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お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~  作者: おきょう


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17

 

 エリーが家に入って行ったあと。

 自分の家に向かう為に馬車の椅子に座り直したディノスは、深く重々しい息をはいた。

 伸びきった髪を、ぐしゃぐしゃに掻き乱す。

 眇めた目に映るのは、酔った為か赤らんだ顔で瞳を潤ませながら弱音を吐きだす十六歳の少女の姿。


「あの娘は……」


 元婚約者の、好きな男の前でさえ泣けなかったのに。

 貴方の前では泣けたのだと―――そういう意味にとれることを口走ったと、分かっているのか。


「……いや、ぜんっぜん分かって無さそうだな」


 無自覚ほど恐ろしいと、ディノスはため息をつく。

 しかしわずかに湧きそうになった、庇護欲や、突っぱねられるほどに甘やかしてみたいというような奇妙な感覚に気づき、慌てて首を振って振り払う。

 そしてディノスは眉を寄せ、ほの暗く光る青い瞳を伏せるのだった。

 

「仕事に情を挟むつもりも無ければ、恋などにうつつを抜かすつもりも無い」


 ディノスは彼女と上司と部下でしかない。

 あの子の才能に光るものを見つけたから、城へと呼んだのだ。

 それ以上の関係なんて面倒くさすぎると、自分に言い聞かせ目を伏せた。

 暗くなった視界の中、彼は意識を仕事の方へ切り替えて、明日の段取りを考え始めるのだった。


* * * *




「ただいまぁ」


 エリーがとうに営業時間を終えた一階の店舗の戸を開けると、掃除をしていたらしい母がこちらを向いた。


「お帰り。遅かったわね、ご飯は?」

「あ、ごめん。お城の賄い貰ってきちゃった。置いてくれてるの?」

「エリーの好きな鶏のトマト煮だったからね」

「それは食べ逃せないね。朝に絶対食べるから、誰かがお腹すいたって言って来てもあげちゃダメだからね。あ……何か手伝う?」

「もう終わるから大丈夫。疲れたでしょ? 早く寝ちゃいなさい」

「はーい。あ、これお隣さんからお裾分けだって」


 リンゴの入った紙袋を母に手渡し、階段を上がって自分の部屋に入る。




 エリーはそのまま、力尽きるかのようにベッドに倒れ込んだ。


「はぁー……」


 大きくて長い、むなしい声をシーツに吐き出す。

 

(お父さんやってるジョナサン、初めて見た。あやすのももう慣れてる感じだったし、凄く優しい目で赤ちゃんを見てた)


 もう誰から見ても、理想の優しいお父さんだった。

 腕の中の子が愛おしくて仕方がないと、とろけるように緩んだ顔が物語っていた。

 エリーの、毎日一緒に外を駆け回って遊んでいた幼なじみの子じゃ、無くなっていた。



 さっき見た光景が、頭から離れない。



 体全部が痛くて、心が悲鳴を上げているみたいで、目をつむってもくらくら世界が回った。

 

「っ……」


 ――じわり、涙が伝う。

 それはシーツに小さなしみを作った。


「私、ほんとに好きだったんだなぁ」


 いつもお姉さんぶった態度をとっていたから、今さら弱みを見せるのが恥ずかしくて、平気なふりをしてつい突っぱねた。

 後悔しても、もう遅い。

 ほんとうのほんとうに、もう何もかも遅いのだ。


「だめだめすぎる」


 恋も上手くできなければ、仕事だってだめだめだ。

 

(ドレス、立場的に巫女様のを作っても大丈夫なのかは心配だったけど、技術的には自信満々だったもんなぁ。最初は……)


 二人の弟が居て、姉としていつも面倒をみていて。

 さらにおっとりした幼なじみのおかげで、しっかり者のお姉さんの立ち位置がついていた。

 なんとなく、自分は何もかも、出来る方の人間な気分でいたのだ。 

 しっかりもののお姉さんの位置にいるのだと思ってた

 手芸だって、城に入るまでは周りの誰よりも上手かった。


 でも、勘違いだった。全然駄目だった。


 思いあがりだった。

 ただの傲慢だった。

 たまらなく悔しくて、死にたいくらいに恥ずかしい。


「っ……」


 しばらくベッドにうつぶせて泣いたあと、エリーは静かに体を起こす。

 ぼやけた視界の先にあるのは、窓辺に置かれた机だ。

 それを見ながら、かすれた声でつぶやきを落とした。


「縫おう」


 ――――いつだって、何かがあって落ち込んだ時のはけ口は、手芸だった。


 ぽろぽろ泣きながら、鼻をすすり上げつつも、エリーは机に向かい腰掛け、常に置いてある裁縫箱を開く。

 お小遣いを溜めて買った、お気に入りの木製の裁縫箱はエリーの宝物。

 掠れる視界の中でそこから取り出したのは針と糸。

 それから引き出しから引っ張り出したのは、途中まで出来ているトートバッグ。

 エリーは目元を擦ってから、針に糸を通して、刺し始めた。


 グサッ!


 グサグサッ!


 グサグサグサッ!


「っ……うん、そうだよね」


 子供の頃からのストレスとはけ口は、手芸だった。


 針を刺してると、気持ちが落ち着く。

 何かがあったとき、ただただ無心に刺したいと思う。

 勢い余って叫びながら刺しまくっている時もあるくらい、とにかく針を刺すことがエリーの中のもやもやを逃がす手段だった。

 こうやって頭の中にある物を、何かを形作ることで出してしまうのだ。


「私には、これがある」


 強い意志を持った呟きで自分の気持ちを確認したエリーは、とにかく一心不乱に針を刺していく。


「…………」


 ただただ無心で指していくと、どんどんただの平面の布が立体的な形になっていく。

 もっと素敵なものを、もっと使いやすい物をと、熱中していく。

 楽しい、という思いがわいてきて、いつの間にか涙は止まっていた。


 ――城にいる周りの人と比べたら、本当にだめだめの一番だめなやつだけど。

 やっぱり、エリーが何よりもしたいと思うことは、針を持って何かを作り出すこと。

 エリーはその夜、とにかくひたすら針を刺し、トートバックを一つ仕上げ、他に刺繍のハンカチと、三つのポーチも作り出したのだった。


 * * * *




 ――――翌朝、少し赤みの残った目元をなんとか化粧で誤魔化して、エリーは城の服飾部に出勤した。


 扉をくぐるなり、大きく息を吸って、声を張る。

 

「おはようございます!!」

「お、おはよう」

「はよっす……」


 五人いた人はみんな、戸惑ったふうな顔でとりあえず挨拶を返してくれた。

 シンシアは、蜂蜜色の瞳を瞬かせながら近づいてくる。


「おはよう。エリー、どうしたの? やけに元気ね」

「はい、あの! 私、みなさんにお願いがあって!」


 周囲を見渡しながら大きな声で室内に声を響かせたエリーに、いつもは話しかけるのも躊躇するくらいに作業に没頭している職人肌な人たちも、こちらに視線をよせてくれた。

 エリーは順番に皆の顔を見てから、勢いよく頭をさげた。


「ごめんなさい! 私が任されている美湖様のドレス、このままじゃどうやっても間に合わないんです。どうか手を貸してもらえないでしょうか!」

「まぁ」


 シンシアが口元に手を当てて目を少し見開き、他の人たちも小さく瞠目する。

 誰からみても切羽詰まっている様子だったのに、助けを求めないで頑なに一人で作り上げようとしていたエリーの急な変化に、驚いているようだった。

 集まる視線に、エリーはぐっと息を呑んだ。


(きっとみんな、呆れながら私をいままで見ていたんだ)


 エリーは、ディノスの作業を間近で見て自分の無力さを思い知った。

 しょせん趣味として遊びの範疇で楽しんでいたエリーと、大変な努力を重ねて職人と呼ばれるまでになった人とはまったく格が違うと分かってしまった。


 ディノスの、あの見惚れて言葉をなくしてしまう程に美しい手の動き。

 同じ図案の刺繍のはずなのに、まるで違うものかのような完成度。

 服飾部の代表である彼と差はあるだろうが、みんな城で服を作る職人として正式に認められている人たちだ。


 見習いの、初めてたったの数ヶ月のエリーとは違う。


 自分がこの服飾部の中で、本当に一番技術も知識も経験も、何もかもが本当の職人には勝てていないこと。 

 自分の駄目さを突き付けられた。


(……でも、繕い物をした兵たちに喜んでもらえて、嬉しかったから)


 出来ないばっかりじゃないとも、同時に知った。

 有り難うと、喜んでもらえる力だってちゃんとある。

 破けたズボンを繕ってあげただけで、喜んでくれたあのおじさんたちみたいに、美湖にも喜んで欲しい。がっかりさせなくない。


 でもこのままだと、ドレスは絶対に完成しないから。

 がっかりさせて、美湖にまた重い気持ちでドレスを纏わせるなんて嫌だった。

 服飾部の評判までも、思い切り落としてしまうことになる。


(だから、助けて貰わないと。私じゃ、絶対に完成させられない。もっと早く言えば良かった)


 そんな、出来ないくせに頑なに突っぱねていた自分を思い知って気を詰めていたエリーだったが、シンシアの柔らかな笑い声が気持ちを軽くしてくれた。


「ふふっ、エリーったら、昨日まで絶対自分の力でやってやるー、っていう気迫たっぷりだったのに」

「う……じ、じぶんの駄目を思い知ったというか。私の力ではどうやっても無理なことを、やっと自覚したというか……」


 スカートをもじもじと触りつつ言うエリーに、シンシアははちみつ色の目元を細めた。


「そう」


 優しい、まるでお母さんみたいな温かな声で頷いたあと。

 ぱっと顔を明るくさせて、周りの服飾部の人たちを見渡した。


「じゃあ、これからみんなで頑張りましょうか」

「え」


 シンシアが見渡した服飾部の人たちをエリーも見ると、みんな仕方ないなぁというふうな、困った幼い子を見るような目を向けてくれていた。

 

(あ……)


 この人たちは自分の味方なのだと、ストンと納得した。


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