「チビムーくじ」<エンドリア物語外伝103>
「チビムーのクジはどうだろうか?」
キケール商店街の集まりで、次回の商店街の売り出しイベントを話し合っていた時だ。商店街会長のワゴナーさんが提案した。
チビムーは喫茶店のイルマさんが桃海亭のムー・ペトリを元にデフォルメしたキャラクターだ。可愛いと人気があるので、今までもイベント等で使われてきた。
「具体的には何をするんだい?」
指物師のトレヴァーさんが聞いた。
「価格を抑えた品物を3種類用意する。A賞B賞C賞と少しだけ差を付ける。どうだろうか?」
ワゴナーさんが出席者の顔を見回した。
「私はいいと思います。他の商店街にできないイベントですから」
美容室をやっているゴアさんが言った。
「チビムーとなると、引いてくれるのは子供だな」
肉屋のモールさんが顎をなぜた。
「子供が買えるように3銅銭ぐらいでどうだい?」
「安すぎるのも、どうかと思うぜ」
「クジの景品を先に決めてからの方がよくないか?」
議論が『チビムーくじ引きをやる』で流れていったので、オレは手を挙げた。
「ウィル、何かあるのか?」
靴屋のデメドさんが気づいてくれた。
「チビムーの本体があれですけれど、いいんですか?」
ムーの評判は、前は地をはっていたが、最近は地下にめりこんでいる。
怪しげな異次元モンスターを召喚する。それ以外にも頻繁に事件を起こす。それだけでは飽きたらず、観光客にキャンディをたかったりもする。
一瞬空気が停止した。
「ムーくんはいい子だよ」
ワゴナーさんのおっとりとした声で、動きが再会した。
「ムーとチビムーは別だ」
「チビムーはイルマちゃんの喫茶店のバイト。ムーとは関係ない」
「そうだ、そうだ」
真実は糊塗するらしい。
「ウィルくんは、チビムークジに反対なのかしら?」
フローラル・ニダウの奥さんに聞かれた。
「オレは賛成です」
「それなら………」
「でも、ムーが………」
言い掛けたオレにモールさんが大声で言った。
「なんとかしろ」
「そうだ。桃海亭の店主だろ」
「手綱をしっかりに握っていろ」
「あれを押さえるのが、お前がこの世に存在する理由だろう!」
オレは正直に言った。
「オレにムーが制御できると思いますか?」
商店街の店主達も、現実を思い出したらしい。
暗い面もちでうつむいた。
「ムーなら、大丈夫よ」
突き放したよう言ったのは喫茶店のイルマさん。
「チビムーを自分だと思っているから」
意味がわからず、顔を見合わせている店主達。
「あ、もしかして」
パン屋のソルファさんが、笑顔を浮かべた。
「チビムーと自分を同一視しているということかしら?」
イルマさんが怠そうにうなずいた。
「ムーは人目を引くことが好きだから、クジにチビムーを使うのに反対する理由はないはずよ」
デメドさんが言った。
「ムーらしいが、チビムーの人気とムーの人気は……」
「それ以上は、言ったらダメよ」
フローラル・ニダウの奥さんが止めた。
ワゴナーさんが店主達を見回した。
「時間もない。今日は概要だけ決めて、ウィルくんにムーくんの了解を取るということで、どうだろう?」
みんながうなずいた。
話は順調に進み、景品が決まった。A賞はイルマさん特製のチビムークッキー詰め合わせ、B賞はソフィーさん特製のチビムーの顔パン、C賞は濡れるとチビムーの顔が浮き出るコースター。クジの金額は採算から決めた。クジが全部売れて、原価と同じになるよう5銅銭。
そこまで決めたところで、集まりはお開きになった。
子供が来れば、親も来る。古魔法道具は一般の人には縁がないが、少しでも売れるといいなと、思いながらオレは立ち上がった。
「ウィル、ちょっといいか」
話しかけてきたのは印章屋のゴウアーさん。
「どうかしましたか?」
「頼みがある」
「どうする?」
「どうしましょう」
空き地に広げたテントで、店番をしていたデメドさんとオレは、顔を見合わせた。
チビムーのクジは、ポスターを数日前から貼った宣伝したこと、金額も5銅銭と安いことで人気は上々だ。午前中には売れきれそうだ。
オレとデメドさんを悩ませているのは、テントの周りをうろつく女の子達だ。
商店街の会合が終わったあと、オレは印章屋のゴウアーさんに桃海亭にある魔法の彫刻道具を貸して欲しいと頼まれた。最近、印章が昔にように必要されていなくなり、彫刻の腕をいかして土産物を彫ってみようかと考えているらしい。土産物を彫るには新しい彫刻刀を買わないといけないが、彫れるのかわからないので、何でも彫れる魔法の彫刻刀で自分の腕を試したい、ということだった。
彫った作品は桃海亭に関係するものして、商店街の売り出し中はテントに展示、そのあと、桃海亭にくれるという条件だった。
ワゴナーさんに展示の許可をもらった後、ムーに魔法の彫刻刀に魔力を充填してもらい、ゴウアーさんに貸した。そして、イベント当日の朝、ゴウアーさんが作品を持ってきた
デメドさんが腕組みをした。
「ゴウアーは腕がいいんだが、腕のいい奴にありがちなズレているところがあってな」
「はあ」
「チビムーのクジをやるイベントとなれば、チビムーを彫るのが普通だ。だが、あいつは新しいことに挑戦する時は、常に【すげぇーもの】を目指すんだ」
縦横30センチほどのガラスの置物だ。厚さ5センチと分厚い。裏側から彫ってあり、正面からみると図が浮き上がって見えるようになっている。
「丸っこいチビムー彫れば、楽だったろうに」
「まあ【すげぇーもの】には違いないんですけどね」
彫られているのはシュデルだ。
無数の骸骨戦士が剣や槍を構えている中心で、セラの槍を片手に立っている。破けた服、ほどけた髪、それらが風に吹かれて舞っている。
「どうするんだ、これ」
テントの周りには女の子達がうろうろしている。
欲しいのだろうが、高額にだろうという予想できて、買いたいと申し出てこない。
「シュデルに渡しますよ」
「シュデルが、喜ぶとは思えないんだが」
さすが、桃海亭の隣の住人。
シュデルのことをわかっている。
「この手のものが、人手に渡るのを嫌がるんで」
「あー、わかるな。あれを見ると大変そうだなあと思うわ」
シュデルの兄のサイラス王子が、時々桃海亭にやってくる。商店街の住人なら、窓辺に張り付いているサイラス王子を一度は見ている。
「これ」
5歳くらいの男の子が、手の平に乗せた5銅銭を差し出した。
「はい、どうぞ」
クジの入った箱を、子供の目の前に差し出す。クジを引いて、チビムーの顔パンを引き当てた。パンを受け取り、喜んで母親のところに駆けていく。
「デメドさん」
「なんだ?」
「パンが余ったら、もらってもいいですか?」
「また、金がないのか?」
「またというより、いつもです」
「余分に作ってあるはずだ。残るだろうから持って行け」
「ありがとうございます」
交代時間がきて『残ったパンは桃海亭に届けて欲しい』と頼んで、オレは店に帰った。クジは残りわずか。うまくすれば、昼には余ったパンが食える。
オレはパンを楽しみに店番をしていた。桃海亭の扉が開かれたときも、笑顔で言えた。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのはゴウアーさん。
息が荒い。
「売ってもいいか?」
「はい?」
「シュデルを彫ったガラスを金貨10枚で買いたいという申し出があったんだ」
頭の中をよぎったのは、窓に張り付いている青年の姿。
「いや、ダメです」
「金貨10枚だ。魔法の彫刻刀が買えるんだ!ウィルだって売れたら嬉しいだろ」
「売れたら嬉しいですが、ゴウアーさんは魔力がないから使えません」
「普通の彫刻道具でいい。高級のが買えるんだ!」
「気持ちはわかるのですが、あれを売るのには同意できません」
「女だ」
「はい?」
「買いにきたのは女だ」
サイラス王子ではない。だが、サイラス王子が女に頼んだのかもしれない。サイラス王子でなくても、桃海亭にない限り、シュデルはいつサイラス王子や父親のロラム国王に渡るかと不安になるだろう。
「売ってもいいな?」
「いけません」
奥からシュデルが現れた。
道具達が注進したのだろう。
「買いたいという方に会ってきます」
片手にセラの槍を持っているシュデルは、笑みを浮かべている。
「待て、待つんだ!」
「わかった。売らない。売らないから」
「会うだけです」
「とにかく、セラの槍をしまってこい」
シュデルを店から追っ払った。
ゴウアーさんはしょげていた。金貨10枚は大きい。
オレはゴウアーさんの肩をたたいた。
「買いたいという人のところにオレを連れて行ってくれませんか?」
買いたいという申し出た女性は、店の飾りに使いたいということだった。女の子の対象の衣料品店なので、シュデルなら喜ばれると思ったらしい。話し合いの末、ゴウアーさんが新たにガラスの置物を彫ることで落ち着いた。金額は出来次第だが金貨1枚以上は払うということで話が付いた。ムーに魔力を充填してもらい、魔法の彫刻刀をゴウアーさんに貸した。完成したガラス板には、たくさんの花にうもれるちびムーが彫られていた。ニダウに咲く大輪の花から小さな花まで様々な花が、ガラスの中に乱れ咲いている。その真ん中には、笑顔のちびムー。綺麗で可愛いと噂になり、飾りを見に来るお客で店は繁盛している。ゴウアーさんは金貨5枚、手に入れた。ムーもこっそり見に行ったようで『ボクしゃん、可愛いしゅ』と、ご満悦だ。
シュデルを彫ったガラスの置物は、オレが金貨20枚でシュデルの父親のロラム国王に売った。もちろん、シュデルには秘密だ。桃海亭の経済状況をわかっている道具達は沈黙を守っている。いつの日かばれるかもしれないが、今日を生きる金は必要だ。
「いい出物でのもあったのですか?」
売った金を渡すとシュデルは笑顔になった。
オレとムーは、無言でうなずいた。