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エピソード4:本能的行動の代償④

 その後、スタスタと帰ろうとする少年を引き止め、「お礼に、どれでも好きなお菓子を奢るから」という条件を提示した瑞希は、何とか彼を繋ぎ止めることに成功した。

 無言で店内を物色する彼に一息ついた瑞希は、癖のある店の入口をガタガタという音と共に閉めた後……その隣にそっと並び立ち、その瞳が何を見つめているのか、視線を追いかける。

 少年が見つめていたのは、プラスチック製の特性ツリーにディスプレイされた、棒付きキャンディー(チュッパチャップス)だった。赤や緑、黄色などのカラフルな包み紙に包まれた飴玉が果実のようにディスプレイ用のツリーに刺さっており、周囲を華やかにしている。

 とはいえ、このお菓子は割と色々なスーパーマーケットで販売されていることもあり、この駄菓子屋ではあまり手に取られていない……というのが、瑞希の抱いている印象でもあった。

 彼がそこから動かないことに気付いた瑞希は、おっかなびっくりその横顔を覗き込みつつ……ぎこちない笑顔を頑張って作って問いかけてみる。

「そ、その飴でいいのかな……?」

「……じゃあ、これで」

「えぇっ!? ご、ごめんね、好きなものでいいからね!?」

 彼の邪魔をしてしまったことに狼狽した瑞希は、両手と頭を勢いよく振って謝罪した。

 一方の彼はそんな瑞希を特に気にすることもなく、ディスプレイから一番近くにあったものを引き抜き、瑞希に向けて突き出す。

「これで」

「わ、分かりました……お題は私があとでレジに入れておくね。どうする? ここで食べてもいいし、持って帰ってもいいよ?」

 先程の彼の態度から早く帰りたいのではないかと感じた瑞希の提案に、彼は少し考えた後……彼女を見上げ、結論を告げる。

「ここで食べて、ゴミまで捨てていくっすわ」

「わ、分かった。じゃあ、こっちに椅子とストーブがあるから……よかったらどうそっ!!」

 こう言って店のカウンター脇を指差す瑞希に、少年は無言でコクリと頷き、スタスタと移動していく。

 そんな彼を慌てて追いかける瑞希は、最早どちらが年上なのか分からなくなっていた。


 ストーブ前に椅子をもう1つ足した瑞希は、既に椅子に座ってパッケージをはがしていた彼をおずおずと覗き込む。

 そして、彼の胸についた名札を見つめ……その名前に思わず顔をしかめた。

「えっと、森……下の名前は……この一文字で『たまき』君?」

 既に飴をなめていた彼――環はコクリと頷いて、口の中で飴を転がし続ける。瑞希は軽く目を見開いた後、頬を緩めて自分自身を指さした。

「凄い偶然……私の名前も、『たまき』っていうの。漢字は違うけど、読み方は同じだよ」

「……どうも」

 棒を持って口から一度飴を離した環が、瑞希を見つめて軽く会釈をした。名前が同じことで急に親近感が湧いた瑞希は、膝にのってきた猫の頭を撫でながら……再び飴をなめ始めた環について、もう少し踏み込んでみることにする。

「環君は、近所に住んでるの?」

 その言葉に、彼は無言で頷いた。

「そっか。ここの駄菓子屋は初めて?」

 その言葉に、彼は無言で首を横にふった。

「そうなんだね!! いつもありがとうございます」

 その言葉に、彼は特に反応しなかった。

 しかし瑞希はとても満足そうな表情を浮かべたまま、気持ちよさそうに喉をならす猫に目を細める。

 そして残った飴を噛み始めた環を見つめた後、彼女にしては珍しく自信がありそうな表情で、強く一度頷いた。

「そっか……よしっ、環君のこと、ちゃんと覚えたからね。私、一度覚えるとなかなか忘れないんだよ」

「……」

 環は信じているのかいないのか判別出来ない表情で頷いた後、歯で噛んでいた棒を近くのゴミ箱に捨てた。

「……ごちそうさまでした」

「お、お粗末様でしたっ!! え、えっと……暖かいお茶とか飲む? 甘いものを食べると喉が乾いたんじゃないかな?」

 こう言って笑顔を向ける瑞希に、環は一瞬思案した後……ランドセルから財布を取り出した。

「俺、ラムネが飲みた――」

「――わ、分かった!! 私が出すから、ちょっと待っててね!!」

 先程助けてもらった彼に、20円程度の飴玉一つでは気が引ける。

 ラムネが入っている冷蔵庫の前に立った瑞希は、扉をあけて中身を一本取り出した。当然のように冷えているため、指先に冷たい感覚を感じ、それが水分となって付着してくる。

「つ、冷たい……本当に冷たいのでいいの? あったかいお茶もあるよ?」

 瑞希の問いかけに、環はコクリと首を縦に動かした。

「よ、よしっ……ちょ、ちょっと待っててね……!!」

 瑞希はラムネを一本、レジ台の上に置くと……呼吸を整えながら上部についているラベルをはがし、付属している栓抜きを外した。そしてそれを栓になっているビー玉の上にセットしてから、呼吸を整える。

 大丈夫、コツは頭に入れた。ラムネなんてほぼ半年ぶりくらいに取り出したから不安は残るけれど、小学生の男の前で……失敗出来ない!!

「い、いくよっ……!!」

 頬を膨らませつつ、瑞希は手のひらを栓抜きに押し当てて、一気に体重をかけた。次の瞬間、ガコンという音とともにビー玉が下に押し出される。

 確かな手応えに、瑞希の肩から力が抜けた。

「や、やったうわぁぁぁっ!?」

 その油断が仇になってしまったらしい。力の抜けた瑞希の手の隙間から、圧力に逆らえないラムネが泡となってすり抜けていく。

「わわっ!? あ、えっと、えぇーっ……」

 両手とラムネ瓶、その周囲半径10センチ程度を水浸しにした瑞希は……己の迂闊さを呪った。

 垂直に力を入れてビー玉を落としたら、泡が落ち着くまで、手を離してはいけない。

 ラムネの開栓は何度となくやってきたけれど、どうしてもビー玉が落ちたところで安心してしまい、手の力が緩んでしまうのだ。そして下から中身が吹き上がってくる感覚があると、条件反射で手を離してしまう。

 この失敗を何度となくやらかしては、同級生の駆や顔なじみの里穂に笑われたり、応援されたりしているけれど、中々克服出来ないでいた。

 瑞希はトボトボと店の奥に引っ込むと、その手に台拭きを持って戻ってきた。そして瓶やその周囲を拭いた後、中身が3分の1ほど持っていかれた瓶を持って環のところへ戻ってくる。

「ご、ごめんね……私、あけるのヘタだから……」

「別にいいっすよ。俺も力ないんで、同じことになってたと思うし。ありがとうございます」

 特に目立つ感情を言葉にのせることなく、瑞希から瓶を受け取った環がラムネで喉を潤していく。そんな横顔を眺めながら隣に腰を下ろした瑞希は、ストーブに手をかざして冷えた指先を温めながら……先程の少女達を思い出していた。


 彼女たちはどうして、あんなことをしたんだろう。

 その理由を聞くことが出来なかったけれど……でも、これ以上同じことは繰り返さないと信じたい。

 そういえば、あのショートカットの女の子は、環のことを知っている様子だった。

「環君は……さっきの子たち、知ってるの?」

「クラスメートっすね。髪の短い方は今年になって転校してきたから、まだよく分からないけど」

「……へ?」

 しれっと答えた環に、瑞希は思わず間の抜けた声を出した後……。

「えぇぇっ!? そ、そうだったの!? そうだったんだ……」

 思わぬところで繋がった両者に、瑞希が1人で目を丸くしていると……環はラムネを半分ほど飲んだところで、一度、長く息を吐いた。

「なんか俺、あいつらから嫌われてるらしくて」

「そうなの!?」

「俺と森田の名前が似てるからむかつくって」

「そうなの!?」

「それで上靴隠されたりとか」

「そうなの!?」

「あとは教科書隠されたりとか」

「そうなの!?」

「他には……俺はパソコン好きな根暗って言われてるらしいっすね」

「そうなの!? って……ちょっと待って環君……」

 何度となく驚いてきた瑞希だが、彼の話を聞いていると……とんでもなく嫌な結論しか出てこない。

 環がされていること、それは最早……。

「それって……いじめられてるってこと?」

 恐る恐る問いかける瑞希に、環は少し考え込み……。

「……そうでもないっす」

 そんな結論を出した。これには思わず瑞希も椅子から転がり落ちそうになってしまい、すんでのところで踏みとどまる。

「えぇー……? で、でも、上靴隠されたんだよね?」

「先生に言ってスリッパ借りたんで」

「じゃ、じゃあ教科書は?」

「隣の奴に見せてもらったんで」

「悪口の話は?」

「俺は直接聞いてないんで」

 瑞希の問いかけに即座に返答していく環は、ラムネを一口飲んでから……視線の先にあるストーブの炎を見つめた。

 そして、ボソリと吐き捨てる。

「……どうせ俺はいなくなるし」

「環君?」

 聞き取れなかった瑞希の呼びかけに、環は黒目だけを彼女の方へ向けながら、淡々と言葉を紡ぐ。

「俺は何も悪いことしてないんで、別にいいっすよ」

「……」

 この言葉に、瑞希はしばし彼を見つめた後……自分の目尻に涙が浮かんでいることに気がついた。


 どうしてだろう。

 彼はとても大人びていて、何も気にしていないように見えるのに。

 どうして……ランドセルを背負う背中が、どこか寂しそうに見えるのだろう。


挿絵(By みてみん)


 瑞希が半泣きであることに気付いた環が、ラムネの瓶を持ったまま彼女を見つめて……硬直した。

「……あの、なんで泣いてるっすか?」

「あぁぁぁっ!! ご、ごめんね、私本当に何でもすぐ涙が出ちゃって!! えっと、その……だって……」

 瑞希はポケットから取り出したハンカチで目尻を拭いながら、呼吸を整える。

 自分の思った事を――思い込みを口に出していいのか、戸惑いもあるけれど。

 でも、どうしても……彼の話を聞けば聞くほど、こんな思いが消えないのだ。


「環君はすっごく良い子なのに、どうしてそんなに我慢しなくちゃいけないのかなって……」

「……」


 先程、クラスメートの万引きを指摘した時も

 店に入った時、瑞希に言われるがままに飴玉を選んだ時も。

 今しがた、自分のことを話してくれた時も。

 彼には、子どもらしい年相応の感情の起伏が何もない。その全てが平坦で平均的で最善の選択、ただ、そこに彼の意見が何もないようが気がしたのだ。

 彼がそういう性格なのだということを差し引いても、きっと、裏に何か隠しているものがあるはず。瑞希はそれを、「彼は我慢をしている」と解釈したのである。

「……」

 彼女の言葉を聞いた環は、真顔でしばし考え込み……。


「……いや、俺、ちっとも我慢してないっすね。人の金でラムネ飲んでるくらいだし」

「えぇぇぇぇっ!?」


 彼の取り巻く空気や言動が、生まれ持った性格に起因することを……要するに我慢なんかなーんもしてないということを、瑞希はようやく悟ったのであった。


「そ、そういえば……環君はパソコンが好きなの?」

 すっかり涙も引っ込んだ瑞希が、彼との会話から話題を探して問いかける。ラムネをほぼ飲みきった環は、彼女の言葉にコクリと首肯した。

「そうなんだね!! ゲームとかするの?」

「いや、今はハードディスクからSSDに移行させようと思って……」

「は、はーど……え、えす……?」

 学校で習うような基礎知識では理解出来そうにないことを悟った瑞希は、慌てて話題を切り替えた。

「じゃあ、中学校になったらパソコン部に入るのかな?」

「……どうっすかね」

 煮え切らない彼の返事に、瑞希は「おや?」と首をかしげる。環はストーブの明かりを見つめながら……淡々と言葉を続けた。

「母親は、パソコンとか目が悪くなるから、家以外でやるな、なんか運動しろってうるさくて……パソコン部は無理そうっすね」

「そうなんだ……運動は嫌いなの?」

「いや、特には」

 彼の「特には」が「嫌いではない」という言葉と同意義だと悟った瑞希は、どこか嬉しくなって言葉を続ける。

「じゃあ、パソコンと一緒に出来そうな運動を始めてみればいいんじゃないかな」

「パソコンと一緒に……?」

 瑞希の提案に、環が首を傾げる。

「俺、こんな性格だし……運動に向いてないと思うっすよ」

 それには概ね同意してしまう瑞希は、「うぅ……」と首をひねって、運動系の部活を片っ端から思い出してみた。

 バスケット、野球、サッカー、テニス、バレーボール……彼に出来そうなことは何だろう。

 彼がパソコンを諦めないためには、どんなアドバイスをしてあげればいいだろうか。

 十数秒ほど思案した瑞希は、ここでようやく、チームプレーを必要としない運動系の部活を思い浮かべる。

「じゃ、じゃあ、陸上とか水泳とか、個人で記録を更新することをやってみればいいんじゃないかな。そしたら自分との勝負だよね」

「陸上……」

「走るのは……嫌い?」

 瑞希の問いかけに、環は首を横にふる。

 そんな彼の様子を見た瑞希は、膝の上の猫を抱え直し、笑顔を向けた。

「環君は何でもやってみたほうがいいよ。諦めちゃうのは、勿体無いと思うよ」

 もしかしたらそれは、とても無責任な言葉かもしれない。

 けれど、今まで何も我慢してこなかった環は、これからも我慢することなく、彼らしくいて欲しいと思ったから。

 瑞希の言葉に環は軽く目を見開いた後……。

「……考えとくっす」

 そう答えてから視線をそらし、残りのラムネを飲み干した。


 その後、飲食を終えた環を見送った瑞希は……引き戸を閉めながら、ガラス越しに外を見つめた。

 環は今日のことを、誰かに話すのだろうか。彼の性格を考えると、不用意に言い回るとは思えない。一応祖母には報告するけれど、初犯だろうから、祖母も犯人探しをすることはないだろう。

「……こんな時代に駄菓子屋だもんね」

 スーパーもコンビニも近所にあるため、多くの子どもがそちらに流れてしまっているのは事実だ。この店もいつまで続けられるか分からない。祖母に万が一のことがあれば、間違いなくこの店はなくなってしまうだろう。

 けれど……そんな、現代から取り残されたような場所だったからこそ、誰にも邪魔をされずに、環と話をすることが出来た。

 今でもこの店が好きだと言って通ってくれる子ども達もいる。10円玉を何枚も握りしめて買うものを吟味している横顔は、何度見ても、誰であっても可愛いと思ってしまう魅力があった。

 そして、祖母の生きがいでもあるこの店を……できるだけ長く、守っていきたい。

 そしたらきっと、また……環がひょっこり遊びに来てくれるかもしれないから。

「……今度は失敗しないんだから……!!」

 瑞希は決意を新たに、環の飲んだラムネの瓶を片付けるのだった。



 そんな、昔ながらの憩いの場は……里穂や仁義、駆に涼子、そして、瑞希と環の思い出の場所は――あの災害で、全て、流された。

 瑞希のようにラムネをうまくあけられない人は……コチラを参考にしてください。(http://www.tombow-b.jp/customer/faq/)

 手を離しちゃダメです!! フリじゃないですよ!!

 そして本文中の挿絵は、狛原ひのちゃんが描いてくれました。瑞希が完全に勘違いをしているところですが(笑)、こうして見るととても重要な伏線の気がする!? いつも本当にありがとうございますー!!

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