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エピソード1:再会、違和感、新たな始まり①

 色々な皆さんの善意を、簡単な動画にしました。(https://twitter.com/frosupi/status/1015811044420120576)


 さぁ始まります第4幕!! 宜しくお願いしますっすー!!

挿絵(By みてみん)


 時は少しだけさかのぼり、7月中旬、学生が間もなく夏休みに入ろうかという梅雨明け間近の宮城県石巻市、仙石線(せんせきせん)石巻駅にて。

 時刻は19時30分になろうかというところ。今日も駅の待合室で名倉里穂(なぐらりほ)を待っている柳井仁義やないひとよしは、仙台方面からの電車が到着したことに気が付き、持ってた文庫本にしおりを挟んだ。

 地元野球チームのえんじ色のキャップを被り、その隙間から目に鮮やかな銀髪がこぼれ落ちている。グレーの半袖Tシャツと濃い色のジーンズ、足元はスニーカーという服装で、その髪の色と碧眼から、彼が『純粋な』日本人でないことは一目瞭然だ。

 彼のことを知らない人は、その外見に奇異的な視線を向けるだろう。色眼鏡という方が分かりやすいかもしれない。なまじ顔立ちが整っていることもあり、どうしても注目を集めてしまう。

 今は昔よりも大分慣れたとはいえ……やはり、ジロジロ見られるのは好きではない。

 何度もこの髪の色を変えようと思ってきた。日本ではどうしても生きづらいこの外見で、理不尽な思いを沢山してきたのだから。

 でも、それでも……今の彼が『ありのままの姿で生きる』理由、それは――


「……そろそろ、かな」

 仁義は文庫本を手にとって立ち上がると、改札口の方へ視線を向ける。

 仕事終わりのサラリーマンやOL、学校帰りの学生など、多くの人が改札口から出てくる。そして……それらの人並みに交ざり、ポニーテールをなびかせるセーラー服の女子高生が見えた。

 彼女は肩にかけたカバンのポケットから、リールに繋がったパスケースを取り出した。それを自動改札にかざして改札を抜け、迷うことなく仁義の方へ歩いてくる。

 そんな彼女を出迎えるのが、彼の1日の終りの通過儀礼。

「おかえり、里穂」

 優しい仁義の声に、彼女――里穂が、日焼けした笑顔と共に声を返すのもまた、いつものやり取りだ。

「ジン、ただいまっす!!」


 仙台の高校に通う里穂を、毎日、仁義が駅まで迎えに行く。極端に早くなければ、朝も一緒に駅まで走ったりしている。

 そんな日常を積み重ねて約4ヶ月……今日もまた、いつも通り、2人で家に帰ることが出来る。

 そう……思っていたのに。


「……里穂、気付いてる?」

 2人並んで駅を出たところで仁義が立ち止まり、同じく立ち止まった里穂にだけ聞えるようにボソリと呟いた。

 里穂もまた前を見据え――その目元にどこか鋭い光を宿し、口元を引き締める。

「駅を出て強くなったっす……近くに『1人』、いるんじゃないっすかね」

 2人はそう言って、とりあえず通行人の邪魔にならないよう、駅の入口脇へ移動した。周囲を見渡す里穂の隣で仁義がスマートフォンを取り出し、ある人へ電話をかける。

「――理英子さん、お疲れ様です」

 電話の相手は、里穂の母親・名倉理英子(なぐらりえこ)だ。仁義にとっては身寄りのない自分を育ててくれている恩人であり、同時に将来の義母でもある。

「はい、石巻駅の近くに里穂も気配を感じて……そうですか……はい、分かりました」

 要件のみの端的なやり取りの後、仁義は電話を切り、ズボンの後ろのポケットにねじ込んだ。

 そして里穂を真顔で見つめ、現状を伝える。

「理英子さんに聞いてみたけど、石巻駅周辺に、急ぎ対応が必要な『遺痕』はいないんだって。でも……」

「分かってるっす。とりあえず『遺痕』かどうかの暫定的な判断と画像の確保、大まかな年齢、性別なんかの確認っすね」

 里穂の言葉に仁義が首肯した後、どこかからかうような眼差しで彼女を見つめ、こんな事を言う。

「里穂、お腹がすいて感覚が鈍ってない?」

「鈍る前に撮影して帰るから大丈夫っす!!」

 そう言って笑顔を向ける里穂に、仁義もまた笑顔を向けて……すっかり暗くなった空を仰ぎ、一度、呼吸を整えた。


 宮城県石巻市。

 県の東部に位置し、県内第2の人口を擁している。

 親潮と黒潮がぶつかってできた世界三大漁場と言われる金華山(きんかさん)沖から近いこともあり、古くから水産業で栄えてきた港町だ。カキの養殖技術は同市万石浦(まんごくうら)で開発され、今は世界中に広がっている。


 そんな、海の恵みと共に生きてきたこの町は――4年前、壊滅的な被害を受けた。

 その街で生きるこの2人もまた、波乱万丈な人生を歩んでいる。


 駅から家路につく人々の流れにのって、2人はとりあえず、線路沿いにある駅前広場にやってきた。

 石巻市は駅前の大きな建物――元々地元のデパートが入っていたのだが撤退した――を活用するために、駅の目の前に市役所がある。そんな大きな建物の裏手にあたるこの広場は、ちょっとした屋外ステージも整備されているので、毎週末には何かしらのイベントが開催されていた。

 しかしこの広場は、先の災害で被災した市民病院の移転場所になっているため、今年の秋からは本格的に工事が始まるらしい。

 そして当然ながら平日のこの時間帯には何のイベントも開催されておらず、街頭のみが照らしている広場を、誰もが素通りをしていくような……そんな、状態で。

「……この感じ、確か、ずっと前にも……?」

 先に足を止めたのは里穂だった。その呼吸を読んだ仁義もまた足を止めて、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、中にインストールしているカメラアプリを起動する。

 大きな通りからは一本奥まった場所なので、役所も閉庁してしまった今の時間帯は車道の明かりも届かず……点在する街灯の明かりが、周囲をぼんやりと照らしている。そのため、スマートフォンの画面の明かりが、とてもまぶしく感じた。

「里穂、どこか分かる?」

「ちょっと待って欲しいっす、多分、あのあたりに……」

 ムムム、と、眉間にしわを寄せた里穂が、意識を集中して――ある一点を見据える。

 こういう時は、名杙直系の血を受け継いでいる里穂に頼り、彼自身はサポート役に徹するようにしているのだ。

 仁義は彼女の視線を追いかけて、手にしたスマホを暗闇に向けると……画面越しに気付いた『異変』に、顔をしかめた。


 里穂が見つめた先には、2人がけのベンチ。こんな時間、そこに座っている人影が一人分。

 暗いこと、そして本人が若干うつむき気味なこともあって、顔まではよく見えないけれど、大学生くらいの女性に見えた。肩につく程度の髪の毛が、夜風になびいて揺れている。襟付きの白い半袖シャツにベージュのチノパン、足元はローヒールのパンプスを履いている。

 仁義が顔をしかめた理由、それは――彼女が『生きている人間』だから。

 しかし、彼自身が周囲に気を配ってみても、まばたきをして視える世界を切り替えても……彼らが駅で感じた異変の根源は、ここにあるように感じられた。

 仁義はそっとスマートフォンをおろすと、隣で戸惑う里穂に目配せをする。

 この場所は、待ち合わせをするには少し明るさと人通りが足りない。昼間ならまだしも、既に日が落ちたこの時間に、若い女性が1人でこんな場所にいるのは、いささか不可解にも感じられたから。

「里穂……どうする? 話しかけてみる?」

「そうっすね……でも、『痕』も『遺痕』もいないっすよね……?」

 流石に躊躇いが先行する里穂だが、ふと、改めてそこに座っている女性を見つめ……「もしかして」と呟きながらどんどん近づいていくのだ。

「ちょっ……里穂!?」

 仁義が慌てて彼女を追いかける。確かに里穂はあまり人見知りをしない、自分から話しかけるようなタイプではあるけれど、だからといってこんな、見ず知らずの生きた女性ににまで――


「もしかして……駄菓子屋の『ミズちゃん』じゃないっすか?」


 キーワードを織り交ぜながら問いかけた里穂に、ベンチに座っていた女性が顔を上げた。

 戸惑いをたたえた大きな瞳が、近づいてくる里穂を見つめ……必死に記憶をつなげようとしている。

 対して既に確信を持っている里穂は、彼女自身と仁義を指差しながら、努めて明るく言葉を続けた。

「覚えているかどうか分からないっすけど……小学生の時によく通ってた、名倉里穂っす!!」

「え……?」

 刹那、その名前に聞き覚えがあったのか、女性の口から言葉が漏れる。

 そしてマジマジと里穂を見つめた後……恐る恐る問いかけた。

「もしかして……日和が丘(ひよりがおか)の里穂ちゃん?」

「そうっす!! 思い出してもらえて嬉しいっすよー!!」

 記憶と今が繋がった女性の反応に、里穂は満面の笑みで返答した。ちなみに『日和が丘』とは、里穂の自宅がある地名である。

 里穂から『ミズちゃん』と呼ばれた女性は、里穂の半歩後ろにいる仁義に気付き、オズオズと問いかけた。

「じゃあ、そっちの男の子は……仁義君?」

「そうっす!!」

「お久しぶりです、瑞希さん」

 同じく顔見知りの仁義もまた、里穂の隣に並んで軽く頭を下げた。

 彼女――瑞希が肩の力を抜いて「お久しぶりです」と声をかけると、里穂が腕組みをして真顔で思案している。

「いやー、まさかこんなところでミズちゃんに会えるとは思ってなかったっすよー。あれ、今って……大学生っすか?」

 彼女の年齢を考えて問いかけた里穂に、瑞希は小動物のようにフルフルと首を横に振った。

「う、ううん。今は仙台で働いているの」

「なんと、就職してたっすか!! 社会人として働いているなんて凄いっす!!」

「わ、私なんか全然凄くないからっ……!! 春から契約社員として働き始めたけど、未だに仕事はちゃんと覚えられていないし……本当、昔から要領悪いから……」

 そう言って自嘲気味に笑う瑞希に、里穂と仁義は自然と目配せをした後……里穂が努めて明るく核心を尋ねる。

「でもミズちゃん、こんなところで何をしてるっすか? 待ち合わせなら駅前とか、もうちょと明るい場所がいいと思うっすよ」

 刹那、瑞希がピクリと両肩を震わせたのを、仁義は見逃さなかった。

「そ、そうだね、うん、次はそうしようかな」

 そう言ってぎこちなく笑う瑞希は、その場から特に離れる気配がない。本当に誰かを待ち合わせをしているのかもしれないし、第一ここに『痕』や『遺痕』の明確な形跡は見つけられないのだ。何となく違和感が漂っているものの、それを「これだ!!」と言い当てるだけの根拠が足りないのが現状である。

 だから、とりあえず――情報だけ、持って帰ろう。

「そうだ!! 折角会えたので、写真を撮影してもいいっすか? お父さんとお母さんにも、社会人になったミズちゃんを見せたいっす!!」

「え? あ、ここで……? く、暗いよ?」

 写真撮影には適さないほの暗さに、瑞希が狼狽えるが……里穂は特に意に介さず、テンポよく、相手がこれ以上二の句を継げないように、言葉を続ける。

「だってミズちゃん、待ち合わせしてるっすよね? だったら不用意にここを離れないほうがいいっすよ。ジン、夜間撮影モードで1枚頼むっすー!!」

 そう言った里穂が、瑞希の隣に腰を下ろしてピースサインを向けた。こういう時に里穂の性格は最大限の効果を発揮するのである。

 困惑する瑞希にスマートフォンを向けた仁義が、どこか申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

「唐突にスイマセン……1枚だけ、付き合ってもらえますか?」

「う、うん。折角だもんね」

 瑞希がコクリと頷いたことを確認した仁義は、スマートフォンを横にしてから……2人並んでいる様子を、写真に収めた。

「はい、撮れたよ、里穂」

「ジン、ありがとうっす。いやー久しぶりでついついテンションが上っちゃったっすよー」

 ベンチから立ち上がった里穂が仁義の隣に戻り、スマートフォンの画面を真顔で確認する。

 そしてすぐさま顔に笑顔を戻すと、瑞希へ向けて軽く手を上げた。

 これ以上ここにいても、きっと、瑞希を警戒させてしまうだけだから。

「じゃあ、私たちはそろそろ帰るっすね。あ、ちなみにミズちゃんは今、どこに住んでるっすか?」

 この問いかけに、瑞希は一種躊躇った後……苦笑いでこう言った。

「今は……前谷地(まえやち)の、災害公営住宅にいるの」

 刹那、その意味を悟った里穂が、口元を引き締める。


 災害公営住宅。

 先の災害で自宅を失った人たちのために自治体が整備した、新しい家のことだ。

 

「そうだったっすか……やっぱり、あのお店は……」

「うん、全部流されちゃって……」

 元々の位置関係からその場での再建が難しいことは分かっていたが……いざ聞いてしまうと、幼い頃の思い出の場所が消えてしまった現実に、言いようのない切なさを感じてしまう。

 そんな里穂の気持ちを察した仁義が、彼女の肩に手を添えて……感傷に浸るのは後にしようと促した。

 仁義の提案を了承した里穂もまた、すぐさま笑顔で話題を切り替える。

「そういえばスズちゃんと(ばん)ちゃん、結婚したって聞いたっすよ!! おめでたいっすね!!」

「あ、うん。お姉ちゃんもようやくって感じで……ありがとう、里穂ちゃん」

「今度会ったら宜しく伝えて欲しいっす。じゃあ、私たちは今度こそ失礼するっすー!!」

 そう言ってペコリと会釈をした里穂は、同じく頭を下げた仁義を連れ立って、その場を後にした。

 そんな2人の背中を見送りながら……瑞希は1人、ため息をつく。

 そして、ボソリと吐き捨てた。

「……『生きてる人』は、いいな」


 瑞希の姿が完全に見えなくなる場所まで移動した里穂と仁義は、ほど近くにあるコンビニの駐車場で立ち止まり、先程撮影した写真を凝視する。

 統治が開発した、『縁』や『痕』、『遺痕』を可視化することが出来るアプリと、カメラレンズに貼り付けるフィルム。それを介して撮影された写真には、瑞希の『縁』がしっかりと撮影されていた。

 心なしか全体的に『縁』の色が薄い気がしたり、特に『関係縁』の色が暗く視えるような気がするけれど、今は夜なので、どうしても昼間ほど鮮明な写真は撮影出来ない。

 里穂も何度となく画面を凝視しながら……首を傾げた。

「うーん、特に『痕』や『遺痕』はいない感じっすよねぇ……」

「そうだね。でも、二人して違和感を感じるってことは、やっぱり何かあるんだよ」

「ジンもそう思うっすよねぇ……ミズちゃんがあの場所にいた理由も気になるし、とりあえず、お母さんには報告しておくっす」

 里穂の言葉に首肯した仁義は、本体側面にあるボタンを押して、スマートフォンのディスプレイを消した。そして、薄雲が広がる夏の夜空を見上げて……目を細め、ボソリと呟く。

「これ以上、大事にならないといいね」

 石巻市は、宮城で2番目に人工が多い町です。(http://www.city.ishinomaki.lg.jp/)

 ご存知のかたも多いと思いますが、東日本大震災では、宮城で最も甚大な被害を受けました。今でも多くの方が行方不明のままですし、日々の暮らしが心身ともにギリギリの方も、決して少なくないと思ってます。


 中心市街地もほぼ全てに被害が出ましたが、でも、地元の商店街やボランティアをきっかけに定住してくれた人などが集まって、新しい町を作っている印象が強いですね。(http://tachimachidori.com/)

 近年は沖にある田代島が猫の島として有名になったり、少し足を伸ばして女川まで電車で行くことも出来るので、1日時間をかけてのんびり散策してほしい町です。


 そしてトップにあるイラストは、ボイスドラマの『エンコサイヨウ』においてユカ役でお世話になりまくっているおがちゃぴんさんが描いてくださったものです!! タイトルまで入ってるなんてありがたい……本当にありがとうございますー!! 今後も軽率に使わせていただきます!!

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