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エピソード3.5:次なる一手

 家の戸締まりを終えた仁義と共に、ユカは石巻駅まで移動した。

 時刻は間もなく18時50分。丁度仙台からの電車が到着したタイミングだったらしく、改札を抜けて家路へ急ぐ人の流れが出来ている。2人はそこから少し離れて、駅構内の一角、待合スペースになっているベンチの近くへ移動した。

 ペンギンの専用ステッカーを貼り付けた愛用のICカードには、前もって必要な金額をチャージしてあるので、切符を買う必要はない。電光掲示板で運行予定を確認したユカへ、仁義が今後の動き方を尋ねた。

「山本さん、とりあえず……僕はどうすればいいですか?」

 ユカは電光掲示板から仁義へ視線を向けると、努めて冷静に返答する。

「そうやね……政宗からも連絡してもらうけど、名倉さんへの『生痕』の発生報告と、支倉さんに何かあった時の一次対応……今回は最悪、『生痕』と森君との『縁』を切っても致し方なかと思う。なんか言われたら、あたしの名前出してよかよ」

「……」

 ユカの言葉に、仁義が何か言おうと口を動かした。しかし、ユカは彼に二の句を継がせることもなく、彼を見上げて一気に畳み掛ける。

「分かっとるやろ? 今はとりあえず名杙の許可が『出ていないから』、支倉さんの『関係縁』に手が出せんだけ。あたしと政宗で書類をまとめて、明日……遅くとも明後日までには名杙に申請するけんが、早ければ今週末には全部終わるし、終わらせてみせる。支倉さんの『生命縁』を守るために、最終的にあの2人の『関係縁』は切らんといかん、それは確定事項なんよ」

 ユカの眼差しに強い意思を感じた仁義は「そうですね……」とどこか煮え切らない表情で口を開いた。

「今回は切った後の『縁結び』も、出来ませんからね……」

 刹那、ユカは露骨に溜息をつくと、少し鋭い眼差しで彼を見据える。

「当たり前やろ? 『生痕』は相手への執着がその存在を生み出しとる。折角『縁切り』をしたとに、もう一度『縁結び』げなして……二の舞になったらどげんすっとね」

 甘いことを呟いた仁義に、ユカがあえて厳しく釘を刺した。

 彼は……彼だからこそ、よく分かっているはずだ。


 『生痕』に執着された相手との『関係縁』は、必ず切る(・・・・)、それが原則であり、鉄則。

 相手に二度と執着しないように。二度と深い関心を持たないように。

 たとえ2人が、どんな関係であっても。


 現にユカは、今回の縁切りは名杙直系である統治か里穂に頼もうかと思っていたところだ。それくらいしっかり切らないと、近い未来に同じことが発生しないとも限らないのっだから。

 しかし分からない。いくら石巻に住んでいたとはいえ、普通の中学生の環と、今も石巻に住んでいる瑞希との接点、そして、彼女をあそこまで追い詰める彼への執着が、一体何なのか。

 ユカの言葉に「すいません……」と頭を下げた仁義は、壁にかかった時計を見つめ、「そろそろホームへ出たほうがいいですよ」と声をかけた。

 これが自分の甘いところだと、仁義も自覚している。その優しさを忘れないで欲しいと言われたこともあるけれど、『縁故』は慈善事業ではないのだ。時にユカのような厳しさが必ず必要になる。

 全てを守りたいけれど、何かを『切って』、より多くのもの、より大切なものを選ばなければならないことの方が多い。この業界では縁結びよりも縁切りが多いのが、良い実例かもしれない。

 ユカは改めて仁義を見つめると、どこか沈痛な面持ちになってしまった彼に笑顔を向けて……一度だけ頷いた。

「生きてれば……もしかしたらまた、交わることもあるかもしれんよ。生きてないとなんも出来んけんね」

「山本さん……」

 これは少し前に、ユカ自身がとある人物から言われたことでもあった。

 生きていれば、何かをなすことが出来る。

 彼女の――彼の大切な人は、もう、この世にいない。だからこそ、この言葉はユカの中でとても……とても重たいものとして残っている。

「今回は2人を生かすことを最優先に考えよう。それでよか?」

「勿論です。宜しくお願いします」

 その目にいつもの力を宿した仁義が、改めて頭を下げた次の瞬間――


「――ケッカさん、ジン!!」


 パスケースを改札口にかざしてくぐり抜け、ポニーテールに制服姿の名倉里穂が2人に近づいてきた。

 彼女は日焼けした顔に笑顔を浮かべ、ユカの前で立ち止まると、軽く会釈をする。

「ケッカさん、石巻でお疲れ様っす!! これから仙台に帰るっすか?」

「うん、里穂ちゃんも部活お疲れ様」

 丁度入れ違いになってしまうことに気付いた里穂が、日焼けした顔に苦笑いを浮かべて、こんな事を口にした。

「ケッカさんに時間があれば、揚げたい焼きを食べて欲しかったっすねー」

「揚げたい焼き!?」

「そうっす。あんことチーズがオススメっすよ。あぁでも、シュークリームも捨てがたいっす」

「シュークリーム!!」

 最早里穂の発した単語を反復するだけになってしまったユカが、口の中にたまったよだれを持て余していると……里穂が苦笑いのまま、改札の向こう側を指さした。

「でも……ケッカさんは帰った方が良さそうっすね。そろそろ行かないと座れないかもしれないっすよ」

「……うん。」

 目の前にあるのは残酷な現実だった。ユカは断腸の思いで口の中のつばを飲み込み、その手にパスケースを持ち直す。

 しかし目に見えてガクリと肩を落としたユカに、里穂と仁義は視線を交錯させて……口元に笑みを浮かべた。

「今度は仕事とか関係なく、ケッカさんと石巻で遊びたいっす!! 夏休みも隔週日曜日だったり、お盆なら練習もないっすから……この件が終わった後に、お誘いしてもいいっすか? あ、政さんと一緒でも大丈夫っすよ!!」

 こう言って屈託なく笑う里穂に、ユカは軽く目を見開いて……苦笑いで肩をすくめた。

 里穂は最初から、この騒動がハッピーエンドで終わることを何の疑いもなく信じている。お世辞でもおべっかでもなく、心からそう思っているのが伝わってきたから。

「分かった。その両方は絶対に食べさせてもらうけんね」

「了解っす!! ジンと2人で、しっかりおもてなしさせていただくっすよ!!」

 里穂の返事を聞いたユカは、結局今日は石巻の食べ物を何も堪能出来なかったスケジュールを少しだけ恨みつつ……2人に背を向けて改札を抜け、石巻から離脱した。


 7人が横並びで座るタイプの座席、その右端を陣取ったユカは、スマートフォンを操作しようと取り出して……通知が示す相手に、軽く目を見開く。

「レナ……?」

 メッセージの差出人は、福岡にいる親友の橋下セレナ。物理的に距離が離れた今もこうして不定期に連絡を取り続けているが、今回はいつもの雑談だけでなかった。

「あ、そっか、もう来月か……」

 セレナからのメッセージには、来月に開催される仙台七夕まつりに合わせて宮城に遊びに行くことに付随した、具体的なスケジュール――飛行機の時間やホテルの名称など――が記載されていた。平日を含む3泊4日の滞在は、お盆休みを前倒しで貰ったことにより実現したらしい。

 やってくるのは3名。セレナと……10年前の研修でユカを含む3人を見守ってくれた、川上一誠と徳永瑠璃子だ。これまでも政宗や統治が個別に福岡へ来てくれたことはあったので、10年ぶりの再会というわけではないが……3人揃って一誠や瑠璃子と対峙するのは、実に10年ぶりである。

「まさか……仙台で会うことになるげな思わんかったね」

 ユカはボソリと呟くと、セレナへ簡単に返信をしてから……8月はどうやって福岡組をもてなそうか、政宗や統治と相談を始めようと心に決めるのだった。


 ユカが『仙台支局』に戻ってきたのは、20時を少し過ぎたところだった。

 政宗に対して事前にメールで本日の出来事を送信したところ、当然のように詳細な報告を求められたため……ユカは駅で3人分の駅弁を買ってから、すっかり日が落ちた建物の中に足を踏み入れる。

 既にほとんどのオフィスが業務を終えている時間であり、最上階の展望テラスも20時までのため、今から上に行くのはユカくらいのものだ。カバンから取り出した入館証をぶら下げてエレベーターに乗ったユカは、上昇していく数字を見つめて……思考を切り替える。

 そして、扉が開くと同時に足を踏み出し、『仙台支局』へ向かう。ロックを解除して扉を開くと、既に手前の応接スペースに座っていた政宗と統治が、ほぼ同時に立ち上がった。

「ケッカ、お疲れ様」

 政宗が近づいてきて、ユカが持っていた駅弁を受け取る。それを見た統治が、飲み物を取りに部屋の奥へと移動していった。

 衝立の向こうに消えた統治の背中を見送りつつ、ユカはなし崩し的に政宗の隣に腰を下ろす。

 背もたれに体を預けて溜息をつくユカを、政宗がどこか心配そうな眼差しで覗き込んだ。

「大丈夫か? まさか、電車で座れなかったんじゃ……」

「へっ!? あぁ、それは大丈夫。流石に始発駅から乗ったけんが座れたっちゃけど……いやぁ、石巻って地味に遠かね。里穂ちゃんも仁義君も凄かよ」

 そう返して苦笑いを向けるユカに、政宗も肩の力を抜いて……先程机に置いた駅弁の袋に視線を移す。

「ケッカ、何買ってきたんだ? まぁ、どうせ牛タンだよな」

「え? あ、ゴメン、今日は幕の内弁当やけど」

「幕の内弁当!?」

 刹那、政宗が目を極限まで見開いた後、慌てて袋の中身を取り出す。

 ユカが買ってきたのは、3人分の幕の内弁当だった。宮城県内の食材に拘って作られているこの幕の内弁当は、細かく仕切られた弁当箱の中に色々なおかずが彩りも考慮して配置されている。例えば牛タンやおくずかけ、パプリカのマリネや鮭の塩焼きなど、肉、魚、野菜とバランスも良い。ちなみにお米は宮城県産のひとめぼれが採用されている。噛むほどに甘みが出るひとめぼれは、冷めていても美味しく食べられます。

 ……それはさておき。

 改めて手元の幕の内弁当とユカの顔を見比べる政宗に、ユカがジト目を向けながら、この駅弁を選んだ理由を口にした。

「だって、こげな時間やけんが……牛タン弁当とか売り切れやったっちゃもん!! 3つあるのがこれだけやったと!!」

「……」

 どうやら、良くも悪くも大衆的な幕の内弁当だけが、駅の売店に残っていたらしい。政宗がその理由に1人で納得していると、3人分のお茶を持った統治が戻ってきた。


 3人それぞれが己の幕の内弁当をつつきながら、ユカが今日の出来事を口頭で報告する。

「……と、いうわけなんよ。支倉さんは『生痕』を生み出した張本人やと思うっちゃけど……なしてその相手が森君なんやろうか」

 そう言ってナスの揚げ浸しをつまむユカの隣で、政宗と統治はテーブルを挟んだまま見つめ合い……二人同時に腑に落ちる。

 今日、どうして環が自分から『仙台支局』にやってきたのか。


「なんか最近……体が特に重いっすよ」

「体が重い……夏バテとか、疲れが取れてない感じかな?」

「そうっすね、どれだけ寝ても十種競技を10回やったくらい疲れてるんで、これは何か憑かれてるかと思って」


 こう語る彼自身の表情は、いつもと特に変わりなかったものの……環自身の体には、きっとこちらが思う以上の負荷がかかっているのだ。状況は確実に悪化しているため、早々に環を尋問する必要があるだろう。

 箸を動かす手を止めた政宗と統治を見やり、ユカは無言でナスを咀嚼する。

 ユカが自分の番は終わったと言わんばかりに食べ続けるので、今度は政宗が、今日の出来事を共有した。

「……と、いうわけで、午後に森君がわざわざここに来たんだよ。その時に彼の『縁』も一通りチェックしたけど、やっぱ『生痕』の対象者は分かんねぇな……」

 ため息混じりに呟いた政宗が、容器の端に残った舞茸をつまみ上げる。それを口に放り込んで咀嚼しながら、顔をしかめた。

「政宗?」

「……あぁ、悪い。これからどう動くべきかと思ってな。とりあえず明日、森君に改めて話を聞いて、名杙に申請出して……なぁ統治、許可は明後日中に下りると思うか?」

 政宗の問いかけに、統治は箸で焼鮭の身をほぐしながら返答した。

「今回は状況が状況だからな。俺からも進言しておく」

「助かるわ。と、なると……早ければ木曜日にでもケリをつけたいところだな。ケッカ、動けるか?」

 政宗が隣に座るユカに視線を向けると、ユカは白米を飲み込みながら首肯した。

「あたしは問題なかよ。とりあえず明日、森君に話を聞くのはあたしでよかと?」

 ユカの問いかけに、政宗が首を縦に動かす。

「ああ。俺は多分同席出来ないから……統治、頼むな」

「分かった」

 斜め前にいる統治が首肯したことを確認したユカは、中身を食べ終えてお茶を飲む政宗の横顔を見やり……瑞希と一緒に出会ったなるみについての話は、とりあえず言わないことにした。


 3人が食事を食べ終えて明日の打ち合わせを簡単に終えた頃……机の上に置いていた統治のスマートフォンに、メッセージの着信を告げる通知が表示された。

 ユカの位置から逆さまに見えた名前は、『透名櫻子(とおなさくらこ)』。5月に統治とお見合いをして以降、この『仙台支局』とも何かと関わりを持ってくれている女性のことである。

 こうして定期的にやり取りをしている様子もあるし、2人のペースで関係がのんびり進んでいるというのは、ユカから見てもよく分かるけれど……この調子でいくと、付き合うまでにあと数年かかるのではないかという危惧もある。

 ユカがスマホの画面を興味津々に見ている事に気づいた統治が、少し嫌そうな表情でスマートフォンを手にとった。そして、メッセージの内容を確認して……眉をひそめる。

「統治?」

「……何でもない。仕事とは関係ないことだ」

 それ以上黙して語らず、スマートフォンを操作する統治に……ユカと政宗は顔を見合わせ、首をかしげるのだった。

 今回、本文中で紹介したのはコチラです。

■石巻の揚げたい焼き『大成苑』(https://tabelog.com/miyagi/A0404/A040403/4001525/)

■旨塩シューがある『パティスリーアンジェリーナ』(http://p-angelina.co.jp/)

■仙台駅で買える駅弁(http://www.nre.co.jp/ekiben/tabid/236/pdid/E603/Default.aspx)


 駅弁は食べたことあるんですけど、石巻のスイーツは食べたことなくて……同じ小説書きの水成豊さんからのご紹介です。あぁーちゃんと行って食べなければー!!

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