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月に願いを  作者: 文月文子
プロローグ
2/9

ひとりぼっちの魔法使い (その2)


 夜永美月。深岸高校2年D組出席番号30番。女性。生年月日、血液型、出身中学やその他もろもろ不明。入学してから一度も学校に姿を現していない謎のクラスメイト。不登校の理由もわからない。なぜ進級できたのかも耳に入っていない。


 諒から聞いた情報は陽輝が既に知る内容だった。言い換えれば何も知らないということである。


 揺れる市営バスの最後部で3人並んで座る。窓際で奏が景色を楽しむ一方で、彼女のギターケースと諒に挟まれた陽輝はまだ見ぬ女子生徒へと想いを馳せていた。


 興味がなかった訳ではない。ただ、不登校のクラスメイトに出来ることなど彼には何一つなかったし、一度も姿を見ていないのでクラスメイトというよりは限りなく『他人』に近かったというだけだった。心配だとか同情だとか、それ以前の問題。海の向こうの殺人事件まで嘆いていたら心が保たないだろう。


 窓の外は小さな地方都市から住宅街へと変わっていた。建物の高さが随分と低くなっている。ちらちらと見える桜の木が春を物語っている。車内は数人のお年寄りと本を読んでいる小学生がいるだけで、バスのエンジン音だけが低く響いている。ごく普通のありふれた田舎の光景。今日も世界は平和だ。バス特有の眠気を断ち切ろうと陽輝は口を開いた。


「そういえば、不登校児の家に行って具体的には何をするんだ? プリントを届けるなんてベタなことはしねえだろうな」


 隣の諒が答える。


「残念なことにプリントは預かってないね。僕たちにして欲しいことは、夜永さんと知り合い・・・・・・できれば友達になって欲しいってさ」


「は? なんだそれ。どういうことだ」


「うーん・・・・・・例えばの話、もし夜永さんが実は学校に通いたかったとしたとき、誰も知り合いがいないと学校に行きづらいじゃないか。でも同じクラスに友達がいれば少しはそのハードルは低くなるんじゃないかなって」


「友達ねえ。なろうと思ってなれるもんじゃねえと思うけどな」


「そうなの? ウチは誰とでも友達になれるわよ」


奏が口を挟む。ちゃっかり会話に聞き耳を立てていたらしい。


「誰もが君みたいに単純だとは限らないんだよ」


「あら、褒めても何も出ないわよ、佐久間くん」


「・・・・・・今のは褒めてねえだろ」


 陽輝の呟きに奏がきょとんと首を傾げる。ちなみに夜永さんに会いに行くと言うと、彼女は大喜びで付いてきた。どうやら以前から興味があったらしく、


「試験を受けないで進級する方法を教えてもらいたい」


 とのこと。動機が不純だ。


「それに夜永さんって色々な噂があるじゃない? それが本当かどうかも確かめたくて」


 奏が歌うように言う。


「噂ってなんだ?」


「あれ、聞いたことない? 彼女が学校に来ないのは、実は超頭の良い特待生で通学が免除されているからだとか、多額の借金を返すために夜の街で働いているからだとか、不治の病でずっと入院しているからだとか」


「夜永さんは昔あの学校で亡くなった女子生徒の幽霊だ、という話も聞いたことがあるよ」


 諒の付け足しに陽輝は呆れる。


「馬鹿馬鹿しい。どうせ」


 いじめとかだろう。

 吐き出しそうになった悪意を喉元でせき止める。

 言って良いこと悪いこと。言葉にしてはならない感情は心に留めておくべきだ。


「・・・・・・ともかく、その夜永さんは一体どこに棲んでいるんだ?」


「クラスメイトを野生動物みたいに言わないでくれ。どうやら鴉ヶ丘に住んでいるそうだよ」


 諒がポケットからメモを取り出す。担任の桜庭と思われる字で住所と交通手段が記されていた。それを見て陽輝は眉をひそめる。


「バスを降りたら坂を道なりに・・・・・・って適当すぎんだろ。こんなんで辿り着けると思ってんのか、あの

じじい」


「まあまあ、住所があるから検索かければ良いし。それに交通費も出してくれるって言ってたよ」


「おっ、太っ腹じゃねえか。見直したぜ」


「はい、質問です!バナナは交通費に入りますか」


 手を上げる奏に陽輝の容赦ない突っ込みが入る。


「馬鹿野郎、入るわけねえだろ。遠足じゃねえんだ」


「・・・・・・遠足だろうと食べ物は交通費に含まれないよ」


 諒がため息をつくと、車内アナウンスが目的の停留所を告げた。


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