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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第二話 金の鳥の館
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第二話 金の鳥の館(1)


 障子から降り注ぐ朝の光は白く眩しい。

 今までは眩しく煩わしいだけであったが、今朝はやけに明るく美しく見えた。光を背にした理人まさとは、いまだ眠る友人を見下ろして声を掛けた。


「起きろ一谷いちや

「……」


 目覚めた一谷の表情の変化は、何とも見ものであった。

 薄目を開いて理人の顔を確認したかと思えば、思いっきり目を開く。

 逆立ちする犬でも見たように、ぽかんと間の抜けた顔をした後、「これは夢だな、いくら休みでも千崎が俺より早く起きていることなんてありえない。これは夢だ」と真顔でぶつぶつ言いながら目を瞑ってしまう。

 夢に逃避する一谷の額を、理人は平手でぺしりと叩いた。恐る恐る目を開いた一谷は、痛みと衝撃にようやく現実であることを受け入れたようだ。


「……夢じゃない」

「ああ、現実だよ」

「現実……」


 一谷は布団から起き上がり、浴衣の襟を直しながら薄気味悪そうに理人を見てくる。なんとも失礼な反応であるが、これも理人の日頃の行いのせいである。

 朝の八時を示す時計の文字盤と理人の顔を何度も見比べた一谷は、真面目な顔つきで尋ねてきた。


「おい千崎、大丈夫か?熱でもあるのか?天変地異の前触れか?……もしやお前、この世を儚んで、最期の一日くらいはまともに生きようとか妙なことを考えているんじゃないだろうな?」

「いちいち大袈裟だな。熱は無いし、天変地異が起こるかは不明。それから、僕は死ぬつもりは到底無いよ。できれば大往生を遂げたいかな」


 呆れ顔で返すと、一谷は眉間に皺を寄せたまま、ううんと唸る。


「ならば一体、どういう風の吹き回しだ?」

「実は、新しい職が決まってね」

「……は?」

「ついでに住居も決まった」

「はあぁぁ!?」


 一谷が思いっきり目を剥いた。

 驚愕する友人に、理人は悪戯が成功したような子供のように笑って、先日の乙木サロンでの経緯を話す。

 いばら姫とルンペルシュティルツヒェンのくだりは省き、カフェーの給仕に家賃の免除という何とも良い案件を聞き終えた一谷は、たっぷり十秒は沈黙した。

 そして真顔で言う。


「……お前、それ騙されちゃあいないか?新手の詐欺なんじゃないのか?いや、詐欺に決まっている。怪しい商売をさせられるんじゃ……」

「そうだね。話が旨すぎて、童話メルヒェンの主人公になったような気分だよ。はたして彼は、幸せを運ぶ小人か、騙して破滅へ導く悪魔か。どっちだろうねぇ」

「どっちだろうね、じゃない!!」


 呑気な理人に対し、一谷は鬼のような形相で両肩を掴んで揺さぶってくる。


「千崎、悪いことは言わん。考え直せ。今すぐ断ってこい。断れ。断るんだ。何だったら俺が一緒に行ってやる」


 確かに、強面で警察官でもある一谷が一緒に行けば、並大抵の詐欺師は恐れおののき騙す気も失せてしまうだろう。

 しかし理人は断る気はさらさら無かったし、あの不思議な子供であれば難なく一谷もあしらってしまうのだろうと想像できた。


「……まあ、何とかなるんじゃないかな」

「千崎!」

「それに、少し興味が湧いてね。わくわくしてるんだ」


 理人が微笑んで言うと、一谷は目を瞠り、肩を掴む手の力を緩めた。やがて大きく息を吐くと「何かあっても知らんぞ」とだけ言って、そっぽを向いてしまう。

 理人は彼を宥めるように腕を軽く叩いた。


「まあ、今から職場カフェーの視察に行ってくるよ。怪しい商売だったら考え直そうかな」

「そこはすぐに断ってこい!」


 どこまでも気楽な理人に、一谷の渋い顔は晴れることは無かった。



***



 さて、支度を終えた理人が向かったのは、神田區かんだく神保じんぼう町である。


 神田區は、真砂町のある本郷區の南側に隣接する區であり、市電に乗ればさほど遠い距離ではない。

 神保町の乗換場で下車した理人は、南側にある書店街へと足を向けた。

 書店街では、道の両側に銅板葺きやタイル仕上げの外壁に覆われた洋風意匠の店が並び、店頭には古書が積まれている。

 そういえば、学生の頃はよくこの辺りの洋書専門店を訪れていたものだ。懐かしさを覚えながら、交差する通りを南から東へと方向を変えて歩いた。

 十分ほど歩けば、目的の建物に辿り着いた。貰った紙に書いてある番地と同じであることを確認し、あらためて建物を見上げる。

 石造りの三階建ての建物は、白灰色の石壁に濃緑色の玄関扉や鎧戸が映える洒落た洋風建築だ。

 幅は八間(約十五メートル)程で、二階三階部分には硝子ガラスの上げ下げ窓が一間ごとに並んでいる。通りに面した一階部分は、エントランスと三つの店舗が並び、くだんの店は右から二番目にあった。

 白灰色の屋根付きの玄関ポーチの石段を二段上がったところに、濃緑の玄関扉がある。上半分が硝子張りで中を覗けるようになっていたが、今は蘇芳色のカーテンが下りていた。暗くなった硝子部分には白い文字でこう書かれている。


 『Café Grimm』


 カフェー・グリム。


 グリム童話が好きだと言っていたあの子らしい名前に、理人は口元を緩めた。



次話は日曜に更新予定です。

今後は週に一、二話くらいを目安に更新していきたいと思います。


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