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エピソード4:本能的行動の代償②

 そして木曜日の午後16時過ぎ、政宗の運転するセダンタイプのハイブリッド車で、5人は石巻へ向かった。

 政宗も統治も、実際の『生痕』に対応出来る機会が限られていることを分かっているので、今日は多少無理をしてでも時間をあけて同行していた。ちなみに『仙台支局』の電話番には、アルバイトの片倉華蓮を残している。

 昨日、政宗から名杙の許可書類一式を受け取った後、簡単に段取りを確認した際に、ユカが顔をしかめて問いかけたのだ。

「政宗……ここの施錠はどげんすると?」

 華蓮の勤務は18時まで。しかし、『生痕』が目撃されているのは19時以降だ。まさかアルバイトの彼女1人に全てを任せるのだろうか。

 ユカの質問に、政宗は立ったまま返答する。

「17時から伊達先生にも来てもらうように頼んでるから、施錠関連は大丈夫だ。それまでの時間も、分町ママに監視してもらう」

「分かった。明日は何時から動くと?」

 この問いかけに、政宗が壁にかかっているアナログ時計を見つめた。つられてユカも文字盤を見つめ、少しだけ目を細める。

「ここに15時半集合で、16時前には出発しておきたいところだな。夜に照準を合わせておいてくれ」

「了解。『縁切り』はあたしでよかと?」

 今回は、名杙直系である統治の方がいいのではないか。暗にそう尋ねるユカに、政宗は時計から彼女に視線を移し、真顔で一度だけ頷いた。

「ああ、最後まで宜しくな」

 そう言って自席に戻る政宗と、軽く拳をぶつけ合って。

 彼の背中を見送り、ユカはパソコンに向き直りながら……気持ちを切り替える。

 その時になれば『縁』を切る、それだけでいいのだ、と。


 運転席後ろの後部座席に乗っているユカは、時折外の景色を眺めながら……脳内でこれからの流れを確認していた。

 これから石巻まで移動して、里穂の家で瑞希と合流する。そして、環と会わせて2人の間に何があるのかを確認し、情報をすり合わせる。そして19時を過ぎようかという頃から、具体的に『生痕』を探しに行くのだ。

 正直、そんなに都合よく出会えるかどうかは分からない。ただ、環と会うことで瑞希は確実に動揺するだろう。それが呼び水になって何かしらの変化があるはずだ……というのが、3人の見立てだった。

 勿論、そう簡単にうまくいくとは思っていない。しかしかつて、仁義の母親が『生痕』になった時、彼女は仁義を探し出した後に豹変したそうだ。きっと瑞希の『生痕』も、環を探しているはず。

 どうにか今日中に事態を終息させて、瑞希がメインで仕事をするという週末のイベントには、何の不安要素もない状態で参加して欲しいとは思うけど……。

「……上手くいくといいっちゃけどね」

 ボソリと呟いたユカを、隣に座っている心愛がチラリと見やる。そして少し体を前方に乗り出して、助手席に座っている統治に問いかけた。

「お兄様、その……心愛、分からないんだけど、『生痕』と森君の『関係縁』を切っても、本物の支倉さんとの縁は切れていないんじゃないの?」

最もな問いかけに、統治は手を口元に添えながら返答を組み立てる。

「『生痕』は実例が少ないから、確かなことは言えないんだが……かつて『生痕』に関わった人物と『生痕』との『関係縁』が切られた後は、その人物への関心をなくし、忘却しているんだ。恐らく『生痕』が本体に戻った時に、『縁』に関する情報が上書きされてしまうのではないかと推測している」

「そうなんだ……そこからの『縁結び』もダメ、なんだよね」

「ああ。二度と同じことを繰り返さないためにも、『縁結び』をすることは出来ない」

 確固たる口調と声音で断言する統治に、心愛は「そっか……」と引き下がって、背もたれに体を預けた。

 そんな心愛へ、環がいつもどおりの表情で、こんなことを尋ねる。

「なぁ名杙、『縁結び』ってどうすればいいんだ?」

「へっ!? え、『縁結び』は、そのー……」

 環の質問に狼狽した心愛が、助けを求めるようにユカを見つめた。ユカはそんな彼女を見つめ返し、口元にニヤリと、どこか意地悪な笑みを浮かべる。

「折角やけん、森君に説明してみらんね。『縁結び』は基本中の基本やけん、さすがにそれくらい出来るやろ? まぁ……違うって思ったら、あたしと統治から容赦なくツッコミが入るけんねー」

「だっ、大丈夫だもん!! それくらい完璧に説明してみせるんだから!!」

 ユカにいつも通り啖呵を切った心愛は、バックミラーでチラチラと後ろを気にする統治にも睨みをきかせた後……呼吸を整え、解説を始める。

「えっと……『縁結び』っていうのは、相手と相手の『関係縁』を結んで、そこに新しい人間関係を作ること。もしくは、既に構築された『関係縁』を強化することなの」

「強化……これ、ただの紐だろ。どうするんだ?」

「たっ、ただの紐じゃないし!! 『関係縁』の強化は、心愛やケッカみたいな『縁故』が、強化したい『関係縁』を玉結びして、その結び目をギュッと握ればいいのよ。えっと、玉結びが1箇所なら関係強化、2箇所なら恋人……」

 心愛はこう言って、バックミラーを見やる。そして統治から何のツッコミも溜息も届いていないことを確認した後、今度は運転席にいる政宗を見やり、ちょっと意地悪に口角を上げた。

「そんな感じで、既存の『関係縁』は玉結び。新規に『関係縁』を構築する時は、ちょうちょ結びなのよ」

「ちょうちょ結び……紐のどことどこを結ぶんだ?」

「だから紐じゃないし。そうねぇ……例えば、これは例えばだけど、ケッカと佐藤支局長に一切『関係縁』がなくて、そんな2人をお兄様が縁結びすることになった場合」

 次の瞬間、信号待ちのためにブレーキを踏んだ政宗の停車がすこぶる雑になった。統治の体が大きく前に揺れて、シートベルトごと引っ張られる。多少は覚悟していた心愛も慌てて足を踏ん張り、環は表情を変えずに前後に揺れた。そして、ユカの華奢な体もまた、大きく前に前に引っ張られて……。

「うわっ!?」

 運転席のヘッドレストに額をぶつけたユカは、動揺しながらもサイドブレーキを引いて呼吸を整える政宗をバックミラー越しに睨んだ。そしてシートベルトを引っ張って身を乗り出し、運転席の脇から顔を出して詰め寄る。

「ちょっ……政宗!? いきなりどげんしたとね!! 猫でもおったと!?」

「なっ、何でもない。悪かったな……こ、今度から気をつけるから、座っていてくれ」

 政宗は前を見つめたままから笑いを浮かべて、乾いた手でハンドルを握り直す。ユカはしぶしぶ引っ込んで座り直すと、不満たっぷりの顔で足を組み替えた。

 そんな様子をひとしきり観察した心愛は、環からの視線に我に返り、「は、話を戻すけどっ!!」と口を開く。

「この場合、お兄様が2人と自分との縁を切って、その切れ端同士を蝶々結びするの。えっと……お兄様と佐藤支局長、お兄様とケッカ、その両方を切って、佐藤支局長とケッカに残ってる先端を蝶々結びして握ると、新しく『関係縁』が成立するのよ」

「……はぁ」

 脳内で図解した環は、しばし間をおいて頷いた。そして、続けざまに問いかける。

「じゃあ、知り合いじゃなきゃ『縁結び』って出来ないんだな」

「『関係縁』さえあればいいから、例えば……お兄様がケッカや佐藤支局長を全然知らなくても、意図的にハンカチを落として拾ってもらうとか、わざとぶつかって謝るとか、そういう行動をすることで生まれた『関係縁』を切って結んでもいいんだって。要するに力技なのよね」

 心愛はそう言って肩をすくめた。そして、改めて自分で口にすることで……どれだけ破天荒な能力なのかということを実感する。

 人間関係を思いのままに操作出来る、そんな家柄に生まれた心愛は、この能力が当たり前だと思って生きてきた。けれど、この能力に頼って反映してきた自分の実家が……とても歪んでいることを感じることが増えてきている。

 これからどんなことが待っているのか、ちっとも分からないけれど……この能力には強い責任を持って、これからも生きていきたい。

 心愛が1人でそんなことを考えていると、環が彼女の横顔に質問を続ける。

「切った側……この場合の名杙先生は、縁をつないだ2人とはどうなるんだ?」

「例えば、お兄様がケッカや佐藤支局長ともう一度友達になりたいなら、また『関係縁』を結びに行けばいいし、特に無関係でいいなら離れればオシマイね」

「じゃあ、今みたいに……対象者に既に『関係縁』が成立してる場合は、名杙先生が二箇所に玉結びをして握ればいいってことか」

「そういうこと。とにかくそうやって多少強引にでも『縁結び』が出来るのが、心愛達『縁故』ってわけ」

 ここまで聞いた環が、「ふーん」と相槌を打ってシートに深く座り直す。その様子を横目で確認したユカは……静かに一度まばたきをして、視える世界を切り替えた。

 そして、自分の左手の小指から伸びる、政宗との『関係縁』を見つめる。

 色は当然のように濃い赤色。そこに変化も偽りもない。

 そんなこと、自分が誰よりも分かっているはずなのに。

 例えば、来月にはセレナが遊びに来る。ユカがセレナと政宗の『縁結び』を頼まれた場合でも、セレナと政宗の間で既に構築されている『関係縁』に干渉すれば終わりだ。2人とユカの縁を切る必要はない。

 セレナが本気で彼にアプローチを続けたら、きっと、政宗だって思うことはあるだろう。なるみのことも少し気になる。

政宗もいつか、大切な女性を見つけるだろう。それが自分ではないことくらい分かっているけれど、もしも、もしもいつか、この『縁』が切れるようなことがあれば――

「……バカバカしい」

 ユカがありもしない未来を数秒間思い浮かべて嘲笑した次の瞬間、5人の乗った車は石巻市の中心部に突入した。


 同時刻、夏休みで混み合っている石巻のイオンモール内の通路にて。壁際に設置されたベンチに座っていた仁義を目指して、小走りで近づいてくる人影があった。

 今日の彼は黒髪のウィッグを着用しており、その上から地元バスケチームのキャップをかぶっている。服装は珍しく白い長袖のパーカーに濃紺のジーンズ、足元はバッシュという出で立ちだ。

 そんな仁義に近づいてきた彼は、白い半袖のワイシャツに黒いスーツのズボン、足元は革靴……ではなく、グレーのスニーカーを着用している。

 短い髪の毛を整えて、はっきりとした目鼻立ちが印象的な若い男性だ。そんな彼は仁義の直前で立ち止まると、恐る恐る彼に近づいて……その横顔に問いかける。

「ひ……仁義、だよな?」

 その声がする方へ顔を向けた仁義が、苦笑いを浮かべて立ち上がった。

「そろそろ自信を持ってくださいよ、駆さん。僕がここに呼び出したんですよ?」

 その口調で仁義だと確信した彼―― 千葉駆が、ヘナヘナとその場に座り込んだ。

「あぁー良かった!! ここで間違えてたら里穂にアイスおごらなきゃダメだからさー」

「それ、僕も含まれてますよね」

「はぁっ!? ったく……まぁ、今回は間違えてないから大丈夫だけどな!!」

 気を取り直して立ち上がった駆は、持っていたA4サイズの茶封筒を仁義に手渡した。

「これが、『今回頼まれていたリスト』だ。運良く写真もあったからつけといたぜ。無修正だから、拡大すれば文字も読み取れる」

「お忙しいところありがとうございます、助かります」

 駆から茶封筒を受け取った仁義は、持っていたトートバックにそれをしまいこんだ。そして駆を見つめて、彼が身につけている腕時計を指差す。

「そろそろ行かないと、明日の朝刊に間に合わないんじゃないですか?」

 駆は今、石巻を中心に配達されている地元の新聞社で、記者として働いていた。本人曰く「契約社員」だそうだが、仁義には正規職員との差がいまいち分かっていない。それくらい忙しそう。

 実は、仁義が政宗から『生前調書』に関する調査を依頼される際、ほとんどが駆を通じて手がかりを掴み、仁義が裏を取りに行くことがほとんどだった。駆は石巻市やその周辺のみならず、取材と称して県内を駆け回っている。ことさら地元の事件や事故に関する情報には強く、事故で亡くなった人の氏名などを把握している場合も多いので、『仙台支局』における『生前調書』の作成に大きく貢献してくれているのだ。

「分かってるよ。あ、情報料はいつも通り頼むな。でないと部長の機嫌が悪くなるからさー」

 ちなみに駆の上司を政宗が懐柔して、彼を連絡係にしてもらっている。しかし駆自身は、自分が何のために仁義へ情報提供しているのか……よく分かっていないのが現状だった。

「勿論です」

 仁義がいつも通りの返事を返した時……駆がじぃっと自分を見つめていることに気がづいた。

「駆さん、あの……どうかしたんですか?」

 彼の真意が分からずに首をかしげる仁義へ、駆がこれみよがしなため息をつく。

「いや、里穂と仁義は相変わらず仲が良いと思ってさ。羨ましいぜ……」

「おかげさまで。駆さんもきっと、素敵な出会いがありますよ」

「だといいけど……っと、俺、そろそろ行くわ。じゃあな」

 そう言って手を上げて走り去っていく背中を見送りながら……仁義は再びベンチに腰を下ろし、トートバックから封筒を取り出す。

 そして、その中身を慎重に取り出すと……入っていたリストに目を走らせた後、肩をすくめた。

「……やっぱり、こっちだったのか」

 1人で合点がいった仁義は、リストを封筒に片付けて、中に入っている写真を取り出した。

 そこには――あの災害時、避難場所になっていた学校の体育館の入り口がうつっている。支援物資が届いたことで、皆で協力して運び込んでいる様子が撮影されていたのだ。

 仁義は、そんな人達の背後にあるホワイトボードを凝視した。当時、避難所の入り口には、どこでどんな支援が受けられるのか、どの道路が通行できるのか、給水場所はどこなのか……等、人々の生活に役立つローカルな情報が掲示されていた。そしてその脇に……行方不明になった人を探している人が、どんな人物を探しているのかを書き残した紙が、何枚も掲示されている。

 あの当時は携帯電話も固定電話も通じず、色々な人が様々な避難所に避難していたため……情報提供を求める張り紙が多かったのだ。

 その中の1枚にとある確信を得た仁義は、その写真をスマートフォンで撮影すると、政宗に送信する。そして、写真や書類を片付けてから……立ち上がり、出口へと歩き出したのだった。


 政宗のスマートフォンに仁義からのメッセージが届いたのは、彼が名倉家の前に車を止めたところだった。

 サイドブレーキを引いた政宗は、上着のポケットからスマートフォンを取り出して中身を確認し――口元に笑みを浮かべる。

「……ケッカ、統治、ビンゴだ」

 その一言で内容を察した2人がそれぞれに首肯する。詳細を聞かされていない心愛と環が訝しげな表情を浮かべる中、ユカはシートベルトを外して、脇に置いていた荷物を持った。

「ほら、2人とも降りるよ。既にお待ちかねやけんね」

 そう言ってユカがドアのロックを解除し、ドアノブに手をかけた瞬間――


「――あの、ちょっといいっすか?」


 降車の用意をしている動きを止めたのは、いつもどおりの環の声だった。

 石巻に突入してから、窓の外を見つめるだけで何も言わなかった環の声に、全員が何事かと視線を向ける。

 全員の注目が注がれる中、彼はいつもどおりの表情と声音で……こんなことを言い放った。

「今日の『縁切り』……俺がやりたいんすけど」

 縁故って縁切りしかしてないよねと思って、ようやく縁結びについても触れることが出来ました。

 縁結び、といえば蝶々結びなので、端と端がある場合は蝶々結びでいいんですけど……既に構築されている縁を強化するにはどうしたらいいんだろうと思って、玉結びにしました。魂結びって書くと別の意味になりそうですよね。生きている人間に関しては玉結びです。こういう言葉遊びが大好きです。

 そして駆の今の姿も登場でございます。石巻には『石巻日日新聞』という新聞があるので、そこで働いているイメージで書きました。

 宮城の新聞というと『河北新報』というのが大きいんですけど、そこだと規模が大きすぎて臨機応変に動けないと思ったそうですよ。県内を走り回ってとくダネを掴むがいいさ千葉っち!!

 さて、そしてようやく2人が出会う……はず!! はず? はずです!!

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