ⅡⅩⅠ.宴の始末~そして明ける明星~
「さぁて・・・コイツを如何して呉れようか・・・・・・」
高天原の入口まで出て、元凶の来日を今か今かと待ち侘びていた玉祖が、兇悪な顔をして立っていた。
「やい素戔嗚!御前、どれだけの者に迷惑を掛けたと思っている!」
玉祖が素戔嗚に掴み懸り、くどくどと御説教をその場で始める。天照がびーびー泣くのは少しオーバーだとしても、その見幕にはクラマも失語した。天照や月夜見より素戔嗚に近い空気をもつ男神だ。
「ほぉらタマちゃ~ん。クラマさんが困っちゃってるでしょ~?先ずはお礼お礼♪」
伊斯許理度売が玉祖を諫める。玉祖は叉生真面目らしく、のんびりとした一言に反応し
「むっ、其はそうだ」
気を引き締めて掴むのを止めた。素戔嗚が挫折する事無く真っ直ぐに育っていたら、之位にはなっていたのではないだろうか。
「忝いな、サナト=クラマ!我がいと‐こを救って呉れて!」
・・・・・・。クラマは無言のぎこちない笑顔で返した。
思兼がフッと鼻で嗤う。
「無粋な礼の述べ方だな。之だから天津の新参者は」
玉祖の鉄面皮が一気に剥れて真赤になる。玉祖が反論する前に天宇受賣の飛び蹴りを喰らい、思兼とその周辺は真紅に染まった。
「厚顔無恥なあんたに誰も云われたくないわ!!」
手力男が溜息を吐く。クラマと玉祖と素戔嗚は、頬を吊り上げた侭固まって、神が血塊に禍化していくのを静観していた。
・・・ちらっ、と背後の女神二柱を見る。
天照が素戔嗚を力の限り抱しめ、伊斯許理度売がよく云えました♪と背伸びして玉祖の頭を撫でた。
地球とは真に不可思議な惑星なり。
「サナト=クラマ」
幾度目かのカルチャー‐ショックで独り取り残されていると、月夜見が話し掛けて来た。クラマは軽く会釈をする。
「この度は本当に、有り難うございました。アマテラスとスサノヲに代りまして、私からも御礼を申し上げます」
嘗てはこの様な局面になっても、自分は関係無いと逃げてきたのだろう。必要以上の接触を好まず、神々の輪を避けて生きてきた。
礼を云う経験など
「あの姉弟は之迄、決して解り合おうとしなかった。其を、貴方には心を開き、姉弟同士でもあんなに懐く様になりました。・・・正直貴方が羨ましいかも知れません」
素戔嗚が顔を紅くして、クラマっ、クラマっっと助けを求める。天照はそんな素戔嗚の恥らいの気持ちも露知らず、猶も抱しめ続ける。
「・・・あんな~~っ・・・っ」
「地球の危機であったとは謂え、姉弟喧嘩に過ぎない問題に、何故貴方は来てくださったのでしょう?」
クラマは、隣に立って共に天照と素戔嗚を見守る月夜見を、少し首を傾げる形で見た。
「・・・この様な家族環境、然して珍しい事だと私は思いません。そして簡単に解決できるとも思っていない。素戔嗚を手懐けた貴方ならば出来るかも知れませんが。・・・貴方には金星というものがあるのに、何故地球へ来てくださったのですか」
「何故・・・」
クラマは呆けた表情をして反復した。その様な理由、考えた事も無ければ訊かれた事も無い。只、義務だと思っていたから。
地球には、近い日に往かなければならない様な気がしていた。
「・・・・・・放っておけなんだ」
「・・・え?」
月夜見は思わず聞き返した。
「・・・・・・素戔嗚が」
クラマは懐かしいのか辛かったのかよく判らない表情をしながら、歯切れの悪い口調で答えた。
「・・・・・・我が弟そっくり也」
「・・・・・・・・・え!?」
クラマを本当に只の地球外生命体だと思っていた月夜見の驚きは半端なものではなかった。在るのか、そんなコミュニティーが。
「弟君がいるのですか!?」
「さよう・・・・・・」
意外だが、クラマも三名の兄と昔は色々と遣らかしたらしい。その行為に腹を立てた父・梵天は彼等の弟に当る破壊神を創造し其を落ち着かせる事を後継者となる試練としたそうだ。
其が現代日本でも「修羅場」の慣用句で定着している、悪の鬼神・阿修羅である。
阿修羅の暴走を喰い止める事が素戔嗚の何倍大変か、人生の修羅場を知る皆さんならば屹度お解りになるだろう。
「故に、慣れていし也」
「あぁ・・・・そうですね・・・・・・」
月夜見は脱力した声で云った。
「・・・・・・底透けし程に澄み切りし心もつ者程に、悪に濁るも叉行き渡り早し」
其が裁判官としてのクラマの経験なのだろう。金星では決して拝む事の無い太陽の光を、クラマは眼を細めて仰ぐ。
「案ずる勿れ」
陽はまた昇る。夜が明ける。美しい日の出に、神々達は息を呑んで、手を翳した。翳した手がぽかぽかと暖かい。
月は白く、赤く青い空に溶ける。また夜に、と月夜見に約束を告げて。
「素戔嗚は、事の光も闇をも知っている。強き、而して優しき神也」
「兄貴!」
素戔嗚が月夜見の腕を掴む。照れくさそうに。もう一方の腕には天照の細い指。月夜見は一瞬、自分が呼ばれているとは判らなかった。
「逃げっぞ!」
月夜見は全く平常心そうな顔で、必死に思考回路を巡らせ
「・・・・・・クラマではないのですか?」
と訊いた。素戔嗚は肩透かしを喰らった様に不機嫌そうな表情になったが、一呼吸置いた。
「・・・は?何云ってんだよ。兄貴っつったら、あんたしかいねぇんじゃん?」
くぉら~~!!逃げるな!! 玉祖が追い駆ける。天児屋と布刀玉が脇でチーンチーン茶化す。玉祖の標的は見事に分散する。
「ふざけるなー!御前等ーーぁ!!」
月夜見は慣れない表情を浮べ、遣り場の無い顔を空へ仰いだ。あ、と東の空を指さす。
地球の青さに感銘を受けるクラマに、月夜見は月よりも光る星の名を教えた。
「明けの明星ですよ、クラマ」
完




