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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第六話 青髭の誤算
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(10)

「伸樹君……どうしてここに?」


 理人が浴室にあったタオルを持ってきて渡すと、礼を言って伸樹は受けとる。顔と髪を拭きながら答えた。


「そりゃあもちろん、カホルさんを追いかけてきたんですよ。淑乃から話を聞いて、急いで午後の便で追いかけてきたんです」


 ねえ、カホルさん。

 そう呼びかける伸樹の声は、穏やかながらも責める色がある。カホルはばつの悪そうな顔で伸樹を見た。


「……その件は後で謝るよ」

「謝るくらいなら、書置き一枚で外出することはなさらないで下さい。どれだけ心配したと思うんですか」


 なるほど、どうやらカホルは直接行く旨を伝えたわけではないようだ。

 それは確かに高倉兄妹が心配し怒ることだろう。まあ、言ったら確実に止められるから、言わなかったのだろうが。


 カホルから庇ってくれと頼まれていたが、理人が助け舟を出す前に伸樹はあっさりと説教を止める。


「まあ、その件は後でしっかり話すことにしましょう。淑乃も今、村の方まで来ていますから」


 カホルは「淑乃まで来ているの?」と驚きと恐れが混ざった表情になる。


「ええ。村の宿に泊まっていますが、あなたが一向に戻ってこないので俺が様子を見に来ました。大変でしたよ。明かりのない山道はわかりづらいし、雨はひどくなるし、おまけに柵が高くて侵入しづらい。……ところで、まさかこの部屋、お二人で泊まるわけじゃあありませんよね?」


 伸樹がカホルと理人を見やる。理人はそれでもよかったのだが、カホルが急いで首を横に振った。


「私の部屋は隣にあるから」

「だったらいいです。……本当は、宿まで連れて帰ろうと思っていたんですけど、この雨ですからね。仕方ないので、明け方まで俺がいますよ」


 伸樹は勝手に話を進める。ひとり蚊帳の外の理人は、口を挟めずにいた。

 結局高倉兄妹が来るのなら、自分は来なくても良かったじゃないか――。頭の片隅で思いながらも微笑む。


「それじゃあ、今夜はこれでお開きにしようか」

「え、ええ……」


 カホルは頷いて立ち上がった。

 伸樹が来たことを屋敷の者には知られないように、静かに扉を開けて二人を送り出す。カホルと伸樹が隣の部屋に入ったのを見送った理人であったが、ふと何かの気配を感じ取った。

 急いで廊下を見回すが、誰もいない。

 気のせいか、あるいは変に過敏になっているのかも知れない。湯でも浴びれば気分は変わるだろう。

 さっさと寝て明日の調査に備えようとする理人は、気づくことができなかった。

 廊下の角に隠れた人影に。




***




「……ええ、妙な鼠が入り込んでいるようですの。今夜は無理そうですわ。……ええ、ええ。長引けば怪しまれるでしょう。『あの子』を手に入れる絶好の機会なのに……そうですね。早く決行するよう、そう伝えます――」


 深夜の電話は誰にも聞かれることなく、小さく音を立てて切れた。




***




 翌朝、七時を回ったころに理人が起きれば、椅子の背にタオルがかけられているのが見えた。伸樹に貸したものである。

 身支度を整えてから隣の部屋の扉をノックすれば、しばらくしてカホルが出てきた。眠そうな顔つきであるが、綺麗に身支度は終えているようだった。


「おはよう、カホル君。伸樹君は帰ったのかな?」

「ええ。一時間ほど前に……」


 小さく欠伸を零したカホルが答える。


「ついでに、彼には村での調査を頼みました。奥方や使用人の消息と、それから“化け物”を見たという老婆についても」


 相変わらず手回しのいいことだ。

 理人は少しもやもやとした思いを抱きながらも、村へ行く手間が省けたのだと自分を納得させる。


「そうか、それは頼もしいね。それじゃあ、今日の調査も頑張ろうか」

「はい」




 朝食を取った後、理人達は再び鞠子と共に部屋を見て回った。昼過ぎには、二階の残りの部屋を全て見終えたが、昨日と同じく目ぼしいものは見つからない。

 鞠子がか細い声で言う。


「やはり、あの部屋を見なくてはならないでしょうか……」


 鍵の束の中に残った一つ。小さな金色の鍵をぎゅっと握った鞠子の手は震えていた。いまだ躊躇う鞠子に、理人は提案する。


「よければ、僕と小野君で部屋を見てきましょうか」

「え……」

「僕は部屋に入るなとは言われていませんしね。あなたが部屋に入らなければ問題はないでしょう?」


 屁理屈かもしれませんが、と片目を瞑って付け加えると、鞠子は頬を少し緩める。緊張が解れたのだろう。鞠子は一度深呼吸して顔を上げた。


「……私も参ります。覚悟はしましたもの」


 そうして、鍵束を手にした鞠子が歩き出す。向かうのは、館の端にある塔の方だ。


「この館には、地下がありますの」


 館とは扉でつながった塔の内部には、螺旋状の階段がある。電灯を点けて、石造りの階段をゆっくりと降りていく鞠子の後を、理人達はついていった。

 階段を降り切ったところにホールのような少し広い空間があり、石造りの壁にいくつかの頑丈そうな木の扉がある。

 鞠子はその中の一つの扉に近づいて、金色の鍵をノブの下にある鍵穴へと差し込んだ。かちり、と小さな音が鳴る。

 扉を開けようとする鞠子を、理人は制した。


「僕が先に行きましょう」


 もしも『青髭』の童話の通りなら――


 この秘密の部屋には、今までの奥方達の死体があることになる。

 五人の女の死骸が壁にぐるりとぶら下がり、骸骨になっているものもあれば、大きく肉が抉れたものもある。そうして床には、死骸から流れた血だまりが広がっているのだ。

 童話の中の話ではあるが、そんな凄惨な光景があった場合には、女性に見せるわけにはいかない。

 念のためにと、理人は身構えながら扉をゆっくりと開いた。

 すると、足元に血がどっと流れて――くることはなく、血の臭いもしてこなかった。

 壁を探って電灯を点ければ、壁にずらりとぶら下がっているものが見えてぎょっとする。一瞬ドレス姿の女性かと思ったそれは、ただのドレスであった。

 サイズや色、無地や柄物など、それぞれ趣が異なるドレスが間隔を開けて、五つ並んでいる。部屋の中央にはテーブルが置かれ、様々な宝飾品や写真立てが置かれている。

 理人はテーブルに近づいて、写真立てを眺めた。

 金属のフレームの写真立てに収まっているのは、数人の女性の写真だ。写真に写っているドレスと壁に下がっているものが同じものもある。


「ドレスのサイズや、宝飾品の雰囲気からだと……これは別々の人物の物でしょう。おそらく、五人分ありますね」


 理人に続いて部屋に入ってきたカホルが呟く。

 女性の写真も五人分ある。ひょっとすると、この部屋の中の物は青山留二のかつての妻達のものだろうか。

 理人は写真立ての一つを取って、中の写真を取り出してみた。

 裏を見れば、『光和三年、日ノ出写真館ニテ。陽子 弐拾壱にじゅういち歳』と書かれている。

 陽子は、たしか五番目の妻の名前だ。やはりこれは、今までの妻達の写真なのだろう。

 だが、写真の中には鞠子の姿を写したものもある。鞠子も合わせれば、六人分あるはずで、なぜか一人分足りない。


 ――どういうことだろうか。もう一人はどうした?

 誰か、足りない――?


 理人が考えを巡らせながら、鞠子の写真立てを手に取ったとき、背後で「きゃあっ」と悲鳴が上がった。



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