ひとりぼっちの魔法使い (その2)
夜永美月。深岸高校2年D組出席番号30番。女性。生年月日、血液型、出身中学やその他もろもろ不明。入学してから一度も学校に姿を現していない謎のクラスメイト。不登校の理由もわからない。なぜ進級できたのかも耳に入っていない。
諒から聞いた情報は陽輝が既に知る内容だった。言い換えれば何も知らないということである。
揺れる市営バスの最後部で3人並んで座る。窓際で奏が景色を楽しむ一方で、彼女のギターケースと諒に挟まれた陽輝はまだ見ぬ女子生徒へと想いを馳せていた。
興味がなかった訳ではない。ただ、不登校のクラスメイトに出来ることなど彼には何一つなかったし、一度も姿を見ていないのでクラスメイトというよりは限りなく『他人』に近かったというだけだった。心配だとか同情だとか、それ以前の問題。海の向こうの殺人事件まで嘆いていたら心が保たないだろう。
窓の外は小さな地方都市から住宅街へと変わっていた。建物の高さが随分と低くなっている。ちらちらと見える桜の木が春を物語っている。車内は数人のお年寄りと本を読んでいる小学生がいるだけで、バスのエンジン音だけが低く響いている。ごく普通のありふれた田舎の光景。今日も世界は平和だ。バス特有の眠気を断ち切ろうと陽輝は口を開いた。
「そういえば、不登校児の家に行って具体的には何をするんだ? プリントを届けるなんてベタなことはしねえだろうな」
隣の諒が答える。
「残念なことにプリントは預かってないね。僕たちにして欲しいことは、夜永さんと知り合い・・・・・・できれば友達になって欲しいってさ」
「は? なんだそれ。どういうことだ」
「うーん・・・・・・例えばの話、もし夜永さんが実は学校に通いたかったとしたとき、誰も知り合いがいないと学校に行きづらいじゃないか。でも同じクラスに友達がいれば少しはそのハードルは低くなるんじゃないかなって」
「友達ねえ。なろうと思ってなれるもんじゃねえと思うけどな」
「そうなの? ウチは誰とでも友達になれるわよ」
奏が口を挟む。ちゃっかり会話に聞き耳を立てていたらしい。
「誰もが君みたいに単純だとは限らないんだよ」
「あら、褒めても何も出ないわよ、佐久間くん」
「・・・・・・今のは褒めてねえだろ」
陽輝の呟きに奏がきょとんと首を傾げる。ちなみに夜永さんに会いに行くと言うと、彼女は大喜びで付いてきた。どうやら以前から興味があったらしく、
「試験を受けないで進級する方法を教えてもらいたい」
とのこと。動機が不純だ。
「それに夜永さんって色々な噂があるじゃない? それが本当かどうかも確かめたくて」
奏が歌うように言う。
「噂ってなんだ?」
「あれ、聞いたことない? 彼女が学校に来ないのは、実は超頭の良い特待生で通学が免除されているからだとか、多額の借金を返すために夜の街で働いているからだとか、不治の病でずっと入院しているからだとか」
「夜永さんは昔あの学校で亡くなった女子生徒の幽霊だ、という話も聞いたことがあるよ」
諒の付け足しに陽輝は呆れる。
「馬鹿馬鹿しい。どうせ」
いじめとかだろう。
吐き出しそうになった悪意を喉元でせき止める。
言って良いこと悪いこと。言葉にしてはならない感情は心に留めておくべきだ。
「・・・・・・ともかく、その夜永さんは一体どこに棲んでいるんだ?」
「クラスメイトを野生動物みたいに言わないでくれ。どうやら鴉ヶ丘に住んでいるそうだよ」
諒がポケットからメモを取り出す。担任の桜庭と思われる字で住所と交通手段が記されていた。それを見て陽輝は眉をひそめる。
「バスを降りたら坂を道なりに・・・・・・って適当すぎんだろ。こんなんで辿り着けると思ってんのか、あの
じじい」
「まあまあ、住所があるから検索かければ良いし。それに交通費も出してくれるって言ってたよ」
「おっ、太っ腹じゃねえか。見直したぜ」
「はい、質問です!バナナは交通費に入りますか」
手を上げる奏に陽輝の容赦ない突っ込みが入る。
「馬鹿野郎、入るわけねえだろ。遠足じゃねえんだ」
「・・・・・・遠足だろうと食べ物は交通費に含まれないよ」
諒がため息をつくと、車内アナウンスが目的の停留所を告げた。