魔法
夜になった。月は満月でその明るい光芒に照らされてか、うっすらと辺りは明るい。
屋敷にある天窓からは月の光が床に照らされていた。
中は静かで物音すらしない。庭から虫の鳴き声が小さく聞こえるぐらいだ。
亮太は寝室を与えられ、ジャスティンの屋敷で一晩過ごすことになった。
今日は色々あって中々寝付けれない。床で寝ている訳ではないが、背中が痛く寝返りを打つ。
そっと右腕を触る。左手の感触を感じるだけで痛みも痒みもない。
なんだったんだろうなと思う。明日になれば何が新しい発見があるかわからないが、この世界を見てみたいとも思った。どんな世界なんだろう。
そんなことを思っていると、ふと突然違和感を感じた。
今空気が変わったよな?
そういえば虫の鳴く音も聞こえなくなっている。
場が緊張している?!
俺は耳をそばだてて、集中してみた。
何も聞こえない。
そっと立ち上がり、部屋の扉を静かに開け、廊下に出る。
やっぱり、違う。このピリピリする緊張感はなんだ?
「こっちか」
足を忍ばせて広間の方に向かう。
廊下に出る。暗いが月の明かりで多少見える。
おかしい。この空気の震えはなんだ。
何かいる?
亮太は廊下を進み、角を曲がろうとした瞬間、『ブン』という音が聞こえた。
体が瞬間的に反応する。剣術の修練の賜物だろう。
すぐ後ろに仰け反った。
「!!」
間一髪だった。そこに鋭利なかぎ爪が空を切ったのである。
「な、なんだ、こいつは!!」
そこに怪物がいた。
空想の世界でしか見た事がない、狼のような顔をした獣人だった。
唾液をだらだら垂らしながら、全身毛むくじゃらの怪物。
この暗さの中でも手爪と牙が鋭く光っているのがわかる。
亮太は仰け反った後、後ろにも何かの存在を感じ、咄嗟に隣にあった部屋に転がり込んだ。
『ドスン』っと亮太がいた床の辺りが割れる音がする。
凄い怪力なのだろう、辺りの床がひしゃげている。
もう一人いたようだ。
そいつは頭に鋭い角を生やし2メートルを遥かに凌駕していた。
大きな斧を持ち、筋骨隆々で怪力の持ち主に見えた。
凶悪な牛の獣人に見えるのだが?
「なんだ、こいつら!!なんでこの屋敷にいるんだ。あんな怪物、どうやって相手にすればいいんだよ」
亮太は膝が震えた。
こいつら、化け物だ!!
どうやって戦えばいいんだ、いや、戦えるのか?
俺は入った部屋で武器になりそうなモノがないか探した。
すごく怖いがそんな事を言ってられない。
すると、部屋の奥に1メートルぐらいある燭台を見つけた。
手でつかんで引き寄せた。
燭台を数回振り回してみて、武器として使えるか感触を試してみる。
少し重いが無いよりマシか、と開き直る。
「ホントは怖くて逃げだしたいんだけどな、成るように成れだ!!」
さっきの狼の顔をした獣人が部屋に入ってきて、
亮太を睨み舌なめずりをする。どうやら獲物だと認識しているようだ。
殺らなければ殺られる。
って言っても化け物怖いぞ、勝負になるのか??
亮太は気合を入れる。
「来いやぁぁぁぁーーー!!」
大きな声を発し、敵を威圧しようとした。
しかし、奴らは怯まない。むしろ闘争本能に火が付いたように見える。
狼男が襲いかかってきた。
動作も俊敏で早い。人間のスピードを凌駕している。
「くっ!!」
亮太は燭台で狼男の手を叩き、そして頭を狙う。早く重い連撃が決まった……ようにみえた。
しかし、狼男にダメージはなさそうだ。所詮は燭台ということか。
「いててて……」
狼男のかぎ爪が少し腹部に掠って血が滲む。
「こりゃ、勝てないかも……」
俺は血を手でふきながらつぶやく。絶望的な気分になった。
すると、
「なんだ、勝てないのか?」
声の方をみるとジャスティンの姿が。
ジャスティンは部屋の奥で壁に持たれかけ手を組み、白のローブを羽織って立っていた。
少し小ばかにしたように呟く。
いつの間にいたのか、気付かなかったが、俺は叫んでいた。
「ジャスティン!!」
「ひ弱だな、リョウタ、怖かったか?」
その言葉にムっとするが弱いと言われてもしかたがない。
あんな化け物達、無理無理、ジャスティンに倒せるがどうかわからないが選手交代だろう。
「あいつら! 怪物だぞ、助けろ」
「ああ?ライカンスロープとミノタウロスか。使い魔の雑魚って所だな」
え、あいつら強いぞ、その余裕で大丈夫か? って訴えようとすると
すっと亮太の前に立ち、詠唱を始める。
「イーバン・スクローノ・ナーラスーク……灼熱の業火よ我が剣となりて敵を滅ぼせ……。
行くぜぇぇーー!! 『ファンガルド!!!』」
呪文を唱え終わると、同時に狼男と牛顔の男が黒い炎の塊に包まれ焼かれ朽ち果てていく。
一瞬だった。あんな化け物どもが一瞬のドス黒い爆炎の中で、消し炭になって散っていった。
なんだ、あの炎は、赤黒い炎って意味わからん。
すごいな。これが魔法なのか……。
俺は凄すぎてただ眺めているだけだった、
もうちょっと態勢が悪ければ力が抜けて尻餅をついてただろう。
ジャスティンは褒めて欲しそうに俺を見ている。
はいはい、凄いな。確かに凄いよ。総毛立つぐらい凄かったよ。
俺はジャスティンに話かけようとしたが、傷が痛み跪いた。
「大丈夫か、リョウタ?」
心配そうにジャスティンは俺の側にくると、手で傷を確認し、治癒魔法だと言って
何かを呟いた。手を添える辺りが暖かくなり痛みが引いていくのを感じる。
これが魔法の戦いなんだ……。
疲れと安堵感から俺は力が抜けた。