表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

エピソード1:再会、違和感、新たな始まり④

 10分後、コップを片付け終えた政宗が自分の席に戻ると、ユカが彼の机の隣に自分の椅子を用意して、メモ帳とボールペンを持って座っていた。机上には指示通り、A4サイズの宮城県の地図が1冊用意されている。

 そして、政宗の動きにあわせるように統治もイヤホンを外し、ノートとボールペンを携えて彼の隣に立った。

 椅子を引いて腰を下ろした政宗は、机の上にある地図を開くと、冊子を縦に置いた。そして宮城県全体の地図が見えるようにすると、ペンの先で仙台市を指す。

「統治は分かっているから聞き流してくれてもいいんだが……今、俺達がいるのは、この仙台市だ。そして今回、万吏さんから頼まれた仕事があるのは――」

 政宗は言葉を続けながら、ペンの先を海岸線に沿って北東へ進めていく。そして、とある地点で動きを止めた。

「ココ、石巻だ」

「石巻……」

 町の名前を口の中で唱えたユカは、改めて、政宗が指し示す地図上を見つめる。

 これまでに会話で何度となく聞いてきた地名だが、実際に地図で確認するのは初めてだ。こうして見ると、仙台から大分離れているような印象を受ける。

「政宗、石巻って確か、里穂ちゃんと仁義君が住んどるところやったよね?」

「そうだ。宮城第2の都市で、水産業が盛んなところだな。電車や車を使って1時間ってところか……里穂ちゃんも毎日大変だな」

 里穂は実家のある石巻から、仙台駅近くにある私立高校へ、毎日電車で通っている。彼女が通う高校は全国的にも女子サッカーが強い強豪校であり、プロ選手も多く輩出しているのだ。

 要するにこの石巻は……どう考えても名倉家の管轄である。万吏はどうしてわざわざ『仙台支局』に依頼をしてきたのだろう。

「でも、ここやったら里穂ちゃん()の管轄なんじゃなかとね。統治……違うと?」

 ユカの問いかけに、統治は「ああ」と首肯して、県の北東分、太平洋に面したリアス式海岸一体を指でなぞった。

「名倉家は、主に沿岸部を任されている。たまに内陸の仕事を請け負うこともあるが、やはり、4年前の災害以降は……沿岸部の仕事を優先してやってもらっているはずだ」

「だよねぇ……政宗、茂庭さんからどげな仕事を頼まれたと?」

 2人から視線で説明を求められた政宗は、地図をパラパラとめくって、石巻市中心部の地図を見せる。

「茂庭さんも石巻の人で、彼の拠点もそこなんだ。『仙台支局』は名杙との縁もあって担当してもらってる、飛び地みたいなものだな。んで……この石巻駅が市の中心部なんだが、この駅の周辺で、彼の義理の妹さん……奥さんの妹さんが、ベンチに1人で座って、ヒソヒソ話をしている姿が目撃されているらしいんだ」

「1人で座って、ヒソヒソ話……」

 普通の人はそんな話を聞くと、彼女の行動の意味がわからないので放っておけばいいと思ってしまうかもしれないけど。

 でも、万吏がわざわざ相談をしてきたということは――政宗は思案するユカを見つめた後、地図上の海をペン先で軽く叩いた。

「石巻は先の災害でも甚大な被害が生じた土地だ。はっきり言って……潜在的な数も含めると、『遺痕』の数が最も多いと言っても過言ではないと思ってる。今回は恐らく『遺痕』絡み、そして、彼女が本当に『遺痕』と会話をしているのであれば、中途覚醒者である可能性も否定出来ない」

 その言葉にユカは顔をあげると、怪訝そうな表情で政宗を見つめた。

「だったら尚の事、名倉家がいいっちゃなかと? その義理の妹さんが中途覚醒者やったら、どうせ名杙に引き渡さんといかんとに……」

「何だよケッカ、この仕事、やりたくないのか?」

「そげなこと言っとらんやろ。ただ……そういう縄張り的なことって最初にはっきりさせとかんと。後から揉めたら厄介やけんね」

 そう言って回答を求めるユカに、政宗は「心配しなくても大丈夫だ」と答えを告げる。

「名倉さんには俺と万吏さんから話を通しておくし、名倉さんなら融通を利かせてくれるはずだ。どのみち……ケッカも一度、石巻で働いた方がいいと思ってたからな」

「石巻で……なして?」

 この問いかけに、政宗は一度統治と視線を合わせてから……改めてユカを見据え、どこか諭すように言葉を続けた。

「ここからは俺個人の希望でもあるけれど、宮城は仙台だけじゃないってことを知ってほしいから、かな。福岡県だって福岡市だけじゃないだろ?」

「そりゃあ、そうやけど……」

「ケッカも宮城に赴任してきて4ヶ月目だからな。体調も戻ったし、一度、仙台以外の場所も見て欲しいんだ。と、いうわけでこの仕事は主に、ケッカに任せるつもりでいる」

「へ? あたし1人?」

 唐突に指名されたユカが素っ頓狂な声を上げると、政宗がここで、申し訳なさそうに肩をすくめた。

「勿論、ケッカ1人に全てを任せるつもりはないし、常に2人以上で行動してもらうんだけどな……さっきも言ったように、仙台と石巻は移動だけで往復2時間かかるんだ。俺も統治も仙台での仕事がある場合は、フォローを里穂ちゃんや仁義君、それこそ名倉さんとこに頼むこともあるかと思う。2人とも夏休み期間だから、その場合は石巻での現地集合・現地解散ってこともあるだろうな。少し移動が大変だけど、これもいい機会だと思って……ちょっと任されてくれないか?」

 こう言ってユカの意志を確認する政宗に、彼女は迷いなく首を縦に動かした。

 ユカ自身も、もっと宮城の色々なところへ行って、実際の景色を見てみたいと思っていたから。

「とりあえず分かった。でも、初回はさすがにどっちかフォローしてくれるっちゃろ?」

 この問いかけに、政宗は力強く頷いた。

「ああ、流石になるだけ俺が連れていけるように調整しておくよ。仁義君に彼女の経歴なんかを調べてもらうから、ケッカと統治は次に指示を出すまではとりあえず残った仕事を片付けてくれ」

「りょーかい」

「分かった」

 現状を把握した2人がそれぞれに同意して……ユカは残った仕事が終わらなかった時のことは、とりあえず考えないことにした。


 その後、2人の業務状況を確認した政宗は、自分のスケジュール帳を開き……顔をしかめる。

「政宗?」

「あー……いや、やっぱ、『仙台支局』はもう少し人が欲しいよな……」

 こう言ってため息をついた政宗に、ユカは当たり前のことを尋ねることにした。

「名杙に言って、人員補填してもらえんと?」

「まぁ、言えば補填してくれる、とは思うが……どうも俺が気乗りしないというか、自分で雇う人間は自分で決めたいというか……」

 そう言って渋い顔をする政宗に、ユカは肩をすくめる。

「じゃあ、しょうがなかやんね。とりあえず今は……そうだ、森君が独り立ちすることを考えたほうがいいっちゃなかと?」

「まぁ、それもそうだな。10月の『初級縁故』の試験は受けて欲しいし……」

 政宗はそう言ってスケジュール帳を閉じると、立てておいたクリアファイルから、とある少年に関する調書を取り出した。

 A4サイズの白い紙には、履歴書のように名前や現住所などが記載されており、右上に写真が添付されている。そこに写っているのは、何を考えているか分からない、どこか掴みどころのない環の顔。

 今年の5月、様々な出来事が重なって、彼に『縁故』としての素質があることが分かった。そして彼自身も『縁故』の世界を拒まなかったことで、今は週に一度、統治が中学校に通って様子を見ている。

 とりあえず前回、結局ユカが全てを担当した初期研修を経て、週明けから改めて、心愛と共に『仙台支局』で、『縁故』に関する基本理論の研修を実施することになっているが、あの気まぐれな彼はちゃんと来てくれるのだろうか。

 まぁ、途中で物事を投げ出すタイプではないと思うけど……ユカが脳内で彼にそんな評価を下していると、政宗は彼の調書で『あること』に気が付き、軽く目を見開く。そして……ボソリと呟いた。

「定着してくれると、いいんだけどな」

 調書に記載されている、彼の簡単な経歴によると……今は仙台市内に住んでいる彼だが、生まれてから4年前の災害直前まで、石巻に住んでいたそうだ。


 万吏来訪から2日後の金曜午後、柳井仁義は政宗を訪ねて『仙台支局』にいた。

 今日の彼は地元サッカーチームのキャップをかぶっており、グレーの長袖パーカーの下に黒いTシャツ、濃紺のジーンズというシンプルな服装。応接用のソファに座った彼は帽子を脱いだ後、トートバックから半透明のクリアファイルを取り出した。

 そんな彼の前にガラスコップに入った麦茶を出した政宗は、机を挟んで向かい側に座り……クリアファイルを手に取ると、その中身を引き出して視線を落とす。

「しかし……まさか、彼女が仁義君の古い知り合いだったなんてね」

 彼が持ってきた資料に記載されていたのは、先日万吏から依頼を受けた女性・『支倉瑞希』という女性に関する情報だった。

 万吏から話を聞いた日の夕方、仁義にメールで連絡をした政宗のところに、仁義からすぐに折り返しの電話がかかってきた。

 そこで、彼女と仁義、里穂が以前からの顔なじみであること、そして2人もまた、瑞希の『奇行』を目撃しており、その際に写真まで撮影していたことを知らされる。

 政宗は仁義へその写真をすぐに送付することを頼み、同時に瑞希に関する身辺調査を依頼していた。仁義は元々独自のネットワークを駆使した情報収集に長けており、『縁故』の仕事に必要な『生前調書』の作成にも多く関わっている。いつもは亡くなった人のことを調べるので、早くても4日以上かかっていたのだが……今回は顔見知りの生者ということもあり、予想以上に早い成果報告となったのだ。

 ちなみに政宗も瑞希と里穂の写真を確認したが、特に『遺痕』の気配は見つけられないまま。これはもうちゃんと本人に会って確認しなければならないと改めて感じていた。

 そんな政宗は彼女の情報を確認しながら……勤務先の欄で、思わず目の動きを止める。

「彼女……仙台に働きに出てるのか。しかもココ……マジかよ……」

 瑞希の勤務先にちょっとした縁がある政宗は、書類を握ったまま肩を落とした。

 事情を知っている仁義が苦笑いを浮かべ、苦虫を噛み潰したような政宗をチラ見する。

「調べていて僕も驚きました。何というか……『関係縁』は怖いですね」

 そう言いながら政宗の反応をチラチラと伺うと……彼は何やらブツブツと呟いていた。

「俺、会ったことないはずだよな……今年度は外でしか会ってないはずだし……」

「支倉さんは今年の4月から働き始めたそうです。仙台での接触も考えたんですけど、電車通勤の際に、途中まで同僚の方と一緒にいるそうなので……接触するならば、やはり石巻が良いと思います」

 仁義の助言に政宗は首肯した後、瑞希の調書を見つめ……一度、長く息を吐いた。

「分かった。ちょっと俺からも連絡して、彼女のシフトを聞いてみるよ」

「だ、大丈夫なんですか? ここってあの、その……」

 そこから先を言いよどむ仁義に、政宗は頭を振って顔を上げる。

「……ああ、大丈夫。これも俺の仕事だからね」

 いつまでも逃げるわけにはいかない。過去は――変えられないのだから。

 そんな政宗の表情を確認した仁義は、クリアファイルから別途、縦に長い予定表を取り出した。

「これが、里穂の部活予定です。夏休みの里穂は基本的に課外授業と部活なので、山本さんのフォローは僕が担当します」

「ありがとう。俺や統治もなるだけ時間は作りたいんだけど……」

「気にしないでください。支倉さんのことは僕も気になっていたので、力になりたいんです」

 そう言って力強く頷いてくれる仁義が、政宗にはとても頼もしく思えた。

 彼とも4年程度の付き合いだが、最初は里穂に押され気味の、穏やかで物静かな男の子という印象だった。勿論今もその印象はあまり変わっていないが、最近は『物静か』というよりも『落ち着き払った』と表現するのが正しいかもしれない。

 彼の年齢以上の落ち着きは、きっと――政宗は手元の資料を全てクリアファイルに戻してから、「ありがとう、これは預からせてもらうね」と声をかける。

「仁義君も勉強や石巻での仕事があると思うから、あまり無理をしないでね。あと、何か気付いたことがあれば、ここの3人の誰でもいいから教えて欲しい」

「分かってます。ひとまず……どう動きますか?」

「そうだね、多分、シフトは事情さえ説明すればすぐにもらえると思うから……」

 政宗は顎に手をあてて……ボソリと呟いた。

「とりあえず、お姉さんにも話を聞いてみようかな」

 石巻と仙台は、電車や高速バスのどれを使っても、片道1時間程度はかかります。乗り換えが不要なので乗っていればいいんですけど、これが毎日続くとなるとちょっと大変ですよね。

 しかも、電車の場合は、混み合う時間帯になると始発駅以外では座れないかもしれません。地味に……しんどいです。(笑)

 とはいえ、割と通っている人は多い印象なので、やはり仙台には色々なもの(学校や仕事など)が集まっているんだなーと思いながら……霧原も一時期頑張って通ってました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ