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護法魔王尊~サナト・クラマ~  作者: でうく
第Ⅰ章.金星から来た救済者・サナト=クラマと三貴子(みはしらのうずのみこ)
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Ⅱ.禍(マガ)

「・・・(マガ)

クラマは水の入った猪口を揺らす・・・あの男は確かに禍と云った。禍とは何ぞ。

猪口の中の水を一口、飲んだ。

水を見、触れ、口に入れる。身近になればなるほど神秘的な物質だ。無色・無臭・透明。無味・・・だが、甘味が有るといえばその様な気もする。不思議な気分だ。

(―――この美しき液体をば、あの鳥も飲んでいたのか―――)

クラマは水の神秘に魅せられながらも、男が言った“マガ”という言葉が引っ掛っていた。


人類、未だ生れず。加え、女、篭りしに出ず。クラマが地球に来た意味は皆無だ。何十・何百と年月を掛け、旧い技術で来た努力が水の泡である。だからといって、金星へ還るとなってもまた何十・何百という年月が掛る。

(―――其の()に、人類、生れるやも知れぬ―――)

彼としては、故郷の星との袂を分つ覚悟でこの星へ来た。其なのに、まんまと女の気紛れに弄ばれたという訳か。

どれほど月が綺麗であっても、どれほど水が美しくとも、自分の故郷(ほし)ほど恋しいものは無い。クラマは溜息を吐いた。

(―――我、如何すればよい―――?)



―――禍。



(―――(それ)にしても―――)

クラマは周囲を見回す。祠の様なこの建物に、彼は独り、()していた。男は自分が此処に居ては“マガ”を呼び寄せてしまうと云って階段を下りて()った。

闇は“マガ”を呼び寄せると云う。“マガ”を呼び寄せぬ為に女は光を呼び、男は“ツク”を呼ぶのだと云う。“ツク”は闇より生れしもので同じく“マガ”を引き連れん強力なモノだが、日の沈む頃、耀き光の形代となって“マガ”を逆にはね返す性質を持つ。光と“ツク”は均衡を保っていたが、女が光を呼ばぬ今“ツク”の力が大きくなり過ぎ、男に引き寄せられ、暗き日の時刻にも顕れると云う。暗き空に“ツク”は“マガ”。“ツク”は“マガ”を引き連れん。


(―――あの男が“素戔嗚(スサノヲ)”では無いのか―――?)


ぞくりとした。クラマはちらと戸を見た。戸に張られた障子紙が震えている様に見えたのは気のせいか。

クラマは思考を戻して更に考える。“素戔嗚”が、月を操るあの男だとは、如何(どう)も考え難いのだが―――

アマテラスからはよく弟に関する愚痴を鏡を(とお)して聞かされていたが、彼女の言う粗暴で複雑な性格には如何しても視えない。

“素戔嗚”の他に兄弟がいるとは聞いていぬし―――



―――禍。



クラマは立ち上がって、木で出来た戸を開ける。先程から何かぬめりとした、どす黒い妖気を感じていたのだ。廊下へ出て、緑の美しい周囲を見回す。素早く動いたと思ったのだが・・・・・・誰もいない。

(―――否“妖気”は消えぬ―――)

金星の地表で感じる“妖気”を今、此処で感じる。視界の澄んだこの地球で、金星の様な熱っぽい、重苦しい妖気を体験するとは思わなんだ。

堂々と横を掏り抜けて、己が背に潜む男がいた事に、クラマは気づかない。辺りを伺い続けるクラマを見て、男は嗤った。

男が、先日ツクを呼んでいた男が使っていた杖を手にし、祠の障子を突く。破れた障子の音は気を張っていたクラマを大いに愕かせた。

「!!」

男が一つ突いただけで、木で四角に仕切をしてある障子紙の一枡一枡が一遍に穴開く。クラマが眼を白黒させるさまを、男は愉しんだ。

(―――之“禍”―――?)

クラマが外へ出て、祠の様子を外側から見んとす。だが、彼が外へ出る直前に祠の天井が崩れ、彼を捲き込んで建物が倒潰した。男が杖で天井を突いたからだった。

「??」

潰れた祠から這い出、当惑するクラマ。更に、白い髪にひどい悪臭のする泥が落される。クラマは咳き込んだ。

彼の白い髪だけでは無く、祠の破れた真白な障子・紙垂(しで)にも汚泥が落され、白という白が汚されていた。白という色を嫌うかの様に。



素戔嗚(スサノヲ)!」



切り裂く様な声がした。男がおっ、兄貴!と叫んで滑稽に飛び跳ねる。無論、クラマには視えないが声は聞えたらしく、辺りを不思議な表情で見回した。


「御客さまに、何て事をするのです!」

“ツク”を呼ぶ男が駆け寄り、祠からクラマを引張り出す。男は祠の裏に撓う樹の枝で前回りをし、器用に足を枝に引っ掛け上に立つと、見下した様な眼で“ツク”を呼ぶ男を見、くっくっと嗤った。

「姉貴は出て来そうかい?」

「何を他人事な!御前が姉さんをあそこまで追い遣ったくせに!」

ぽかんと、荒々しく野太い声のする裏の樹の方を見るクラマ。やはり彼には其処で戯れる男の姿は視えない。

仏には視えない神というものもいるのか―――クラマはとん、と己が額を押えた。盲者の如く両眼を瞑って声のみを聴く。

「他人事はあんたの方だろう、なぁ、兄貴?自分の姉貴があんなーに悩んでいたのに、相談相手にさえなって遣らなかったじゃねぇか。あんたも一応三貴子(きょうだい)だよな?めーちゃ影薄いけど」

「私は・・・」

「『夜を統べる姉貴とは対極に位置する神だから』・・・?そりゃいい逃げ道だなぁ」

よっ、と別の枝に跳び移る素戔嗚。今度は雑技団の様に、足の甲を枝に引っ掛けてくるくると回る。

「べっつにあんたと姉貴が一緒に居ると力が半減しまーすとか、逆にまたマガ来まーすとか、そんなん無いんでしょ?だから今更になって岩屋戸に見舞行っちゃったりしてる訳だし」

男が苦い顔をする。併し表に出すまいと努めて、撓う樹の枝の方を向き、落ち着かせた声で言った。

「・・・その杖を返しなさい、素戔嗚。其はツクを呼ぶものであって、禍を呼ぶものでは無い」

「またまたぁ~。そう遣っていっつも自分はいい子ですー、姉弟ゲンカしませんー、アマテラスとスサノヲケンカしても関係有りませーん。の優等生ヅラ。ムカツクんだよね、それ」

「私だって問題行動ばかり起す不良は嫌いです」

睨み合いをする二人。クラマは困惑した。之って、早い話が兄弟喧嘩―――?

そんなくだらない理由の為に、地球は禍に追い遣られ、自分は金星を捨てさせられたのか。怒りを通り越して、呆れ果ててしまう。

「おーおー。初めて利害が一致したねぇ。なら兄だからってそんな重く考えないで、別に俺の遣ってるコト無視してていーよ。そっちの方が俺も、うっとうしくなくていいからさ」

言いながら、目を瞑った侭のクラマに視線を移した。馬鹿にした笑みを浮べて、散々に言い始めた。

「あーその女みたいなヒトが、姉貴が呼んだ“助っ人”ってやつ?なんつーか?ひ弱だねぇ。目ぇ、視えないみたいだし?」

「・・・・・・サナト=クラマ?」

言われて男は初めてクラマを見る。心配そうに身体を揺すって、男はクラマに焦った声で呼び掛けた。

「どうなさいました!?クラマ。眼に泥が・・・・・・!?」

「おいおい~。そんなんじゃ逆に足手纏いになりそうだな。“人類救済”する側がされちまってよー。(しか)も人類まだ生れてないし?何の為に遠路遙々金星から地球に来たんだろーねー」

枝の上に座って肩をすくませる素戔嗚。男ははっとした表情になり、愕きを隠せず素戔嗚を見た。

「待ちなさい素戔嗚。何故御前がその様な事を知っている?」

きっとした眼で睨みつける男に、素戔嗚はくっくっと喉を鳴らして嗤い始めた。男は隠していた不快の感情を顕にする。

「・・・何がおかしい」

「・・・いやぁ?若しかして“知らなかった”のかと思っただ・け」

「・・・・・・?」

意味深に人さし指を立て横に振る素戔嗚に、男は困惑の表情を浮べる。素戔嗚は益々(ますます)つけ上がり、顔も横に傾けて

「知りたい?知りたい?」

と、訊いた。完全におちょくられている事を最も身に沁みて感じている“ツク”の男は、少しムキになり掛りながら

「その様な子供だましは効きませんよ」

と、声を低くして言った。素戔嗚は両手を頭の後ろで組んで、(つま)らなさそうな顔をする。枝を足で掴まり一回転した。

「ほーらすぐそう。可愛げが無いよねー。兄貴さぁー“知りたがらない”事が大人だとでも思ってんの?まーだ俺の方が物識りだよ?」

「・・・どういう事です」

「“気づいたら全てが終ってる”って事だよ。心当り有るだろう?姉貴の事にしてもそうさぁ。フツーに天屋戸に篭るまで気づかなかっただろ?知ろうとしなかったじゃねぇか。あんたはツクの様に、照らされなければ見つける事が出来ないのさ」

はっはっは!と豪快に嗤い飛ばす素戔嗚。男は反論も出来ず、悔しげに顔を歪ませるばかりである。

「ツクは常に同じ面を見せている。あんただって、裏の面には蓋をしてるんだもんな」

「・・・・・・」

辛辣な弟の指摘に、クラマも黙って耳を澄ませていた。

「さて、と」

言うだけ言って気が済んだ様で、素戔嗚は大車輪をして立ち上がってから、大手を振って樹の幹に沿って歩き始める。

「んーじゃ俺、往くわ」

「待ちなさい!何処へ往くというのです。きちんと貴方の治めるべき海へ還るのでしょうね!?」

気を張って言う男に、素戔嗚は片眉を上げて不思議そうな顔をした。次の瞬間、歯を見せて、はっ!と歪んだ笑みを見せた。

「・・・何言ってんの?俺が往くのは根の国だよ。海原を治めろなんて、親父が勝手に決めただけじゃん」

「其でも私と姉上は、高天原と夜を治めている」

「・・・」

素戔嗚は唾を吐いた。すると唾の掛けられた新緑の土は枯れ、どす黒く変色して煙が揚った。


其が―――禍。


「素戔鳴―――御前・・・「あーあーヤダヤダ。之だからいい子ちゃんは」

素戔嗚はもう聞きたくないといった様に横を向いた。口調はそう変らないが、先程と較べると余裕が無い様にも感じる。話すのが早い。

「あんたいいよね?ツクさえ呼べばいいんだから。俺みたいに土地に縛られてない。“夜”なんてそんな抽象的なコトバ、ドコに居たっていいって事じゃん」

男は上目遣いで素戔嗚を見ていた。よく回る口。この時、男はどの様な気持ちでこの言葉を聴いていたので有ろう。

「んで、嫌だっつったら親父、淡道(あわじのくに)に引き篭ってんの。今回とイッショ。思い通りにいかないとすぐ引き篭る。引き篭りゃ周りが気を利かせて動いてくれますか?そういう甘えた態度、俺、大っ嫌いなんだよね」

「御前も甘えているではないか」

素戔嗚は目線を横に向けた。幹に水平に歩いているので、横目で見えるのは兄の顔。あ?と訊き返した。

「いつまでも、死んだ母親を忘れられずに義務を怠り、そのうえ根の国に会いに往くとまで言い、蛆やケガレといった様々な禍をこの地へ持ち込もうとしている。根の国である分、父上や姉上の其より質が悪い」

「其は、御袋(おふくろ)が不浄なものだとでも()いたいのか?」

・・・男は口を噤む。認めたくはない顔だった。だが、謂っているのはその様な事だ。素戔嗚はちっ、と舌打をすると、男がツクを呼ぶ時に使う杖を振り上げた。

「・・・はっ。あんたサイアクだな。そんなあんたに呼ばれるんだ。ツクなんてのも大した事無いんだろうな」

「!返しなさい其を!その杖が無ければ、ツクが接近するのを止められない!」

「へぇ~。接近したらどうなるだろうな。ぶつかって壊れるかな。地球割りかな。ならばこの星は、其程大した事無いんだろうな。なぁ金星から来たクラマさんよ。宇宙から見える地球なんての、タダの青いビーダンなんだろ」

「スサノヲ!」

男が声を張り上げれば張り上げる程、素戔鳴の意地悪は増長する。単なる兄弟喧嘩が、ここまで発展するとは。セカイ系とは、まさにこの事。

「頼みますから、どうか、返して・・・・・・!」

男が懇願する。だが素戔嗚は、せせら嗤って、杖を指先で嫌らしくつつく。杖を舐めると、木で出来た部分が腐り堕ちて往った。

「!」

「あはは。そのカオ、姉貴とそっくり。やっぱ姉弟なんだなぁ。どう?解った?姉貴の気持ち。引き篭りたくなった?」

「貴様―――!!」

「あらら。貴様なんて。俺のコト、敬ってくれちゃってるわけ?其はどーもアリガト」

喉を鳴らして宙返りすると、遠くの、背の高い針葉樹の葉のてっぺんへ立って杖を振る。浮んでいる様だった。

「あー今夜が愉しみだな。題名『これから地球はどうなってしまうのか!?』今流行の題材だねぇ。売れるかもよ?」

んじゃーねぃ、と飛ぶ様に去ってゆく素戔嗚。飛べない男は追い駆ける事も出来ずに、彼が去るのを見届けるとその場にへたり込んでしまった。


クラマが眼を開ける。


「―――大丈夫か」

クラマが声を掛ける。と、男はふっと我に返って、慌てた様子でクラマに飛び付いた。

「いえ、貴方こそ―――!御怪我はございませんか!?」

「怪我は、在らぬ―――」

併し、全身が汚泥に塗れている。どす黒さが似ている汚泥は禍を取り込み兼ねない。

「すぐさま“禊”を行ないましょう。直ちに“糞戸(くそへ)”を祓います」

・・・・・・何だか、響きが嫌だと思った。

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