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(なんか、清純な空気というか……心地いい感じ)


 大神殿に入った途端、エリーは身体が軽くなったような、不思議な心地がした。


 そのいつもとは違う感覚にも少しして慣れた後。

 カートを押しつつ、初めて入る大神殿の内奥部が珍しくて、ついきょろきょろと辺りを見回してしまう。


 きらびやかな装飾の施された王城とは違って、神殿はシンプルな内装だ。

 しかし壁も柱も全てが真っ白だった。

 窓は全部が大きく見晴らしがよく、そのどの窓からも青々とした緑が見える気持ちの良い場所。

 

「神殿の中ってこうなってたんですね。私、礼拝堂にしか入ったことがありませんでした」

「神官や巫女の住まいであると同時に、神龍がおられる場所だからな。簡単には入れない」


 国の大切な巫女と神龍を守るために、一般の人は入れないようになっているということか。


「奥へ入って行くほどに、さらに空気が研ぎ澄まされていってる気がする……」


(なにか、凄く綺麗で清らかなものに近づいているような?)

 

 建物に入った瞬間にも、空気が違うような気はしていたけれど。

 この先にあるものは、桁違いなのだとエリーでも感じられた。

 今までにない感覚に少し戸惑いながらも、未だに全くこっちの荷物や歩幅をおもんばかってくれないディノスを追いかけ、エリーは重いカートを押してついて行った。


 ガラガラガラー。


「…………」


 神聖な空気の、たいへん静かな場所で、ガラガラガラガラと響くカートの車輪の音。

 聞いてると、場にそぐわなさ過ぎて何だか恥ずかしくなってきた。

 少しだけ速度を落として、音量が減る様になんとか頑張ってみる。

 でもそうすると、前を行くディノスとの距離が空いてしまう。

 

「うーん……どうしよう」


 困っていたエリーだったが、視界の先でディノスが立ち止まったことにほっと息を吐いた。

 どうやら目的地に着いたらしい。

 これ以上煩い車輪の音に悩まされる必要はなさそうで良かった。


「ディノス・ブリーク殿と、……助手の方で?」

「あぁ」

「畏まりました。どうぞ、おはいりください」


 扉を守る兵にブレスレット型の身分札を確認してもらってから、エリーはディノスに続いてその大きな扉を潜った。


「失礼します」

「失礼しまーす」



「いらっしゃい」



 そこで笑顔で迎えてくれた女の子に、エリーは目を見開いた。


 部屋の奥側に青々とした緑が覗く、とても大きな窓の手前に置かれた椅子から立ち上がって、こちらを向いた女の子。

 たぶん、十六歳のエリーと同じ年頃だろう。

 真っ直ぐで艶やかな黒い髪に、何もかもを見抜いてしまいそうな神秘的な黒い瞳。

 白い肌に、ほんのり赤く色ずく頬と、はにかんで口角を上げた桃色の唇。

 

「神話の巫女様にそっくり……」


 子どもの頃から何度も読んだ、この国の誰もが知っている異世界から着た巫女様の話。


 国の守り神である神龍がことさら気に入って、異世界から呼んで来た神のいとし子。

 約三百年周期で召喚される巫女は、つい半年前にこの世界に降り立ったばかりだ。

 世間はもっぱら、現れたばかりの巫女の話題に持ち切りでもあった。


「おい」


 ディノスに咎められ、はっと我に返ったエリーは、手にしていたカートを脇におくなり、勢いよく頭を下げる。 


「はっ、はじめまして巫女様! エリー・ベルマンと申します!」

「おひさしぶしです、神龍の巫女」


 エリーと、続けて頭を下げたディノスに、巫女はふんわりと笑う。

 

「こんにちはディノスさん。それから初めまして、エリーさん。神龍の巫女をしています、美湖といいます。どうぞ宜しくお願いしますね」

「巫女の、美湖様……」

「だ、だじゃれじゃないですよ?」


 そうして眉を下げて苦笑する声まで、耳に心地よく通った。


(すごく……透き通った声。たまに広場で歌ってるのを見る吟遊詩人よりも、ずっと綺麗)


 声だけじゃなく、存在自体が綺麗で厳かで可愛らしくて、尊すぎてクラクラする。

 彼女の周囲にある空気がもう、本当に常人とは違うのだと、平凡な娘であるエリーでも、目の前に立つとあっさりと分かってしまう。

 たじろぐエリーに気を悪くもせず、笑顔のままで巫女の美湖は、自らの肩を指でとんと示した。

 

「エリーさん。こっちはシロだよ」

「シ、シロ……さ、ま」


 美湖にトカゲのような生き物を見せられ、エリーは急いでさらに深く頭を下げた。


 この国の守り神、土地に豊穣をもたらす神龍シロシュロッツェ。

 普段は小さなトカゲの姿をしているけれど、式典などではとても大きな龍に姿を変えて国民の前に出てくる存在。

 こんな目の前で見られるなんてと、エリーは感激しきりつつも、緊張でどうにかなりそうだった。


「ふふっ、そんなに堅くならなくても大丈夫だよ。シロはいい子だよ」

「は、はい……」


 そんなこと言われても、国の神様相手に緊張しないでいられない。

 

「ほら、シロ、ご挨拶しなよ」


 美湖は本当に気さくに、シロを手の平に乗せるとエリーの顔の近くまで寄せて来る。

 顔を上げて見てみると、美湖も頭を下げていたエリーの目線に合わせて屈んでくれていたらしい。


「首のうしろのところを、撫でてあげると喜ぶの」

「えっと、じゃあ」


 「こう撫でるんだよ」と手本まで見せられて、「はい、どうぞ」とさらにシロを近づけられれば、エリーも乗らないわけにはいかない。

 普通に興味もあった。

 促されるままに手をそうっと出して、白いトカゲに触れようとした―――が。


「キュッ!」


 バチンッ!


「痛っ!」


 軽やかに宙返りしたシロが着地の勢いを使って、長い尻尾をエリーの手の甲に思い切り打ち付けてくれた。

 別に怪我をするほどじゃないけど、神様に叩かれたことはショック過ぎる。

 しかも心なしかシロに睨まれてる気もする。


 困惑するエリーの前で、美湖が神龍のシロの行いに眉を釣り上げた。


「もうシロ! だめでしょ!」

「きゅー」

「え? 『たまたま当たっただけ』ですって? いやいや、今のは絶対わざとだった!」

「きゅきゅー」

「そうよ。シロはわかりやすいんだから、嘘ついたって無駄なんだからね」

「きゅ」

「えー? もう! 泣き落としで誤魔化されないよ! ほんと悪戯っ子なんだから!」

「きゅうぅぅ」


(か、会話してる……!)


 どうやら神龍の巫女の美湖は、普通のひとには「きゅー」としか聞こえない神龍と、話が出来るらしい。



* * * *


 

 エリーとディノスが見守る中、美湖がひとしきり神龍のシロを叱ったあと。

 タイミングを待っていたらしいディノスが口を開いた。


「では巫女様。事前に話は行っていることと思いますが、年末の神事と、年始のパーティ用の衣装の打ち合わせに本日は参りました」

「はい、聞いてます。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。私は資料の準備をしておりますので、その間に採寸を。こちらの針子見習いが行いますので、宜しくお願いします」


 ディノスの言葉に、黒い瞳が不思議そうに瞬かれる。


「採寸? したことあると思うのですが」

「美湖様は成長過程ですから、マメに採寸して新しい身体サイズに書き換えておく必要があります」

「へぇ……そんなに変わらない気がするけどなぁ」

 

 自分を見下ろしながら首をかしげている美湖を伴って、エリーは衝立の向こう側に回った。

 

 そうしてディノスと別れて二人きりになった空間で、侍女と一緒に美湖のドレスを脱ぐのを手伝い、メジャーを使って採寸していく。

 どうしても時々体に触れてしまうのだが、美湖はくすぐったがりらしく、ずっと身をよじりっぱなしだった。


「じっとしてくださいね」

「はーい。ふふっ……それにしても、こっちの人は大変よね。普段着でさえオーダーメイドなんでしょ?」

「えーと、そうですね。平民だと既製品とオーダーメイドは半々くらいになりますが、高位の方は全てデザインから仕立ててるのだと思います。美湖様のいた世界は違うのですか?」

「うん。ほぼほぼ既製品。採寸なんてのも、ほとんどしなかったなぁ。Sサイズが試着で入らなきゃMサイズにしとこう、みたいな感じ」


 話しつつ、エリーは彼女の後ろに回って肩から手首までメジャーをあてる。

 ふわりと頬にふれたのは、この世界の人には存在しない、真っ黒な髪。


「あ、ごめんなさい」

「いいえ、お気になさらず。でもきっちり測るために、髪は軽く纏めさせて貰いますね」

「はーい)


 採寸の間だけなので、癖が付かないように緩めに結ばせて貰った。 

 そのまま右肩から左肩へとメジャーを渡らせる。

 その体勢のエリーの側から少しだけ垣間見える、美湖の黒い瞳は真っ直ぐに前を向いていた。


 後ろ側に立っていることを良いことに、エリーは彼女の姿をたっぷりと観察した。

 

(綺麗だけど、可愛い系でもあるし、どんな服も似合いそう。いいなぁ)


 この国の人々と比べると少し低めの鼻と、柔らかな輪郭は愛らしい印象を与え、彼女を引き立たせる魅力にしかなっていない。


「エリーさん、お喋りしてもいい? 同年代の女の子ってあんまり会わないから、お話したいなって」

「もちろんです。じゃあ、美湖様の国の話をしていただけませんか? 異世界ってどういうものなんでしょう」

「えーとね、こことの一番の違いは、やっぱり、文明の進化具合かなぁ……」


 そうやって、採寸を受ける美湖のクチから少しずつ出てくるのは、彼女のいた世界の話。


 全部が、この国に生まれ育ったエリーとしては物珍しくも素敵なものだけど。



 でも、ぼんやりと持っている記憶的には―――――全てに、既視感がありすぎた。



(うん、やっぱり……日本人だよねぇ) 

 

 エリーは採寸を続けながらこっそりと息を吐く。


 胸が、ドキドキする。


(やっぱり、たぶん……巫女様が来た世界って、私の知ってる世界と同じっぽい)

 

 ――――エリーには、前世の記憶というやつがあった。


 とてもぼんやりとしたもので、自分がどこの誰だったかも分からない。

 何となく景色や、物や、習慣や、言葉みたいなものを覚えている程度。

 そんなあやふやな記憶なので、前世を知っていてもエリーは性格も中身も年相応のままでいられてる。


 けれど時々浮かんでくる知らない光景に、自分の頭がおかしいのかと悩んで、苦しんだ時期も確かにあった。

 

(私と、同じ世界を知っている、かもしれない人……)


 エリーの中にある、どこの誰とも決して共有出来ない知識と記憶。

 懐かしく、思い出すと切なくなるあちらの世界のことを、美湖となら共有出来るだろうか。


(うーん……でも、巫女と一般庶民って立場が違いすぎるしなぁ)


 話してみたい。


 でも、異世界から呼び寄せられるほどに神龍に愛されるいとし子である彼女に、それは許されることなのか。

 いちおう身分差というものがきちんとある。

 いくら美湖が気さくな人であっても、対等に話して大丈夫なのかは、まだ判断がつかない。

 前世の記憶だなんて、意味不明なことを訴えて罰せられる可能性が無くはない。


 もやもやしつつ、エリーは採寸し、細かに数値を用紙に書き入れていくのだった。


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