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お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~  作者: おきょう


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 エリーの視線の先にある、納品したばかりのドレス。

 白で統一された神殿の壁にかけられた淡いオレンジ色は、雑多とした作業室に置いていた時よりもずっと素敵に見える気がする。

 

(淡い、オレンジ……)


 ドレスに使った生地は、最高級のシフォン生地をこだわった色に染めてもらったもの。

 透け感と柔らかさが特徴で、ふわふわとした女の子らしさを出しやすい素材だ。

 くわえて最高級の絹が材料なので、品の良い艶感もある。

 

(この色。この質感。……あの花の色に、そっくりよね?)


「テト……」


 テトとは、夏の終わりごろに良く見る、丸みを帯びたオレンジ色の花のこと。

 オレンジの生地からそれを連想したエリーは、考え込むように黙ってしまった。

 そんなエリーの様子に反応したのは美湖だ。


「何? 何か思いついた? 私に出来ることかな?」

「あ、ええと、その……」

「何でも言って!」



 どんと自分の胸を叩いてみせる彼女。

 とっても頼られたそうだ。

 エリーは少し躊躇してから、思いついてしまったことを実践出来ないかと、お願いを口に出してみることにした。


「……あの、もし良かったら、ドレスを作ったあまりの布……端切れを少しいただけませんか? 三十センチもあれば十分なんですけど」

「端切れ?」

「はい」

「え? それが……エリーの欲しいもの? 生地の切れ端が!?」

「はい!」

「えー? もっと他にないの?」


 期待していたものと違ったのだろう。

 残念そうに眉を下げる美湖に、エリーは首を振って力説する。


「美湖さん。あの生地は、神龍の巫女のドレス用に特別に染めて貰った、どこにも売ってないものなんです!」

「そうなの?」

「えぇ、とっても貴重なんです!」

「まぁ、確かに綺麗だよね。でも、うーん……端切れ布が、本当にお礼になる?」

「もちろんです! 端切れといっても国の巫女様用予算で仕入れられたものですから、余ったからといっても勝手に使う事は出来ません。でも巫女様からの贈り物としてなら……!」


 興奮気味に身振り手振りを交えて説明するエリーに、美湖は黒い瞳を丸めてぽかんとしている。


 素敵な布一枚にエリーがどれだけときめくのか、手芸に詳しくない美湖にはわからないのだろう。

 この生地が機織り工房からあがって来た時なんて、エリーは思わず歓声を上げたほどだ。

 

 良い布は本当に一日中眺めていてもあきない。

 頬ずりして崇め奉りたくなるくらいに、胸躍る素敵なもの。

 こういう、もったいなくて何年も取って置いているような宝物の生地が、エリーにはいくつかある。


 なんとか美湖に伝わる様にと話していると、多少は理解してくれたのか美湖は「なるほど」と頷いた。


「分かった。じゃあ……、見習い服飾師エリー・ベルマンに、龍神の巫女から、ドレスを作ってくれた布のあまりを贈ります。……いいよね?」


 美湖が巫女らしく宣言した後にした最後の質問は、周囲にいる侍女に訊ねたものだ。

 城の侍女たちと比べて、神殿に仕える侍女は非常に大人しく、ついつい居るのを忘れてしまいそうなくらいひっそりとしていた。

 年齢はエリーたちより二回りくらい上だろうか。

 彼女たちは神官補佐みたいなものらしく、服も真っ白で、神殿の家具に溶け込みまくっている。

 控えめで上品な、エリーの生きる場所とはまた違う、俗世と離れた場所で生きる人たち。

 それでも元気で明るい美湖とは仲良くやっているらしく、美湖が話しかけると嬉しそうに微笑み、あまり布ならば問題ないでしょうと、快く許可してくれた。



* * * *


「ふっふっふーん」


 仕事を終えて家に帰ったエリーは、さっそく紙袋から取り出した神子の美湖からの贈り物を両手で広げて眺めていた。

 新緑色の瞳は歓喜に輝いている。


「あぁぁもう! ほんっとに素敵! つるつるさらさらすべすべつやつや! 染めに使った染料も貴重な物をいくつも組み合わせて作ったってきくし、一庶民には端切れさえも雲の上の布だわ!」


 嬉しさのあまり、布を掲げながら部屋でくるくる回りだす。


「しかもおまけで一緒に染めた縫い糸も貰えたし! あぁぁいいなぁ。この色! 手芸屋に売ってる既製には絶対ない色! こういうの見ると染めの勉強もしたくなるなぁ」


 掲げて手で撫でて、うっとりと眺めて、しばらくじっくりと考えて。

 エリーは決めた。


「……うん」


 いつもは、こんなに素敵な布が手に入ったなら大事に大事にとっておく。

 だって次にいつ出会えるのか分からない。

 もったいなくて、使うのに凄く勇気がいる。

 でもこれは、エリーが今一番、気合いを入れて作りたいものにぴったりだった。

 この布以外で作るのなんて、もう考えられなかった。


 エリーは机に座ると、裁縫道具を入れた箱を開く。

 

「もう、年末まで日がないし。早く作らないと」

 

 早速、エリーはランプの小さな灯りを頼りに布を使い、頭の中にあるものを形にするため手を動かし始めるのだった。


 デザインから型紙を作って、一度てきとうなあまり布で試作を作る。

 そこからまた型紙を微調整して、美湖に貰った淡いオレンジ色のシフォンで作る。

 手のひらサイズの小さなものとはいっても、型紙さえないものを一から作り上げるのは結構な手間と時間がかかるもの。

 結局、それが出来上がったのは空が明るくなりだした頃だった。


 最後の針を通し、玉結びを終えたエリーははさみで糸を切って始末する。

 鋏を机の上に置くと同時に、大きく長い息を吐いた。

 ずっと机に向かっていたから、首と肩が凝り固まっている。

 どちらもぐるぐると回して解してから、出来上がった手のひらサイズのものをもう一度くまなく点検して、出来栄えに納得し頷く。


「うん、完成」


 美湖に貰った特別な生地で、徹夜で作り上げたものが出来上がった。

 ふふっと笑いを漏らしたエリーの手の中にあるのは、花のコサージュだ。


「思った以上に可愛いなぁ。型紙は出来たし、今度違う生地でも作ってみよう」


 淡いオレンジ色の生地で一枚一枚作った花弁を重ね、花を模したそれは、手のひらサイズながらもとても美しく存在感のあるものに仕上がった。

 裏側にはピンブローチになるように金属パーツも付けた。

 エリーはそれをそっと、用意していた小箱にしまい、蓋をしてからリボンをかける。

 綺麗に結んだ後、想いのたけをこめて作ったコサージュの入った箱を、大事に抱えて立ち上がった。 

 徹夜明けのせいか、ややテンションが高くなっている自覚はある。


「――――よし! 行くわよ!」




 ――――初恋に、決着を付けるために。



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