ひとりぼっちの魔法使い (その9)
「・・・・・・此処って」
陽輝が美月を連れてきたのは学校だった。深夜の学校には誰もおらず、もちろん電気も付いていない。肝試しとしては十分なほど背筋の凍る状況ではあるが、これ以上に恐ろしかった森を抜けた二人にとってはただの暗い校舎でしかない。何よりも、繋いだ手の温かさが互いにとって勇気の源となっていた。
「学校だよ。俺たちのな」
正門は閉ざされているため裏口から忍び込む。
靴を脱ぎ捨て、靴下のまま冷たい廊下を歩く。
「ねえ、勝手に入って大丈夫なの?」
陽輝に手を引かれながら美月が尋ねる。彼女の涙はもう見えない。
「簡単に入れる学校が悪いんだよ。まあ、バレたら反省文じゃ済まねえかもな」
階段を登って3階へ。
目指すべきゴールはすぐそこにある。
「はい、到着」
扉を開けると静かな教室が目に入る。
規則正しく並べられた学習机。
綺麗に消された黒板。
教室の後ろには新聞の切り取りや学校からのお知らせが貼られている。
すかすかの本棚の上ではサボテンが水を待っている。
半日前には賑っていた教室も、誰もいないと少しばかり寂しい。
陽輝は自分の席に座る。
「ここが俺の席。出席番号順でこの席になれたのはラッキーだったな。前の席の男子がデカくて授業中に寝てても全く気付かれない。でも数学の水谷先生は目敏くてな、寝てたらチョークが跳んでくる。あれ当たったら結構痛いんだぞ」
きょとんと首を傾げる美月。
頭上に?が見えそうなその顔がなんだか面白くて陽輝は吹き出してしまった。
「・・・・・・なんで笑うのよ」
今度はむっとする美月。その顔もつぼに入ってしまう。
「あっははははははははははは!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふふっ」
釣られて美月にも笑みが零れる。
二人して、夜の教室で笑い合う。
何も考えないように、悲しみを吹き飛ばすように、喜びの声を上げる。
腹を抱え、希望の涙で瞳を潤す。
思った通りだ。
この子には笑顔が似合う。
「・・・・・・・・・・・・変なの」
美月が眼尻の涙を拭う。
「ごめん、お前の顔が面白くて」
「・・・・・・ちょっと失礼じゃない? それ」
「いやいや、良い意味で、だよ」
「どうだか。それで、私をこんなところに連れて来てどうするの?」
「そこに座って」
隣の席を指さす。美月は言われた通りに椅子を引くと、
「あれ? この机、中身からっぽだけれど」
「お前の席だよ」
「ここが・・・・・・私の・・・・・・?」
美月の指が机を撫でる。主の帰還に机も嬉しそうだ。
突如、頭に知らない風景が映る。
何気ない日常の1ページ。制服に身を包んだ少女が熱心に授業を聞いている。
俺はそれを隣で眺める。
少女が視線に気づく。
なに見てるのよ、と消しゴムが投げられる。
投げ返すとそれは少女の額にぶつかる。
頬を膨らます少女に先生の注意が飛んでくる。
彼女は小さく頭を下げる。
そして恥ずかしそうに頬を染めるのだ。
なんて幸せな夢だろう。
これが現実になれば良いのに。
そう思ったとき、幻を叶えるのは自分しかいないと悟った。
「・・・・・・居場所がないって言ってたよな」
「え?」
「さっき、森を出るときに言ってただろ。自分には居場所がないんだって・・・・・・でも、俺はそう思わない。俺は魔法使いでもないし、大事な人を失ったこともないけれど、お前に居場所がないなんて信じられないんだ」
「・・・・・・事実よ。私に居場所なんてない」
「本当に?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もし本当にお前を受け入れてくれる場所がなかったとしても、その時はまた新しく作れば良いじゃないか」
「・・・・・・また、新しく?」
「ああ、居場所なんて作れば良い。新しい友達も、好きなやつも嫌いなやつも、もしかしたら恋人も、お前なら出来るさ」
「・・・・・・あなたには、わからないわ」
「ああ、わからないさ。俺はお前じゃないからな。でも、俺はお前のことを信じている」
「私といると迷惑がかかるの・・・・・・私のせいで、また、誰かを傷つけてしまうかもしれない」
「なら、今度は守ってあげればいいだけだろ」
「・・・・・・!」
「迷惑かけたときは謝ればいい。傷つけたときは直してあげればいい。大事なもんなら守ってやればいい話だろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前なら、きっと出来る」
「・・・・・・どうしてそう思うの?」
「お前が俺を助けてくれたからだ」
「・・・・・・たったそれだけ?」
「十分だろ」
全身全霊の誠意で答える。自分に出来ることはあまりにも少ない。彼女のした奇跡に比べれば神様も気づくまい。それでも、彼は少女を救いたかったのだ。
「・・・・・・私、うまく出来るかな」
「大丈夫だ」
「・・・・・・今度はちゃんと守れるかな」
「ああ、俺も手伝う」
「友達、できるかな」
「もう一人できただろ」
「え?」
「え?じゃねえよ。目の前にいるだろ、友達1号」
心外だな、と口を尖らす。美月はくすりと笑った。
「・・・・・・名前」
「え?」
「名前、教えてくれる? 友達1号くん」
「・・・・・・陽輝だ。柳陽輝」
手を差し出す。魔法使いの右手が添えられる。
「よろしくね、柳くん」
「こちらこそ」
その手が再び強く握られる。一方的ではない、今度は両想いの握手。
「で、あと6時間くらいで学校始まっちゃうけど、どうする?」
陽輝は壁にかかった時計を見た。少し考えてから美月が応える。
「・・・・・・今日はもう遅いから、明日からね」
「それじゃあ、また明日」
「うん、また明日」
じきに日が昇る。
今日は特別な日。
魔法使いの旅立ちの日。
二つの運命が交わり始めた、その邂逅の日。
物語が始まる。
次の頁は夢か希望か絶望か。
それでも少女は歩き出す。
一人の青年の背中を追いかけて、届かなくとも手を伸ばす。
止まっていた時計が動き出す。
ーーーひとりぼっちの魔法使いが新たな奇跡を叶えるのは、また別の話。