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エピソード2:港町で生きる人々③

 ユカがひとしきり仁義の過去を聞き終えた頃、時刻は間もなく17時になろうとしていた。

 2人は名倉家から徒歩で移動を開始して、歩くこと約15分強。仙石線の終点、及び石巻線への乗り換え拠点でもあるJR石巻駅の入り口付近に、ユカ、仁義、そして再び合流した涼子の3人で固まっている。

 帽子の位置を整えたユカは、スマートフォンの画面を見ながらどこかソワソワしている涼子へ視線を上げると、改めて状況を確認した。

「とりあえず……妹さんはここにきてくれるんですよね?」

「あ、はい。渡したいものがあるからって伝えて……」

 涼子はこう言って、持っていたトートバックから、クリーニング済みの透明なビニール袋に入った、白いブラウスを取り出した。

「私が着なくなった洋服を渡すことは、今までにも何度かありました。普段は実家に置いて言付けたりするんですけど……今回は『しばらく会えていないから、ちゃんと会って渡したい』って伝えて、分かったという返事をもらっています」

「分かりました。んで、仁義君はどげんするつもりなん? いきなり写真って……割と警戒されるっちゃなかと?」

 ユカの問いかけに、仁義はスマートフォンの様子を確認しながら、いつも通り返答する。

「今日は涼子さんも一緒なので、姉妹の写真を撮影して里穂の家族に見せたいから……と。涼子さんがいいと言ってくだされば、きっと瑞希さんも了承してくださるはずです。宜しくお願いします」

 こう言って涼子に頭を下げる仁義に、彼女が「わ、分かりました」と気合を入れた、次の瞬間――


「――本当に、すいませんでした!!」


 駅の前にあるタクシープールの一角から、甲高い女性の声が聞こえた。その場にいた全員の視線がそちらに注がれる中、タクシーから降りてきた途端、コメツキバッタのように何度も何度も頭を下げる若い女性が1人。そして、そんな彼女に続いて降りてきた別の女性が、「だからもう大丈夫、あれくらい心配ないから」と、苦笑いで宥めている。

「あれが……」

 ユカもまた、瑞希の顔は写真で見て知っていたので……追い詰められた表情で頭を下げる横顔が、今回の対象者・支倉瑞希だということがすぐに分かった。

 少しくたびれたグレーのタイトスカートのスーツに、肩からはA4サイズの黒いビジネスバックをかけている。一見すると普通の社会人なのだが、その謝り方にはもう後がないような、切迫感すら感じた。

 もう1人はスッキリした短髪にパンツスーツが似合う、姿勢の良い背の高い女性だ。ビジネス用の黒革のカバンを肩に持ち、キリッとした目元には意志の強さを感じるが、今は目の前でひたすら頭を下げる彼女にどう対応しようか、苦慮しているような苦笑い。

 公衆の面前ということもあり、駅にいる人の視線が彼女たちに注がれている。しかし本人はそれを特に気にする様子もなく、ひたすら「すいませんでした!!」と繰り返しているだけ。

「ミズちゃん……」

 ユカの斜め後ろにいる涼子が、その光景を見て心配そうな声音で名前を呟く。

 一方の仁義はユカの耳元に口を近づけて、今後の動き方を確認することにした。

「山本さん、どうしますか?」

「そうやね……」

 まさかこんなに周囲の注目を集めるとは思っていなかったので、尋ねられたユカは思案して……その視線を、涼子へ向けた。

「茂庭さん、とりあえず彼女の事情も聞きたいので、先に1人で接触して、何があったのか聞いてもらってもいいですか?」

「えっ!? あ、はい、分かりました……!!」

 ユカの言葉に我に返った涼子が、トートバックを握りしめて前を見据えた。そして、一度呼吸を整えてから……駅の方へ歩いてくる2人へと近づいていく。

 ユカと仁義もその後ろからさり気なく後を追い――2人はそっとまばたきをして、視える世界を切り替えた。

 その途中、仁義がユカの肩を指で2回叩き、前を見据えたまま、彼女にだけ聞こえるように情報を流す。

「支倉さんの隣にいる女性は……彼女が働いている会社の社長さんです」

「えっ!? そうなん!? 随分若いんやね……」

「ベンチャー企業ですからね。名前は江合(えあい)なるみさん。確か、そろそろ30歳になるくらいだったかと……」

「なるほど……確かにカッコ良かねぇ……」

 ユカは同じ働く女性の中でも特に対照的な2人を見つめつつ、意識を切り替えて瑞希に集中する。

 今はまだ距離があるので、瑞希の生命縁の異変までは気づけない。二人してその一点に目を凝らしながら歩いていると……先行していた涼子が、瑞希ともうひとりの女性――なるみのところへ追いついた。

「ミズちゃん、どうかしたの?」

 涼子に声をかけられた瑞希は、彼女の顔を見て、一瞬表情を緩める。

「あ、おねえ……ちゃ……」

「お姉ちゃん……?」

 怪訝そうな声音と共に、なるみが涼子を見下ろした。涼子は彼女へ軽く頭を下げてから、自分の立場を説明する。

「ミズちゃ……妹がお世話になっております、姉の涼子です。あの、失礼ですが……妹と同じ会社の方ですか?」

 その問いかけになるみはどこか安心したような表情で息をつくと、ポケットの中から名刺入れを取り出した。そして、その中の1枚を取り出すと、名刺入れの上にのせて涼子へ手渡す。

「初めまして、支倉さんにはいつもお世話になっております」

「あ、ご丁寧にスイマセ……えっ!? だ、代表取締……し、失礼しました!! いつも妹が大変お世話になっておりますっ……!!」

 名刺に記載された肩書を確認した涼子が、なるみへと慌てて深く頭を下げる。その様子を見たなるみが慌てて涼子を制した。

「お姉さん、そういう堅苦しいのはやめてください。代表取締役と言っても、まだ10人にも満たない小さな会社ですから」

「い、いえ、私こそ知らなかったとはいえ、本当に失礼しました……。あ、あの、それで、ミズちゃ……妹が、何かご迷惑を……?」

 ここでようやく涼子に追いついたユカと仁義が、彼女の後ろに控える。仁義が会釈していることに気付いたなるみは、一瞬目を細めた後――再び涼子へと向き直り、苦笑いを向けた。

「大したことではないんですけど、週末のイベントへ向けた打ち合わせの中で、先方とちょっとした行き違いがあって」

「行き違い、ですか……」

 涼子がチラリと瑞希を見やると、彼女は沈痛な面持ちで俯いていた。なるみと一緒に行動していることも考えると、少し大きなことをやらかしてしまったと考えるのが妥当だろう。

 姉妹揃って表情が曇ったことを察したなるみは口角を上げると、努めて明るい声音で事情を説明する。

「連絡調整を今回の担当である支倉さんにお願いしていたので、彼女から事情を聞いて、先程先方に改めて確認をしてきたところです。私自身も彼女に任せきりになっていて、フォローが足りていませんでした。幸い大きな問題ではありませんでしたので、週末は予定通りに進めることが出来ます」

「そう、でしたが……ご苦労さまでした」

 どこかホッとした表情で胸をなでおろす涼子とは対照的に、瑞希の表情は未だに晴れない。なるみはそんな瑞希に「じゃあ、私は仙台に戻るから。また明日ね」と声をかけた後、涼子に目配せをして彼女に引き渡した。そして、なるみ自身は涼子の後ろにいる仁義の前に移動してくる。

「仁義君じゃない、久しぶりね。なるほど、君が待ち伏せしていたようにここにいるってことは……今回の担当は仁義君なのね」

「えぇ、まぁ。江合さんもお変わりなさそうですね」

「おかげさまでね。そして……こちらのお嬢さんは?」

 そう言ってユカをチラリと見下ろすなるみに対して、仁義が代わって返答した。

「彼女は山本結果さん。僕と同業者です」

「あら、そうだったの。初めまして、江合なるみです」

 2人の間には、ユカ半分ほどの――政宗と同じくらいの身長差がある。ユカは帽子のつばをあげながら彼女を見上げ、彼女と対峙した。

「初めまして、山本結果です。宜しくお願いします」

 政宗から彼女に関することは何も聞いていなかったので、ユカが当たり障りのない挨拶とともに頭を下げると……なるみは顎に手を添えてユカをじーっと見下ろした後、盛大に溜息をつく。

「……あぁ、分かっちゃった。『この子』でしょう仁義君」

 その言葉に、仁義がとても困ったような苦笑いを浮かべた。

「それは、僕の口からは何とも……いずれ御本人に聞いてください」

 仁義の回答で己の憶測が正しいことを悟ったなるみは、更に何か言おうとしたが……目を伏せた後、口をつぐんでから首を横に振った。

 そしてもう一度、どこか疲れたような声音と共にため息を一つ。

「……そうね、そうするわ。じゃあまた。山本さん、これからも宜しくね」

 そう言って駅の方へ歩いていくなるみの背中を見送りながら……ユカは仁義を見上げて問いかけた。

「ねぇ仁義君、あの人……何のことば言いよったと?」

「それは……僕の口からは何とも。スイマセン」

 先ほどと同じ答えで仁義がお茶を濁した時、涼子に付き添われた瑞希が2人の方へ近づいてきた。

 そんな2人の様子に仁義は一瞬顔をしかめた後……隣に立つユカに、声だけを投げる。

「山本さん、写真はとりあえず後回しにして……ここは僕が話を進めてもいいですか? これはやはり、『あの時』と同じです」

 彼の言葉を受けたユカは、数秒考えた後――前を見つめたまま端的に返答した。

「ん、よかよ」

「ありがとうございます」

 2人がそんなやり取りをしていると、仁義の姿を確認した瑞希は軽く目を見開き……足を止めて、隣にいる涼子を見やる。

「お姉ちゃん……あの、どうして仁義君がここに?」

「え? あ、それは……」

 涼子が言葉を選んでいると、仁義がそんな涼子に目配せをする。そして、話を引き取ることを申し出た。

「瑞希さん、お仕事お疲れ様です。実は……先日、瑞希さんとお会いした時に、ちょっと様子が気になってしまって……」

「えっ……!?」

 刹那、瑞希の表情が明らかに引きつった。心理的に彼女の優位に立った仁義は、その眼差しで「追求したいわけではない」ことを訴えながら、言葉を続ける。


「その……瑞希さんの現状が、僕が以前経験したものと似通っている気がしたんです」

「以前の仁義君が、経験したこと……?」

「そうです。瑞希さん……最近、以前にもまして特別に疲れやすくないですか? あと、瑞希さんがいるはずのない場所で見た、なんて言われたり、実際、そこへ行っていないのに行ったような感覚が残っていたり……」


「――っ!!」


 次の瞬間、瑞希が、持っていたカバンを地面に取り落とした。

 顔面から血の気が引き、指先がカタカタと小刻みに震えているようにも見える。


「ミズちゃん……」

 姉としてしっかり立とうとしている涼子が、瑞希の右手を両手で掴んだ。

 そして、震えるその手を優しく包み、何度も笑顔で頷いてみせる。

「ミズちゃん、大丈夫だよ」

「お姉ちゃ……私、私っ……!!」

 今にも泣き出しそうな瑞希に笑顔を向ける涼子は、彼女を落ち着かせるように、ゆっくりと言葉を続けた。

「大丈夫、大丈夫。ミズちゃんに何があったのか、私には詳しく分からないけど……2人が助けてくれるからね」

「え……?」

 半信半疑で、瑞希が仁義とユカを見つめる。

 そんな瑞希をじっと見ていたユカは、仁義の言葉がビンゴであることを悟りつつ……視界の先にある彼女の『生命縁』の色が少しだけ自分に近い気がして、背筋に感じた寒気に苦笑いを浮かべるのだった。

 猶予は、あまり……残されていないかもしれない。

 瑞希の会社の女性社長・江合なるみさん。キリッとした立ち姿が様になっている、働く女性です。

 ……勘が良い方は、彼女の正体(過去?)をお察しください。(笑)

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