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エピソード4:本能的行動の代償③

「今日の『縁切り』……俺がやりたいんすけど」

 環の言葉に、車内が一瞬静まり返る。

 次の瞬間、焦った心愛とため息混じりの統治が同時に口を開こうとしたが、まずは統治を政宗が目線で制し、次に心愛の肩をユカが後ろから掴んで、振り向いた彼女に向けて首を横に振った。

 その後、ユカが政宗を見やり、彼が首を縦に動かしたことで……4人を代表して、ユカが口を開く。


「――素人に出来るわけないやろうが」


挿絵(By みてみん)


 いつも以上に冷静な口調で言い放つユカは、環を一瞥した後……彼に背を向けてドアロックを解除した。

 そして、ドアノブに手をかけた後、振り向かずに言葉を続ける。

「勝手なことをしたら、あたしが森君から『縁故』の能力を剥奪する。人の命がかかっとる時に、素人に見せ場を作れるほど……甘くはなれんけんね」

 そう言って車を降りるユカを追いかけるため、心愛が慌てて後に続く。そして、環が動かないことを確認してから、冷気を逃さないために一旦扉を閉めた。

 自分の言葉を完全に否定された環が、どこか決まりが悪そうに後ろ手で頭をかくと……荷物を持った政宗が、運転席から彼を見つめる。

「森君、ケッカの口調はきつかったかもしれないけど、今回はそれだけ事態が切迫しているんだ。今からの時間はそれを理解した上で、協力してもらえるかな」

 暗に「お前は何も出来ないからこれ以上手を出すな」と言われているのだが、環自身もこれ以上自己主張をして事態を引っ掻き回すつもりはない。彼は政宗に向けてコクリと頷いてからワンショルダーのカバンを持つと、左隣にある扉を開いて車外へ出ていった。

 その様子を見送りながら、政宗は統治と視線を合わせ……肩をすくめる。

 ユカが厳しく言うことは予想していた。そして、その物言いで一度言い合いになったこともある。だからこそ彼女も事前に、上司である政宗の許可を求めたのだから。

 命が関わることに対して、ユカはとても敏感になる。

 それは、己の『生命縁』に異常が生じていることもあるし、この仕事を通じて……色々な出会いと別れを経験してきたこともあるだろう。その場の軽はずみな判断が命取りになることを実感しているユカには、『初級縁故』という最低限の資格試験すらパスしていない、研修を始めたばかりの彼に、こんな大事な場面を任せるなんて判断を下せるわけがないのだ。

 そしてそれは……同じ修羅場を経験しているこの2人も同意見だった。

「ケッカって……真面目だよな」

 そう言ってどこか嬉しそうに笑う政宗に、統治が呆れ顔で溜息をついた。

「あれは当然の反応だ。そもそも佐藤が言わせたんだろう」

「ああ。俺が言うよりも効果があると思ったからな」

 そう言って車外の様子を見やると、ユカがこちらにジト目を向けていることに気付いた。2人が降りてこないことに苛立っていることが伺える。政宗は慌てて視線をそらした後、車のエンジンを切ってドアロックを解除すると――前を見据えた。

「さて――行くか」

「ああ」

 2人がほぼ同時に蒸し暑い車外へと足を踏み出した瞬間……外の気配に気付いた里穂が、玄関から飛び出してきたのだった。


「皆さん、お疲れ様っすー!!」

 玄関を開いて5人を出迎えた里穂は、髪の毛をいつも通りポニーテールに結い上げ、黒いタンクトップに、7分丈の青いスキニージーンズ。足元は素足につっかけを着用していた。

 里穂は全員に笑顔を向けた後、どこか落ち着かずにキョロキョロとしている心愛へと照準を合わせる。

「ココちゃんが家に来てくれるなんて、嬉しいっすね」

 目を細めて嬉しそうに呟いた里穂に、心愛は頬を紅潮させて頭を下げた。

「お、お邪魔しますっ……!!」

「どうぞどうぞ……と、楽しく遊ぶだけならいいっすけどねー」

 里穂はそう言って頬をかくと、とりあえず5人を玄関から室内へと誘う。玄関脇には女性用の黒いパンプスが並べられていたため、彼女が――瑞希が既に待っていることが伺えた。

 最初に靴を脱いだユカが、既に靴を脱いで、廊下の隅でみんなを待っている里穂の隣に立って問いかける。

「里穂ちゃん……今日、部活はなかと?」

「今日は午前中に試合が終わって、午後からは調整日で部活が休みっす。ジンがまだ戻ってきてないので、ここは私が頑張らせてもらうっすね!!」

「分かった、宜しく頼むけんね」

 里穂が「お任せっす!!」と胸を張ったところで、全員が靴を脱ぎ終えて廊下に集合した。

 そして、里穂の先導で廊下を移動して……先日、ユカも通された和室の入り口に立つ。

「里穂ちゃん、中に彼女がおると?」

「そうっすね。ちょっと……うーん、それはそれは緊張してるので、お手柔らかに頼むっす」

「それは、中の人次第やけんね。じゃあ……行こうか」

 ユカの言葉に里穂が頷いて、ふすまを開いた。

 その瞬間、部屋の奥、長方形のテーブルの角に座って、両手を膝の上で握りしめていた彼女――支倉瑞希が、物音に気付いてビクリと全身を震わせる。

 今日の彼女は、担当するイベント前最後の休日ということで私服姿。白と黒の半袖ボーダーシャツに、ライトグレーのロングスカートを着用しており、足元はくるぶし丈でレース素材の靴下を着用していた。

 そして、里穂と一緒に部屋に入ってきたメンバーに気がつくと、どこを見ていいか分からなくなって……俯いてしまう。

 里穂のすぐ後ろにいたユカが自分の後方を見やり、心愛、政宗、統治の3人に目配せをした。3人が意識して瑞希から離れた場所に腰を下ろす中、ユカと環は里穂と一緒に、瑞希の近くへと移動する。

 3人をこの位置にしたのは、何かあった時にすぐに助けを呼びに出られたり、逆にこの部屋から出るのを阻止するためでもあった。

 両肩に力を入れてソワソワしている瑞希から角を挟んだ左隣に座った里穂は、目を泳がせている瑞希の肩にそっと手を添えて、いつもより優しい口調で話しかける。

「ミズちゃん、連れてきたっすよ」

「っ……!!」

 刹那、瑞希の肩がビクリと震えた。そして、恐る恐る顔を上げてから、ユカと環が並んで立っている方を見つめて……環の姿に気がつくと、思わず出かかった悲鳴を抑え込むように、口元に手を添える。

「う、嘘……本当、に……生き、て……!?」

 見開かれたその眼差しに、涙がたまっていくのが分かった。瑞希が環を凝視したまま瞳を潤ませていく様子に、流石の環も意味がわからず、反射的に半歩後ずさりをしながらユカを横目で見やる。

「……スイマセン、俺、本当は死んでるとかってオチじゃないっすよね?」

「それは違うけん安心せんね。さて……彼女を見て、森君が何か新しく思い出したことはある?」

 ユカの問いかけに、環はふるふると首を横に振った。その反応を予想していたユカは、とりあえず環を促して、机を挟んだ瑞希の正面に座らせる。そして、ユカは彼と角を挟んだ右隣――里穂の隣に腰を下ろし、改めて瑞希を見つめた。

「支倉さん、ご足労いただきましてありがとうございます。里穂ちゃんや仁義君から、多少、話は聞いていたかと思いますが……彼が、森環くんです」

「あっ……!!」

「支倉さんが『4年間ずっと』探していたのは、彼なんですよね?」

 ユカの言葉に、環が訝しげな表情で瑞希を見た。そして、ユカの言葉に……瑞希は涙をこぼしながら、ゆっくりと首を横に振る。

「違います、山本さん……私は……私はっ……!!」

 言葉を続けられず、膝の上で両手を握りしめる。里穂がハンカチを手渡して彼女の背中を擦る中、少し時間をかけて落ち着きを取り戻した瑞希は……涙を拭いてからユカと環の方を見つめ、どこか自嘲気味に肩を落とした。

「私は……探すことを、諦めてしまいましたから」

 そして瑞希は、環を見つめ……苦笑いを浮かべる。

「環君はきっと、覚えていないと思うけど……私達、4年以上前、あの災害の直前くらいに……一度、会ってるんです」

 その言葉に、環は慌てて首を横に振った。

「いや、その……何となくなら覚えてるっす。俺が同級生に絡まれてたところで、でも、どうしてそこに支倉さんがいたのか、俺がよく覚えていなくて……」

 いつもより早口になっているのは、環自身も気付いていた。

 まだはっきりと思い出せない、けれど……もうすぐ、もう少しで、思い出せそうな気がする、そんな焦燥感に駆られているから。

「あ――」

 環の言葉に、瑞希は軽く目を見開いて……どこか嬉しそうに、はにかんだ笑顔を向けた。

「それだけでも……覚えていてくれて、ありがとう。あの時、環くんがいてくれたから……」


 そして、瑞希が語りだしたのは……たった一度の接点。

 彼女にとってはずっと忘れられない、縁が繋がった瞬間と……その縁が色あせていく軌跡だった。


 今から約4年半ほど前、当時、既に高校生だった瑞希は、入試日で在校生が休みだったこともあり、病院に行った祖母の代わりに、駄菓子屋の店番を頼まれていた。

 底冷えが酷い2月下旬。ハイネックに裏起毛付きのズボンを着用していた瑞希は、店の奥にあるレジカウンターの前に石油ストーブを炊いて、猫と一緒に店番をしていたのだ。

 当時から彼女は引っ込み思案で、人前に出るような性格ではなかった。暗記系の科目が得意だったこと、地名や人の顔と名前を覚えるのは好きだったこともあり、記憶力はちょっと良いと思っているけれど、定着までに時間がかかるのが難点。一度覚えてしまえば、中々忘れないのだけど。

「……今日も寒いなぁ」

 特に来客がないまま、時間ばかりが経過していく。ストーブ前ということもあって顔がほてり、少し、眠くなってきた。

 すると……木造りのドアがきしむ音と共に、隙間風が侵入してくる。

 その北風に頬を撫でられ、瑞希は意識を取り戻した。壁にかかった時計を見ると16時を過ぎた頃。近隣にある小学校の授業が終わった時間帯だ。そして、扉を開けて寒さから逃れるように店に入ってきた小学生の女の子2人が、入り口の扉を閉めることもなく、自分の方をチラチラと見ていることに気付く。

 1人は高い位置でのツインテールでどこか大人しめ、もうひとりはショートカットで快活そうな印象を受けた。

 何か尋ねたいことがあるのだろうか……とりあえず開けっ放しの扉を閉めようと、瑞希がレジのカウンターに手をついて立ち上がった瞬間――2人が弾かれたように店外へ走り出したのだ。

 ショートカットの少女はその手にしっかりと、未精算の駄菓子を持って。


「え――!?」


 ――万引きだ。

 自覚した瞬間、足がすくんだ。


 まさか、あんな小さな女の子がそんなことをするなんて思っていなかったから。流石の瑞希も小学生の顔と名前は事前に把握していない。そのため、すぐに追いかけないと逃げられて証拠が隠滅させることなど明白だった。

 追いかけるか、それとも見なかったことにするか……しかし、ここで追いかけて仮に捕まえたとすると、あの子達の将来はどうなってしまうのだろう。学校は勿論、警察に連絡が行くかも知れない。駄菓子一つで人生を狂わせるなんて……。

 でもここは、祖母の大切な場所。自分にとっても、守りたい場所。悪いことを悪いと言えず、見過ごしたくはない。けれど……。

 瑞希が店内で動けずにいた次の瞬間、少し遠くから、女の子の甲高い声が聞こえてきた。


「――ちょっと森、またアンタなの!?」

 瑞希が外に出て数十メートル走ったところで、先程の女の子2名と、少し小柄な男の子が1名、言い争いになっていた。いや、実際はショートカットの少女が一方的に男の子をなじっていると言うべきかもしれない。

 何が起こっているのか分からず、瑞希は走りながら顔をしかめる。店を出たところですれ違った買い物帰りらしき中年の女性が、何事かという表情で瑞希の様子を見つめていた。

 そして、当事者たちの近くにたどり着いても……状況が理解出来ない。

 肩で呼吸を整える瑞希の位置から、男の子の顔が見えたけれど……彼は動じるでも臆するでもなく、話を淡々と聞いている印象を受けた。よほど肝が座っているのだろう、気が強そうな少女を目の前にして、少しだけ面倒臭そうに呟く。

「またって……そっちが一方的に襲撃してきてるだけだし……」 

 ここで少年が、ふと……知り合いの後ろに立っている知らない女性――瑞希に気がついた。そして、目線を少女の手元に落とし、「あぁ」と納得したように頷く。

「30円、持ってないのか?」

 その言葉を聞いた少女が、分かりやすく全身を震わせた。

「なっ……そ、そんなわけないでしょう!? お小遣い貰ってるもん!!」

 少女は激高して首を横に振リ続ける。それを見た少年は、理解できないと言わんばかりの表情で、少女の手元を指差した。

「いやだって、それ、そこの駄菓子屋から金払わずに持ってきたんだろ? だからそこの人が追いかけて来たんだろうし」

「っ――!!」

 刹那、2人が振り向いて……瑞希がいることに気がつき、全身を硬直させた。逃げようにも前後を挟まれているので、これ以上逃げようがない。

「それ、返さねぇの?」

「っ……!!」

 ショートカットの少女の視線が泳ぎ。ツインテールの少女は泣きそうな表情で俯いているのが分かった。

 北風が冷たく4人の間をすり抜けていく。寒さにさらされたその顔を見ていると、2人が反省している様子が伺えるから……たった30円の駄菓子くらい、あげてもいいんじゃないかと思ってしまうけれど。


 でも……瑞希の視線の先にいる少年は、2人の万引きを見過ごしていない。

 ここで自分が折れてしまうと、折角の彼の勇気を、台無しにしてしまうから。


 瑞希は両手を握りしめて、口の中にたまったつばを飲み込んだ。そして……震える声で、2人に問いかける。

「い、今、この場でお金を払ってくれたら……こ、今回は、これ以上何も言いませんっ……!! どうしますかっ……!?」

 瑞希の言葉に、ツインテールの少女が、ショートカットの少女を涙目で見つめた。

 今ここで逃げると、もっと取り返しがつかないことになる。それは流石に理解しているようだ。

 ショートカットの少女が、ランドセルの中から布の財布を取り出すと、その中から30円を取り出して、渋々瑞希に手渡した。そしてそそくさと財布を片付けてから、足早にその場を後にする。

 残された瑞希は、手のひらに残る10円玉3枚を見下ろして……一度、深く息を吐いた。

 そして、改めて視線を前に戻すと、先程の少年が無言のまま、自分の方へ歩いてくる。

「えっ!? あ、その……えっと……!!」

 瑞希がうろたえていると、少年は表情を変えないまま彼女の脇を通り抜けて……淡々と歩いていく。どうやら普通に帰ろうとしているだけのようだ。

 黒いランドセルが遠ざかってしまう。

 このまま……名前も知らずに、背中を見送るだけでいいのだろうか。


 ダメだ。

 ここでちゃんと声をかけなければ――自分はずっと、後悔ばかりが残ってしまう。


「――あ、あのっ!! そこの……男の子っ!!」

 とっさに出た言葉は、自分でも情けなくなるほど、語彙力に乏しいものだったけど。

 立ち止まって振り返った少年に追いついた瑞希は、首をかしげる彼を見下ろして……。

「ちょ、ちょっと……そこでお茶でもしていきませんか!?」

 こう言って、駄菓子屋を指差す。

 少年は、彼女が指さした駄菓子屋を横目で見た後、改めて瑞希を見上げて……。

「……知らない人について行くなって言われてるんで」

 とてもあっさりと断った。

 ユカの厳しさは、書いていてとても楽しいんです。私情を挟まない仕事人の印象なので。

 第1幕では政宗との意思疎通が出来てなくて言い争いになってましたが、今回はちゃんと許可をとった上で厳しく言っているあたり、2人の信頼関係が強くなっていることが伺える……と、いいなぁ。

 そんな必殺仕事ユカをおがちゃんが描いてくれました!! もうこの厳しい眼差しですよ。そりゃあ政宗も「おっかねぇ」と思いますよね。(そんなこと言ってないだろう)ありがとうございますー!!

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