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月に願いを  作者: 文月文子
プロローグ
3/9

ひとりぼっちの魔法使い (その3)


 バスを降りた一行は、住宅街を抜けて誰が示すこともなく足を止めていた。学校を出てから既に半刻が経とうとしている頃である。


「どうやらこの先らしいね」


 諒が目の前を見据えて言う。思わず陽輝は空を仰いだ。


 ーーーーーー木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木。


 人間を受け入れない、自然の異世界。


 あるがままの森が3人に立ちはだかっていた。


 アスファルトは途切れ、獣道が緑の奥へと続いている。春の風で葉がカサカサと揺れ、鳥の鳴き声が聴こえてくる。懐かしいような香りを陽輝は感じた。


「ここは流石に通りたくねえな。どこか他の道はないのか?」


 陽輝の提案に諒は首を振って、


「いや、それは無意味だ。どうやら夜永さん家はこの森の中にあるらしい」


「嘘だろ? 冗談抜きで野生動物じゃねえか」


「住所とマップが正しいのならこの先で合ってるよ。この道・・・・・・って言って良いのかわからないけれど、ここをずっと真っすぐ行った先が目的地だね。もう20分も歩けば着くんじゃないかな」


「お前の携帯ぶっ壊れてんじゃねえのか? さっきのメモ貸してくれよ」


 陽輝がメモを受け取って住所を入力すると、緑色の影に赤いピンが表示される。画面を覗き込んだ奏は「うわあ、本当に森の中だぁ!」と目を輝かせた。


「・・・・・・お前、なんで楽しそうなんだよ」


「え? なんか冒険っぽくない? こういうの、実はちょっと憧れてたの」


「いやまあ、わからなくもなくはないんだが」


「どっちよ、それ」


「自分で考えてくれ」


「言ったのは陽輝じゃない」


「それにしても、うちの不登校児は本当にこんなところに住んでんのか?」


 眼前の森は人の出入りを禁ずるような厳かな雰囲気がある。立ち入り禁止の標識がないのはそもそも人が来ることを想定していないからだろう。太陽が未だ輝いているというのに森の先は薄暗くて伺えない。端的に言って不気味だった。


「そんなの、行ってみなきゃわからないでしょ」


 奏が渾身のどや顔を披露する。


「確かにそうだけどさ・・・・・・いやあ、マジで行くのかよ・・・・・・熊とか出ねえよな」


「・・・・・・そうなったら真っ先にやられるのは僕だろうなあ」


「死んだふりって効くんだっけ」


「どうなんだろう、検索してみようか」


 気持ちの乗らない男性陣に奏から活が入る。


「そこ! 男の子なんだがらうじうじしないの。こうなったらノリと勢いよ! たとえ火の中水の中だろうと行ってやろうじゃない!」


 いざ、深岸高校2-D探検隊出発!と奏が先陣を切った、その時、


 『それ』はどこからかやってきて、彼女の顔面のほんの数センチ前を、嵐のように横切って行った。


「きゃっ!」


 突然の出来事に奏が尻もちをつく。襲撃者は空へと舞い上がり、森の中へと消えていった。

 陽輝はその軌跡を眺めながら、


「びっくりしたあ。なんだあの鳥」


「ふくろう・・・・・・かな。馬場さん、大丈夫?」


 諒が心配すると、彼女は恥ずかしそうに笑い、立ち上がろうとしてまた尻もちをついた。


「痛っ」


「どうした? ギターが重いなら持ってやるぞ」


 陽輝の手助けを奏は断る。


「ウチのロドリゲスは重くないわ! ちょっと足を捻っちゃったのよ」


「ギターになんて名前付けてんだよ。頭大丈夫か?」


「心配するところ違くない!?」


「そうだな。お前の頭はもう手遅れだ」


「ちーちゃんみたいなこと言わないでよう」


 彼女の言うちーちゃんとは、鬼の副委員長こと立花千尋のことである。何故かこの天然女はドS委員長と仲が良いのだ。


「悪い悪い。えーと、足首だっけ。どうだ、痛いか?」


 奏の足首をつまみながら尋ねる。奏は「痛い痛い!」と声を上げて、


「ちょっと何すんのよ! 本当に痛いんだからね!」


「軽くつかんだだけなんだが・・・・・・この様子じゃ探検は中止かな」


「え?」


 きょとんとする奏に対して諒は落ち着いて、


「そうだね。今日のところは引き返そうか。早いところ応急措置もしてあげたいし」


「ええ! せっかくここまで来たのに?」


「ただの捻挫でも放っておくと長引いたり悪化したりするんだよ」


「委員長は引き受けた仕事を放棄して良いんですかー?」


「仕事も大事だけど怪我したクラスメイトの方がもっと大事だよ」


「やだ、佐久間くんったらかっこいい」


「え、いや、そんな・・・・・・僕はそんなつもりじゃ・・・・・・」


 先程までの凛々しい姿も虚しく、顔を火照らす友人の頭を陽輝は叩く。


「なに本気で照れてんだよ。見てるこっちが恥ずかしいわ。ほら、さっさと帰るぞ」


「えー、でもウチのせいで引き返すのはなあ・・・・・・うーん」


 奏が腕を組んで瞑想を始める。待つこと10秒。その表情が突然ぱっと明るくなった。


「そうだ! 別に全員で帰る必要はないんじゃない!?」


「まあ、それはそうなんだけど・・・・・・でも、馬場さん、一人じゃ歩けないでしょ?」


「ウチのロドリゲスを持ってくれれば一人でも歩けるわ」


「うーん、まあ、そう言うなら・・・・・・」


 なるほど。これは面白くなったな。

 陽輝は笑いを堪えながら諒の肩に手を置いた。


「良い考えだな。というわけで奏は任せたぞ、少年」


「へ? 僕?」


「お前以外誰がいるんだ」


「ちょっと待って、役割が逆じゃないか?」


「いや、合ってるぞ。お前は奏を連れて帰って、俺は夜永さんに会いに行く。応急措置のやり方とか知らねえからこれしかないだろう」


「そんなの冷やすだけだよ!」


「冷やすってなんだ?」


「冗談きついよ!」


「ふーん、佐久間くんはウチより顔も知らないクラスメイトの方が大事なんだね。ショックだなあ。さっきの台詞は嘘だったんだねえ」


 二人のやり取りを眺めていた奏が横から割って入る。今にも泣きそうな彼女の演技に諒は肩を落とした。


「・・・・・・わかったよ。馬場さん、ギターちょうだい。コンビニ探して氷を買いに行くよ・・・・・・それと陽輝」


 ロドリゲスを背負いながら諒が呼びかける。


「夜永さんには、その・・・・・・」


「わかってるって、優しくすりゃいいんだろ」


 相手は不登校の女の子である。学校に来ないのは何らかの理由がある。そしておそらくそれは肉体的なものではなく精神的なものだろう。傷心を更に抉ることなぞ決してあってはならない。


「ありがとう。任せたよ」


 ゆっくりと二人は歩き出す。足を引きずる奏が振り返って叫んだ。


「夜永さんと仲良くなったらツーショット撮ってきてね!」


「撮るか馬鹿!」


 二つの背中が小さくなるのを見送って、陽輝は森へと踏み出した。


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