5
それにしても、とエリーはさっきの服飾部の代表という男を頭に思い描く。
くすんだ茶色のボサボサ頭に、まったく整えていない無精髭。
にこりともしない、無愛想さ。
さらに体が大きいから、威圧感もはんぱない。
オシャレの最先端をいく人たちの集まりであるはずの服飾部の代表が、まさかあれだとは。
キラキラした人ばっかりだと思ってたのに。
憧れてた世界を壊されてしまったような、ちょっと残念な気分だ。
(……でも、ディノス・ブリークって、私を城に呼ぶ手紙をくれた人の名前だ)
エリーが雑貨屋に卸していた刺繍のハンカチは、小動物や花など可愛らしい図柄の女性向けのもの。
ポーチも同じように、自分と同年代の女の子向けにレースやリボンなどで飾っていた。
その可愛いものを見て、エリーを城に呼ぶと決めた人が、あんなに武骨で厳しそうな人だったのか。
(すっごく意外。ただ代表として名前を使われただけとか? いや、それよりあの人、王族の方々のファッション関係を支えている部署の代表でしょ? つまり、あの駄目過ぎる身だしなみで、王様の前に立っちゃうの? 怒られないの……?)
不敬罪とか適用されないものなのだろうかと、他人ながら心配になってくる様相。
「うーん……」
「エリー? 大丈夫? どうしたの、眉間にしわ寄せて考え込んじゃって」
「あ、はい。すみません。ええっと、代表のディノスに挨拶も出来なかったなーって」
「あぁ、問題ないわ。絶対に気にしてないだろうから。それより、言われた仕事を始めましょう。破れた衣服の繕い方とかは知ってるのかしら」
シンシアが一抱えした服を見て、エリーははっきりと頷く。
「はい。弟が二人いて、どちらもよく破いてくるので」
「なら大丈夫ね。服のどこかに、紐で紙札が括り付けられてるの。そこに直して欲しい場所と内容を、服の持ち主が書いてるから、読んで修繕を始めていってくれるかしら」
「分かりました」
エリーも、自分の周りに散乱した服をかき集め、抱えられるだけ抱えて、作業机の上に移動させる。
そしてシンシアの隣に腰掛けると、さっそく裁縫道具を広げた。
準備が出来てから服の山から一枚を引っ張り出して探してみると、確かに紙札が紐でくくってあって、そこに持ち主の所属先と名前、修繕依頼の内容が書いてあった。
どうやら剣の稽古で大きく切り裂かれたらしい。
背中の部分がぱっくり綺麗に裂けている兵の訓練着を手に持ち確認しつつ、その武骨なつくりと可愛げのないデザインに、思わずはあと溜息を吐いた。
(服飾部って、きらきらふわふわなドレスとか、格好いいタキシードとかを作るだけのとこだと思ってたんだけどなぁ)
エリーは、もっと豪華で煌びやかなものを作るつもりでここに来たのに。
なんだか、想像と全然違う仕事内容だ。
「まぁ、最初だし。見習いだし」
気合いを入れようと、ぽんっと目の前の服を叩いて皺を伸ばす。
「……それにしてもこの訓練服の山、男のむっさい匂いがする気がします」
「ちゃんと洗ってるわよ? まぁ、確かに汗は掻きまくってるでしょうしねぇ。っていうか、エリーは初日なのに結構言うこと言うわね?」
「う……シ、シンシアさんなら大丈夫かなーって……」
「あら。喜ぶべきなのかしら」
上品にクスクスと笑いながら、シンシアもエリーの隣で針を持ち、裂けた服を縫い合わせ始めるのだった。
* * * *
兵の訓練服の修繕という仕事は、よく弟たちの服を作ろうエリーにとっては、難しいことのないものだった。
チェックしてくれたシンシアにも太鼓判を貰い、その日、エリーはひたすら訓練着を縫っていたのだ。
「うん。まぁ、初日だしね」
お城の服飾部は、王族や巫女様の服をつくるところ。
それがこの国みんなの認識だ。
服飾部の職人は、きらびやかで優雅な、みんなの憧れの職業なのだ。
だからきっとエリーも、近いうちにキラキラで華やかなドレスや、恰好良いタキシードなんかに触れられると思っていた。
訓練服なんて最初だけ。
仕事のメインはドレスづくりなのだと、信じていた。
なのに。
二日目の仕事は、焦げて穴のあいた料理人のコック服を繕うことだった。
三日目の仕事は、仕事で膝の擦り切れた庭師の制服を繕うことだった。
四日目の仕事は、これまた兵の訓練服を繕った。
五日目、新人騎士が持ってきたシャツのボタンを付けながら、エリーは思いっきり眉を寄せる。
(やっぱり違う……これ違う! 想像と違うっ!)
手は高速でボタンとシャツに糸を通しつつも、不満にほっぺも膨らんできた。
想像していた綺麗なものに、何一つ触れてない。
ドレスのドの字もない。
(あぁぁ、部屋にはこんなにいっぱい素敵な生地やレースやリボンが溢れてるのに! お宝の山なのに! ここにいるだけでアイデアが湧いてくるのに! まったく使えない! 可愛いくてウキウキするの作りたいー!)
意気込みとは逆に、やっているのは汗臭くて泥臭いように感じる、使い古した服の修繕ばかり。
そのうえ仕事着とういう事で、丈夫な生地。
大きな部分はミシンが使えるとは言っても、細かな修繕作業なので手縫いがほとんど。
指を保護する指ぬきを付けていても、ずっと針を刺してると手が痛くなってくるのだ。
いくつもマメが潰れて、五日目にしてエリーの指は傷だらけになってしまっていた。
赤みを帯びて膨れた指先を見下ろし、エリーは重い息をつく。
(たぶん、縫いすぎて手が痛むってのも、新人さんがすぐに止めちゃう原因なんだろうなぁ)
城の針子は華やかなドレスに囲まれて、優雅にうふふオホホと微笑みながら、針を刺してると思っていたのに。
こんなの想像と全く違うと、エリーは初日からこの五日目まで不満を募らせていた。
(明日こそドレス、明日こそドレスと思って五日経ったじゃない……)
いったいいつになったら、この部屋の壁棚に溢れた素敵な手芸材料に触れるのか。
部屋に溢れる手芸材料というお宝を目の前にしているのに使えないなんて。
「あの、シンシアさん!」
六日目に出勤した時、机の上に山積みにされた衛兵の制服を目にした瞬間。
たまらずにエリーは、隣で先に仕事を始めていたシンシアに訴えた。
「あら、なあに?」
「私、ドレスが作りたいんです! その為に城に入ったんです」
「そう。頑張ってね」
「はい! いえ、そうじゃなくて、いつになったらドレスに触らせて貰えるんでしょう。お城って、王族や巫女様の着る、豪華で華やかな服作ってるんですよね? なのに私、触ったことないんですけど」
「あぁ……うーん、王族の方々の着るものを任されるのは、服飾部でもトップクラスの実力を持つ少数の方々なの。つまり、この大部屋ではなくて、特別に個人の作業室を貰えるくらいの人ってことね」
「な、なるほど。個人の作業室……」
そんなものがあったのか。
通りで代表のディノスが日にニ三度顔を出して指示するだけで、何かを作っているものを見たことがなかったはずだ。
彼は服飾部のトップだから、個人で与えられた作業室で作っているのだろう。
「部品くらいはここで私たちが作ったりもするけれど、組み立ててドレスの形に仕立てるのは、その人の作業室。手伝いに入るときもそこに行くから、この大部屋で王族の方々の衣装を最初から最後まで仕立てることは早々ないわ。あぁ、ここでたまにお付きの侍女さんのドレスなんかは作るけれど、今のところ予定もないわねぇ」
「わ、私がドレス作りのお手伝いに、その個人の作業室に呼んで貰えるのはいつなんでしょう!」
どうしても、キラキラふわふわなものに触りたい。
作業服や訓練着なんて、ごつくて可愛くなくて面白味の無いもの、もう嫌だ。
だから、と前のめり気味に聞いたエリーに、手を止めたシンシアはにっこりと笑う。
おっとりとした彼女だけど、きっぱりと言うことは言う。
「もっともっと腕を上げないと、無理だと思うわ。少なくとも一・二年は、同じような繕い物ね」
「まじですか。年単位……」
エリーはがっくりと肩を落とした。
城にあがりさえすれば出来ると思っていた憧れのドレスづくり。
まだまだまだまだ、遠いらしい。