ひとりぼっちの魔法使い (その1)
ーーーYou will never walk alone.
終業の挨拶を済ませると教室は途端に騒がしくなった。
新学年が始まっておよそ2週間、4月半ばの教室は少しぎこちない。ともに弁当をつつく仲間や休み時間にトイレに連れて行く友達は出来ても、放課後に遊びに出かける程の関係には発展していないからだ。
加えて今日は部活動のない水曜日。ホームルーム終了後の立方体にはいつもより多くの生徒が居座って、
「ねえ、今からどうする?」
「駅前に新しいお店が出来たんだけど・・・・・・」
「誰か一緒にバスケしねえ?」
などと腹の探り合いが進んでいる。他所のクラスも解散したようで教室は多くの生徒でごった返していた。
陽輝が下校の準備を整えながらこれからの予定を考えていると、後ろから聞き慣れた声が掛かってきた。
「陽輝、ちょっといいか」
「ん? どうした」
鞄のチャックを閉じて振り返る。長身の佐久間諒が何やら深刻そうな顔をしていた。
「今から付き合って欲しい用事があるんだけど、大丈夫?」
「ああ、今日はバイトも休みだし問題ないけど」
陽輝と諒は高校に入ってから知り合った仲だ。1年生のときに同じクラスになり、目的は違えど帰宅部同士だったこともあり、今では気を遣う必要のない良き友人として仲良くやっている。たまに休日を一緒に過ごす事はあれど、医者を志して放課後も勉学に励む諒がこのように陽輝を誘うのは珍しいことだった。
「良かった。君が来れなかったらどうしようかと悩んでいたんだ」
「そんなに切羽詰まってんのか? なんなんだその用事って」
「君の隣のクラスメイトだよ」
すぐそばの机に視線を投げる。
誰もが羨む、一番後ろの窓際の座席。
勉強道具で詰まっているはずの机には何一つ入っていない。この席に『彼女』が座っているところを陽輝は未だに見たことがなかった。
「夜永さんがどうしたんだ」
「家まで行って様子を見てきてくれって、先生が」
「へえ、委員長ってそんな仕事もやらされんのか。ご愁傷様」
「初仕事が不登校の対応なんて荷が重すぎるよ」
ため息をつく諒はつい先日、他薦によりクラス委員長に選ばれたばかりだった。生まれてこの方クラス委員になったことのない陽輝には羨ましい悩み事である。
「誰にでも出来る雑用を任されるよりはやり甲斐があるってもんじゃねえか。そうと決まれば善は急げだ。暗くなる前にとっとと行こうぜ」
「いや、待ってくれ・・・・・・出来れば女子も連れて行って欲しいって」
諒の制止に対して陽輝はにやりと笑って、
「ははあ、なーるほど。俺を連れて行くのはそのためか。なんだ、初めからそう言ってくれりゃ良いのに」
うなだれる友人の背中を叩く。
中学まで男子校に通っていた諒は、女の子に話しかけられると血圧が上昇し、身体を少し触られるだけで赤面してしまうほど女子に免疫がない。いくら委員長の仕事とは言え、女子と二人で放課後を過ごすなんてしたら心臓発作で死んでしまうだろう。
「そういう訳で、人選は任せるから誰か誘ってくれないか」
「誰でも良いのか?」
「うん。あ、でも副委員長だけはやめてくれ」
「わかってるよ。俺もあいつだけは怖くてたまらん」
小声で同意しながら陽輝は教室を見渡す。探しているのは毒舌・冷徹・合理主義で知られる鬼の副委員長ではなく、茶髪のポニーテールだ。
「おーい、奏! か・な・で! そう、そこのギター背負ってるお前だよ!」
陽輝が呼びかけると奏と呼ばれた少女は談笑していた女子に一言告げると、机の間を踊るようにすり抜けてくる。
「ちょっと、馬場さん呼ぶの!?」
「誰でもいいって言ったろ」
「でも・・・・・・」
「なんだ、あいつのこと苦手なのか。まあ見てくれだけは上等だしな。いい機会だ、ちょいと荒療治でお前の女嫌いも直してやるよ」
「待って、僕は別に」
「どうしたのお二人さん。今日も相変わらずお熱いねえ」
話題が自分であることも知らず二人を茶化したのは馬場奏。陽輝とは小学校からの幼馴染であり、男女の壁を越えた友人の一人だ。
「サンキュ。お前、今から何か用事ある?」
「おや? これはまさかデートのお誘い!? いやあ困っちゃうなあ、いくらウチが自他共に認める美少女だとしても流石に心の準備というものが」
「あーそうそうデートのお誘いだよ。で、暇なのか」
「暇か暇じゃないかと言えば・・・・・・暇だね!」
奏が良く分からないポーズを決める。
「良い返事だ。決まりだな」
「う、うん、よろしく馬場さん」
「佐久間くん、ウチを苗字で呼ばないでって何度言ったらわかるのかな」
ムッとした奏が顔を近づけると諒は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。馬場という苗字が気に入らない奏は、自身を名前で呼ばないと機嫌を損ねてしまう。
「許してやれ。こいつは女性を名前で呼んだら死んでしまう特殊な病に罹っているんだ」
「なんと!かわいそうに。それなら仕方ないか、特別に許してあげよう」
「良かったな、こいつが馬鹿で」
陽輝は諒に耳打ちする。諒も小声で返す。
「・・・・・・コメントは控えるよ」
「何こそこそ喋ってるの」
「「いや何も」」
「怪しいの。それで、二人の王子様はウチを何処へ連れて行ってくれるのかな? 動物園? 水族館? それとも遊園地? あ、えっちぃところはNGですよ」
陽輝と諒が目を合わす。陽輝が答えた。
「誰もその姿を見たことのない、魔女のところだよ」