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何かを作り出すことが好きすぎて、自分の世界にこもってしまう。
服飾部には、そんなタイプの人ばかり集まっている。
彼らとおなじように、エリーも集中して手を動かしている時に、無意味な話を振られて横槍を入れられるのが嫌いだ。
だから今まではお互いに、用事がある時に必要な会話をするだけの付き合いだった。
その服飾部のみんな――――今この部屋いる五人全員が、エリーの方を向いてくれている。
助けて、と乞うエリーの言葉に、しっかりと耳を傾けてくれている。
エリーはびっくりして、つい立ち尽くしてしまった。
その間に周りは、どんどん動き出していく。
エリーの作りかけのドレス周りに集まり、箱に纏めて置いてあった素材などを確認し始めた。
「エリー、デザイン画とか、図案はどこ?」
シンシアが聞いてくれたことに、はっと我に返ってポケットに入っていた鍵を出して見せる。
服飾部以外の人間には見せられない重要な図案や、高価な材料などは鍵のかかる棚に入れているのだ。
「これです」
「ありがと。どう? みんな、行けそう?」
「んー……ヘアアクセサリーの図案はこれ? 少し地味じゃない? サイズも大きくしないでいいの?」
赤い髪をした背の高いスレンダーな女性が、ヘアアクセサリーの図案を手にエリーに見せて来た。
「あ……え、えっと。第二王子からティアラが贈られたそうで、それと組み合わせる予定なので、控えめにしました」
「へぇ? だったらいいわ。でもティアラがどんなものかは分かるのかしら?」
「いえ。銀で出来た小ぶりのものとしか」
「銀にも色々あるからね。産地によって色味も質感も少しずつ違うのよ。きちんと見て合わせた方がいいと思うわ。大きさも。ティアラが変に悪目立ちしては、王子の面目に関わるもの」
「あ! そうですね! 確認します!」
それを皮切りに、それぞれが動き出す。
「この装飾のリボン、作り始めちゃっていいの?」
「はい! お願いします」
「じゃあ俺はこっちのアンダースカートで。素材はチュール?」
「二重にしたいんです。肌に当たる方はシルク。外側は固めのチュールで大きくしっかり広がるようにしたいです」
「りょーかい。あぁ、もう裁断は済ませてるんだ。じゃあミシンで縫合しちゃうわ」
「有り難うございます! お願いします!」
エリーへの確認を終えたみんなが、作業に散って行く。
そうして――――あっという間に三時間ほどたち、エリーは感動していた。
「凄い……」
先輩たちは、自分たちの仕事をこなしつつもエリーのドレスを同時進行で進めてくれていた。
縫い目も形も、とても美しい。
スピードも、ありえないくらい早い。
(いままで、忙しそうに見えてたけど、まだゆっくりな方だったんだ)
本気の本気をだした時の仕事の速さ、正確さ、技術力。
二ヶ月見にして、初めて目にした。
今のエリーがどれだけ頑張っても追いつけないものを、みんな持っていた。
ディノスの技を見て凄いと思ったけれど、同じくらいみんなも凄かった。
(私、本当に本気でお荷物だったんじゃん……!)
先輩たちの本気の作業を目の前でみて、ますます思い知った。
これじゃあ破けた服の繕いや、ボタン付けしかさせてもらえなくて当然だ。
「でも、きっと……これなら間にあう……!」
自分の実力に落ち込みつつ、それでもエリーは喜んでもいた。
これなら、きっと喜んでもらえる。
きっと間に合う。
絶対に美湖に、みんなの力の合わさった素敵なドレスを着て貰いたいと、エリーの思いは増々つのるのだった。
* * * *
先輩たちの手を借りて、順調にドレスはドレスの形に仕上がっていき。
決められていた期日までに、なんと結構な余裕をもって完成させることが出来た。
今日は、ついにエリーが初めて手掛けたドレスを渡す日だ。
朝十時頃、エリーはドレスを収めた化粧箱を手に美湖のもとを訪れた。
「では、こちらが出来上がったドレスです。お約束の納品は本日ですけど、まだ新春パーティーまでもう少し日が有りますし、どこか気になるところがあったら細かい修正くらいは出来るので」
「有り難う、見せてもらうね」
テーブルに乗った化粧箱に入った箱を、美湖はゆっくりと開ける。
彼女の頭に乗っている神龍のシロも興味深そうにのぞき込んでいた。
エリーもどういう反応を貰えるのか分からなくて、緊張で思わず唾を飲み込んだ。
美湖が蓋を箱を開けて、両手に持ったドレスをゆっくりと広げていく。
彼女が次に言葉を出すまでに二、三分かかったろうか。
桃色の唇から出て来たのは、明るい歓声だった。
「わぁぁぁぁ! 凄い! 凄い! 可愛い! やばいよ! やばいこれ! やばぁぁぁぁ!!」
やばい、やばいを繰り返す姿は、やはり日本の若者っぽい。
「普通に可愛い!」
ディノスがいたならまた不機嫌になっただろう台詞は流しつつ、エリーは心底ほっとした。
「良かったぁ……」
エリーが美湖に作ったドレスは、淡いオレンジ色のドレスだ。
黒い髪に映えると思った。
形は上半身はタイトに、スカート部分はふんわり優雅に広がるプリンセスラインにした。
特別に柔らかく軽やかな質感のでるシルクシフォンで仕立てたドレスは、腰の大きなリボンがアクセントになり、若い女性向けの可愛らしいデザイン。
でもこれだけでは普通過ぎる。
異世界から着た巫女様に初めて見る人も多いパーティー、注目を浴びるても胸を張れるドレスで有るべきだった。
なので、エリーはここぞとばかりにスカート部分の下半分と、胸元一面に白い糸で刺繍をほどこした。
細かな蔓がぐるりとドレスを覆い、そこに薔薇の花が咲き乱れるデザインだ。
刺繍の範囲は広いものの、全部白い糸なので派手すぎる印象はない。
むしろ巫女らしく清純さと、若い女の子らしい愛らしさが丁度良く合わさった雰囲気に仕上がった。
夜会ということで刺繍の所どころにクリスタルビーズを縫い付けているから、シャンデリアの光を受けて時々きらきらと光るはずでもある。この辺りは実際の会場の照明に期待するしかないが。
とっくりと眺めていた美湖は、エリーに満面の笑みを向けてくれた。
「いいね、これ。こっちの世界のドレスって、装飾がかなり多いじゃない? 私、向こうじゃフリフリの女の子らしいものって、あんまり着なかったから、やっぱりどうしても違和感があって……でもうん、これも華やかで明るくて、リボンも凄く大きいのに、バランスが絶妙でちゃんといいなって思える」
「有り難うございます」
「えへへ、見せて貰ってたデザイン画も可愛いって思ってたけどね。ただ可愛いってだけで、自分に似合うかどうか考えたら不安だったんだー」
「そうなんですか?」
「うん実は……でもこれは本当に着たいよ。絵と実物はやっぱり随分変わるものよね」
「そうですね。生地の質感とかは絵じゃ表現できませんし。――作るとき、美湖さんを思い浮かべながら、似合うように可愛くなるようにって、考えながら縫ってたんですよ」
「わー! 嬉しい!」
「あ、あと、苦しくないコルセットも別に用意していますので」
「っ!」
その瞬間、美湖の目の色が変わった。
(やっぱり)
エリーは内心で苦笑を漏らす。
(嫌がってたもんねぇ)
ドレスと、そしてコルセットが窮屈で嫌なのだと彼女は言っていた。
どれだけ窮屈でも、高位の立場にある成人した大人の女性が人前にでるのにコルセットを着けないのは、マナー的に有り得ないのだ。
元の世界でいえばブラジャーどころかパンツさえはかないで外出するようなもの。
エリーも日常でつけているけれど、貴族ではないので動きやすさの方を重視したゆったりめのものだ。
でも美湖の場合はおそらく侍女さんに言われるままに、一般の貴族の令嬢がするほどに絞めていたのだろう。
それならやっぱり辟易しても仕方がないだろうと思ったのだ。
(でも、このドレスの時だけでも気楽に楽しく、可愛いだけを堪能して欲しいもんね)
楽しく着て欲しくて、エリーはこのドレス専用のコルセットを作った。
締めつけはかなりゆるくなるようにして、それでも大丈夫なようにドレスもサイズ的な余裕をもって作ったし、それで見た目に響かないようにも気を付けた。
「ドレスを入れていた箱が二重底になっていて、そこにコルセットと、お揃いのショーツとソックスも入ってます。あとで試着してくださいね。合わなければ修正しますので」
「うん。ありがとう。でも本当に、ひっぱって絞らなくても大丈夫なんだ?」
首をかしげる美湖に、エリーは力よく頷いていた。
「はい。向こうの世界のブラと同じ、ホック式で留めるタイプなので、そもそも紐を引っ張って絞る機能自体を付けてません」
「嬉しい! パーティードレスって、いつも以上に引き絞るから飲み物も喉通らなくて困ってたんだよね」
「うーん……それなんですけど、そもそも美湖様の場合は、運動する人だからかコルセットを強く締めなくても、どうやっても見苦しくなることはないはずなんですよね」
「そ、そう……?」
「はい! 絶対に。まあそれでもマナー的に必須なんですが」
美湖の身体はほどよく鍛えられて筋肉のついた、運動する子ならではのしなやかな体型だ。
自然のままで、彼女の腰はくびれてる。
貴族のお嬢さんたちは筋肉が付くような運動はしないので難しいが、彼女ならお腹のラインのしっかりでるドレスをそのまま着ても着こなせる。無理な締め付けもしなくて問題ないはずなのだ。
それでもこちらの世界の女性のたしなみとして、コルセットが外せないのははがゆいところ。
「できるのならばコルセットからブラジャー文化へ、神龍の巫女様から広めて行って欲しいところですね。締めつけなくても腹筋鍛えればくびれは出来る! 健康にもいい! みたいな感じで!」
「それ凄くいい! がんばるよ……!」
冗談で言ったつもりだったのに、本当によほど辟易していたのか、美湖はずいぶんとやる気だった。
まずは身近な女性神官さんたちから攻めてみるそうだ。




