表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/31

エピソード3:ロスト②

 それから、里穂が強く強く彼の腕を引っ張るから……戸惑いばかりが先行している彼は、なすがままに部屋から引っ張り出されることになった。

 里穂は意気揚々と彼を引っ張って台所に行くと、冷蔵庫の前で今日の夕食を考えていた母親・名倉理英子の背中に声をかける。

「お母さん!! ちょっとあー君と駄菓子屋さん行ってくるね!!」

「はーい、行ってらっしゃ……!?」

 娘の声に振り向いた理英子は、彼女が彼の手を握ってドヤ顔をしていることに気がついて、軽く目を見開いた。

 今まで、誰の声にも耳を傾けなかった彼が……なし崩し的にとはいえ、部屋の外に出てきている。

 一瞬、里穂が嫌がる彼を無理やり連れてきたのかとも思ったが、里穂は嫌がる人を無理やり連れ出すような子どもではないし、手を引かれている彼も、その顔に戸惑いこそあるけれど、あからさまな嫌悪感はないような気がした。

 現に、理英子が彼を見つめると……彼は気恥ずかしそうに視線をそらしたのだから。

 これは、何か変わるかもしれない。

 理英子は両手を腰にあてると、早く外に出たいと目をキラキラさせる里穂に「待った」をかける。

「ちょっと待ちなさい、里穂。まだこんなに日差しが強いのに、帽子もかぶらずに外へ行くつもりなの?」

「あっ!!」

 指摘されて、里穂が空いている手で自分の頭を抑えた。そんな2人に「ちょっと待ってなさい」と告げた理英子は、リビングから帽子を2つ持って戻ってくる。

 1つは、里穂用の可愛らしい麦わら帽子。もう1つは、宮城に本拠地をおいている野球チームの帽子だ。キッズサイズなので、後ろのアジャスターで大きさを調整すれば問題ない。

「里穂が学校からもらってきたのがあって良かった。メッシュだし、何も被らないよりマシよ」

「あ……」

 戸惑う彼の頭に帽子を被せた理英子は、彼の目を見つめて、笑顔を向ける。

「行ってらっしゃい。車には気をつけてね」

「……」

 彼が言葉を探して視線を泳がせる様子に、理英子は一筋の光を見出していた。

 そして、今までは部屋から出てこなかった彼を引っ張り出した里穂に、望みを託す。

「里穂、ちゃんと案内してあげなさいね」

「分かってるよ!! よしっ、しゅっぱーつっ!!」

「うわっ!?」

 いくら年下とはいえ、毎日スポーツをしている里穂には敵わない。彼が足をもつれさせながら引っ張られていく様子を見送った理英子は……玄関の扉が閉まった音を確認すると、リビングに移動した。

 そして、棚の上に置いていた携帯電話(ガラケー)を開くと、とある場所へ電話をかける。

「……あ、もしもし。こんにちは、名倉です。毎日暑いですねー……あ、そうなんです、今から娘が友達を連れてそちらにお邪魔すると思うんですけど、『また』お金を持ってないと思うので……そうなんです、後で払いに行きますから、何か2人で食べられるものを渡してもらえませんか? スイマセン無鉄砲で……はい、いつもありがとうございます、宜しくお願いします」

 慣れた様子で用件を告げて電話を切った理英子は、リビングのテーブルに残る里穂の財布を見下ろして……肩をすくめるのだった。


 2人が住む地域から、子どもの足でも歩いて10分かからないほどの場所に、その駄菓子屋はあった。

 店舗兼住宅の平屋建て。道沿いにある8畳ほどの駄菓子屋は、周囲の子どもたちのたまり場になっていた。手前が駄菓子屋で、奥にある居住スペースでは、店主のおばあちゃんと猫が暮らしている。

 そして、隣接する2階建ての一軒家には、おばあちゃんの娘夫婦が家族4人で暮らしていた。

 里穂が彼を連れて店の入口に立つと、足元で丸くなっていた猫が、首輪に付けた鈴をチリンと鳴らしながら、若干面倒臭そうにノタノタと道を譲る。

「こんにちはー!!」

 率先して声を出した里穂が店内に入ると、店の奥にあるカウンターに座っていた70代後半くらいの女性が、2人に気付いて目を細めた。

 白髪だらけの髪の毛と、細い縁の丸メガネ。深くシワが刻まれた優しい目元が印象的な女性だ。

「おばあちゃん、あのねあのね、今日はね、あー君を連れてきたんだよ!!」

 そう言って里穂がドヤ顔で彼を自分の隣に並ばせた。久しぶりに名倉家以外の人と対面した彼が言葉を探して黙り込んでいると……店主の女性が目を更に細めて、笑顔になる。

「いらっしゃい、名倉さんから聞いてるから、好きなお菓子があったらここに持っておいで」

「え、あっ……」

 彼が更に困惑していると、隣で話を聞いていた里穂が首を傾げた。

「あれ、おばあちゃん……お母さんから電話があったの? あー君のこと?」

「それもあるけど、里穂ちゃん、またお財布を忘れてきたんじゃないのかい?」

「へぁっ!? あ、あれっ……!?」

 我に返った里穂が慌ててスカートのポケットまさぐるが、当然のように財布は出てこない。

 どうしようと顔に焦りをつけて訴える里穂に、店主の女性は笑顔で頷いた。

「聞いてるから、お金のことは心配しなくて大丈夫。2人が好きなものを、ここに持ってきなさい」

 彼が「きっと里穂はこれまでに何度も財布を忘れているんだろうな」と察していると、隣にいる里穂がペコリと頭を下げる。

「ありがとうおばあちゃん!! よしっ、あー君も一緒に見に行こう!! 里穂はねー、カルパスが好きなんだよーどっこかなー」

「あ、ちょっ……!?」

 彼を引き連れて店の中を物色する里穂は、目を皿のようにして自分の好きな駄菓子を探し始めた。

「えっとねー、カルパスはねー、えっとねぇ……」

「り、里穂ちゃん、カルパスなら……そこに……」

 彼女の斜め後ろから、彼がオズオズと棚の一角を指差すと、お目当てのものに気付いた里穂が、大きな目を更に輝かせた。

「あー君凄い!! なんで里穂の好きなものが分かったの!?」

「えっ!? だ、だって、さっき自分で言ってたよね?」

「あれ? そうだっけ?」

 里穂が心の底から不思議そうに、ぽかんと目を丸くして彼を見つめるから。

 彼はとても久しぶりに、肩の力を抜いて……笑った。


 その後、2人で「あれも欲しいこれも欲しいどうしよう」と相談していると……店の外で、小さな鈴がチリンと鳴った。

 彼が店の入口の方を見ると、制服を来てスーパーの袋を持っている高校生くらいの女性と、同じくスーパーの袋を持ち、Tシャツにハーフパンツという格好で、全身をまんべんなく日焼けをした肌が印象的な少年が、ほぼ同時に入ってくる。

 彼は当然面識などないが、里穂は2人を知っているようで……ぱぁっと表情を明るくした後、それぞれをあだ名で呼んだ。

「スズちゃん、千葉っち!!」

 スズちゃんと呼ばれた女性は、里穂の声に「こんにちは」と柔らかく返答しながら店内を移動して、店主がいるカウンターに買ってきた荷物を置く。そして隣にいる彼に気付き……目を細めた。

「里穂ちゃんのお友達、かな」

「そうなの!! あー君だよ!!」

 ドヤ顔で里穂から紹介された彼は、萎縮しながら頭を下げる。彼女――涼子はそんな様子を微笑ましく見つめながら、少し膝を落として、彼らと視線を合わせた。

「里穂ちゃんのお友達の、あー君ね、いらっしゃいませ。私は支倉涼子(はせくらすずこ)といいます。えっと……何年生かな?」

「あー君は、里穂の1つ上だよ!!」

「そうなの?」

 彼が口を開く前に、隣にいる里穂がすべて答えてしまう。涼子はそんな里穂に目を細めつつ彼に真偽を尋ねると、彼は一度、首を縦に動かした。

 それを確認した涼子は、同じくスーパーの袋をカウンターまで運んでくれた少年と彼を見比べる。

(かける)君の方が年上なんだね」

「へー。里穂も随分なイケメンを捕まえたもんだなー」

 駆と呼ばれた少年は、彼を見つめてニヤリと白い歯を見せた。

 そんな駆へ、里穂がもう一度首を傾げる。

「千葉っちは、どうしてスズちゃんと一緒だったの?」

「へっ!?」

 その問いかけに駆が少し動揺した後、キョロキョロと店内を見渡して……先程置いたスーパーの袋を指差した。

「す、スズちゃんがウジエでばあちゃんのために買い物してたんだよ。丁度俺もミズに用事があったから、荷物持ちをかって出たってわけだ」

「おぉー!! 千葉っちが偉いっすー!!」

 パチパチと拍手をする里穂に、駆がどこか嬉しそうに胸を張った。そんな彼に涼子がカウンターに50円を置いた後、店の奥にある冷蔵庫からラムネ瓶を取り出した。

「駆君はよく手伝ってくれるから、助かってるよ。ありがとう。よければどうぞ」

 涼子の手から勢いよくラムネ瓶を受け取った駆は、照れを隠すように少し早口でまくしたてた。

「い、いやー、俺は当たり前のことをしてるだけだから!! 別にラムネが欲しいわけじゃないけどいただきまーす!!」

 そしてラムネをあけて、間髪入れずに中身を一気に流し込み……。

「ゲフッ!? ゲホッ……!!」

 炭酸でむせ返った。

 しかも今になって中身がダバダバと瓶から溢れ出している。

 涼子が慌ててタオルを取りに行く背中を見つめた後、里穂が駆へとニヤニヤした表情を向けた。

「千葉っちー、カッコ悪いよ」

「うっ、うるさいな!! のどが乾いてたんだよ!!」

 苦し紛れに言い訳をする駆は、涼子からタオルを受け取った。そのタオルで濡れた手を吹きながら……呼吸を整えて、一度、息をつく。

「万吏さんも社会人になって忙しそうだからな。ミズはミズで風邪引いて学校休んでっから、プリント届けてこいって頼まれてるし……要するに、ご近所さんのよしみってやつだよ」

「千葉っち、よしみって……誰?」

 真顔で更に首を傾げる里穂に、彼が苦笑いで「親交があったり、縁があったりする場合に使う言葉だよ」と補足する。

 駆はそんな彼をマジマジと見つめながら……ふむ、と、顎のところに手を添えた。

「なぁ、そこのイケメンさんよぉ……もしかしてその髪の毛、地毛?」

「っ!?」

 刹那、彼が露骨に体を硬直させた。彼が髪の毛に対して何らかのトラウマがあることを悟った涼子が話題をそらそうとしたが、その前に里穂が胸を張って言い返す。

「そうだよ!! カッコイイでしょう!!」

 どうして里穂がさっきから自分以上にドヤ顔なのか、彼にはちっとも分からなかったけれど……里穂の言葉を受けた駆もまた、「そうなんだよ!!」と首肯して目を輝かせる。

「外国の人は初めて見たぜ!! その目の色とかマジカッケーし!! え、えぇっと……あ、アイアム、ア、カケル、チバ……な、ナイストゥーミートユー!!」

 精一杯の語彙力で手を差し出した駆に、斜め後ろの涼子が苦笑いでツッコミを入れた。

「駆君、あー君は、とても日本語が上手だったけど……」

「ハッ!? そ、そういえば!! に、日本語喋れるのか!? キャンユースピークイングリッシュ!?」

「駆君、それは違うんじゃないかなぁ……」

 ワタワタする駆に、彼がどう説明すればいいか考えていると……涼子が2人の間に入り、仲裁を始める。

「あー君は、海外の人なのかな?」

「い、いいえ……見た目が、その……こんなのですが、日本人、です……」

「そうなんだ。でも、その髪の色も目の色も綺麗だね。まるで絵本から出てきた王子様みたい」

 優しい笑顔でこう言われた彼は、気恥ずかしくなって目をそらした。そんな彼を見た駆が、今度は里穂に問いかける。

「なぁ里穂、どこでこんな王子様と出会ったんだよ。仙台にだってこんなイケメンいねーぞ」

「あー君はね、今、里穂と一緒に住んでるんだよ!!」

 刹那、涼子と駆が目を丸くして……更に俯いてしまった彼を見つめた。

 そして、そんな彼の横顔に、恥ずかしさよりも内に秘めた悲しさを感じた涼子は……駆の肩に手をおいて、首を横に振る。

 駆もまた、コクリと一度頷いてから……もう一度、彼に向けて手を伸ばした。

「俺は千葉駆(ちばかける)。里穂とは小学生の時に同じサッカークラブだったんだ。中学生だから、お兄さんだと思って頼ってくれていいぜ!!」

「あ……えっと、その……」

「千葉っち、さっきあれだけラムネこぼしてたよね」

「うっ、うるさいな!! ちゃんと拭いたから手はベタベタしてないぞ!!」

 差し出されたのは、日焼けをした少し大きな手。困惑した彼はどうしたものかと里穂を見やる。

 すると、里穂がそっと彼の手を掴んで、自分の手と一緒に、駆の手の方へ引っ張り込んだ。


挿絵(By みてみん)


 そして3人の手が、なし崩し的に触れ合って。

「はい、千葉っちとあー君、ついでに里穂も握手!! これでみーんな、お友達だね!!」

 こう言って、純粋に笑う里穂に……彼も駆も思わずつられて、口元を緩めてしまうのだった。


 その後、涼子と駆がいなくなった店内で、里穂と2人で「カルパスにするか、それともチーズたらにするか」という究極の二択で悩んでいると……不意に、背後から視線を感じた。

「……?」

 彼がくるりと首だけを動かして振り向いても……後ろには誰もいない。

「あー君?」

「え、あ、ううん、何でもない……」

 猫がこちらを見ていたのかもしれない、脳内でそう結論づけた彼は、里穂に対して苦笑いを向ける。

 里穂はそんな彼に笑顔を向けた後……彼の背後に感じ続けている悪寒が間違いではないことを悟り、1人、唇を噛みしめるのだった。


 その後、結局カルパスとチーズたらの両方をもらうことが出来た2人は、それを駄菓子屋の軒先で食べきってから、名倉家への道を並んで歩いていた。

 時刻は16時を過ぎた頃。駄菓子屋から里穂の家までは、基本的に坂道を登らなければならない。行きは下るだけなのでまだ楽だったのだが……ジワジワ続く坂道を登りながら、彼は額から流れてきた汗をぬぐった。

「あー君、大丈夫?」

「う、うん……大丈夫……!! 里穂ちゃんは体力あるね……」

 日頃から運動をしており、この地域に元々住んでいる里穂は、特に息を切らすこともなく、一定のペースで歩き続けている。

 今の自分の体力が、彼女に及ばないことは分かっているけれど……でも、これ以上足手まといにはなりたくないから。

 彼の言葉に里穂はドヤ顔で胸を張った。

「次の日曜日にね、試合があるんだよ!! 里穂も出られるかもしれないの!!」

「そうなの?」

「うん!! だから……応援に来てね、あー君」

 こう言って無邪気に笑う里穂が、今の彼には……とても、眩しい。

 だからついつい、卑屈になってしまいそうになるけれど。

 でも……つい先程そうなってしまった自分が、とてもかっこ悪いと思えたから。

 彼は目に入った汗を手のひらでぬぐい、前を見つめたままその言葉に応えようと口を開いた。


 そして……足を、止める。


「あー君……?」


 彼の動きが止まったことに気付いた里穂もまた立ち止まると、彼の視線の先を見つめて……全身を硬直させた。

 

 あと20メートルほど続く緩やかな上り坂、その頂上付近に……女性が1人で立っており、2人の方を見つめていた。2人との距離は7~8メートル、といったところだろう。

 身長が170センチ程度あるため、女性にしては高い印象を受ける。坂の上に立っていることもあって、2人の位置からはもっと大きく見えた。

 長い髪の毛を首の後で1つにまとめているが、俯いているので顔までは見ることが出来ない。濃い水色のワンピースの上から白いカーディガンを羽織り、足元は黒のミュール。

 これだけならば、散歩をしている女性に見えるだろう。しかし、2人は彼女が『ここにいるはずがない』ことを、誰よりも知っている。


 だって、彼女は――


「おか、あ、さ……!!」


 彼女は――彼の母親である國見仁美は、まだ、病院の集中治療室にいるのだから。

 こんなところで、出会うはずがない。


 狼狽する彼を確認して笑顔になる仁美が、里穂には醜悪な笑みを浮かべているように見えた。

 里穂のお友達・千葉駆君の登場です。頼りがいがありそうでなさそうなお兄さんですね。(ひでぇ)

 成長した彼も改めて登場しますので、どんなことになっているのかお楽しみに!!

 そして文中の挿絵は、おがちゃぴんさんが描いてくださったものです!! 千葉っちのビジュアル化が早かった……ありがとうございますー!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ