Ⅹ.神々の集結~++アメノコヤネ・フトダマ・玉祖~
前方。
二柱の神が、三歩進んで二歩下がりながら、中腰で膝を曲げつつ地道に此方に向かって歩いて来ている。
「あぁ・・・面倒だねフトダマ。何か、変な事に捲き込まれそうな気がするよ」
「・・・・・・」
チーンチーン。鳴らしている方が布刀玉命か。表情を消し、無言で只管チンチン楽器を鳴らし続ける。手力男と天津麻羅の前を過ぎた。
「・・・大体、何かをするにしても雑用しか任される事が無いのが私達だね。私の方はまだ記録者の力が大きいからいいにしても、君は記紀に大々的に記して貰える可能性は少ない」
チーン・・・・・・返事すらも。
(ヤル気無し!!?)
手力男が呆然としていると、天津麻羅が天児屋命に近づき不意にその神の腕を掴んだ。
「へっ?」
余りの急さに手力男まで反応する。天津麻羅は天児屋のすらっとした長い指を鍵盤の様に弾いていた。
「・・・・・・何です?」
天津麻羅が一寸先まで天児屋の顔に己が顔を近づける。
「左様な言い方は、あの御仁を傷つけまする・・・・・・!」
誘惑する様な仕草をしておいて、その実憤慨していた。
「その様な言い方、後世にてまるで御仁の子孫より貴方の子孫の方が発展していると受け取れるではないか・・・・・・!」
すると、天児屋は心外だという顔をして、慌てて弁解しようと布刀玉の方を向いた。
「いや、そういう意味では・・・・・・!すまない、フトダマ」
「・・・慣れてるから、いいです」
チーン・・・其は実は抗議の合図か。チンチンチンチン無意味に音を鳴らし、何気に陰湿に天児屋を責めている。
「・・・・・・」
「君のその、健気な瞳に乾杯」
天津麻羅が天児屋と似ているが其より女性的な顔立ちの布刀玉に触れようとする。というか触れたがっている。
布刀玉が其を流し眼で眺めていると・・・
「天児屋命!布刀玉命ぉーー!!」
!!豆粒の様な、見えるか見えないかあやしい位置からどすどすと、物凄い勢いで歩いて来る何者かがいた。草原がさらさらと鳴る。
「!しまった」
「如何したんだ?」
取り乱し始める天児屋に、手力男は訊く。天児屋は若干退き腰になりながら周囲を見回すが、その割に落ち着いた声で言った。
「いや、提出すべき書類がまだ完成していなくてね・・・そろそろ、堪忍袋の緒を切れそうだから逃げ回っていたんだよ」
「ちゃんと仕事しろよ・・・・・・」
「でもまさかタマノオヤがこんな草原まで来るとは・・・・・・!逃げようフトダマ。って、もう逃げてる・・・・・・!?」
チンチン鳴っているのは天児屋の靴と地面の間に楽器をいつの間に挟んでいるからで、天児屋が完全に足を上げてしまうと音は止んだ。
「タマノオヤ・・・?そいつも確か、思兼に呼ばれていた様な・・・」
「と、いう訳で私も之で失礼するよ・・・って、放してくれないか・・・・・・?」
天津麻羅がまだ天児屋の腕を掴んでいる。そうこうしている内に玉祖に追い着かれ、敢え無く怒声を浴びる事となった。
「見つけたぞ天児屋!今の今まで共にいた布刀玉は何処へ行った!
早く溜めている書類を提出しろー!」
大声すぎて声が裏返る。叫ぶだけ叫んで声が割れると、はぁはぁ息を整えてきっ!と周囲を見回した。
「フトダマですか?残念ながらかれの行方は私にも・・・・・・こういった物なら落ちていましたが」
そう言って暢気に足で踏んで、楽器をチンチン鳴らす天児屋に、玉祖の堪忍袋の緒はここで切れた。
「何だって御前はそう遣って他人事なんだ!!御前の事を言ってるんだ!!勝手に話を逸らすなーー!!」
ぱっと、天津麻羅が玉祖の腕も掴む。玉祖は愕いて
「何だ!?」
と叫び振り解いた。だが天津麻羅はぐっとその腕を強く引き寄せる。天児屋も連られて引っ張られる。
「喧嘩はいけない・・・・・・」
は。
一同そこで固まる。
言葉が浸透してきた時点で、玉祖はふるふる震え始め、伏せた顔を青筋だらけにして之迄以上に叫び捲った。
「えぇーい!!私とこの蜘蛛の巣頭を同じ目線で見るなぁ!!こいつが書類さえ提出すれば問題無いんだ!!」
「友達になってください」
えぇ~。もう滅茶苦茶だと手力男は思った。玉祖も天児屋も、眼を白くする。
「御名前は・・・・・・!」
「い、いえ、こちらはタヂカラオで、こちらがタマノオヤですが―――」
率先して他人の紹介はするが、自分の名は決して言わない天児屋。カチンときた両神は、息を吸い、口を揃えた。
「で、こいつが“アメノコヤネノミコト”だ!!」
「・・・・・・」
天児屋、絶句す。
「『天津麻羅』と、一括りにされ寂しい人生・・・・・・いつか僕を“天目一箇”と個人名で呼んでくれる神が現れるのを俟っていた―――」
かっ!と眼を見開き、両手を空に仰ぎ掲げる天津麻羅。掴まれた侭、共に片手を掲げながら、天児屋と玉祖は顔を蒼くしていた。
この神を個人名で呼びたくないと思うのは、後ろで見ている手力男も同様である。
ぱんぱんと手を叩く思兼。其は注目の合図だったのであろうか。併し、夫々(それぞれ)こうして忙しいので、合図に気づいたのは隠れて金斗雲をつんつくいじっている布刀玉だけだった。で、気づいても何もしないのが布刀玉だった。まるで動物園。
思兼は眼窩に填め込んだ鏡を外し、其に息を吹き込んだ。