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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第六話 青髭の誤算
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(16)


 『青の三角館』で理人達が青山夫妻に襲われた日、伸樹と淑乃は村で調査をしていた。カホルに頼まれた通り、青山留二の元妻達と使用人の消息について村人に聞いて回ったそうだ。


 村人は、あの館に使用人が向かう姿を見ることはあっても、出る姿を見た者はほとんどいなかった。

 また、村から数名の若者があの館に勤めたが、彼らもいつの間にか村を出て消息を絶ってしまったと、皆、行方は知れなかった。

 調査の途中、高倉兄妹はあることに気づく。

 村人の誰も、今の青山留二の妻である鞠子の存在を知らなかったのだ。

 初めて別荘を訪れた鞠子のことを知らないのは仕方ないかもしれない。だが、青山留二は村の名士ともいえる存在だ。青山留二が再婚したことを誰一人知らないのは、少しおかしい。

 高倉兄妹は、青山留二だけでなく、鞠子の方にも疑いを向けた。


 それは、カホルから言われていた、血を吸う“化け物”の件を調べて決定づけられる。

 二十年前に通いの女中として出入りしていたという老婆は、すでに八十を超えていた。耳が遠く、痴呆の気もある彼女から話を聞くのは大変であったが、“化け物”の話になると老婆は小さく震えた。


 ある日、館に忘れ物をしたことに気づいた老婆は、夜更けに館に行ったそうだ。

 裏口の方に向かったとき、女性の声が聞こえてきて、老婆は思わず隠れた。窓から様子を窺っていれば、館の女主人の姿が見える。老婆はその姿にぎょっとしたと言う。

 女主人の半身は、真っ赤に染まっていた。

 美しい顔に塗りたくっているのは、赤黒い、どろりとした液体。

 女主人は洗面器に入ったそれを、顔に塗り、舐めて啜り、それはもう化け物のようだったそうだ。

 老婆は恐ろしくなって逃げ帰った。翌日、一応は館に行ったものの、働くのが恐ろしくて辞める旨を伝えたそうだ。

 すると、女主人は残念そうに「この間入った若いも辞めてしまったのに……」と言う。

 老婆は直感で、昨夜の赤黒いものがその娘の血だと思い、急いで館を辞して村に戻った。

 家で息子や嫁に話したが、作り話と思われ、逆に青山家の名前に傷をつけるなと詰られてしまったそうだ。以来、老婆は誰にも話さなかった。

 


 ――青山家の女主人が、血を啜る“化け物”。


 当時の青山家の女主人は、最初の妻のえり子であったと言う。

 彼女の写真はないかと村の者に聞いて回れば、三十年前に別荘が竣工した記念に撮られたものが、村長の蔵でようやく見つかった。

 その写真を見て、淑乃が驚きの声を上げた。

 青山鞠子と同じ顔だったからだ。淑乃は、カフェー・グリムに訪れていた鞠子が帰る際、偶然にも顔を見ていたのだ。


 すでに深更ではあったが、淑乃と伸樹は急いで別荘に向かった。先に伸樹が忍び込み、理人とカホルの部屋を覗いたが、見つからない。

 そこで、夜明け前を待って、淑乃が別荘に来客として訪ねることにしたそうだ。

 館内に潜んでいた伸樹は理人の声を聞いて、淑乃と共に駆けつけ、カホルと理人を助けた後に警察を呼んだのだった。




***




 その後、警察に逮捕された留二は、取り調べに素直に答えていた。今までの四人の妻、そして使用人達の殺害を認めたと言う。

 別荘の管理人の老夫婦も共犯であり、死体を館の裏手に隠したり、新しい使用人を雇う手配をしたりしていたそうだ。

 死体を埋めたと言う場所を掘り返せば、三十を超える遺体が見つかった。


 えり子は昔から、若く美しい姿でいたいという願望を強く持っていた。

 しかし三十路を迎える頃に、己の衰えに気づく。舶来の高い化粧品や美容品を買い集めたが、できた皺が無くなることは無い。

 えり子はいろいろな本を読み漁り、『エリザベート・バートリー』のことを知る。

 試しに、雇った若い女中を鞭で打って、その血を肌に塗ってみれば、肌が綺麗になったと思い込んだ。その女中を死ぬまで鞭で打ち続けて血を浴びたのが、最初の殺人だったと言う。


 留二は、愛する妻が犯した罪を隠した。

 そして、えり子の望みを叶えるため、彼女には内密にして、皺を取る美容整形を受けさせていたのだ。


 しかし、次第にえり子の行動は激化していく。

 まず、己が若い姿のままでいれば周囲に怪しまれると考えたえり子は、自分が行方知れずになったことにした。そうして、留二に若い妻を娶らせ、若い女中を次々雇わせた。


 人知れず館に暮らし、若い娘を拷問にかけては血を搾り取る。

 その血をたっぷりと浴びて、鏡の中の美しい自分を見ることが彼女の生きがいとなっていったのだ。


 えり子が手をかける者の数は、年々増えていった。

 留二は悩んだ。ある日、えり子の美容整形を内密にしてくれる医者に悩みを打ち明けたところ、『小野カホル』の存在を教えてもらったそうだ。


 ――この子だったら、奥方もきっと満足するはずです。最高の贈り物ですよ。あなたの今までの苦労も報われることでしょう。


 医者は『小野カホル』を手に入れるための計画も立ててくれた。

 そうして実行に移し、計画は成功するかに見えたが……。


「……わかっていたんです、もう、妻がおかしくなっていることは。けれど、止められなかった。彼女を愛していた。私はただ、彼女の願いを叶えたかった。それだけだったんです」


 嘆く留二が、拘置所内で毒を呷って自害したのは、事件から一週間後のことであったそうだ。

 協力者である医者、通称『先生ドクトル』のことを何も話さないまま、妻と同じところに行ってしまった。


 いったい毒をどこで手に入れたのか。

 調べたところ、留二に面会に来た若い女性がいたという。


 二十代前半くらいの、今時のモガらしい垢抜けた格好の女性は、弁護士の使いだと言った。

 差し入れたのは手紙だけで怪しいものは入っていなかったそうだが、留二に接触したのは彼女だけだ。

 断髪に白い肌をした、愛嬌のある娘であったと言う。


 その話を聞いたとき、ふと理人は、別荘にいた新人の女中のたえのことを思い出した。事件の後、彼女は行方知れずとなっている。


 カホルのことを知る医者『先生』と消えた女中『妙』。


 理人達に深い疑問を残したまま、青髭の事件もまた、収束していったのだった。



第六話はこれにて終幕です。

次の第七話まで、しばしお待ちください。




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