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エピソード6:君とこの町で生きていく③

「わ、私と……私と結婚して欲しいっす!!」


 顔のみならず首近くまで赤くして、それでもはっきりと口にした言葉を真正面から受け止めた仁義は、一瞬軽いめまいを感じて……床につけた両足に力を入れ、慌てて踏みとどまる。

 そして、困惑を隠せない表情で里穂を見つめながら……その理由を探っていく。

 彼女が唐突なことを言い出すのには慣れていたつもりだが、さすがに結婚までは予想外過ぎるから。

「里穂、いきなりどうしたの? 何があったのか、最初から教えてくれるよね」

「ジン……」

 どこか不安そうな眼差しで自分を見つめる里穂に、仁義は思わず言葉につまって……頬をかきながら、きまりが悪そうに視線をそらした。

「えっと、その……勘違いしないで欲しいんだけど、僕は里穂との結婚が嫌とか、そういうわけじゃ……」

「へ……?」

 里穂のキョトンとした表情に、仁義は慌てて我に返った。そして、自分がとても大胆なことを言ってしまった事実に戸惑いつつ、しかし先程口にしたことも間違いでないので、焦りつつも彼女を傷つけないように、必死に言葉を探した。

「あ、あのね、だから、そのー……里穂がいきなりこんなことを言い出すなんて、絶対何か理由があるに決まってるんだよ。だから……」

 慎重に言葉を選びながら、里穂を、そして自分自身を落ち着かせていく。

 今まで妹以上の距離感で接してきた、時に双子の妹のようなつもりで一緒にいた女の子から……告白を豪快にすっ飛ばしてプロポーズされてしまったのだから。

「僕にもちゃんと話してくれるかな。そのためにわざわざ来てくれたんだよね?」

 仁義の言葉にコクリと頷いた里穂は、両手を膝の上で握りしめて、先程、階下で理英子から聞いた話を口にした。


 里穂に対して、分家の年上男性が『婚約者候補』として現れたこと。

 その話には間違いなく、名杙本家の人間が絡んでいること。


 里穂から概要を聞いた仁義は、現代にまだそんな時代錯誤なことを言い出す大人がいるのかと内心で溜息をついたが……自分や里穂、名倉家へ、名杙本家がこれまでにどんな態度で接してきたのかを思い出すと、納得がいく点もある。

 理英子と里穂は名杙直系の血筋でありながら、立場的には分家の人間ということで、仁義が知らないところでも軽んじられてきたのだと思うし。仁義自身もまた、やはり見た目が大きな原因で、ありもしない誹謗中傷の的になったことも少なくはない。


「……変な頭。呪われてるの? 心愛にうつさないでね」


 現当主の長女であり、まだ幼かった心愛から、容赦ない一言を言われたこともあった。

 けれど、それでも仁義がここにいられるのは、銀髪も碧眼もなるだけ隠さずに生きていこうと思えるのは……石巻で出会った理解のある人達や、名倉家の家族がいてくれたから。


「里穂は……里穂は、ジンのこの髪の毛、大好きっす。綺麗で、キラキラしてて、サラサラしてて……でも、わしゃわしゃーってするとわしゃわしゃーってなって、だからっ……!!」


 あの時、涙をこらえて笑顔を向けてくれた人がいるから。


「だから、里穂にはうつしてくれていいっすよ!! ジンと同じ髪の毛の色になって、学校のみんなに自慢してやるっす!!」


 里穂が、いてくれたから。


 話の半分を聞き終わった仁義は、里穂を心配そうな眼差しで見つめた。

「里穂、その人とは会ったことあるの?」

 その問いかけに、里穂は首を横に振った。

「ううん、全然知らないっす。でも、今度の名杙の食事会で会うだろうって。だから……」

「そっか。だから理英子さんは話をしてくれたんだね。それで……」

 仁義はその続きを飲み込むと、理英子の考えを何となく察していた。


 里穂に名杙が婚約者候補を決めるなら、こっちでも勝手に候補を決めてしまえばいい。

 そして、先に現当主の許可を得ておけば、向こうも何も言えなくなるだろう。

 旧態然としている名杙家は、最終的には当主が全ての決定権を持っているのだから。


「里穂も……色々大変だね」

 きっとこれからも、名杙は何かと干渉してくるだろう。その度にのらりくらりと嫌味をかわしながら、笑ってやり過ごさなければならないのだから。

 心からそう思った仁義の言葉に、里穂はゆっくり首を横に振った。

「私は大丈夫っすよ。お母さんやお父さん……それに、ジンの方が辛い思いを沢山してきたっす。それに……」

 里穂もまた、自分の両親や仁義が、名杙で自分よりも冷遇されていることを知っていた。里穂に関しては分家の嫁候補として、名杙直系の子孫を残せる女性としての『使い道』があることなどもあって、年齢を重ねる度に一部の大人が優しくなっていくという現象が発生している。

 正直なところ、心から笑えないこともある。自分の家族が親族に蔑まれることに、強い憤りを感じることもある。

 そんな時は……幼い頃、母親に言われた言葉を思い出すのだ。


「里穂の笑顔は魔法みたいね、どんな空気も明るくしてくれるんだから」


 笑顔。

 これは、里穂が知る上で最も強力な魔法。


 仁義に初めて会った時も、明るい声と笑顔で挨拶をした。

 彼が母親との『関係縁』を切られたことで苦しんでいる時も、笑顔で寄り添った。

 統治と久しぶりに再会した時は、災害直後ということもあって、泣いてしまうこともあったけど。

 彼の隣にいた政宗を見て、笑うことを思い出した。

 そしたら……統治も里穂や仁義に、笑ってくれるようになった。


 勿論、どれだけこちらが心を開いて笑顔になっても、分かり合えない人もいる。

 けれど、何もしなかったわけじゃないから、諦めもつけやすかった。

 そうやって生きてきたら、素敵な人が自分の周囲に残ってくれたから。

「私の周りにいるのは、凄い人たちばっかりっす。だから、名杙なんか怖くないっすよ。でも……私の隣にジンがいてくれたらもっと強いっす!! 無敵っす!!」

「里穂……」

 彼女の言葉を聞いた仁義は、改めて里穂を見つめた。そして、一度つばを飲み込んでから……里穂の膝の上に置いてあった彼女の両手の上に、自分の手を重ねる。

 その瞬間、里穂の体が驚きでピクリと震えた。仁義自身も慣れないことをしている自覚はあるけれど、でも、プロポーズの返し方なんて、今すぐ政宗に電話をしても教えてくれないだろう。

 だから、自分が思いついたことを試してみようと思う。里穂が嫌がっているようならばやめればいいのだから。

 とりあえず手を重ねたことを里穂が嫌がっていない様子なのでそのままにして、仁義は目を白黒させる里穂を見つめて、肩の力を抜いた。

「僕は、ずっと……里穂や、この家の人達、石巻の人に救われてきた。だから、僕の残りの人生は僕を助けてくれた人のために使おうって……そう、思ったんだ」

「ジン……」

「あ、えっと……勿論、しょうがなくとか負い目を感じてとか、そういうことは全然なくて……僕は、里穂の笑顔の隣で、笑っていたいって思ったんだ」

 今の仁義が、里穂の言葉を聞いて思ったのは……笑っている里穂の隣に自分がいられたら、幸せだということ。

 彼女が笑ってくれる世界で、この町で、これからも共に生きていきたいということ。

 里穂は仁義をぼんやり見つめたまま……はて、と、首を傾げた。

「ジン、結局……どういうことっすか?」

「えぇっ!? えっと、そのー……ぼ、僕でよければ里穂のお婿さんにしてくださいってことで」

 自分の立場や希望を加味すると、婿入りが適切だと考えた仁義。そんな彼の言葉に、里穂は……はて、と、首を反対側に傾げる。

「お婿さん……それ、何っすか?」

「えぇっ!? えっと、そのー……り、里穂と結婚するってことだよ!!」

「っ!!」

 ようやくストレートに結論を伝えた仁義に、里穂は大きく目を見開いて……興奮気味に仁義の手を握った。

「本当っすか!?」

「う、うん……」

「結婚って結婚っすよ!? 結婚するってことっすよ!?」

「さっきから同じことしか言ってないよ……」

 仁義が苦笑いを向けると、里穂は「ハッ!?」と我に返った後、オズオズと仁義を見つめた。

「じゃ、じゃあ……私と結婚してくれるっすか?」

 里穂が仁義の手を握る力が強くなる。仁義は「さっきからそう言ってるんだけどなぁ……」と苦笑いを継続したまま、一度、コクリと頷いた。

「うん、これからも宜しくね、里穂」


 その後、改めて時間を作って理英子や陽介に話をした里穂と仁義は、2人の意思を明確に伝えた。

「私は、仁義と一緒にこれからも頑張っていきたいっす!!」

「僕の意思で決めました。僕を……理英子さんと陽介さんの息子にしてください」

 予想以上に進んでいた話に、理英子達の方が面食らってしまい……思わず夫婦で顔を見合わせた。

 そして、陽介は仁義を見つめて……笑顔で目を細める。

忠義(ただよし)さんの息子さんから、こんなことを言われる日が来るとはね。まぁ……ちょ、ちょっと早すぎる気もするけどね!!」

 次の瞬間、理英子が陽介をジロリと睨んだ。

「お父さん受け入れなさい」

「いや勿論受け入れるけどね!? だってお父さんはどう考えても義理の息子に身長も年収も人柄も全て抜かれると思ったら――」

「――お父さんちょっと黙って」

 理英子から釘を差された陽介は、「ハイ……」と小さくなって肩をすくめた。いつも通り陽介を黙らせた理英子は、改めて2人を見つめて……。

「里穂、仁義君、とりあえず今からやることは、仮契約みたいなものなの。当然だけど2人ともまだ結婚が出来る年齢じゃないから、そうね……里穂が高校を卒業してから、話をより具体的にしていくことになるでしょうね」

 理英子の言葉に、2人はそれぞれ首肯する。その反応を見た理英子は……口元に笑みを浮かべて、今後の流れを説明した。


 その後、5月に開催された名杙主催の食事会は、ちょっとした騒ぎになった。

 理英子が里穂と仁義の婚約を名杙当主に進言して、受け入れられたのだから。


 しれっと立食式の食事を楽しむ名倉家のところに、先日、理英子と話をした名波家の男性が、婚約者候補だった息子を連れて『挨拶』に来た。

「理英子さん、この度は随分と勝手なことをなさったようですね……!!」

「あら、それはお互い様でしょう。自分の子どもの結婚相手を親が決める、貴方と同じことをしただけです。それに……」

 理英子はグラスに入ったシャンパンを一口飲んだ後、里穂の婚約者になるはずだった男性を見た。

 そして次に、斜め後ろに立っている仁義を見やり、豪快に笑う。

「普通に考えて、可愛い娘の結婚相手には、将来有望な優しいイケメンを選ぶに決まってるじゃないですか。せめてそちらの息子さんにもうちょっとマシな容姿と常識と自主性があったら話を聞いてあげなくもないですけど……仮にそれがあったとしても、私達の娘には相応しくないですね」

「なっ……!!」

 容赦ない侮蔑に男性2人が目を見開いたが、理英子は一切臆することなく2人を見据え、啖呵を切った。

「いい大人が集まって中学生の女の子を選り好みしてる時点で非常識極まりないと思いなさい!! 今後里穂に少しでも近づいたら……私達は容赦なく、警察に通報します」

 理英子に気圧された2人は、苦々しい表情で4人の前から遠ざかっていく。理英子は手元のシャンパンを一気に飲み干してから……。

「……2人とも、お母さんの話聞いてた?」

 振り返って里穂と仁義を見つめると、2人は目を合わせて……首を横にふる。

 そして里穂が、手に持っていた皿を突き出した。

「このローストビーフに、どのソースをかけるかで白熱した議論をしていたっすよ」

「……あ、そう。それ、頑張ったお母さんがもらうわね」

「あぁっ!! 手で食べるなんて行儀が悪いって私に散々言ってるくせにーっ!!」

 この状況でも自分の後ろで食事を楽しむ里穂と仁義に、苦笑いで溜息をついたのだった。


 それから、1年以上の時間が経過して。

 2人は今、別々の場所にいる。


 時刻は間もなく、15時15分になろうかという頃。

 仙石線の本塩釜駅で、里穂は、スーツ姿で走ってきた政宗と合流した。政宗の運転する車の助手席に乗って名杙家へ向かい、敷地外にある駐車場に車を停める。

 里穂がシートベルトを外していると、政宗が後部座席に置いた荷物をとりながら、里穂に向けて声をかけた。

「里穂ちゃん、段取りは大丈夫?」

「大丈夫っす。必ず――ジンと話をしてみせるっす」

 里穂が力強く頷いたことを確認した政宗は、「じゃあ、行こうか」と声をかけて、運転席のドアを開ける。

 強い日差しとセミの声に迎えられた2人は、駐車場の砂利を踏みしめながら、名杙本家の門をくぐった。


「佐藤……里穂は呼んでいないはずなんだがな」

 本家と同じ敷地内にある当主の自宅――統治の実家に里穂を連れてきた政宗に、玄関で対応した統治が顔をしかめる。

 政宗は「まぁまぁ」と笑顔で彼をなだめすかしながら、いけしゃあしゃあとその理由を告げた。

「里穂ちゃん、今日は午後から部活がないから、心愛ちゃんと勉強の約束をしてたんだよ。だから俺がここまで送ってきた、それだけだって」

「……」

 統治は政宗から里穂へと視線を向けると同時に、2階の部屋にいた心愛が階下に降りてきて、統治の隣に走ってくる。

「こ、心愛がりっぴーと勉強するのは本当よお兄様!! これから2人で頑張るんだからね!!」

「……」

 力説する心愛に統治がジト目を向けていると……里穂は口元に笑みを浮かべ――統治に笑顔を向けた。

「ココちゃんの方が頭が良いので、ジンの代わりに教えてもらうっす!!」

 彼女の言葉を受けて、彼女以外の3人が沈黙する。

 そして……沈黙を破ったのは、統治の溜息だった。

「里穂……もう少しまともな言い訳を考えた方がいいぞ」

「なっ!? わ、私は言い訳なんかしてないっすよ!?」

 里穂が首をブンブンとふる様子から視線をそらし、統治は政宗を見つめる。

「仁義への査問は昼前に終わった。俺達への査問が最後だ。その後、結論が出て通達される」

「分かった。何分くらいで終わると思う?」

「30分くらいだろうな。そこから討議という名目の食事会になるだろうから、人の出入りも多くなって、騒がしくなるだろう」

「分かった。じゃあ、これ以上お待たせしないように、俺達はさっさと行こうぜ」

 政宗が統治を促して、2人は査問会が開かれている名杙本家へ歩いて移動していった。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、心愛は里穂に目配せをして、「靴を持ってこっちに来て」と彼女を誘う。

 里穂が指示通りに移動していくと、心愛は台所の脇にある勝手口の鍵をあけた。

「ここから出て、塀沿いに進んだら……離れの方へ抜けられるの。多分雑草ばっかりだから、走りにくいと思うけど……」

「問題ないっす!! 部活で鍛えてるっすよ!!」

 そう言って靴を履いた里穂は、心配そうな心愛に笑顔を向けると、自信満々にこう言った。

「今度は2人で遊びに来るっす!! そのために……頑張ってくるっすね!!」

 『縁故』の力を使うことなく、ただ実直に、2人の『縁』を繋ごうとしてくれる人がいるから。

 里穂もまた『縁故』の力に頼ることなく、仁義との『縁』を取り戻したいと思う。

「うん、応援してる。頑張ってね、りっぴー」

 心愛からのエールを背に、里穂は勝手口の扉を開いて外へ飛び出し……家と塀の隙間を疾走したのだった。

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