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護法魔王尊~サナト・クラマ~  作者: でうく
第Ⅲ章.神々の宴~姉弟喧嘩の着地点~
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ⅩⅧ.宴の裏側~金星人クラマの正体~

惑星の形成段階が終りに近づき大気が冷却されると、地球では海が形成された為、其処に二酸化炭素が溶け込んだ。二酸化炭素は更に炭酸塩として岩石に組み込まれ、地球大気中から二酸化炭素が取り除かれた。

一方、金星では海が形成されなかったか、形成されたとしてもその後に蒸発し消滅した。その為大気中の二酸化炭素が取り除かれず、現在の様な大気になった。

()し地球の地殻に炭酸塩や炭素化合物として取り込まれた二酸化炭素を全て大気に戻したとすると、地球の大気は約70気圧になると計算されている。叉、成分は主に二酸化炭素で、之に1.5%程度の窒素が含まれる事になる。之は現在の金星の大気に可也(かなり)似ておりこの説を裏付ける材料になっている。



クラマに知らない事は無い様に思えた。何でも知っている様で、其故(それゆえ)に内容が硬く難解だった。かれは時々、物憂げに顔を俯かせて、シュールな白い髪の毛を静かに胸に垂らしていた。

クラマは失楽園の話もしてくれた。原罪という概念・失楽園という伝説は日本神話には無く、難解(なが)ら大いに素戔嗚(スサノヲ)の気を惹いた。

更にかれは、生命の偉大さについても教えてくれた。


「精気というものは素晴しい。生きとし生ける物の精気が、地球を青く、美しい星にしているのだ」


クラマの持論はこうである。

海が形成され、地球大気中から二酸化炭素が取り除かれたところで、生命が誕生し、微生物に()って二酸化炭素の吸収及び固定が進まなければ、海が形成されたとしても、温室効果の為後に蒸発し消滅した可能性がある。結果、海中並びに岩石中の二酸化炭素が再び放出され、金星の様な大気になっていたとも考えられると云うのだ。

「生命が無ければ植物に依る光合成も起り得ず。結果、大気中に酸素が放出される事もあらぬ。地球上に於いて冷却効果に由る寒冷化は其処で無になる」

勿論、オゾン層も形成されないので陸上に生命が進出する事も無かった。

二酸化炭素の固定に伴う大気中の二酸化炭素の減少は、多細胞生物が出現する古生代に活発になる。が、生命が地球上にいなければ、この様な変化は起り得なかった。それどころか、現在に至るまで、金星の様な大気を持った(まま)何の変化も起らなかった可能性も考えられる。


「・・・この様に、生命の精気が無ければ、金星と地球、(ほぼ)同じ姿になっていたであろう」

ところが、之迄興味深そうに尖った耳を澄ませて話を聴いていた素戔嗚が、腹を抱えてげらげら笑い始めた。

「・・・・・・?」

「・・・おいおい。ソレは過大評価し過ぎだぜクラマさんよ。そんな生物、素晴しいモンじゃ無いぜ?素晴しいのはそりゃ時の運だ」

素戔嗚は(ことごと)く母親を不浄なものと規定するこの地球を認めたくない様だった。ある種の研究者であるサナト=クラマを小莫迦(こばか)にした様に上目遣いで見ると

「・・・アンタ、地球と金星の関係性についてやけにベンキョーしてるねぇ・・・・・・何で?」

と、そこに関連を見出す事に対する非難を籠めた口調で訊いた。

「地球と金星、何か見えない糸で繋がってでもいんの?」

くす、とクラマが口から笑みを漏らしたのを、素戔嗚は見逃さなかった。片眉を上げる。クラマは特に笑いを抑える事も無く



「黄泉の気候が我が棲みし金星にそっくりなのだ」



と、非常に愉快そうに云った。

「・・・黄泉?」

・・・クラマの雰囲気が変った事に、素戔嗚はすぐに気づく。やがて、わざわざ長々とこの様な話をしたかれの意図にもすぐ気づかされる事となった。

「・・・あぁ。地球では“根の国”と云ったか」

「根の国・・・」

母さんの棲む!?遠回しに謂えば、金星は死んだ星という事か。素戔嗚がその予測を口に出さずにいると、クラマの方が先に云った。



「そうでありそうでない。金星は、死者の集う星。地球で無慚(むざん)に死んだ者達が、転送して来られる場処」



黄泉比良坂が、桃の咲く桃源郷の地面が、音を立てて崩れてゆく。素戔嗚は堕ちそうになって歪んだ空間にしがみつこうとした。爪先より下には、黄泉の番人となり道敷大神と名を変えた美しき母・伊弉冉(イザナミ)の姿、そして、ただ只管(ひたすら)に暗く、無間なる宇宙空間にぽっかりと、一際明るく浮いて見える黄土色の球が在った。

・・・・・・金星である。

「根の国は金星に繋がっているのか!?」

素戔嗚が俯くクラマに答えを仰ぐ。クラマは再び眼を開けていた。目醒めた様に。かれが答えを示す前に、道敷大神が口を開いた。



「・・・そなたは“死”のにほひがする」



「母さん・・・!?」



素戔嗚は度胆を抜かれた。其はまるで、死の宣告の様だった。実の親より為されるショック、其は並大抵のものでは無かった。

失楽園の伝説を想い出した。でも俺はその話とは違う。愛するが故に、純真だったからこそ、ただただ逢いたかっただけなのに。


「往ねば逢ゆる」


答えは実に簡素だった。併しこの上無く残酷だ。


“死者に逢いたい”などという言葉、他者にとっては“死にたい”と言っている様にしか聴こえない。()してや逢いに()くなんて。


中途半端に鬼門を開くから、(マガ)が地球にまで蔓延するのだ。



「金星、其は罪深き者が死んだのち、拷を受ける星。即ち地獄。禍は総て、金星の内で賄い外に出さぬ様にしていたのに」



禍は死者を好む。禍は独特の臭気を放ち、植物を枯れさせる。生きる環境を阻害する。



「ま・・・っ、俟ってくれ。あんたは何者なんだ。金星の一体、何なんだ―――!」



守ってきた均衡を崩した罪は、大きい。



「汝の母は、黄泉に住いし番人也。共に住まうなら往ねばよい。併しそうなれば、汝は拷を受けねばならぬ。この、我の手に拠って」


「な・・・何言ってんだ、あんた!あんたには俺が視えてないハズだろう!?目が、目が不自由なハズだ」


「確かに、この両の眼には視えぬ。併し、もう一方の眼には(しっか)と汝の姿、映っておるぞ」


突如雷が墜ちた様に縦線に亀裂が入り、其がクラマを貫通した。額に巻いていた布が切れて、其処にもう一つの“眼”が飛び出す。

・・・・・・灰緑の両の眼の持主とは思えぬ、邪悪でぎょろぎょろとした“邪眼”だった。



「我の眼は“判定者の眼”也。裁かれし者はこの両の眼に視えずして、この魔王の眼が『ずっと』見張っている」



地獄へ堕ちるべき者を見分ける邪眼。この額の第三の眼に映せし者は、死後魂が黄泉を突き貫け金星へと送られる。黄泉へ留まる伊弉冉とは、(いず)れにしろ共に過せない。


「な・・・!其じゃあ、今迄俺が視えていなかったんじゃなくて・・・・・・!?」

「否、視えなかった。“死”のにほひのする者、地獄へ堕ちる者はこの両の眼には映らぬ」

クラマは額に人さし指を当てた。其は邪眼を起動させる合図であった。この眼は布が被っていても視える。この眼に―――出来ぬ事は無い。


顔を蒼くする素戔嗚を前に、三つの目ん玉を持った縄文のヴィーナスは、正体を明かにした。




「―――我が名は護法魔王尊。大焼処に落されし咎人に刑を与える執行人也。黄泉へ足を踏み入れた以上、生きて高天原に還せぬ」




護法魔王尊!!かれが己の名を叫ぶと、邪眼から光線が放たれ、眼に映るもの全てが白く、形は何も無くなった。




根の国は生命や富の根源の地。生命は根の国から生れ、其故(それゆえ)に死ねば根の国に叉還る。死骸を喜ぶ悪霊邪鬼の根源でもある。

根の国底の国底(そこ)()の国―――祝詞にはそう、書かれていた。



宴で祝詞を担当する天児屋(アメノコヤネ)は知っている筈だった。内容としては随分即している。今回の祝詞に詠んでもいい位だったが、だが

「・・・・・・;」

天児屋は遂に祝詞を詠む段階になって、困った様に首の裏を掻いた。


(・・・・・・何と書いてあるのだか・・・?之は・・・・・・)


かれは実は文盲だった。


そんな・・・日頃、祝詞なんて、いつも口から出任せである・・・大体、神である自分自身が、一体誰に祈りを奉げるんだい?

天児屋は顔を紅くし溜息を吐いた。皆()っているけれど、まぁ、酒が入って皆さん陽気になってるし、祝詞の内容なんて細かく知る訳も無いから、今日も適当に言っていいよね。今まで嘘だとばれた事も無いし。

天児屋は盃を置いて、司会の隣スピーチ席に向かう。併しかれは忘れていた。()しくは自覚が無い程までに酔っていた。

かれは今、酔っている。

誰が最も酔っ払っている?其は若しかしたら、かれかも知れない

「拝啓――――・・・」

手力男(タヂカラオ)玉祖(タマノオヤ)がごくりと唾を呑む。思兼(オモヒカネ)は眉をひそめた。伊斯許理度売は少女(おとめ)の如く頬に両掌を当てる。

天児屋は大きく張りの有る声で唱え始めた。


「凩がー・・・吹き荒ぶ昨今に於き、御一同に於かれてはー、如何過し候ー・・・・・・」


その声はまさに“託宣の神”也!



(時候の挨拶!!!)



ツッコミどころの3柱の神は白眼になった。流石に今日は祝詞を詠んでいないとばれた。

思兼は表情一つ変えずに舞台裏へ引っ込み

布刀玉(フトダマ)よ」

と、云った。

「今回の宴の題目は、お笑い一発芸なのか?」

「・・・・・・え?」

布刀玉は天児屋の一発芸を知らぬ。首を傾げながらも、布刀玉は次なる一発芸の準備を進めていた。準備を進める布刀玉の目の前にある座敷には―――・・・

あれほど宴で舞う事を嫌がっていた天宇受賣(アメノウズメ)が、腰を掛けて眠っている。

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