エピローグ:リスタート・スイートハート
日曜日、時刻は朝の9時過ぎ。
ユカは政宗、統治と共に、石巻市街地から程近い沿岸部を訪れていた。
旧市民病院から、更に海沿いへ進んだところにある、開けた場所。臨時で用意された駐車場には、50台ほど停められそうなところに既に30台ほど止まっている。加えて駅からのシャトルバスが到着する度に、ゾロゾロと多くの学生や家族連れが降車していた。
空を見上げれば、どこまでも続く夏の青空。大きな入道雲が少し遠くに見えるが、天気を崩すほどではない。午前中で終わるイベントとはいえ、暑くなりそうだ。
集合場所に指定された広場には、参加者が休憩するための大きなテントが設置されている。他の参加者に紛れ、ひとまずそこで待機することにした3人は……上昇していく気温を肌で感じて顔を見合わせ、苦笑いを向け合う。
今日の3人は、作業をしやすいように銘々が半袖のシャツと、通気性や速乾性に優れている長ズボンを着用している。他の参加者を見ても同じような格好で集まっており、これから始まるイベントに向けて、それぞれが思いを語り合っている。
「いやー、今日も暑くなりそうやねぇ……」
着ているボーダーTシャツの丸い襟元をパタパタ扇ぐユカから、政宗が不自然に視線をそらした。統治はどこからともなく取り出した扇子で自分の顔の近くを扇ぎながら、そろそろ到着するはずの心愛たちの姿を探す。
すると……3人を発見した里穂が、手を振りながら走ってきた。その後ろからは仁義が続いている。
「ケッカさん、政さんにうち兄も、早かったっすねー!!」
Tシャツにジーンズ、プロ野球チームのキャップの後ろからポニーテールを外に出している里穂が、テントの中に入りながら3人へ笑顔を向けた。ユカは「おはよう」と挨拶をしながら、後ろから追いついた仁義に視線を向ける。
「仁義君もおはよう。今日は参加出来てよかったね」
「おかげさまで。山本さんにも、ご心配やご迷惑をおかけしました」
里穂の隣に追いついた仁義が、3人へ軽く会釈をする。今日の仁義は地元サッカーチームのキャップとグレーのパーカー、下は迷彩柄のチノパンを着用していた。快活な印象の里穂と並ぶと、バランスの良い爽やかな高校生カップルに見えるのは相変わらず。
里穂は周囲をキョロキョロと見渡しながら、まだ合流出来ていない心愛達を探した。
「今日はココちゃん達も来るっすよね?」
この問いかけに、統治は扇子で扇ぎながら返答した。
「そう聞いているが、まだ姿を見てないな」
「あれ、うち兄……一緒に来なかったっすか?」
「心愛は生徒会の一環で参加するから。学校に集合しているんだ。そろそろだとは思うが……」
統治が扇ぎながら腕時計に視線を落とした次の瞬間、拡声器特有の雑音が周囲に響く。
その場にいた全員が、その方向に視線を向けると……テントから数メートル離れたところにスタッフらしき人が集まっていた。拡張期の調整と、今後の段取りを確認しているらしい。
その中には首元にタオルと保冷剤を巻き付けて、バインダーとにらめっこしながら頑張っている瑞希の姿もある。ユカがその姿に目を細めていると……拡声器を受け取ったロングヘアの若い女性が一歩前に出て、聞き取りやすい声で挨拶を始めた。
「皆さん、おはようございます。本日は暑い中、この石巻市沿岸部までお集まりいただきまして、ありがとうございます。本日はこの後、伊達武将隊による演舞や地元の高校生によるパフォーマンス、そして、石巻のグルメを食べてもらうブースも設置いたしますので、どうぞ最後までお楽しみください!!」
彼女は石巻のコミュニティFMでラジオ番組を対応しており、このイベントMCを任された女性である。ちなみに瑞希や駆とは同級生の間柄で、今回も瑞希との接点からキャスティングされたようなものだ。
彼女は日差しの暑さを感じさせない爽やかな笑顔と語り口で、参加者の注意を自分の方へ引いていく。
「それでは早速、今回の植樹祭について、大まかな流れと注意事項を簡単に説明をさせていただきますね」
今日は、瑞希が中心になって企画を進めてきた、石巻沿岸部の植樹祭だ。
先の災害における津波で、沿岸部にあった海岸防災林は、壊滅的な被害を受けた。辛うじて残っている木もあるが、津波によって破壊された瓦礫が、曳き波と共に海岸防災林を滅茶苦茶にしてしまったのだ。
美しい景観は、一瞬で破壊されてしまったけれど。
そんな場所をもう一度緑の木々で蘇らせるのが、このプロジェクトの目的である。
未来を生きる人達が、少しでも、安全にこの町で生活をすることが出来るように。
「それでは、皆さんが今いらっしゃるテントの裏で、苗木の配布を開始します。全員分ありますので、ゆっくり取りに来てくださいね。受け取った方から沿岸部へご移動をお願いしますー!!」
司会の女性のアナウンスにあわせて、テントの中の参加者が一斉に後ろを向く。そして、スタッフが用意していた長机の前に並び、小さな苗木を受け取っていった。
説明の間にも人が集まってきて、今の所、150人くらいはいるだろうか。駐車場に止まっている車のナンバーをみると、県外からの車も決して少なくはない。個人での参加から知人同士、家族連れなど、多くの人がこの地に集い、未来を守るために動き始めていた。
ユカ達も列に並び、1人ずつそれを受け取る。ユカの両手で持てるほど小さな苗木は、緑色の葉を太陽に向けて青々と伸ばしていた。
「ケッカ、行くぞ」
「あ、ちょっ……待ってよ!!」
実際に木を植える沿岸部へと移動していく政宗や統治を追いかけて、ユカもまた、沿岸部へ走る。そして――
「あ……」
傾斜を登り、海が見えたところで、ユカは思わず立ち尽くした。潮風が頬をかすめ、磯の香りを感じながら……目の前に広がる穏やかな夏の海に、少しだけ、時間を忘れる。
白波が海岸に打ち付け、寄せては返すを繰り返している。水面は太陽に反射してキラキラと煌めき、その眩しさに、ユカは時折目を細めた。
こんな穏やかな海が、ユカの背後にあった人々の命を、生活を、思い出を――何もかもを奪ったという事実が、未だに信じられないけれど。
でも、それはきっと、その悲しみ以上に、力強く立ち上がって歩いている人を何人も知っているから。
「ケッカさん? どうかしたっすか?」
斜め後ろから声をかけてきた里穂に、ユカは「ちょっとね……」と、言葉を濁したあと、隣に並ぶ彼女にチラリと視線を向けた。
「里穂ちゃん、本当に婚約まで解消してよかったと? 政宗にはそこまで言われとらんかたやろ?」
ユカが、仁義に対する名杙の処分、そして、仁義と里穂が婚約を解消したという話を聞いたのは、金曜日の夕方、政宗が1人で『仙台支局』に戻ってきてからだった。
まず、名杙からの処分は、仁義を『縁故』に関する業務から4ヶ月遠ざけること。要するに謹慎だ。
これは、政宗達が想定していたよりも甘い判定だった。理由としては今回は初犯であり、縁切りではなく元々の知人同士の『関係縁』を強化しただけだということ、既に『生痕』との『関係縁』を統治が切っており、仁義の縁結びよりも名杙直系の縁切りの方が効果が強いだろうという結論に至ったことである。
そして、仁義の監督不行き届きということで、名倉家にもペナルティが課せられる。それが……最低でも、謹慎期間中は名倉家に住まわせることを禁ずる、というものだった。婿入りが決っている名倉家が彼を甘やかせば、謹慎の意味がないという意見からである。
実はこれらの仁義に対する処分に関しては続きがあり、実はほぼ全ての内容において、彼が思い描いたとおりの結果を導き出すことが出来た。しかし、婚約解消は……正直、政宗も予想していなかった内容だ。
「2人がそれでいいって言ってるんだ。俺達はそれを受け入れることしか出来ないからな」
そう言って、どこか寂しそうにため息を付いた政宗の横顔は、今でもまだ思い出せる。
里穂はユカの言葉に一度頷くと、口元に笑みを浮かべてこう言った。
「実は……うち兄からは、そう言われたっす」
意外な黒幕に、ユカは目を丸くする。
「統治から?」
「ケッカさんたちが帰った後、メールで。今の私達なら大丈夫だから、一度婚約を解消することで、名杙も名倉も関係ない、2人だけの関係を始めてみたらどうかって。家に縛られるのは自分だけで十分だから、って書いてあって……」
里穂はそう言って、少し離れた場所にいる統治を横目で見た後、再び海の方を見つめて……苦笑いを浮かべた。
「あと、私達の婚約解消が、名杙に対する分かりやすいけじめに見えるってアドバイスをもらったっす。実際にジンの処分も政さんの想定通りになったので、体を張ってよかったと思ってるっすけど……本当、あの家は面倒くさいっすねー」
その言葉には、ユカも思わず同意した。
「そうやね。本当……みんな大変やなーって思うけど、でも……」
言葉を濁して心配そうな眼差しを向けるユカに、里穂は再び彼女を見つめて、爽やかな笑顔を向ける。
「うち兄の言葉も理由の1つっすけど、最終的に決めたのは私っす。私達の関係は、まだまだこれから……柔軟に変えていくべきだって。名杙も名倉も関係なく、将来のことを考えたいって思ったっすよ」
あの時、2人きりで抱き合った時。
里穂は仁義に、今の『婚約者』という立場を一度リセットしようと提案した。
「私は……ジンと大人になりたいっす。そのためには……一度、全てをゼロにした方がいいと思ったっすよ。私達は相性が良すぎて……きっと、今以上に成長出来ないっす」
『婚約者』という、約束された相手がいることは、互いにとって大きな心の支えになる。
しかし、『婚約者』という関係だと、どうしても名杙の目が気になってしまう。それに、将来が決まっていることで、どこか互いに対して甘えすぎたりしてしまった面もあると感じていた。
世間的にはそれでも問題ないかもしれないし、そんな関係でも上手くやっている人はいると思う。けれど、里穂と仁義にとっては……互いの存在に頼り切って、己の成長に大して貪欲にならないのは、どこか違うと思っているから。
そもそも婚約の発端が名杙という家に対する反抗心から始まったこともあり、2人の中でどこか受動的な、大人に仕組まれたような印象が残っていたことも事実だ。
共に生きたいと思うなら、まずは自分の両足でしっかりと立つこと。
寄り添い続けるだけではなく、時には背筋を伸ばして前を見据え、同じ方向を向いて歩いていくこと。
共に沢山泣いて、悩んで、時に感情をぶつけ合って……そして、笑って。
喜怒哀楽の全てを共有して、自分たちの意思で相手を選び、生きていきたいと思う。
そのために、今は互いに……家のことにとらわれず、役割に固執せす、もう少し、色々な世界を見てみよう。
きっとそれら全てが、2人の未来への糧になるはずだから。
「きっと寂しいっすよ。今までずっと一緒だったから、悲しいと思うっす。でも……それ以上に、私は、ジンのことが――」
「――里穂、あのね……」
里穂の言葉を遮って、仁義が彼女の名前を呼んだ。ゆっくりと腕の力を緩めると、彼女と少し距離を作って……その顔を、至近距離で見つめる。
そして、里穂の頬に残る涙を彼の指で拭いながら、自然と笑顔になって、彼女に自分の想いを告げた。
「里穂……僕は、君のことが好きなんだ。誰よりも大切に思ってるよ」
「ジン……」
「柳井仁義でも、國見有都でも……どんな名前や立場でも、僕は結局、里穂のことを好きになるんだ。だから僕は……誰に何を言われても里穂の隣に自信をもって立っていられる、里穂のことを守れるような、そんな人間になりたいから」
仁義はこう言って、里穂の右頬に軽くキスをした後、再び赤面した彼女に額をあわせて、いたずらっぽく微笑んだ。
「だから……里穂が高校を卒業したら、僕からプロポーズしに行くから。その時はちゃんとお婿さんにしてね」
誰かに言われたからじゃなくて、将来の伴侶は、自分の意思で選ぶ。とはいえ予想外の言葉に、里穂は眼を丸くした。
「ジン、それはとても斬新な提案っすね……」
おぉーと感嘆の声を上げる里穂に、仁義は「そうだね」と返答してから……2人の関係を新しく始めるために必要な、最後のピースを埋めることにする。
今の2人に足りないもの、それは――恋人としての第一歩。
「名倉里穂さん、僕は、君のことが好きです。僕と……付き合ってくれませんか?」
その言葉に、里穂は一度首を縦に動かした後……満面の笑みで返答した。
「ありがとう、ジン。私も、ジンのことが大好きなので……改めてこれからも、宜しくお願いしますっす!!」
海を見つめながら目を細める里穂の横顔に、今まで以上の落ち着きと大人びた雰囲気を感じたユカは……「そっか」と言葉を区切ってから、彼の今後を問いかけた。
「仁義君、いつ頃出ていくと?」
「確か……来週の半ばらしいっす。多分私は部活なので立ち会えないっすねぇ……」
どこか残念そうに告げる里穂は、仁義のために部活を休むという選択肢は、最初から持ち合わせていなかった。
里穂が部活を頑張ることは、仁義が望むことでもあるから。
「でも、新居には遊びに行くっちゃろ?」
からかうような口調のユカに、里穂は「当然っすよ」と胸を張った。
「その日のうちにお土産持って遊びに行くっす。それが出来るのも、彼女の特権っすよ!!」
そう言って心から嬉しそうに笑う里穂に、ユカは心底安心して……そして、真っ直ぐに仁義への愛情をぶつけている姿が、少しだけ、羨ましくなった。
一方、苗木を受け取った仁義は……とある人達を探して、会場内をウロウロしていた。
すると……『報道』という腕章と共に、イベントの様子を写真撮影している駆の横顔を見つけ、駆け寄る。
「――駆さん!!」
その声に振り向いた駆が、「仁義!!」とカメラを下ろして彼に近づいてきた。
今日の彼は新聞記者としての仕事で来ていることもあり、白い半袖のワイシャツに、黒いスーツのズボン。陽の光を直接受けた顔は日焼けしており、全体的に汗が滲んでいる。そして、その表情には……仁義への困惑があった。
「メールに書いてあった引っ越しって……どういうことだよ?」
その問いかけに、仁義は苦笑いと一緒に言葉を濁した。
「えっと、僕のせいで、ちょっと名倉家から出ていかなきゃいけなくなって……」
「はぁっ!? おまっ……何したらどうなってそうなるんだよ!!」
駆の大声に、周囲にいた人が一斉に彼に注目する。駆は慌てて愛想笑いを浮かべてその場を誤魔化しつつ……清々しい顔をしている仁義に、これ以上、何も言えなくなってしまう。
「……決めたって顔してるな、仁義」
「ええ、最終的には僕が決めました」
「そっか。ってことは……里穂とは別れたってことか?」
その言葉に、仁義はフルフルと首を横に振る。
「いいえ、やっと恋人になれました」
「は……え? えっと……え?」
最早、端的に話を聞いただけでは意味が分からない。駆は大きな溜息をついて……彼に、未来の約束を取り付ける。
「今度ゆっくり話を聞かせてくれよ。って……どこに引っ越すんだ?」
駆の問いかけに、仁義は笑顔で、新天地の場所を告げる。
「仙台です。石巻にも『帰ってきます』から……また、コバルトーレの試合に連れて行ってくださいね」
「えぇっ!? 苗木が足りない!?」
同時刻、設営テントで学生ボランティアからの相談を受けた瑞希は、慌てて手元のバインダーを確認した。
「た、確か荷台にコンテナが残ってたはずなので見てきますっ!! み、皆さんはとりあえず配っていてくださいっ!! ちょっと行ってきますねっ!!」
その場の対応を会社の同僚と学生に任せた瑞希は、駐車場に向けて走り出した。そこに停車している軽トラの荷台に、予備の苗木を用意しておいたからである。
人の流れに反して小走りで移動する瑞希は……目の前から歩いてきた少年に気付き、思わずその場で立ち止まった。
「環君、心愛ちゃんも……来てくれてありがとうございます……!!」
人の流れにのって歩いてきた環は、スポーツブランドのキャップのつばをあげて瑞希に気付き、「あ、どうも」と軽く会釈をする。今日の彼は沖縄的な面白Tシャツと7分丈のチノパン、足元はスニーカーという出で立ちだ。
その後ろを歩いていた心愛もまた、麦わら帽子のつばをもちあげて、瑞希に「おはようございます」と挨拶をした。彼女もまた植樹祭に参加するため、そして、瑞希の顔に浮かぶ焦りに気づいて問いかける。
「支倉さん、急いでどうしたんですか?」
「えっと……ちょっと苗木が足りなくて、駐車場まで取りに行くところなんです」
「えっ!? だったら1人じゃ大変ですよね。私達も――」
「――僕達もお手伝いしますよ!!」
次の瞬間、心愛と瑞希の間に割って入った勝利が、つばの広い麦わら帽子をかぶり直し、今着用している某海賊王のTシャツと同じ仁王立ちで腕を組んだ。足元は膝丈の麻のパンツである。
瑞希が勝利の勢いに呆気にとられていると、彼の隣から出てきた倫子が、布製の帽子を取って瑞希に会釈した後、それを被り直して支持を扇ぐ。
「お1人では大変だと思うので、私達にもお手伝いさせてください。案内していただけますか?」
「は、はいっ、分かりました……ありがとうございます!!」
頭を下げた瑞希の案内で、5人は人の流れに逆らいながら駐車場を目指す。道中、勝利と倫子を瑞希に紹介した心愛は、瑞希を見上げて小声で問いかける。
「あの、お体の調子は……どうですか?」
その問いかけに、瑞希は歩きながら頭を下げた。
「おかげさまで回復しました。その節は本当にお世話になって……今日、お兄さんはいらっしゃってますか?」
「えっと、どこかにいるはずなんですけど……」
先程到着したばかりの心愛は、まだ統治達と顔を合わせていない。合わせたら合わせたで勝利が騒々しくなるのは目に見えているので、まぁ別に無理して探さなくていいやと思っているところだ。
駐車場は、車から降りてきた参加者や、植樹を終えた人たちに振る舞うための地元グルメを用意する人たちで騒がしくなっている。直前に、この食事提供に関することで地元の商店と行き違いがあった瑞希にしてみれば、今のところ目立つトラブルがないことに安堵していた。
上司のなるみは主に今日のステージイベントを仕切ってくれているため、今は1人で何とかするしかない。瑞希は記憶をたどって目的の軽トラの前にたどり着くと、上にかぶせておいた青いビニールシートをはがした。
その下から出てきた苗木の並ぶコンテナを手に取ると、心愛や勝利へ順番に手渡していく。3番目に受け取った倫子が、位置を調整しながら、後ろにいた環に位置を譲った。
環と目があった瑞希は、一瞬固まった後……慌てて我に返って手元を確認する。
「あ、えっと……お願いします!!」
「……うす」
瑞希から苗木が並んだコンテナを受け取った環は、特に抑揚のない返事と共に、彼女に背を向けた。
その様子は相変わらず淡々としていて、掴みどころがない。ある意味では……とても、彼らしい。
瑞希は自分の分のコンテナを取り出して地面に置き、ビニールシートを元の位置に戻す。そして、苗木を改めて持ち直し、4人を案内するために先頭に立った。そして、苗木を配っているテントの方へと歩き始める。
すると……瑞希の後ろを歩いていた勝利が、隣を歩く心愛に話しかけた。
「名杙さん、ここに名杙先生も来てるの?」
「え? あ、そうですね、確か……」
「ってことは、政宗さんも来てるってことだよね!!」
「あー……まぁ、そうですね、どこかにいるんじゃないですかー?」
とても面倒臭そうに返事をする心愛に対し、勝利は何故がテンションが上っている。最近の中学生はよく分からないなぁと思っていると……そんな勝利の後ろを歩く環が、特に目立つ感情もなくこう言った。
「今日の島田先輩、全体的に農家のおっさんみたいっすよね」
「えぇーっ!? 森君ちょっとそれひどくないー!? せめてお兄さんにしてくれないかな!?」
その様子に、心愛が溜息をついたのが分かる。瑞希はそんな会話を背中で聞きながら……環が築いた今の友人関係があったから、今回、こうして再会出来たのだと改めて思う。
人と人の繋がりには、必ず何か理由があって。
最初は分からなくても、いずれそれが……大きな意味を持つようになるっから。
瑞希は思い切って首を動かし、勝利を見つめた。
そして……頑張って笑顔を作ると、何だろうと首をかしげる彼に、こんなことを尋ねる。
「し、島田君と環君は、同じクラスか何かなのかな!! な、仲良しさんだね!!」
次の瞬間、勝利は口元を引きつらせ、心愛が「あっちゃー」と言わんばかりの表情で溜息をつく。倫子はその様子を苦笑いで見つめており、何も変わらない環が、そんな倫子に問いかけた。
「俺、さっき……ちゃんと島田先輩って言ったっすよね?」
「そうなの!?」
己の間違いを悟った瑞希が、勝利へ向き直って慌てて頭を下げる。次の瞬間――彼女の手元も傾き、コンテナ上の苗木が半分ほど、ゴロゴロと地面に転がった。
「あぁっ!! ご、ごめなさい!!」
慌てて全員が立ち止まってそれを回収作業を始めた。環は自分の足元に転がって来た苗木を拾い上げると、しゃがんで苗木の数を数えている瑞希に近づいて、立ったままそれを手渡す。
「これで最後っすかね」
「あ、ありがとう……私、助けられてばっかりだね」
苦笑いを浮かべて苗木を受け取る瑞希に、環は少し思案した後……。
「……じゃあ今度、ラムネ奢ってください」
「え……?」
彼からの意外な申し出に、瑞希は思わず目を見開いた。
そして、逆光の状態で彼を見上げると……環は口元に少しだけ笑みを浮かべた後、からかうように言葉を続ける。
「次は、失敗しないでくださいね」
「っ……!!」
あの時のことをちゃんと覚えている、そう伝えてくれた環の言葉に、瑞希は何度も頷いて……彼を見上げたまま、意を決してこんな申し出をした。
「あ、あの!! じゃあ今日、このイベントが全部終わったら――!!」
「――あ、俺、焼きそば食ったら帰るんで、今日はちょっと無理っすね」
環の返答に瑞希は思わず「だよね……」と呟いた後、苗木をもって立ち上がり……環を見下ろして、肩をすくめる。
そして、自然と……笑顔になれた。
「じゃあ、『また今度』。私も仙台で働いているので、時間が合うことがあれば」
その言葉を受けた環も、瑞希を見上げて……コクリと頷いた。
「そうっすね、『また今度』」
2人が口にする『また今度』に、まだ、具体的な約束はないけれど。
でも、いつか近いうちに具体的になる、そんな、根拠のない自信があるから。
2人が歩き出す背中を、心愛も笑顔で見つめた後……何か聞きたそう・言いたそうに口をモゴモゴさせている勝利に、「もうしばらく黙っててください」と目線で念を送るのだった。
一方その頃、苗木を受け取った人たちが、ゾロゾロと沿岸部に集まり始めていた。
植樹場所には10メートルほどの長さのロープが3本、海岸線に添って等間隔で設置されている。そしてそのロープ1本ずつにもまた、同じ感覚で赤いビニールテープが巻いてあった。この赤いテープの位置に苗木を植えればいいらしい。
「それではスタッフの指示に従って、位置が決まった人から植樹を開始してくださーい」
司会の女性が拡声器と共に人を呼び込み、スタッフがなるだけバランスがよくなるように、やってきた人をローブに添って配分していく。ユカ・政宗・統治と横一列に並べられた3人は、それぞれの位置を確認してから……苗木を持ってしゃがみこんだ。
周囲には家族連れが楽しそうに穴をほっていたり、1人でそっと、苗木を手にとっている人もいる。生まれ育った場所も、生きてきた境遇も、きっと何もかもが違うけれど……でも、この町の復興を願う心は、個々にいる誰もが持ち寄っていた。
ユカは予め持参しておいたスコップである程度の深さまで掘ってから、その穴の中に、そっと、苗木を植える。
そして、優しく土をかけながら……ボソリと呟いた。
「この木が大きくなるのに……何年かかるとやろうか」
今はまだとても小さくて、目の前に広がる海の波にも倒されてしまいそうだけど。
ユカの呟きが聞こえた政宗は、手を動かしながら返答した。
「さあな。きっと何十年もかかると思うけど……でもきっと、この森がいつか、石巻を守ってくれるようになる」
政宗はそう言いながら土をかぶせ終えると、自分が植えた木をスマートフォンで撮影した。そしてユカを見つめ、口元に笑みを浮かべる。
「定期的に見に来ないとな。そして……俺達もこの木に負けないくらい、ちゃんと成長していかないと」
「そうやね……あたし達も、『仙台支局』も、もっと大きくならんとね」
ユカが土の表面をペシペシ叩きながら頷いたことを確認した彼は……今度はカメラのレンズを統治の方へ向けて、シャッターボタンを押した。
勝手に被写体にされたことに気付いた統治が、土をかぶせる作業を止めて、ジト目を向ける。
「佐藤……何のつもりだ」
「いや、今日来れなかった透名さんに送ろうと思って。一応、俺からも声はかけたんだけどな……統治、何か聞いてないか?」
政宗の問いかけに、統治は一瞬言葉に詰まった後……首を横に振る。
「俺は特に聞いていない。登米からここまでは近くないし、色々忙しいんだろう」
「まぁ、そうだよな。ってことでもう1枚――」
ここで統治は無言で政宗のスマートフォンを奪い取ると、そのレンズを政宗の……そして、彼の後ろにいるユカにも向けた。
「ちょっ……統治!?」
「動くな佐藤。手ぶれしか補正してくれないぞ」
統治がしれっとシャッターボタンを長押しして連写する――この中から良いものだけを残せばいいだろう――状況の中、政宗はどうしていいか分からずに困惑して、ユカは意味がわからずにキョトンとしていた。
そして、政宗がスマートフォンを取り戻そうと悪戦苦闘する様から視線をそらして……ユカもまた、自分が植えた木をしっかり残しておこうと、そっと、スマートフォンで撮影しておく。
この状態を見ることが出来るのは、今しかないのだから。
そして、「お互い、大きくなろうね」と心の中で声をかけてから立ち上がり……その場で背伸びをして、2人を見下ろした。
「よーし終わった!! 政宗、統治、石巻焼きそば食べに行こう!! 向こうでもう用意しよったよ!!」
こう言って笑う彼女に、政宗と統治も顔を見合わせて立ち上がり……3人はいつもどおりの歩幅で、その場を後にする。
3人が残した足跡と苗木は、この地と彼らに、確かな『縁』を結んだ。
一方、3人から少し離れた場所を指示された里穂と仁義は、横に並んでそれぞれに苗木を植えて……笑顔を交換する。
「きっとこの木が大きくなって、また、綺麗な場所にしてくれるっす」
「そうだね。きっと……前より素敵な場所になるよ」
指先で土の感触を確かめながら、仁義は自分が植えた苗木を見つめた。
今はまだ頼りない苗木でも、この場所に根を張って、枝葉を伸ばし、きっと……逞しく育ってくれる。
勿論、木も1人で勝手に育つわけではない。ましてやこの土地は、津波で壊滅的な被害を受けた場所だ。土壌の塩害は解消した上で植樹しているけれど、何が起こるか分からないので、これからも定期的な支援は必要になるだろう。
そんな、新しい森の成長を、命の循環を、彼女と共に見守ることが出来る。そして自分も人として大きくなって、また、この町へ戻ってこよう……そんな未来への楽しみが増えた。
いつかの未来に、後悔することがあっても。
これから、耐え難い悲しみが襲ってきても。
彼らはずっと一緒に――この町で、生きていく。
仁義は立ち上がって、里穂に向けて笑顔で手を伸ばす。
「里穂、向こうにかき氷屋さんがあったよ。一緒に行こう」
「分かったっす!! 食べながらココちゃん達を探すっすよー!!」
手を伸ばした里穂は、仁義の手を強く握って……笑顔で立ち上がると、彼と並んで歩き出した。
砂を踏みしめる一歩一歩に、未来への確かな希望を宿して。
作中で仁義が言っていた「コバルトーレ」とは、「コバルトーレ女川」というサッカークラブです。今はアマチュア最高峰のリーグに所属していて、更に上を目指していたはず。地域に根ざしたチームなので頑張ってほしいですね。
そして、サブタイトルにもなっている『君とこの町で生きていく』の『君』は、ここで植えた木々でもあります。勿論里穂にとっての仁義、仁義にとっての里穂でもあるんですけど、森の成長と一緒に、石巻もこれから更に魅力的な町になって欲しいなぁ……と、思ったりしていました。
そしてだから環の名字が森なんですよ、というのは余談です。今日植えた木々が、数十年後には立派な森になっているといいですね!!
そんな終盤にある挿絵は、おがちゃんが描いてくれました。生命縁の緑は、命の色だと思っています。荒れ果てた土の上に、希望が根を張っていく気配がしましたよ。いつも本当にありがとうございます。
そしてそして、ボイスドラマで里穂役を担当してくださっている清那さんが、歌を歌ってくれました。第4幕のEDに相応しいので、セリフと合わせてお楽しみください。ありがとうございます!!(https://mqube.net/play/20180805238016)
さて、残すところあと1話、後日談のみです。最後まで宜しくお願いしますー!!




