けと足をもつれさせた。

俺は思わず駆け出してその女子の体を支えた。

『大丈夫?もしかして体調が悪いの?』

『いいえ。大丈夫です。私ちょっと貧血気味なだけです。ちょっと寝不足で。』

俺の問いかけにそう答えた彼女が振り向いた。


これが最初の出会いだった。


お世辞にもおしゃれとはいいがたい黒髪おさげの女の子だった。

賢そうな目元も控えめな唇もそしてふっと風に吹かれて散ってしまう桜の花びらのようなはかなげな笑顔も不思議と好感が持てたのを覚えている。


瀬川藤子との最初の出会いだった。


『そうなんだ大丈夫?オレ達はもう行くけど何なら先生を呼ぼうか?』

俺は無感情にそう声をかけた。


まだこの時は彼女のことが好きじゃなかったな。

勿体ないことをしたなと心で苦笑いする。

このときからもっと仲良くなっておけばよかった。


『いや急に倒れたからびっくりしたよ。』

後ろから和也が声をかけてきた。

『入学式で緊張したの?遠足前の子供みたいだな。』

相変わらず無遠慮にずけずけというやつだ。

しかし彼女は気を悪くした様子もなく照れくさそうに笑っている。

寝不足が恥ずかしいのだろうか?それともこの時すでに和也のことを……。

『俺なんて徹夜でゲームしちゃってさ家族にたたき起こされなかったら入学式にこれなかったところだぜ。』

彼女が和也の冗談にクスクスと笑う。


いつの間にか話の中心になっている和也に俺はうんざりしたような顔をしている。

和也はいつどこでもだれとでも仲良くなる。


俺が助けたのに、先に声をかけたのに、俺よりもずっと彼女と仲良くなっていく。


『おい。早く行こうぜ。』

俺はつまらなそうに声を出す。

『何だよ不機嫌な面しやがって。お前も寝不足なのか?』

バシッと背中をたたかれた。


この時、和也のように明るく彼女に話しかければよかっただろうか?

それとも和也のように笑うことができればよかっただろうか?

そうすれば何かが変わったんだろうか?


和也がオレの背中を何度もばしばし叩く。

分かっているんだ。オレのつまらない嫉妬だってことは。

叩く力が徐々に強くなっていく。

それでも俺は彼女のことが……ってちょっと待って、それにしても力が強すぎる。

こいつはいつも手加減ってものを知らないんだ。

音がバシバシからズドンズドンという人体から出てはいけない音になってる。

ちょっとこれ死ぬんじゃないの?

やめろもう叩くな。

どなろうとして、しかし不思議と口から声が出てこなかった。

徐々に音が大きくなっていく。


がばっと起き上がると自分のアパートだった。

なんだ夢かと息をつく。

ベッドからむくりと体を起こしさっきまでの生々しい夢の名残を振り払うように顔をこすった。


時計を見るともうすでに夜中と言っていい時間になっていた。

部屋の中はすっかり暗くなってしまっている。


そうか確か和也を家からたたき出した後ふて寝してしまったんだ。

それにしてもなんてひどい悪夢だ。

もう一度寝直そうか……。


ズドン!!


突然の物音にびくりとする。悪夢じゃなかった。


なんだ一体?この音は?

身構えているとまたドンドンと音が続いた。


アパートの外から誰かがドアをたたいているようだった。


はあっとため息をついて改めてベッドから抜け出す。


俺の部屋のドアをこんな無遠慮にたたくのは一人しかいない。

このボロアパートのチャイムは壊れていてまともに音がならない。

そのことを知っていてなおかつ

しかもこんな夜中の時間に来るなんて絶対あいつしかいない。

携帯に手を伸ばして着信履歴を確認する。

案の定、十件以上の着信がある。


和也だ。


真っ暗な部屋の中、記憶を頼りにのそりのそりと玄関へ向かう。

「もうわかったよ。今開けるからもう叩くな近所迷惑だろうが!」

ドンドンと戸を叩く玄関の向こうへ声をかける。

騒ぎを起こして大家に怒られるのは俺なんだぞ。


だいたいの要件はわかってる。

確か今日は女子大生とデートだなんて抜かしてやがった。

なのにそれをすっぽかしてここに来るはずがない。


どうせトラブルだろう。

女に浮気がばれたか、もしくは家に女が押し掛けてきたか、女を妊娠させたか、もしくは女にナイフで刺されそうになったか、もしくはそれらすべてかもしれない。


どこまで人に迷惑をかければ気が済むんだあいつは!!!

今度という今度は勘弁ならない、俺の怒りの鉄拳を奴のくらわしてやらないと気が済まない。


鍵をガチャリと開く。

テメエ!この野郎!!と怒鳴りつけてやろうとドアを開けたが声を出せなかった。

思った以上の勢いでドアが開いて転がり込んできた何かに突然タックルを食らったのだ。

思わぬ衝撃に体勢を崩し仰向けに倒れてしまった。


「ゲホゲホ。なんだこら和也!お前何しやがる!!」


痛ぇ。全く踏んだり蹴ったりだ。

俺はあまりに腹が立ってオレの上にのしかかってきている和也をにらみつける。


だが和也は俺の胸に顔をうずめてこたえようとしない。

その態度がますます俺をイラつかせる。

男に抱き疲れても何もうれしくない。っつーか気色悪い。とっとと離れろ!


怒りに任せて相手を押しのけようとする。

そこでふと気づいた。

なんだか異常に相手の体が華奢な気がする。

相手の肩に手を当てているがとても細く肩幅も狭い。

グイっと押すと簡単に持ち上がてしまう、体重もとても軽いのだ。


女?


ふとそんな気がした。


いやそんなはずはない、俺にはこんな時間に訪ねてくる女の知り合いはいない。

そう思いながら一度気が付くと、もうどう考えても女としか思えなかった。

「誰?誰なのアンタ!」

「助けて。」

俺の質問には答えず、相手はそう言った。

その声は完全に女の声だった。

俺は慌てふためいた。

相手の様子を見ようとしても明かりは開け放したドアから洩れる月あかりと街灯の明かりだけでほとんどわからない。

電気をつけなかった自分を呪いたかった。



何?なんでこんなことになってんの?

今日一日最悪な一日だった、好きな子を親友に寝取られてその親友がちゃらんぽらんで女子大生と遊び放題で、二人が夢に出てきたと思ったら目の前でイチャコラキスしだして、違うそれは夢じゃなく現実だった。いやもっと最悪だろそれ。


だめだパニクってる、これは現実なのか?それとも夢の続きなのか?


その時オレの上の女の子が顔を上げた。


顔を見た瞬間に時間が止まった。


今まで見たこともない美少女だった。


外から差し込む明かりにわずかに照らされた彼女はまるで月の化身のように思えた。

彼女の目を見つめていると吸い込まれてしまうようでそこから顔をそらせない。

何か聞かなければならないことがあったはずだが、頭が真っ白で何も言葉が出てこない。

それまで感じでいた苛立ちや胸のもやもやまで彼女の神秘的な瞳に吸い込まれて無くなってしまった。


こちらを見つめていた彼女の目が泣きそうに歪み涙があふれてくる。

それを見るだけで胸が締め付けられるように痛んだ。

まるで体を操られるように手が動く、落ち着かせようと彼女の目の涙をゆっくりと指で掬い取った。

それをきっかけに彼女が口を開いた。

「助けて。」

その済んだ声で囁かれる声が俺の耳をくすぐっていく。

「どうしたの?」

口の中が乾いていてそれだけをやっと口にできた。

「善蔵。」

彼女が俺の名を口にした。


なんで俺の名前を知っているんだ?

どぎまぎして慌てふためき言葉が出ない。

そんな俺を見て彼女がまた口を開いた。

「善蔵……。俺だよ!和也だよ!」






はい?


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