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「え? 城で働く? まぁエリーが考えて決めたんなら、いいんじゃないか?」

「近いし家から通うんでしょ? 寝坊して遅刻しないようにね」

 

 昔から挑戦したいことを応援してくれる両親は、予想通りあっさりと許可してくれた。



「お姉ちゃん、あんまり遊べなくなっちゃうの?」


 甘えたな六歳の末の弟マーシュには少しぐずられたけれど、お給料でお菓子を買ってあげると約束をした。

 



「あぁもう! 絶対ヘマやらかしそう。ほんとに大丈夫かよ」


 もう一人の十歳の弟のブランは生意気な態度なくせに、心配するようなことを言ってくれる。






 城から、商店通りの中にあるエリーの実家までは徒歩三十分程度。

 馬車だと十五分もかからない。

 働く人用の宿舎もあるらしいが、近いのでさすがに両親からの許可は下りなかった


 それでも朝から夜まで家に居ないで済む。

 一日中ずっと、毎日気を張りつめてお隣の様子を伺わなくて良くなるのだとほっとした。



 そうしてエリーは見習い針子のスカウトに乗ることに決め、何度かの書面のやり取りの後に一度城へ行って、正式な契約も交わしたのだった。




* * * *



 エリーに城からのスカウトが来てから半月後。


「いよいよ明日から、城での仕事が始まるのかぁ」


 エリーは契約時に渡された書面を読んで、自分の部屋で初出勤のための準備をしていた。

 とはいっても道具も材料も向こうで手配してくれるらしい。

 どうしても持参したい使い慣れた自分の道具を幾つかと、筆記用具を鞄に入れて終了だ。


 後はとりあえずお城という場所柄、ちょっとだけ余所行きな服をベッドサイドに置いておく。

 髪型も、派手じゃないけれど少しだけ可愛くアレンジしたものをするため、服と同じ色のリボンを用意した。


「うーん、このコーディネートで大丈夫かな……」


 一度準備は終えたのに、エリーはまた服を広げて悩みだす。 


(国の服飾文化を引っ張る人たちの中に入るのに、おかしくない? 絶対おしゃれな人たちばっかりでしょ?)


 働きに行くのだからやり過ぎはいけないのだろうけど。

 それでも周りのオシャレだろう人たちから浮かないか、心配になってしまう。


「やっぱりブラウスにスカートじゃなく、ワンピースにしよ。その方がお淑やかな感じに見える気がする」


 合わせてリボンの色も、変えてみる。

 ついでにワンポイントにブローチも足してみることにした。

 そうして時間はかかったけれど、なんとか準備を終えたエリーは、眠る前にふと思いついて窓を開ける。


 エリーの部屋の窓からは、遠くに明日から働く城の屋根のてっぺんが少しだけ見えるのだ。

 桃色の髪を夜風に吹かれながら、エリーは城を眺めた。


(あそこで、王妃様たちのドレスを作るんだ)


 王族なんて雲の上の存在だ。祭りの日に遠目で豆粒サイズのを見たのと、あとは肖像画でくらいしか知らないけれど。

 彼らの着ている服は、服飾の国に君臨するにふさわしいとても素晴らしいものだとは分かる。

 それを作る人たちの中に、自分も入るのだと思うとわくわくした。


 最初は勢いで就職を決めたけど、エリーはリボンも、レースも、刺繍も、毛糸も、いろんな布地も、見るだけで幸せになれる。ひときわ手芸が大好きな人間だ。

 そんなふうだから、華やかで鮮やかなドレスを着た人で溢れた城で過ごす事に、期待せずにはいられなかった。

 きっと自分では買えない綺麗な宝石や特別な生地を使って、素敵なドレスを作るのだ。

 そしてそれを王女様やお姫様、さらに同じ敷地内にある神殿に住む異世界から来た巫女様も着てくれたりして、たくさんの人に見て貰えるのだ。

 そんなキラキラとした仕事を想像すると、楽しくてどきどきして仕方が無い。

 

「あー、早く明日になんないかな」


 明日からの日々に思いをはせつつその灯りを眺めていると、人気の無くなった眼下の商店通りから、カタンと小さな音がした。


「ん?」


 音のした方を見下ろすと、お隣の店舗から人影が出てきた所だった。


「……あぁ、ジョナサンか。ホウキ持ってるし、店の前の掃除かな」


 エリーは小さく、沈んだ声でつぶやきを落とした。


 さっきまでのワクワクが、急にしぼんでしまった。


 エリーの新緑色の瞳に映るのは、暗い夜道の中、周囲の家の明かりにうっすらと照らされている、男の影。


(なんか、ちょっとだけ身体つきが逞しくなったかな)


 エリーは息をひそめて、少し身体を引く。

 見つからないようにこっそりしつつ、しかし二階の窓から下の通りの掃き掃除をするジョナサンを見つめることは止められない。


「ジョナサン……」


 こっそりと名前を囁いてから、自分の発した台詞に後悔してきゅうっと唇を引き絞る。

 

 薄暗くてほとんど輪郭しか分からなくても、絶対に間違えない。

 エリーのお隣に住む幼馴染で、初恋の人で、一年と半年前まで婚約者だった人。

 せっせとホウキを動かしているジョナサンは、エリーと婚約破棄をした直後に求婚しにいった女性と一年前に結婚をした。

 そしてつい二週間くらい前に子供が生まれたらしい。


(最近は、毎日のように赤ん坊の泣き声が聴こえてくる)


 命の誕生という喜ばしいことなのに、泣き声が聞こえるたびに、エリーは一緒に泣きたくなってしまうのだ。

 

(きっと、幸せの絶頂期だろうなぁ)


 エリーは窓の縁に頬杖をついて、暗闇の中にうっすらと見える彼をぼんやり見降ろし続けた。

 こっそり見ているのだから気づかれなくて当然なのに、気づいて欲しいと思っている自分も確かにいる。

 ジョナサンが特別に好きだと言ってくれた、エリーの桃色の髪が大きく吹いた夜風にさらわれて翻る。 


「……あんまり会わないように避けているの、気付かれてるよねー」

 

 呟くと同時に、ぎゅうっと胸が引き絞られた。

 目の奥が、熱くなる。

 奥歯をきゅっとかんで、なんとか泣くのをこらえた。


(寂しいなぁ。おととしまで、ずーっと毎日、一緒にいたのに)


 隣に彼が居ないことの違和感がまだ消えなくて、ぽっかりと心に大きな穴が開いたような感覚が続いている。


 婚約破棄を乞われた時。

 

 結婚を知らされた時。


 子どもが出来たのを聞いた時。


 エリーは彼に、三回絶望に突き落とされた。

 それでも意地を張って……周りには平気だと言い張っている。

 恋なんてしてなかったって、全然気にしてないって、兄妹みたいなものだって、家族にも友達にも何度も何度も繰り返し口にだしている。


 ……エリーが物心ついたころから、だんだん父と母の食堂が繁盛して忙しくなっていった。

 さらに弟たちが生まれてお姉さんという立場にもなって、頼られる側に回ることが多くなって。

 忙しい両親を持つ長女という役わりの中、いつからかエリーは甘えることや弱みを出すことが少し苦手になっていたのだ。


 別に誰かにそうしろと言われたわけじゃないのに。

 意地を張って強気に突っぱねてばかりの、とんだ天邪鬼だと自分でも思う。


「いつかジョナサンと、前みたいに話せるようになるのかな」

 

 ……正直、出来る気がしない。

 だって一年半も立つのに、まだ彼に、こんなに胸をざわつかされている。

 もう奥さんも子供もいて、こっちを向いて貰うことなんて不可能なのに、なんて馬鹿らしい。

 馬鹿だと思うのに、どうしてもこの気持ちが消える日が来る気がしなかった。

 

 だから今は、とにかく離れてみたいと思ったのだ。

 周りにおかしく思われない、働きに出るという理由がちょうど良く落ちていて、拾わない訳がなかった。


 エリーは視線を遠くの方に投げ、また屋根部分だけが見える城のほのかな明かりを瞳に移す。


「王妃様や、異世界から神龍が召喚したっていう巫女様のドレスって、本当にどんなに素敵なものなのかしら。あぁもう、楽しみで仕方がないわ」


 意識して明るく口に出しながら、エリーはジョナサンに気づかれないようにそっと窓を閉じるのだった。

 



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